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終幕 転 神威招来





 夢見は百鬼夜行に立ちはだかる相志へと向けて、両手を広げて声を上げた。

「相志!お前がいかに優れた方相氏であろうと、その深手でこの大群は滅しきれまい!」

腹を切られ、右太腿を貫かれ、それでも陰陽師を――紫苑を護ろうと刃を振るい、押し寄せる傀儡と化した『長髄彦』達を、その凄絶なる剣技で葬ってゆく相志。

 だが、最強の方相氏といえど手負い。

 一刀を振るう度に血が噴き出し、ひとつ首を飛ばす度に身体から熱が奪われてゆく。

 その証拠に、夢見の蝶に斬られた所以外のあちこちに、大なり小なりの傷を負いはじめており、もはやいつ地に臥したとしても不思議ではなかった。


 その姿を見て満足そうに笑う夢見。相志に向かい両手を広げて嘲笑を浴びせていた。

「紫苑!見ろ!お前の方相氏が虫の息だぞ!あはははっはははっははは」

 その時だ。

「はがっ――あがががが…」

 幾つもの眼を持つ巨大な頭の怪、清盛公に並び歩く旗竿持ちの妖怪がいつの間にか夢見の背後に接近しており、その旗竿の頂を夢見の後頭部へと突き刺していた。

 口から旗竿の先端を露呈させながら、旗竿の上に持ち上げられる夢見。手や足がまるで人間とは思えないほどにまでバタバタと暴れていたが、そのまま一本吊りの要領で妖怪の行列の中へと放り込まれた。

 そして、我先にとそこへ妖怪達が群がった。


 夢見 憂という支配者を失ったことで傀儡の運命から開放された『長髄彦』達であったが、今度は『百鬼夜行』の妖怪達に貪られる運命が待ち受けていた。その殆どが、現状を理解できる間も与えられず、頭を齧られ、手足を貪り食われている。

 そんな『長髄彦』達が犠牲になっている間に、傷ついた身体を引き摺って、紫苑の元へと急ぐ相志。

「相志…だ、大丈夫…ですか?」

心配そうな顔を向ける紫苑。本当ならば駆け出して飛びつきたい程なのだが、巫力を使い尽くし満足に体を動かせないでいる。

「問題ありませんよ。出血が多いので深手に見えますが、急所は外しています」

そんな紫苑に笑って答える相志だが、微かな膝の震えは隠しきれていなかった。


 その時、夢見の死体が放り込まれた辺りから何かが宙へと飛び出した。

 揚羽蝶のような、けど毒々しい模様の翅。茗荷のような頭には巨大な眼が縦にひとつ。節くれだった身体には何本もの虫の足を持った、ライトブラウンのスーツの切れ端を僅かに身にぶら下げた、もはや物怪としか呼び様のない何かが群れから飛び出し、柔らかに宙を舞って清盛公の隣へと舞い降りた。

