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終幕 承 百鬼夜行

 上空に開いた“穴”。そこから吹き出すように現れたモノは――

 

 女性の顔を持った大蜘蛛。

 首の長い女子高生。

 棺を運ぶ葬列。

 踊る火の玉。

 収納ケースから顔を出す骸骨。

 胎盤にしがみつくできそこないの赤子。

 僧形の鼠。

 喪服の幼児。

 半鬼となった異邦の女性。

 火に包まれた僧侶。

 一つ目小僧。


 ――全て紫苑が成してきた祟り達だった。

 その後からも蕎麦屋の屋台を引く異形やら首の長い坊主やら、まさしく妖怪と呼ぶしか云い様の無い異形達が穴の中から続々と現れた。

 その妖怪の群れは空中で辺りを見回していたが、相志と紫苑を見つけるとその全員が怒りに満ちた形相となり、それぞれが見に黒い炎を纏いだし、いつしか無数の化物達は一つの黒い炎塊と化していた。そして。

 紫苑と相志を目掛け突進――する前に、背後の穴から現れた、爪の汚く伸びた巨大な手に掴み取られていた。

 次に見えたのは、巨大に膨らんだ口が、ばくん、とその炎塊を飲み込むところだった。

 炎塊を飲み込んだ口が、風船がしぼむように元の姿を取り戻してゆくと――


 そこには、巨大な頭に無数の眼を持つ僧形の男が居た。

 その左右には、皮を剥がれた猿にも似た妖怪が、黒い旗の揺れる長い旗竿を掲げている。

 僧形の背後には、狩衣姿の群れ。在る者は首が犬になっていたり、また在る者は琵琶、在る者は欠けた茶碗、五徳、釜――と様々だ

 その背後に続くは異形の群れ。所々に紫苑が呼び出すような名のある妖怪も見えるが、その大半は名も分からぬモノばかりだ。

 そんなモノ達が僧形の大首を先頭に、列を成して現れた。


 それらが一斉に――

 紫苑を、相志を、夢見を見て――雄叫びを上げた。


 久しぶりの獲物に。そして芳しき血の香りに酔う事ができる。それが全てとでも言わんばかりの歓喜の声だ。

 そして、上空から生きている人間たちの方へと進軍を始めていた。


「これが…百鬼夜行…」

空に開いた大穴から現れた、自らの命を飲み込もうとする妖怪達の大行進を睨み付けながら相志が零す。

 そして紫苑は迫り来る『百鬼夜行』に背を向けながら、夢見へと告げた。

「さぁ、夢見…この辺りの命は草木一本とて残るまい――共に地獄へ参ろうぞ」

その言葉は怒りとも、悲しみともとれる声色だった。

そんな紫苑の呼びかけに応じることも無く、しかし。夢見は満面の笑みを浮かべ、高らかに笑い声を上げて立ち上がる夢見。

「まだまだ勉強が足りないようだね、紫苑」




「さぁ紫苑――最後の授業だ」

自分達へと向かい来る『百鬼夜行』を前に、紫苑へ笑みを向けながら『授業』と言う夢見。

「ちなみに『百鬼夜行』なら暫くは蝶達で抑えておくから、安心してくれ」

 夢見はそう言うと背後に控える傀儡のような『長髄彦』達へと振り返り、『百鬼夜行』へと向けて腕を振った。

 するとただ立ち尽くしていた『長髄彦』達は再び七色の蝶へと戻り、列をなし、『百鬼夜行』行列を縛るかのように巻き付いた。『百鬼夜行』が足を停める。

「何をする気だ!夢見!」

血塗れの相志が紫苑の前に立ち塞がる。

「下がれ能無し。これは陰陽師同士の話し合いだ!」

相志に向け手をかざす夢見。七色の弾丸と化した蝶が迸り、相志の太腿を貫く。

「ぐあぁあ!!」

「相志ぃ!!」

倒れ転げまわる相志と、どうにか相志へと歩み寄る紫苑。

 その様子を確認するそぶりも見せず、夢見は紫苑へと『授業』を開始していた。

 相志の頭を膝に乗せ、夢見を睨みつける紫苑。


「紫苑、おそらく君は『百鬼夜行』の事を『御霊に戻さなかった祟りから陰形符で身を守り、蓄積した祟りの凶化を呼び水として、全てを飲み込む巨大な祟りを召喚する術』と松栄様から教えられたのではないかな?だけどね――」

