2-4 飛頭蛮
『カフェ タタリアン』。ランチメニュー目当てのお客様を捌き終わり、気だるげな午後の店番中な新人店員、若葉です。というかランチメニューがあったなんて知りませんでした。
そして意外にも結構な人数のお客様が来るという事も知りませんでした。後から相志さんに聞いたところ、水曜日限定でランチセットをだしているのだそうな。店員なのに知らなくてスミマセン。流行ってないと思っていてスミマセン。
でもそのお客のうち九割は相志さん目当てだろうなと思っています。
そして相志さんは現在、ケーキの配達で外出中です。もし“裏”のお客様が来たらどうしましょう、と不安になって聞いてみたら、
「この時間帯には来ないと思いますが、その時はこんぺいに時間稼ぎしてもらいます」
と気楽なものでした。
「私が紫苑さんを起こしてきましょうか?」
と聞いてみたら、相志さんは何故か硬直して言葉を濁しながら、しどろもどろになっていました。あまり触れて欲しくない何かがあるのかもしれない、と思い私はそれ以上何も追及しませんでしたが。
そして留守番相手のこんぺいさんは、と言うと、店の奥でたい焼きを齧りながら、テーブルに乗ってドラマの再放送を見ています。なんとも暢気な…
というか金魚がたい焼きを食べるのって…共食いでは無いのだけれども何とも言えない気持ちになってしまいます。
そんなこんぺいさんから目を離し、溜息を吐きながら向き直ると、いつの間にか笑顔の中年夫婦が店内に立っていた。
慌てて挨拶をすると、夫婦は笑ってお辞儀した。というかどこかで見た覚えが…
「この度はお世話になりました。改めて御礼を申し上げに参りました」
夫の方が丁寧に頭を下げた。そして思い出した。初めて私が立ち会った『祟り』の依頼をした夫婦だ。
夫婦は自分の娘に対するイジメに報復する目的で『祟り庵』を訪れた。
その数日後、市内の高校にて六人の生徒が『事故で無くなった』と報道があった。一度に六人もの変死体が出た事で、学校側も伏せる事が出来なかったのだろう。
そして今この『事件』は、被害者生徒達個人に焦点の当てられた報道に切り替わり、交友関係や普段の素行、そして過去に行ったイジメについても明らかになっていった。
そして、あの生徒達が行ったイジメにより女子生徒が一人自殺している事が白日の下に晒されたが、それを学校側は『イジメとは認識していなかった』とコメントした事により世論は炎上。そして、当時の被害者となった家族が数日前に自殺していた事まで――
だが今、目の前に居る二人はどう見ても生前の二人となんら変わりが無い。ちゃんと足もあるし、半透明でも白塗りでもない。巫術の力に目覚めたせいなのだろう。
「なんで――死んじゃったんですか?怨みも晴らせたのに」
死者の霊だというのに普通に会話している自分に驚く。
「生きる必要が無くなりましたから」
照れ隠しのように、夫の方が軽く笑う。
「お気になさらないで下さい。祟りをお願いした時から――いえ、その前から決めていた事ですので」
妻の方も同じ雰囲気で笑う。いい夫婦だと思う。こんな夫婦に育てられた女の子も幸せだったろう。
「同じ死に方をすれば、あの子に会えると思ったんです」
夫が更に続ける。私は何も言えずに話を聞いていた。
「それに、娘をイジメてきた奴らがあの世に行くんです。今度は私達夫婦があの子を守ってやらないといけませんから」
とても暖かい。けど、切ない会話だなと思った。
「色々と大切なモノを失いましたが、それで自棄になったんじゃないんです。私達は希望を胸に選んだ道なんです。だからそんな」
悲しい顔をしないで下さい。と夫婦の幽霊に慰められた。
「本当にありがとうございました」
そして二人は、深々と頭を下げながら、私の前から消えていった。
