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2-3 飛頭蛮

R2.10.2 加筆修正

 どうにも眠付けず、亜理須はベッドの上で何度目かの寝返りを打った。

 いつものようにグループの三人とカラオケで遊んでもうヘトヘトなのに、微睡む事も無く、それでも身体は疲労しているのに頭と目だけが冴えている。彼氏と二人で行けばまた違った楽しさが味わえたのか、とも考えたが、残念ながらそれは否定せざるを得なかった。彼氏とは三ヶ月の付き合いになるが、正直な所、顔は合格点なのだけど真面目過ぎるのが合わない気がしている。

 そしてふと疑問が湧いた。何であんな奴、欲しがったんだっけ?

 そして漸く、亜理須は思い出した。

 グループに居た子が告白されたって聞いて腹が立ったんだ。だが何と言う名前だったのかが思い出せない。でもからかって遊んだのが楽しかったことは明瞭と覚えている。校舎裏で裸に剥いて、下っ腹を蹴ったら泡吹いて倒れたのだ。動画を撮っておけばよかったと今更ながらに後悔する。そうすればこんな夜の暇潰しになっただろう。

 けれど何も自殺までしなくても、とは思う。まるで私達へのあてつけではないか。

 実際、彼女の部屋には私達への怨み辛みがしたためられた手帳があったという。父親が買い取らせたみたいだけど、私には何も言ってこなかった。それも仕方がない。あの男は私に興味があるのではなく、自分に繋がる醜聞に目を光らせているだけなのだから。

 家族の愛より勝手気ままに遊んで暮らせる現実の方が役立つから文句は言わないけれど。

 しかし散々遊び倒した相手だというのに、どんな顔だったかが思い出せない。

 覚えているのは俯いているか上から見下ろいた頭のてっぺんだけ。まともに顔を見たのはいつだったか。思い出せなくてもどうと言う事は無いのだろうけれど、どうにも頭にこびりついて、一度でも思い出さなければ眠れそうにない。




 あぁ――そうそう、こんな顔だったわ。




「ん…?」

何で思い出した――いや、思い出したんじゃない。

 顔が見えたから。

 いや違う。

 顔が浮かんでいたから。

 窓の外に。顔が。寝ている私と同じ向きで。無機質な眼でこちらをじっと見ているから。


 ベッドから転がり落ちて壁際に後退る。窓に目を向けるとそこに顔は――無かった。

 落ち着け私。当たり前だ。ある訳がない。ここはマンションの八階だ。そんな所に顔が見える訳が無い。

 変な事を思い出しながら眠りそうになってて、夢を見たんだ。嫌な汗をかいた――窓、少し開けよう。

 溜息をついて立ち上がり、窓を開ける。けど心地好い風は入って来ず、生暖かい濃密な風がどろりと流れ込んできた。

 うえっ。気持ち悪い。開けなきゃ良かった。

 思わず眼を閉じて――目を開けると、目の前にさっきの顔があった。


 言葉にならない悲鳴のようなものを口から溢れさせながら窓から遠ざかる。

 するとその顔は窓の隙間から、まるで蛇がそうするようにうねうねと――首を伸ばして部屋に侵入してきた。これは蛇?まるで蛇みたいに長い首。でもその先には、さっきの顔が。人の首が付いている。

 そいつは、私の顔を魚の様に感情の読めない目で見つめている。そうしながらも長く伸びた首はどんどんと部屋中に侵入ってきて――


 笑った。


 いや、笑い声だと思うのだけれど、叫び声だったのかもしれない。とにかく人間が出せるような声じゃない。でも笑みを浮かべていたのは確かだ。とびきり悪そうなだけど。

 それを真正面から見てしまった私は、部屋を飛び出していた。

 部屋の扉を後ろ手に閉めると、さっきまでの笑い声は嘘の様にピタリと止んでいた。

「な…なんだったの?今の…」

訳が分からない。でも今はもうあの声も聞こえない。夢の続きだったのだろうか――それにしては生々しすぎた。ほんの少し息を整え、そのままドアをほんの少しだけ開いて中の様子を探ると――何も居なかった。窓もきちんと閉まったままだ。

 カラオケ屋の店員が、ドリンクに変なクスリでも入れたのだろうか?

