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〆の段 

R2.11.4 加筆修正

 そして私達は、病院へと運ばれたみたいです。

 みたいです、というのは気が付いたら病院のベッドに寝かされていたからなんですが。

「ママおはよう!」

「若葉やっとおきたにゃ!」

目を開けて、ここは?と思う前にサンとクロちゃん2匹からのペロペロアタックを受ける私。立派な姿に成長を見せていたサンはクロちゃんと同じサイズくらいにまで小さくなっていました。

 働きすぎるとこんぺいさんも萎んでいたからなぁ、とペロペロされながら考えていると、その当人から声がかけられました。

「お、若葉ちゃんがやっと起きたかい」

金魚ねぶたが金魚サイズにまで小さくなっていましたが、こんぺいさんは元気そうでした。起き上がってもなお嬉しそうに顔をペロペロし続ける2匹を顔の回りから膝の上に移し、2匹のお腹をなでくり回しながらダンディ金魚こんぺいさんと話を始めました。


「こんぺいさんも無事だったんですね」

「おう、しかも大活躍だったんだぜ?」

自慢げに宙返りを決めるこんぺいさん。

「でもその所為で姐さんが力を枯渇させてブッ倒れちまった…俺も意識を失っちまうしよ。んで、若葉ちゃんもぶっ倒れて、お露の救急要請で俺達ぁみんな救急車に乗った菅原の式神に回収されてこの病院だ」

「…菅原?」

また初めて聞く名が…いや、一回聞いているな。夢見さんが初めて私を見た時に出した名前だ。

「あぁ。“四方院、南の司”菅原――とりあえず医療、建設方面に秀でた陰陽師の家でな。ここはその直轄の病院だ」

「これはまた金回りの良さそうな組み合わせですね」

「あとで紹介してやるよ」

「でも文面だけ見てると、私がお金持ちを紹介してくれと言っているようにしか見えませんね」

こんぺいさんと二人で笑いあう。救急車を乗り回す式…というか陰陽師が病院まで経営しているとは思わなかった。でも、そのおかげなのか病院特有の変な霊が見えないのはありがたい。

「…紫苑さんと相志さんは?」

「姐さんなら豪華な特別室だ。もう目を覚ましてるぜ?でも状況を把握したらメシ食って寝ちまったけどな」

「…具合、良くないの?」

「いや、ありゃ普通に眠いだけだ」

なんだ…心配して損した。でも死ななかった。助けられたんだ。私が。

 ――いや。

「…相志さんは?」

「それなんだがな………」

顔を顰めて辛そうな顔を見せるこんぺいさん。まさか…

「生きてるよ。ギリギリだがな。今はICUだ」

パッと明るい顔で答えるこんぺいさん。

「腹や足の怪我はまぁ良しとして、問題なのは胸の傷だったんだ。まぁ見事に串刺しにされていたんだけどよ…それが心臓や太い動脈やらといった重要な器官は全て避けられていたんだと。ありえないくらいの強運だって話だ――何があったんだ?」

私は胸を刺されて死んだという相志さんに弁財天がした事を説明した。こんぺいさんは暫く考え込んだ後、

「成程…多分だが、弁天が書き添えたんだろうな」

と言ったけど、私には訳が分かりませんでした。

「…書き添えたって?」

「よく言うだろ。『運命は変えられない』って。それは神サマだって同じなんだ。だから書き添えるんだよ」

頭の上に「?」を浮かべる私にこんぺいさんが解説を始めてくれた。

「つまりだ…『相志は胸を貫かれる』という文に(※ただし重要な器官は無傷)って添え書きをする事で…刺される運命は変えられないが結果は変わる。死ってのは運命じゃなく結果だからな。頑張り次第では変えられるんだよ」