 そして――

 硝子に爪を立てたような声で吠えた。その様子には、夢見という人間だった頃の知性や理性といったものは欠片も窺う事が出来なかった。

「紫苑様、あれが…夢見なのでしょうか?あれではもはや――」

「人としての意思も百鬼夜行は呑み込むか…」

紫苑は百鬼夜行へ新たに連なった一匹を見据えながら、人としての意思を持ちながら永遠を彷徨うよりは、その方がマシなのかもしれない――私も。と思っていた。


 自身も力尽き、相志も満身創痍。

 龍と化し雷を放っていたこんぺいも、もはや力無き空飛ぶ金魚へと戻り、どこかビルの屋上で気を失っているのだろう。

 そして目の前には、自分達を喰らい、列に加えようと進軍してくる『百鬼夜行』。


 私は間違って居たのだろうか。

 本当に相志が大事なら二人で逃げる事も出来たのかもしれない。

 夢見を養父として普通の暮らしを送るという選択もあった筈だ。そうすれば、夢見も狂う事無くまた、相志も傷つく事は無かったろう。

 しかし、私には出来なかった。

 葛葉としての矜持がそれを許さなかった。血塗られた歴史と紫の花の重みが許してくれなかった――いや、何を言おうと最早言い訳に過ぎないのか。

 自分はこれ程に――無力だったのか。


「相志――」

「大丈夫です」

相志は血塗れになりながら笑ってみせた。

「もう…諦めましょう」

「諦めません」

「…何故ですか?いくら相志といえど…」

「まだ立てます。剣も振るえます。この血肉、魂、全てが紫苑様の為にあるのです」

そして相志は百鬼夜行へと立ちはだかった。

紫苑はただ、自分の為に血を流し、命を懸けてくれる男の為に、ただ、祈るしかなかった。




「あれって夢見さんじゃ?!遅かったの?!」

到着した私に見えたのは、空に大きな穴が開いており、そこから出てきた妖怪たちの行列に、夢見さんらしき人が飲み込まれた直後でした。

「いや!まだ紫苑様達は大丈夫!ママ!」

視線を百鬼夜行から地面へと移すと、凛とした雰囲気は微塵もなく、精根尽き果て道路に崩れる紫苑さんと、黒い衣装に紫の帯――いや、紫苑さんの服を腹に巻きつけながら、妖怪達の集団をたった一人で押し退け続けている相志さんの背中が見えました。

「よしっ!十字路だ!ここでやるよ!」

私の声に、サンが急制動をかけて十字路の中央で立ち止まる。振り落とされるかと思ったけれど、サンは3本の尻尾で私を支えてくれたので落ちずに済みました。

「蝋燭!上に投げて!」

サンの声に私は、鞄の中に手を突っ込むと、蝋燭を空中に何本も放り投げました。

 それらに顔を向けたサンの眼がキラリと光ったかと思うと、まるで手品の様に空中の蝋燭へと火が灯り、落下するよりはゆっくりな速度で、等間隔に並びながら、辻の真ん中へと円を描いて並んだ。

「ありがとう!後は大丈夫だから、サンは相志さんの援護に回って!」

私はクロちゃんを抱えてサンの背中から降りました。

「分かりました!」

そう言うが早いか、三本の尻尾の先に火の玉を浮かび上がらせると相志さんへ肉迫している『百鬼夜行』の中へと打ち込むサン。

「ママも頑張ってね!」

そして火の玉に負けない速度で『百鬼夜行』へと向かってゆきました。走りながら尻尾の先に纏わせた炎で妖怪を殴りつけると、そのまま相志さんの隣で前足の爪を振るいはじめるサン。