まるで出来の悪い生徒を見るかのように首を振る夢見。そして――ひと言。

「本当は違うんだよ」

その言葉を聞いた紫苑の顔に、隠しようの無い驚きと、そして恐怖が広がっていた。

「紫苑、君は『百鬼夜行』初の標的である清盛公の死についてどれだけ知っている?」

「め、『目比めくらべ』の祟りが効かず、百鬼夜行を使うに至った…と伝わって…」

腹と脚から血を流し、苦しむ相志の頭を膝に乗せ、僅かに声を震わせながらもかつての師、そして両親の仇からの質問に答える紫苑。その答えに夢見は再び残念そうに首を振った。

「――0点だ。清盛公は仁安三年に出家し仏弟子となっている。しかも厳島神社を建立し、神も篤く信仰していた。清盛公は、その神仏の力で祟りから何度も護られていたのさ」

「…何度も?」

「そうだ。当時の清盛公は、様々な所から恨まれ、疎まれて居たからね。当然『呪い殺したい』輩も大勢だ。しかもあの頃はそんな『呪い』文化も賑わって居た時代だからね。当然葛葉のみならず、色々な呪い師や祟り屋から、清盛公は呪詛を投げ付けられていた。けど…本当にあの頃は清盛公の時代だったのだろうね。彼は神仏の力で守られていたので、誰も祟り殺せなかった。そして弾かれた呪詛は行き先を失い都に溜まり、澱み続けた」


「そして、終わりの始まりになったのが強力な『葛葉』の祟り『目比』だ。祟りは弾かれてしまったんだが、今まで都の中で澱み溜まり続けていた清盛公を狙う呪詛の力が、『目比』の力を得てついに暴走したのさ。あらゆる呪いと祟りが肉を得て、一気に清盛公へと雪崩れ込んだんだよ。その勢いは凄まじく、神仏の加護程度じゃあもう防ぎようが無かったらしい。しかも清盛公のみならず、呪詛を送った呪い師や陰陽師も、その雪崩に悉く飲み込まれた。それは葛葉当主も例外ではなかったのさ。そして生き残った次代の葛葉は、この呪詛の暴走を『百鬼夜行』と名付け、誰も手を出さぬよう『奥義』として関連の一切を封じたのさ」

「そんな…」

「では次だ。あの『百鬼夜行』の先頭を行く、馬に乗った僧形の怪、その後ろに立つ狩衣姿の怪達。あれを見て何か気が付かないか?」

夢見の言葉に、蝶達により縛られた『百鬼夜行』、その先頭へと目を凝らし――はっとする紫苑。

「ま、まさか――」

「そうだ。先頭を行く僧形の怪こそ『百鬼夜行』の中核を為す存在、『最初の犠牲者』である清盛公。その後に続くのは清盛公を呪詛した術者達、そして肉を得た有象無象の呪詛――つまり『百鬼夜行』とは、ただ殺すのみならず、飲み込んだ人間の魂と術者の魂を永遠に捕縛する祟りの暴走、つまり呪法災害なんだよ」

切り札として、文字通り命を賭けて準備してきた『最強の祟り』。その真実を聞かされ愕然とする紫苑。その姿を見て、ゾクゾクするほどの快感に身体を震わせる夢見。

「術などと呼ぶには御粗末な、しかしだからこそ打ち消すことの出来ない最強最悪の結果をもたらす、肉を得た呪詛の雪崩。それが『百鬼夜行』の本質だ」

嗜虐心を満足させた夢見の講義が終わりを迎えようとしていた。

「そして、『百鬼夜行』を呼び出せる程の祟りを起こせる術者は、皮肉にも清盛公と共に『百鬼夜行』の一員となり果て、現代に於いてはもう『葛葉』しか残って居ない。つまり、『葛葉最強の祟り』と呼ぶのも、そういう所以さ」