「あぁ…婚活女性がよく言う『性格重視』に(ただしイケメンに限る)って書き添えると誰も寄って来なくなる、みたいなアレですね」

私の絶妙な例えに首を傾げるこんぺいさん。

「…微妙に違うような気がするけどまぁ、つまりそういうこった。さて…若葉ちゃんにお客が来たようだぜ?」

こんぺいさんがニヤニヤしながらそう言って、ついぃと何処かへ泳いでいってしまうと同時に、病室のドアが勢い良く開かれた。

「目が覚めたね、若葉ちゃん!」

ラフな私服姿の物部勝比呼さんでした。こうして見ると以外に若く見える…ってまだ30代なんだっけ。

「えー…看護師さんより早く駆けつけてくるとかストーカーですか?」

ふざけた口調で応じると元気良く笑い、元気そうで良かったと言ってくれた。そして、

「凌王だよ。あいつが知らせてくれたんだ。ほれ、今も」

と天井を指差した。

「ん?」

私も視線を天井に向けると、確かに『夢見館』の自販機前で見かけた蜘蛛の式神『凌王』が挨拶の様にピコピコと前脚を振っていた。ちょっとカワイイ。

「本当は援軍の式神を送りたかったんだけどね。あの野郎、龍脈を利用していやがったみたいでさぁ。存外に夢見の術が強すぎて…」

いやはやと病室入口で頭を掻く物部さん。するとその顔面にちびっこのサンが体当たりをかまし、廊下の外へと追い出してしまった。

「うぼぁ!?サンか?!何!どしたのよ?!」

「いいからこっち来てください!」

そう言って離れて何やらモゾモゾやっている二人。亡くなった夢見さんの件で私に聞かせたくない事があるのだなと思うので、追求するような野暮は止めておこう。


――――


「で、どうやって『百鬼夜行』を倒した?今後の為に是非ご教授願いたいね」

そして何食わぬ顔で戻ってきては興味津々な物部さん。両手を鼻の下で組み、某秘密組織の司令みたいな真似をしながら聞いてきました。というか…それ立ってやるものじゃないような。

「どうって…『宝船』を呼び出したんですけど…」

私がそう言うと、物部さんはそのまま暫く固まっていましたが、

「はあああぁあぁぁあん?!」

と奇妙な絶叫を病棟内に響かせていました。そして鼻息を荒くしながら、

「宝船!?呼び出したの?!一度呼び出せば百年は国家安泰と言われるアレを?!っていうか歴代の物部だって成功した事の無い、宝船の招来を!?若葉ちゃん一人で?!」

と興奮していました。教えない方が良かったのかなぁ。でもお世話になってるし…

 私は興奮する物部さんにどうにか落ち着いて貰い、

「一人じゃありません。みんなに力を借りて、いろんな人に支えて頂けたからです」

と伝えた上で、改めて自分が気付いた事の説明を始めました。

「絵巻物などでの『百鬼夜行』は主に付喪神が列を成していました。つまり、付喪神こそが身近な恐怖の対象であった…という事になると思ったんです」

「確かにそうだね。頻繁に家財道具を買い換えられない庶民にとっては付喪神こそが身近な恐怖の対象だったろうネ」

拙い陰陽師である私の話でも真剣に聞いてくださる物部さんでした。

「そして石燕の『百器徒然袋』…これは主に付喪神を記した書物だったんですが、この本には最初と最後に『宝船』の絵があるんです――小さい頃に怖い本とか読んじゃった後に“怖いのが本から出て来ないように”って好きな本で挟んだりしませんでした?それと同じで、まるで『百器』を本から出て来ないように封印しているみたいに思えて…」