 亜理須は首を振って()()()()の面影を追い払い、そのままキッチンへと向かった。

 とにかくあんなもの、ある訳がないんだから。驚いたけど、まだ寝惚けてるんだと自分に言い聞かせ、何か飲もうと冷蔵庫のあるキッチンへ足を向けた。

 暗いキッチンへそのまま入り、冷蔵庫を開ける。眩しさに顔を顰めながら牛乳のパックを取り出すと勢い良く扉を叩きつける。


 閉じた扉の向こう側に、女の顔があった。


 あまりの事に手に持った牛乳パックを落としてしまった。零れた牛乳がどくどくと素足を濡らしてゆく。

 薄暗い中に首だけが浮かんでおり、その背後には長く伸びた首がつぅと私の部屋へと続いている。剥製の様に黒く光る目が私の事を無感情に見つめている。

 私が動けないで居ると、女の顔は私の足元にすいと動き、床に零れた牛乳を。舌を長く伸ばして――


 ぺろり、ぺろり、ぺろり。

 ざらり、ぬらりとする本物の感触が、濡れた指の間を伝う。


 これは――幻覚じゃあない。


 亜理須 は声も出せず、兎に角反対へと走り、玄関を開けて外に出ると、乱暴にドアを閉めた。

 あまりに唐突な、全てを疑いたくなる異常な出来事に理解が追い着かず、ドアを背にして廊下に座り込む。

 あの感触は本物だ。おふざけであいつに足を舐めさせたあの感触とおんなじだった。

 何なんだ。こっちはお前の事なんかロクに覚えても居ないってのに。何故私に付き纏う。

 でももうあの首は家の中だ。なら家の外なら大丈夫だ。

 そうして大きく溜息を吐いたその時――

 右の耳にふぅ、と吐息が吹きかけられた。

 項うなじから背中の産毛が総毛立つ。


 ――ヤバい。


 靴を履いていない事も気にせぬまま、左へ撃ちだされた様に走り出す。

 家の中に居たんじゃないのか?家の中も外もヤバい。

 それでも逃げないと。離れないと。何故とか関係無い。アレは問答無用でヤバイ。

 非常階段を飛び降りる勢いで一階まで駆け降り、正面玄関から外に出ると人通りの絶えた夜の道を兎に角走った。

 足の裏が痛い。靴も、靴下も履いていない。

 大きな石を踏んだのか、足裏を貫くような激痛にもんどりうって道路に倒れこむ。

 そのまま暫く起き上がれずに居たが、暫くしても何も起きなかったことでようやく身体を起こし、そのまま座り込んだ。

 真っ暗なところで座り込むのは怖いが、それよりも足が痛くて堪らない。足の裏を手でさすりながら、傷の有無や血が出ていないか、食い込んだ小石を払い落として


 突然、首筋をぬらりとした感触が伝う。

 ――舐められた。


 正体を確認もせず、目の前へと走り出す。

 さっきの奴以外に何が居るっての。

 足と肺が悲鳴をあげても無視して走る。声を上げて助けを呼ぼうにも喉がカラカラで声も出ない。誰一人ともすれ違わないので助けを請う事も出来ない。ただひたすら走る。

 目の前に丁字路が近付いてきた。何も考えず右に曲がると、向こうの電柱の影からあの顔が覗いていた。

 ひぃっと小さく悲鳴をあげ、足を踏ん張って急停止し、反対側へと駆け出す。裸足の足が激痛を訴えるが気にしていられない。捕まったら何をされるか分からない。

 気が付くと、亜理須は自分の学校に辿り着いていた。

 外壁改修工事中の学校は、回りに足場が組まれ、ビニールのカバーがそれを覆っている。

 汗で額に貼り付いた髪をパジャマの袖で拭う。ふと道路の先を見ると、うちの学校の制服がゆっくりとこちらに歩いて来るのが見えた。けど顔が見えない。いや、顔は――胴体のはるか上で風船のように揺れている。まだ追いかけてくるのか。

 こっちに気付いているのだろうか。多分気付いている。

 そうだ。学校なら、身を隠せる所もいっぱいあるし、コイツを巻く事も出来るかも。

 フェンスを乗り越えて学校の敷地内に入る。足の裏の痛みなどこの際気にして居られない。見れば余計に痛くなる。校庭を突っ切って外壁工事の足場へと駆け寄る。工事の足場から校舎に入れるかもしれない。そうすれば見つけられないだろう。これで逃げられる。逃げられる。逃げられるんだ。