「どうして…そんな事まで」

悔しさに涙を流し、顔をあげる事もままならない紫苑に、夢見はほんの少し悲しそうな顔で昔語りを始めた。

「俺の本名は…平。平家一門に連なる呪法師の家系だったらしい」

平。その名にピクリと身体を震わせる紫苑。紫苑に抱かれていた相志も目を開けていた。

「当時の呪法師達は『呪法災害』を予測はしていたが、防ぐ事は出来なかった。だが記録だけは詳細に遺していたんだよ。平家側の術者だったから、生き残るだけなら問題無かったようだね」

「そして起きた『百鬼夜行』により有力な陰陽師を失った、当時の有力一族、物部を筆頭として葛葉、菅原、藤原が“家”を存続させるため、生き残った在野の陰陽師を自らの勢力下に囲い始めた。俺のご先祖は素性を隠し、葛葉の傘下に納まって、現代まで生き延び続け…そして清盛公の無念を晴らすべく、敵である『長髄彦』と繋がりを持ち、陰陽師達の情報を『長髄彦』へと流し続けていた…その辺りの事も記録には遺されていたよ」

そして、ほんの少しだけ悲しそうな顔を浮かべ、言った。

「皮肉だよね。大量の術者を葬った災害『百鬼夜行』が、現代にまで生きる陰陽師の家系制を整えてしまったんだ。そして、その犠牲となる運命を捨てて欲しかった俺と、自分なりのスタイルで継ぐ事を選んだ紫苑様…いや」

右へ左へと待ち切れなさそうに歩きながら、それでも話を続けていた夢見だったが、

「紫苑。そう呼ばせて貰うよ。君から『百鬼夜行』の事を聞かされた時ね…正直、嬉しかったんだ。だって君と『百鬼夜行』の中で永遠に一緒に居られるんだからね。それに紫苑も愛する妖怪になれるんだ。Win―Winだと思わないか?」