私がそう答えると、物部さんは何度も頷いていました。そんな物部さんに私は、

「物部さんから、『葛葉の祟りは石燕の百鬼夜行シリーズに全てがある』事を教えて頂いたおかげです」

ありがとうございましたと頭を下げました。感謝される事に慣れている筈の物部さんでしたが、私のお礼を素直に受け取ってくれたようでした。

「そのお礼にもう一度『宝船』を…ってのは流石に虫が良すぎるよネ」

笑いながら話す物部さん。

「病院送りになるので勘弁して欲しいかなぁ…」

「まぁ国家安泰にされちゃあこっちも商売上がったりだしね」

物部さんと二人ではははと笑いあう。家の外だとこんなに気さくなんだなぁ…


 そしてもう少し、私には話したい事がありました。


「そして夢見さんからは…」

夢見、その名前が出た時にこんぺいとサン、物部さんの顔が一瞬だけ強張った。けれど、私はその理由をまだ教えて貰っていません。

「術の相殺と反射について教えて頂き、『歳神使いの君ならきっと百鬼夜行を打ち消せる』って、くじけそうな私の背中を押して頂けました…」

重い空気の流れる中、ぼそりと物部さんが言いました。

「夢見らしい、のかな…きっと」

そして、重い空気を変えるように、そうそう本当はコレを伝えに来たんだよ、と明るく話し出しました。

「夢見の事業については物部が引き継ぐ事にしたよ。若葉ちゃんの生活費についても引き続きそちらから支払いを続けさせるので、安心してくれ給え」

夢見さんは葛葉の人間だけど、『葛葉』は正式に“四方院”に復権している訳では無いらしいので、陰陽師を束ねる組織のトップである『物部』が裁可を下す、というのは妥当な判断だろう。でも生活費の支払いは継続という所に物部さんの下心を感じないでもないけれど。

 私のそんな考えを見越したのかニコニコと笑っていた物部さんでしたが、スッと突如真面目な顔つきに戻り、

「そしてここからは“四方院”総裁から『葛葉』への通達である」

と『物部』の家で面会した時の様な威圧感を放つオーラを見せ付けながら話し出しました。能天気にゆらゆらしていたこんぺいさんも姿勢を正して物部さんの発言に注目している。

「隠れ里『月光の森』は封印し“物部”が管理する」

夢見さんが使っていた隠れ里、月光の森。

 あそこには厭世の魂が蝶となって今も住んでいる筈だ。このまま誰も訪れる事も無く、永遠に夢の中をたゆたい続けるのだろう。

「そして葛葉についてだが――」

そそこまで言うと、勿体ぶるかのように間を空ける物部さんでしたが――

「早く『タタリアン』を開店させてくれ。また紫苑ちゃんのケーキが食べたいんだよネ」

物部さんはおどけて笑みを見せていた。

「おいおい、それでいいってのか?!」

その処遇にこんぺいさんが驚いて声をあげていましたが、

「時々こっちの依頼を受けて貰えればそれでいいよ。これが総裁の決定だ。文句のある奴は僕が黙らせる」

物部さんは精悍な顔つきでそう言い放ち、私もおぉっ…と思ったのですが、即座におどけ顔に戻り、私にウインクを決め「じゃあね」と病室を出て行ってしまいました。

 …と思ったらひょっこりと顔を出し、

「あ、そうそう若葉ちゃん…『百鬼夜行』も追い払えたことだし物部の嫁に…」

と言ってきたのですかさず、

「お客様としてでしたら歓迎します」

と返すと、だよねぇと笑って今度こそ部屋を出て行かれました。


「アイツにお露紹介してやったらどうなんだ?」

背中を見送りながらこんぺいさんがふよふよ近付いて言いました。

「それ、いっつも思うんですけど、その場になると忘れてるんですよねぇ…」

「…縁が無ぇって事なのかもな」


 その後、白衣を着た式神のナースさんがやってきて、相志さんの入院目安は1ヶ月と教えてくれました。

 なんだろう。確かに美人さんなんだけど、どことなく()()()のような感じ、という印象を受ける式神さんでした。

 でも胸を貫通するような重傷が1ヶ月で治るものなのだろうか?…と思いその看護師さんに聞いてみると、以外にもサラリと教えて頂けました。同じ陰陽師だからなのだろう。それによると、普通の病院なら何ヶ月もかかる重症だけど、『菅原』に伝わる秘薬という、いかにもチートなお薬を使うので、この期間だという事でした。

 看護師さんが去った後、こんぺいさんに「秘薬って何ですか?」と聞いてみたら「河童の妙薬だ」とサラリと言われたんですが…本当なのかな。




 さて。私と紫苑さんが退院するにあたり、相志さんが退院するまで紫苑さんをどうしようかという問題が発生しました。

 なんせ出来る事といえば祟りとケーキ作りと寝ることだけ。着替えすら出来ないというガチのお嬢様育ち。というか私しかお世話をする人が居ないという…結局、相志さんの入院中は私が紫苑さんの教育係として『タタリアン』で暮らす事になりました。


