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3-1 帷子ケ辻

R18該当するよと言われたのでそれっぽい所をカット(R1.12.19

R2.10.2 加筆



 小蛭居牧男は玄関先に土下座をする妻の顔面をサッカーボールのように蹴り飛ばした。


「おかえりなさいませ、って玄関で出迎えろって教えたよなぁ?」

土足のまま家に上がり、仰向けに横たわる妻の顔を踏み付ける。

「そんな事も出来ねぇの?ホント使えねぇ」

「ご、ごべんなさ…でも…はなたがいきなひ…」

足下の妻が、顔を踏まれながらもなんとか言葉を搾り出す。

「なに?俺が悪いの?ねぇ俺が悪いって言ったの?なぁ!」

妻の横顔を靴先で蹴り飛ばす。


 小蛭居は職場の上司に注意され、それからずっと苛立っていた。今だって特に気に障った訳ではないのだが、自分に土下座する女を見て、ふと蹴り飛ばしたくなった。それだけなのだ。だが実際に蹴っていると怒りがこみ上げてくるのだから面白い。

 いや、面白くないのか。だから俺は怒っているのだろう。

「調子コイてんの?お前いつから俺に意見出来る立場になった訳ぇ?」

ねぇ、ねぇ、と聞きながらも、妻の顔を手加減無しに蹴り飛ばす事を止めない小蛭居。

「おね…ゆる…しぬ…」

それでも必死に、文字通り命懸けで体を動かし、震えながらもう一度土下座の姿勢を取る妻。それを見て余計に怒りがこみ上げてくる。

「しぬ?ねぇ今死ぬって言ったの?なに勝手に死ぬって言ってんの?なぁ?!」

もはや最初の契機が何だったのかも判らないほどに激昂する小蛭居。土下座する妻の髪を掴み上げると、口から血と歯の欠片がこぼれた。顔は腫れ上がり、もう目と鼻の位置も分からない。どこか裂けたのだろう。その顔は血で真っ赤に染まっている。

 だがその顔にも、口から零れた歯の欠片にも腹が立つ。

 この女は何故これ程に俺を怒らせるんだ。俺だってお前が怒らせさえしなければ優しく可愛がってやるのに。

 何故この女はこれ程――

 だが小蛭居はそれ以上考えるのを止めることにした。考えるだけ無駄だ。このまま殺してやりたいがそうすると面倒だ。だったら――

「お前いらねぇわマジで」

小蛭居は妻の顔を見ながらそう言って、掴んだ頭を床に叩きつけるとその場に靴を脱いで家の中に入った。

 小蛭居が背広から私服に着替えて玄関に戻っても、妻は倒れたままで弱々しく息をするだけだった。

「ゴミの分別は必要だよな」

喜怒哀楽の全く分からない表情でハサミを取り出し、黙々と妻の衣服を切り落とす。そうして衣服を全て脱がせると、足首を掴んでそのまま引き摺りながら外に出た。

「ったく重てぇな…オラいつまで寝てんだよ。さっさと乗れよ」

起き上がれない妻の背中を蹴り飛ばす小蛭居。するとその言葉に従おうと、何度か崩れ落ちながらもどうにか立ち上がる妻。アスファルトを裸で引き摺られ傷だらけの肌もそのままにふらふらと助手席のドアに手を伸ばしたところを小蛭居が脇腹を蹴り飛ばす。

「ざけんなよお前トランクだよ…って開けてなかったわ悪ぃな」

そのまま妻の髪を掴み挙げてトランクに放り込むと、小蛭居は車を走らせた。


 目的地はもう目星を付けてある――県境の山間部。

 人通りは勿論、街灯すらない山の中で車を脇に停め、トランクを開ける。

 歩かせるのは無理と考えたのか、単に時間が惜しかったのか。トランクから裸の妻を担ぎ上げると、小蛭居は脇の森林へと分け入った。

 この先は以前、小蛭居が“彼女”とドライブ中に『妻を殺した後の処理』について話が盛り上がり、なら実際に現地視察に行ってみよう、となって立ち寄った場所だ。いい具合に草もぼうぼうに生えていて、誰も踏み込んだ形跡が無い。

「この辺りに埋めたらバレなくね?」

「んだな。アレぶっ殺したらここに埋めるわ」

そういって盛り上がった場所だ。


 かなり道路から山へ入っただろう、と小蛭居は妻を肩から下ろし草むらに放り出した。

 かといって穴が掘ってある訳じゃない。今日は思い立ったからここに妻を捨てに来ただけで、本当に準備していたわけじゃない。というか何でコイツの為に俺が穴を掘らにゃならんのだ。そう考えるとまた腹が立ってくる。