そして紫苑へと向けられる、愛と狂気に満ちた笑顔。


「なんて事を…私は…」

「紫苑様…」

流れ出す涙を抑えられない紫苑。その滴りを受けながらも止める術を知らぬ相志。夢見は『百鬼夜行』を縛り付ける蝶達を眺め、少し減ったかと溜息を吐いた後、

「お前達、『百鬼夜行』はもういい。先に相志を片付けてしまえ。俺と紫苑、二人の永遠にこいつは不要だ!」

そう蝶達へと命令を下した。

 『百鬼夜行』の縛を解き、夢見の前へと降り立つ蝶の群れ――もはや傀儡と化した『長髄彦』達だ。各々の手に獲物を構え、ゆっくりと二人へ近付いて行く。

 それを見た紫苑は膝に乗せた相志へ、そっと声をかけた。

「…『百鬼夜行』は私を喰えば止まるはず。相志だけでも逃げて…」

 最後の希望も絶望へと変わり、紫苑は全てを諦めていた。

 だが相志は紫苑の頬を伝う涙を血で濡れた指でそっと拭い、紫苑の膝から頭を上げた。

「諦めないで下さい。僕は最強最悪の陰陽師、葛葉紫苑の方相氏なんですよ?」

そしてゆっくりと立ち上がり、相志は投げ捨てた太刀を拾い上げた。

「これしきの魔物…切り伏せられないと、お思いですか?」

そう言って杖代わりにして紫苑の前へと歩み出た。

「紫苑様の洗濯物を取り込むのを忘れていました。早く片付けて帰りましょう」

紫苑は自分の前に立とうとする相志の着物の袖を摘んで引っ張った。

「最悪の陰陽師って言った…」

ほんの少しだけど、頬を膨らませた上目遣い。きっと今まで誰にも見せた事の無い表情だ。

「…お叱りは後ほど」

そして笑顔を見せると、太刀と『六方睨』を構えて大音声(おんじょう)をあげた。


「遠からん者は音に聞け!近らば寄って目にも見よ!我こそは陰陽師、葛葉紫苑が方相氏!冥府の鬼神をも一刀の下に切り伏せる…不来方相志なり!」

その声に傀儡となり意思も失われた『長髄彦』達の体がビクリと震える。


「祟りの雪崩だろうが長髄彦だろうが!我が命に懸けて蹴散らしてくれる!」







 繁華街の方から、不気味な気配が漂ってきました。

まるで地獄の釜が開いたような――行き会っただけで魂が吸い取られてしまうかのような、不吉の塊が雪崩の如く押し寄せてくる感覚に背中の産毛がざわりと逆立つ感じを覚えました。

 これがきっと『百鬼夜行』――きっと紫苑さん達はそこに居る。

 私は急いで『タタリアン』の鍵を開け、中に入りました。

 やはり店内には誰も居ません。

とりあえず私も着替えるべく上着を脱ごうとして、何かを握っていた事に気が付きました。

『百器徒然袋』でした。握ったまま出てきて、そのまま来てしまったんだ…

『百器徒然袋』を床に置き、急いで若葉色の狩衣へと着替えましたが…急ぎすぎた上にクロちゃんが足元でごろごろしていたのでバランスを崩し、あられもない格好で盛大に転んでしまいました。

「いてて…もう、クロちゃん!急ぎたいんだからお行儀良くして!」

「ごめんなのにゃ…おてて痛くなかったかにゃ?」

そう言って床についた左手をさすってくれ始めたクロちゃん。

 大声出しちゃって悪い事したな…私が落ち着いてみんなをまとめないと…とクロちゃんを見ると、床に手をついた拍子に『百器徒然袋』を巻き込んだらしく、束ねた糸が切れて中の絵があたりに散乱していました。

 思わず悲鳴を上げそうになる私でしたが、その私の手の下にあった、とある一枚に私は目を惹かれてしまいました。

「――あれ?」

 そして気が付きました。

 バラバラになった『百器徒然袋』をめいっぱい床に広げると、そこには――


 私は急いで若葉色の狩衣を着直すと『百器徒然袋』のページを懐に仕舞いこんでクロちゃんに尋ねました。

「クロちゃん!相志さんがいつも使う蝋燭の場所って分かる?!」

くりんと首を傾けて答えてくれるクロちゃん。

「分かるけど、どうしたのかにゃ?」

「ありったけ持っていく!これなら『百鬼夜行』に勝てるかも!」


 そして私は、普段の『祟り』では相志さんが肩にかけて蝋燭と『百鬼夜行シリーズ』を持ち運ぶ鞄を肩にかけ、腕にクロちゃんを抱いて店の外へと飛び出しました。

 でも今夜はまるで町全体が呪いにかかったかのように誰も居ない。タクシーすら走っていない。

「んもう!何で車すら走ってないの!?急がないといけないってのに!」

焦ってそう声をあげた私に、今度はサンが声を掛けてきました。

「ママ!『歳神』呼んで!一つでいいから!」

尻尾を振りながら私を見上げてくるサン。何かあるのだろうけど問うている時間が惜しかった。

「…?わ、分かった!『歳神』よ、疾く来たれ!」

開いた片手で指刀を組んで念じると、重苦しい空気の中を一体の『歳神』が鈴の音の足音を響かせて現れた。

「ママ、ありがとう!」

そう言うが早いか、現れた『歳神』にかぶりつくサン。食べるの?!と驚いて見ていると、『歳神』は光の粒へと変わり、サンの身体に吸収されているようでした。

 すると小さかったサンはみるみる成長し、子馬ほどの大きさになっていました。尻尾の数もいつの間にか三本に増えています。

 少し大人びて、青年のような声のサンが私に言いました。

「みんな背中に乗って!一気に行くよ!」

「は…はいっ!」

…やだちょっとカッコイイ。


 そして私はクロちゃんを抱え、大きくなったサンの背中に乗って、不気味な気配の元凶――『百鬼夜行』の場所。紫苑さんと相志さんが居るであろう場所へと向かったのでした。


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