「相志さん!お手伝いします!」

「お前…サンなのか?!」

急に隣に現れた三つ目の大狐を一瞥し、驚きながらも刀を止めない相志さん。

「その姿は…っていや、何しに来たっ!死にたいのかっ!」

「お叱りは生き残ったらでお願いします!」

サンの言葉に相志さんは口許に笑みを浮かべた。

「じゃあ帰ったらたっぷり説教だ!」

「はいっ!」




 横をサンが駆け抜けて行った事で、紫苑さんも背後に居る私達に気が付いたようでした。

 紫苑さんの両親の仇らしき人物の姿は何処にも無く、存在するのは『百鬼夜行』のみ。

「若葉さん…逃げて!」

立てないほどに疲弊し、弱々しく声を上げる紫苑さん。紫苑さんがこんなになるなんて…


 けれど私はそれに首を振りました。


 私は男に騙され、弄ばれ、汚された。

 そして『怨み』から『タタリアン』を知り、陰陽師の力に目覚めた。

 私は紫苑さんのおかげで新しい道を得ることが出来た。

 先に待つのは夜の闇しかない、夕闇の道だけど。

 それでも私がこの力を得た事には、必ず何かしらの理由がある筈――だから。


 私は紫苑さんの向こうから押し寄せる『百鬼夜行』を睨みつけて言いました。


「私がこの百鬼夜行を――退けます!」


 神楽鈴を前に構え、大きくしゃん、と三度鳴らす。

 くるりとゆっくり回転しながら神楽鈴を鳴らし続ける。

 ビルの谷間、妖怪たちの喧騒の中を貫くように清々しい鈴の音が響き渡る。

 右足の草履をたんたんと踏み鳴らす。右手を胸の前で握り、人差し指と中指を立て、印を結んだ。

「若葉の名において――歳神よ来たれ!」

左手の神楽鈴を鳴らし続けながら、必死に念を込める。『夕闇の境』よりも幾分、呼び難い感じがする。けれど今回はいっぱい呼び出さなきゃならない。そんな気がする。だからいつもより気合を込めて神楽鈴を振る。そうしてようやく、私の言葉に応じて遠くから鈴の音が近付いてきた。赤い鼻緒の雪駄を履いた白足袋の足――幸福の運び手『歳神』が現れた。

 地面に並んだ蝋燭の輪を取り囲む『歳神』。いつもよりも――いや、今までに無いほど数が多い。

 これなら――


 私は右手を懐に入れ、バラバラになった『百器徒然袋』から引っ掴んできたページを2枚、蝋燭の輪の中へと放り込んだ。


 そして詠唱を開始する。


 日の出と共に来るもの。

 頭を垂れる稲穂を運ぶ形無き理の貌よ来たれ

 汝が絵姿に寄りてここに現れよ

 慈愛を糧に踊り出で奇跡(うれし)きを為せ


 そしてここまで来て再び訪れた――『足りない』という感触。

 精一杯念を込めた。そしていつもの量を遥かに凌ぐ『歳神』を呼び出せた。

 けれど、持参した『百器徒然袋』のページは力なく道路へと落ちていた。

 まだ足りないというの?

 私なんかが呼び出すには力が足りなかったという事なの?

 しかしそれでも――ここまで来て引き下がれない!


 そう思いさらに念を込めていると、私の隣へトコトコとクロちゃんが歩いてきました。そして蝋燭の輪の中をじっと見つめ、

「おめでたさが足りないかにゃ?」

クロちゃんはそう言うと、私の足元に座り込み、腕をあげて、こいこいと手招きを始めました。

「招き猫にゃ。これはおめでたいのにゃ」

「あ、ありがとう…クロちゃん。でも…」

それでどうにかなるのかと疑問でしたが、実際にクロちゃんが『招き猫』を始めるとすぐ、『歳神』の数がどっと増えた感触が伝わってきました。さすがは付喪神。ですがそれでももう少し―――あと一歩。あともう少し足りない!


 その時、背後からパトカーのサイレンが私達の所へと猛スピードで近付いて、私の真後ろで停まるのが聞こえました。

 道路の真ん中で何をしている、って怒られるのかと思ったら、聞こえてきたのは馴染みのある声でした。

「どうしたの若葉ちゃん?!街中には誰も居ないし誰も外に出たがらないから、『もしかして』と思って来てみたら!っていうかあのとんでもなくヤバそうなのは何?!」

お露さんこと小鳥遊露草さんでした。

「小鳥遊さぁん!手伝ってくださぁい!」

私はもう涙目になりながら叫んでいました。

「手伝う?…目の前のアレが関係してるの?!」

説明してる余裕無いのにぃ…と思っているとクロちゃんが答えてくれました。

「おめでたさが足りないのにゃ。おつゆさんもパンパンするのにゃ」

小鳥遊さん…分かってくれる…かな?

「あぁもう何か分かんないけど分かったわよ!おめでたければ良いのね?!神様おいで下さいお願いします!」

クロちゃんの隣で小鳥遊さんが拍手を打ち、お祈りを始めてくれました。


 そしてようやく訪れた――満ちた感覚。

 これなら!!!


 私はそれを呼ぶ為の鍵となる歌を詠みはじめました。


「長き夜の 遠の眠りの 皆目覚め 波乗り舟の 音の良き哉」


――神威招来!




「来たれ『宝船』!!」


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