私が、いつの間にか流していた涙を拭うと、こんぺいさんがゆっくりと泳いで来て話しかけてきました。
「あの夫婦、やっぱり自殺しやがったのか」
「知ってたの?!ならなんで」
「止めなかった、ってか?」
その先を分かっていたように、こんぺいさんが会話を遮る。
「生憎と俺にゃそこまでする義理も無ぇし、何よりだ…」
その時、こんぺいさんが悲しそうな顔をしているように見えました。
「あの夫婦は元々そう決めていたんだよ。俺が覗いた時には既にな。その覚悟に口出しなんて出来る物でも無ぇだろ。俺達ぁ『祟り屋』だ。相手を祟るのが仕事だ。自殺防止ダイヤルのお花畑なボランティアじゃねぇんだよ。若葉ちゃん」
たしかに、たとえ私が『自殺なんてしないで下さい。娘さんも悲しみます』と言った所で、所詮それは上辺だけのものでしかないだろう。本当にあの夫婦の事を考えたら、笑って送り出してあげるのが――それでも、やはり死ぬのは悲しい事だと思うけど。
「でも、笑って逝けたのなら、それは幸せな証拠なのかな」
自分に言い聞かせるように呟く。
「おい若葉ちゃんよ、その――笑ってたってのは?」
急にこんぺいが変な事を聞いてきた。
「さっきここで笑ってたじゃないですか。こんぺいさん、見てないんですか?」
「…生憎と、この一つ目は仕事以外じゃ美人の尻しか目に入らねぇんでな」
「ホントにセクハラ金魚さんですね…」
「若葉ちゃんは、あと十年すりゃいい女になると思うぜ?」
「はいはい、どうせ私は魅力が無いですよ」
私の返答にこんぺいはニヤリと笑い、店の奥へと泳いでいった。ふと気になった事があったのでその背後に声を掛けた。
「ねぇ、こんぺいさん」
無言でふよふよと向きを変えるこんぺいさん。
「あの夫婦、娘さんに会えるのかな…」
だがこんぺいさんは興味無さげに向こうを向きながら、
「さぁな。三途の川から先は坊主の領分だ」
と応えるだけでした。だが、しゅんとしていた私に気付いたのか、
「けど、仏様ってのに仏心があるんなら、会えるんじゃねぇか?」
と言い、再び店の奥へと引っ込んでいきました。
「そうだね…会えるといいよね」
その後、相志さんが帰ってくると、そのタイミングを見計らった様に店内は女性客で溢れ返り、ヘトヘトになった私は、結局夫婦の幽霊について話すタイミングを失ったまま、本日の勤務を終えたのでした。
若葉が退勤した閉店準備中の店内。てきぱきと働く相志にこんぺいが声を掛けた。
「相志、若葉ちゃんの事だけどな…」
「何だ?制服とか体操服を貰って来いとかは却下だからな」
ぶっきらぼうに応じる相志。
「随分とマニアックなんだなお前さん」
「お前の事だよ」
「茶化すな相志。真面目な話だ」
「お前の真面目な話はロクな事が無いからな…でも若葉さんの事で?」
相志が眉をひそめる。
「あの娘、霊魂の表情が見えてるぞ」
それを聞いた相志が目を見開いた。
「何があった?」
「飛頭蛮の客。あいつらの霊がお礼を言いに来たんだよ」
それを聞いて、腕を組んで考え込む相志。
「自殺したって報道があったな…逝く前に店に来たのか。だが、感じる、とか気配がする、じゃなくて、普通に見えているのか?」
「あぁ。更に言えば、生者との区別がついてなかった」
「そうか…では紫苑様にお伝えして、予定を早めて貰わねばなるまい」
相志の言葉に躊躇うような様子でこんぺいが問うた。
「けど、本当に良いのか?お前達には冥府魔道を逝かない選択肢もあった筈だぜ?」
「僕は紫苑様の守り刀だ。刀は持ち主に意見しない。何処までも従いお守りするだけだ」
「浪花節だねぇ。でもまぁ、嫌いじゃないぜ」
次なるお話は帷子ヶ辻。野辺に晒され朽ちる屍の起こす祟りとは如何なるものか。ご期待下さい。