 というか本当に紫苑さんの甘やかされっぷりには驚かされました。

 まさか下着の付け方から教えなきゃならないとは思いませんでした。

 さすがの相志さんも、きっと教え難かったんだろう――そう思いたい。

 そして葛葉家で生活して改めて痛感させられる相志さんの有能執事っぷり。

 タンスに仕舞われた衣服の畳み方も掃除も文句のつけようが無い…これなら『教えるより自分でやった方が早い』と思ってしまうのも納得でした。


 そんなドタバタした生活を送りつつ、ようやく訪れた、相志さん退院の日――


「久しぶりの娑婆は空気が美味しいですねぇ」

桜の下で気持ち良さそうに大きく伸びをしながら話す相志さん。

「多分、花粉と黄砂も混ざってると思いますよ?」

それに笑ってツッコミを入れる私。

「気分の問題ですよ」

と気持ち良さそうに笑顔を見せる相志さん。


 というか…紫苑さん。何故貴方が私の背後に居るのですか。

 何度か「面会に行きませんか?」と誘ったら、

「面会に行けば『お菓子じゃなくちゃんとご飯を食べているか』とか『毎日お風呂に入っているか』とか、あれこれ小言を言われるに決まっています。だから」

行かずとも大丈夫です。なんて言ってたクセに。本当は会うのが気恥ずかしかったんかぁーい。

 そんな私の後ろで気恥ずかしげに相志さんを見つめる紫苑さん。

「…おかえり、相志」

あぁあぁ、頬なんか赤らめちゃって。

「た、ただいま戻りました、紫苑様」

 む…?相志さんもなんか反応が初々しいんですけど?長い入院生活で耐性が薄れましたか?というか私を挟んで二人でモジモジし続けないで欲しいんですけど。ドラマの撮影かってギャラリー集まってきますよ?


 緊急わかば警報!とてつもなく甘ったるーい空気が発生しております!付近の非リア充は避難してくださーい!


 などと考えていたら相志さんが急に私に話を振ってきた。

「若葉さん、紫苑様のお世話、ありがとうございました」

私へ丁寧に頭を下げる相志さん。

「へっ?…あ、いえ私こそ…何もかも相志さんにはとても及ばなくって…」

とりあえず謙遜する私。それに対し相志さん。

「お気になさらないで下さい。長い入院で鈍っていた身体を慣らすにはいい仕事です」

…何だ仕事溜まってるって分かってんじゃん。謙遜して損した。

 というか普通の女の子だったら絶対に自信無くすよ。女子よりずば抜けた女子力の美形男子って太刀打ちできないじゃないのよさ…まてよ?…という事は紫苑さんがあぁだったのも相志さんの所為と言えなくも無いのかもしれない。

 結論として――過ぎたイケメンは毒である。という事だな、うん。

 そんな事を考えていると、そんな空気を感じたのか、紫苑さんが自慢そうに相志さんへ話しかけた。

「相志…私も若葉さんに色々と教えて頂いているのですからね?」

あぁあぁ、そんなに自慢できる事じゃないのに…恥ずかしさで顔を覆う私。

「ほぉ…それで何か出来るようになったのですか?」

興味津々名な相志さんの言葉にエヘンと胸を張る紫苑さん。

「着替えが出来るようになりました!」

それを聞いた相志さん。肩を震わせながら、

「本当ですか?!それはっ…おめでとうございますっ!」

と紫苑さんの手を取って涙を流して喜んでいました…

「私だって…頑張ったんですから…」

釣られて瞳を潤ませる紫苑さん…

 涙を流し抱き合う美男美女。途轍もなく絵になるのですが、その理由が『着替えが出来た』って…どんだけハードなミッションだったんですか。


 紫苑さんが何も出来ないのって、これ絶対相志さんが世話焼き続けた所為だわ…ちゃんと責任取るのでしょうね?相志さん。


 私は溜息を吐きながら高い空を見上げました。


 ――この件は多分紫苑さんも、相志さんも知らないと思う。


 それは入院中のある日の事でした。

 病室のドアが丁寧にノックされました。ですが声が掛けられない。病室を訪ねてくるのは物部さんかお露さんくらいだけれど、そのどちらも“ドアをノックする”なんて事はしない人達だ。