 工事用の足場が組まれ、ビニールシートが覆う校舎へと亜理須は近付いた。だが、足場が近付いてくるにつれ、そこから何かがぶら下がっているのが見えてきた。初めは気にしなかったが、近付くにつれ、それらが結構な大きさである事に気がつく。全部で五つ。足場のあちこちに、大きなものがぶら下がっている。

 あれは――なんだろう。それが明瞭(はっきり)と見えた時、亜理須の足は動きを止めた。


 紗央里、華音、舞流(べる)、それに男子生徒の宝駆(ほーく)、光宙。


 五人全員が首を吊ってぶら下がっている。

 苦悶の表情が貼り付いた顔は膨らみ、首が異常な程に伸びている。まさかそんな。でもこの組み合わせは――あの女をイジメるのに使ったメンツだ。

 だけど、でもどうやって?アイツは――もう

 もしかして私は――ここまで誘導されていたというのか。 


亜理須がそれに気付いた瞬間――背後のどんよりと澱むような気配に恐る恐る振り向くと、女子生徒が一人俯いて立っていた。

 顔が見えない。けど見たくない。首も普通だ。でもきっと伸びるんだ。逃げたい。でも動けない。


 そして、女子生徒がゆっくりと顔をあげると――


 窓の外に浮いていた、あの顔が。

 ビニールロープを咥えて笑っていた。


 やっぱり――いやまさかそんな。コイツ。

 コイツはとっくの前に死んでいるはずだ。自分で。ここで。勝手に首を吊って。

 私が殺した訳じゃない。お前が一人で勝手に死んだ癖に何で私を。私を怨むのは間違いだ。

 亜理須は虐めていた相手だと分かった事で湧き上がった怒りに任せて声を上げた――つもりだったが、陸に上がった魚の様に口をパクパクさせただけだった。

 そしてその勢いも、女子生徒の首が目の前でずるりと伸び始めたことで何処かへ消し飛んだ。

 動けない亜理須の首に、文字通り首を伸ばし、口に咥えたロープが巻き付けられてゆく。何重にか巻き付けると、今度は身体へその長い首を巻き付け、キツく絞め上げると空中へと持ち上げてゆく。

「おね…も…やめ…」

喉も口の中もカラカラで声も出ない。それでも蛇のように身体に巻き付いて締め上げられている身体から搾り出すようにどうにか言葉が出せた。

 けれどその間にも私の身体は校舎を越えて遥か高くまで持ち上げられてゆく。

 校舎を見下ろす高さまで伸び上がったところで上昇が止まり、あの顔が私の真正面に位置取ると、ゆっくりと話し出した。

「…私はやめてと言わなかったか?お前はそれでやめたのか?」

無表情なままでこちらを見つめながら話してくる。

「ごめ…ゆるし…」

どうにか言葉を搾り出す。怒らせたらきっと落とされる。どうにか誤魔化さないと。

「じゃあ、これも遊び。友達をたかーい所から落とすとどうなるかって実験」

「友達…なら…おねが…やめ…」

目からボロボロと涙を流して訴える。助かるなら喉がカラカラだろうと涙くらい搾り出してやる。


「――名前」

「えっ」

そんな亜理須を見ながら首を伸ばした女子生徒がそう言った。

「あたしの名前、分かる?そしたら許してもいいよ」

それならもう分かってるってんだよこのクソが。お前は結局死んでも馬鹿だったんだ。

 学校で磨いた騙しの笑顔と精一杯の声。百年ぶりに会えた親友の様に搾り出す。

「り…さ」

目の前の顔は爽やかな笑みを浮かべると――




「残念」




 その瞬間、亜理須の身体を締め付ける感触が一瞬で失われた。足掻いた所で泳げる訳も無く、校舎より遥かに高いところから落下するが、その恐怖に気を失えもせず全身を校舎に叩き付けられ、全身を走る激痛にも意識を失えず、そこからバウンドして工事の足場から勢い良くぶら下がり、首の骨がゴキリといったところでやっと――亜理須は目の前が暗くなった。




 校舎からぶら下がる亜理須と5人の死体を見上げながら校庭に立つ人影がひとつ。首が伸びて体の上で蚯蚓のようにうねっている。

「アタシゃ『祟りの名前』って聞いたんだよ」

そして6体の首吊り死体に背を向けて、

「私は飛頭蛮(ろくろくび)。お前達が追い込んだ女の子と、その両親の怨みから生まれた『祟り』だよ」


 そう言うと、暗闇へと溶け込むように歩き去った。

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