「っざけんなよお前」

 草むらに転がる妻の身体を更に蹴り飛ばし、踏み付ける小蛭居。胸に足を踏み降ろした時、思っていたよりもべこりと凹んだ胸と、靴裏から沁み込むように伝わる、パキパキと何かを砕いたようなその感触にぞっとしたが、そのままポケットからタバコを取り出し火を点けた。

「も、もう帰って来なくていいからよ。じゃあな」

そう言って、ピクリとも動かない妻をその場に置いて立ち去った。




「だからぁ、こっちも困ってるんですよ。急に居なくなっちゃってさぁ」

目の前に居る男、娘の亭主であるはずの男、小蛭居牧男は義母である私を家の中には入れようともせず、玄関先でそう告げた。

「ほら、俺って仕事も忙しいから家の事なんて出来ないでしょ?困ってるんですよねぇ」

「じゃあ、そこの派手な女物の靴は何なの?娘はこんな靴は履かないと思うけど」

玄関に揃えられたピンク色のハイヒールを指して問い詰めると、ニコニコと笑いながら、お手伝いさんですよ、と答えてきた。

「勿論、浮気なんかしていませんよ?本当に家事手伝いです。家政婦さん。これでも実直なんですよ?アンタの娘さんと違って」

そう言ってニコニコと笑う小蛭居。どこの世界にピンヒールで訪問するお手伝いさんがいるというのか。乗り込んで確認してやりたいが、小蛭居はドアをしっかりと握っており、その手を緩める気配は無かった。

「娘が浮気してるって言うの?」

「えー、だってそれしかないでしょ?勝手に行方ぇくらますなんてさぁ」

そこまでいうと私の肩を乱暴に突き放し、

「もし連絡あったら教えて下さいねぇ」

と言ってドアを閉め、鍵をかけてしまった。

 これ以上は何も出来ないだろう。例えあれを見せてものらりくらりとかわされてしまうのがオチだ。

 私はそれ以上何も言わず、娘の家を離れた。


 奴の話によると、娘は急に行き先も告げずに、二日前に家を出ていった、という事だ。それ以降電話も寄越さないらしい。勿論、信じる訳が無い。

 私にはひとつの確信がある。信じたくは無いのだが。

 娘は小蛭居に殺されている。

 娘が失踪したという日の二、三日前に娘から手紙が来たのだ。

 その手紙には、夫である小蛭居から受けている仕打ちが滔々と書き連ねられていた。いま風に言うのならハラスメントと言うのだろうか。家に金を一銭も入れようとはせず、勿論、電話も使わせて貰えない、食事の準備をする金を受け取るにも土下座をしてやっと貰えて、お釣りもレシートと照合されて徹底的に管理されている、という屈辱的な仕打ちを受けており、この手紙の代金も、家に落ちていたり小蛭居の洗濯物のポケットに入っていた小銭をかき集めて、やっと出せたものらしい。

 だが、そんな仕打ちを受けながらも、もう少し頑張ってみたい、信じてみるね。と締めくくられていた、娘からの手紙。

 その封筒に添えられていた、裏も白くないチラシに書かれた、もう一枚。


 夫には愛人がいた。電話で、あんな女殺して山に埋めてくるかな、と話してた。

 もし私が急に居なくなったら、殺されて埋められたと思ってください。

 こんな結婚、するんじゃなかった。おかあさんごめんなさい。


 涙で濡れ、滲んだ文字。

 勿論、警察にも相談した。だが、

「家庭内の事でしょ?旦那さんはなんて言ってるの。娘さん、まだ家に居るんでしょ?居ないって?じゃあどこかシェルターにでも避難したんじゃないの?あぁいう所は一度入るとしばらく外部と連絡を断たされるって話だしね」

と、いかにも面倒だという態度でまともに取り合って貰えなかった。

 私には何も出来ないのだろうか。

 重い足を引き摺り、家路につく私の目に小さな喫茶店が見えた。

 喉も渇いたし、少し空腹な気もする。喉を通るか分からないけれど、何か食べていこう。




「ねぇ、さっきのババァって…」

家の奥から裸エプロン姿のサオリが聞いてきた。昼食の準備中らしい。好きモノな癖にこういう所は女っぽいというか、それともそう見せているだけなのか。そういうモノを求めている訳ではないのだけれど。

「あぁ。ゴミの産みの親。あれ?何かラップっぽくね?今の」

それでも抱き心地だけは抜群なので、余計な事は言わず正面から抱きつき、サオリの尻を撫でながら答える小蛭居。

「そういや奥さん居ないけど…まさかマジでコロコロしちゃったワケ?」

「――大丈夫だっての」

少しの間を置いて、小蛭居はサオリにそう答えながらズボンを脱いだ。

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