 誰だろうと思いながら「どうぞ」と応える。

 病室のドアをカラカラと開けて入ってきたのは一人のおじいさんでした。それも“そこら辺を散歩の途中で寄りました”的な普通の格好である。

「え…っと――どちら様で」

「飯綱若葉さん…『葛葉』の新しい術師さん――で宜しいですな?」

好々爺といった顔を向けてくる老人。陰陽師の関係者なのだろうと思い隠さずに答えました。

「はい、私が葛葉の――飯綱若葉です。っと…すいませんがどちら様で…」

素直にそう答えると、老人はほほほ、と笑い、コレは失礼しました、と言った。

「あんたさんとは初対面だが、こう言えばお分かりになりますかな――『長髄彦』と」


 長髄彦――陰陽師の敵。紫苑さんが両親の仇と追っている集団。そう聞いてはいるのだけれど、目の前の老人からは私を狙っているような気配はしないし、何よりサンが全く警戒しておらず、いつも通りにベッドの端で丸くなっている。

「何のご用…ですか?」

「っとと、そう警戒されずとも良いですぞ。その式神さんも、私に貴女を害する気が無いのを感じられた上で眠られて居る筈」

「そうみたいですけど…殺気を消すとか出来るのじゃないんですか?」

私がそう言うとカラカラ笑うお爺さん。

「わたくし『長髄彦』の中では『和夷(にぎえびす)』と呼ばれております。所謂メッセンジャーという奴でございます」

と言って静かに頭を下げ、名前の程はご勘弁をと言い、

「我々『長髄彦』は今後十年、陰陽師に対する敵対行為を行わない事をお伝えに参りました。一時停戦、という奴でございます」

一時停戦って先に言われちゃった。けどいきなり言われても…というかそんな大事な話をヒラ社員である私なんかに言わないで欲しいのですけれど。

「今回の一件は一部の過激派による暴走――有体に言えば、全国チェーンのいち店舗が勝手な経営判断により潰れた…そんなものでございます。失われた同胞達について何も言う気は御座いません。あれは彼らの力量不足が招いた事態でございますれば」

自らを和夷と呼ぶその老人はサラリとそこまで言うと丁寧に頭を下げてきました。

私はそれに対し何も言えず、ただ「はい…」としか答えられなかったが、

「――我々『長髄彦』の理念はご存知ですかな?」

顔を上げるとそう言って、庭先で孫と話をする老人の様な口調で聞いてきました。

「あっ、はい…日本の先住民であり、国を取り戻すために地震テロを起こしている、としか…」

どうにかそう答えると和夷さんは

「左様で御座いますね」

と言って静かに微笑んだ。そして、

「私達はねぇ――『覆水を盆に返そうとしている』のですよ」

と話し始めた。そして、

「返らないと知りながら、ね。既に覆水は腐り、盆の中には煌びやかな水が湛えられているというのに。ですが――我々にはそれが」

許せないというので御座いますよ。と。

「しかし、それはあくまで究極の目標であり、時は流れ、我等の血も風前の灯――こう言えばご理解頂けますかねぇ…もはや我々だけでは生きてゆく事すら難しい。という事なのです」

理想はあくまで理想であるけれど、最早それは叶う事が無い。それに気が付いてはいるけれど、他の生き方を知らない。そう言いたいのだろう。

「私達にも生きる術が――仕事が必用でございます。理想を捨ててそのまま環俗げんぞくした者も多くおります。しかし、召喚術や体術、武芸に生きた者はそうもいきませぬ」

「じゃあ…どうされたんですか?」

私が問いかけると、和夷さんはほんの少し間を置いて

「現在の『長髄彦』はとある政治団体の庇護下にある――とだけ、答えておきましょう」

その言葉に私は自分の耳を疑った。

「だって、貴方達は巨大な地震を何度も起こしているって――そんな人達が」

しかし和夷は、それが何かと言わんばかりの口調で答えてきた。

「えぇ。ですがあれ――望まれた災害なのでございますよ」

冗談だとしても笑えない。数多の命を奪い、暮らしを破壊するあのような出来事が――望まれたものだなんて。

「新しい創造を行うには古いものを壊さなければならない。原子力発電だって、危険なモノだと知りつつ人々は目を背け続けている。ならば――目を向けさせる」

未曾有の大災害。それがまさか政治で起こされたものだったとは…信じたくは無いが、当事者からの証言だ。信憑性は高い。


「理由は幾らでもございます。お気をつけ下さい。彼等は『飼い犬を御する(すべ)』を何時であろうと探しております。陰陽師に表と裏があるように、政府にも表と裏があるのです」

「どうして…そんなことまで教えてくれるんですか?」

私は疑問に思った事を素直に尋ねてみた。只のメッセンジャーであるなら言う事だけ言ってさっさと返っても良いのだ。それなのにこの“和夷”という老人は、事もあろうに内部事情まで教えてくれている。

「もはや捲土重来を夢見た誇り高き『長髄彦』は存在しておりませぬ。居るのは只の職業テロリスト集団でございます」

そう言った和夷さんの表情は暗かった。それも泣き出しそうな程にも見えた。それこそ一生を掛けて信じ、理想の旗の下で戦ってきた団体が、今やその理想を裏切ろうとしているのだから当然なのだろうけれど。

「この事を…物部さんは――」

「勘付いてはいるでしょう。ですが確証が無い。あったとしても手の打ちようが無い」

「政治的関与を嫌悪していた団体がその政治団体をパトロンにしている。下手に手を出せば表舞台での争いに発展しかねない――こんなところですか?」

私がそう言うと和夷さんは丸っこい鼻の先をポリポリと指先で掻きながら、

「やれやれ――話し過ぎてしまいましたかねぇ」

とドキリとする言葉を発した。

「どうして――私にこんな話を?」

「仇敵という目線でもなければ親の仇という立ち居地でもない。勢力的には敵同士ですが、私等に対する思い入れも無い。だからこそ――」

分かって貰えると思ったからですよ。と少しだけ寂しそうに笑った。

「これからも争わなきゃ…いけないんですか?」

「強硬派が支配する支部がひとつ陥とされた事で残存する『長髄彦』に強硬論を唱える者は鳴りを潜めました。そして()()()()()()事も承知しているのです。しばらくは表立った行動は無いでしょう」

そこで和夷は皮肉っぽく笑うと

「『土蜘蛛』らしく地に潜ると思います」

そこまで言うと和夷は私に背を向けて、

「話の分かる方で良かった。これも何かの縁――とは言いたくありませんが、出来れば再び相見える事の無い事を大国主命にお祈りしましょう」

そういうと何事も無かったかのように病室を出ていきました。


 はたと凌王の事を思い出した。凌王が居るのなら今の会話は物部さんにも届いている筈――そう思い天井を見上げると、天井の凌王は得意そうに前足をビシッと挙手?していた。 成程。こういう事を見越して私の元を訪れた、という事なのだろう。


 というかそういう大事な事はもっと上の人間同士でやって欲しいのですけれど。

 勢力間の条約締結に新人社員を使わないで欲しいのですが。あとで物部さんに文句言ってやろう。




 紫苑さんの仇は成敗されたし“長髄彦”も地に潜るという。

 だがこれからも平和に過ごせるという確証は無い。

 人の営みは絶えず続いてゆく。ならば怨みも絶えることがないのだから。

 これからも私達“葛葉”の『祟り』は成されてゆくのだろう。

 けれど今だけは――この穏やかな空気を楽しみたい。


 そう思い、私は空を見上げていました。








 ここまでお付き合い下さった貴方…


 もし怨む相手が居るのなら

 殺したい程に

 死んでしまいたい程に


 赦せぬ相手が居るのなら


 しるし一つだけ持ち来たれ


 汝が怨みは祟りへと変じ

 祟りは相手を滅ぼすだろう


 怨みひとつだけ持ち来たれ




「祟り――ここに成されたり」

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