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13-1 一つ目小僧

 21時42分。

 遅い時間にもかかわらず、新幹線の車内は結構な乗客の数だった。

 私と同じ包みを提げた女性客が何人も乗っていて、皆満足そうにうっすら笑顔を浮かべている。通路を挟んだ向こうの女性も、同じコンサートに来ていたのだろう。奇妙な連帯感を感じ、互いの覚めやらぬ興奮を共有してみたいとも思ったけれど、私達の間に暗い顔をした、けれど目だけはギラギラさせた、お近付きになりたいとは思えない男性が席に着いたことで私はその考えを諦め、帰るまで自分の興奮を瞼の裏で反芻して過ごす事に決め、静かに目を閉じた。


 新幹線が動き出し、しばらくしたところで、すぐ近くから悲鳴が聞こえた。

 声の方に目を向けると、通路の向かいに座っていた、あの目をギラギラさせた男性が、その手に持った茶色い大きな棒の様な何かを、隣に座る女性の頭に何度も振り下ろしていた。男性が棒を振り下ろすたびに鈍い音がして、列車の壁に赤い飛沫が飛び散っている。

 女の人が襲われている?!何故?!どうしてこんな所で?!

 状況が理解できずただ呆然としていると、ワイシャツを着た背の高い男性がその男を後ろから羽交い絞めにした。そして、

「逃げて!逃げてください!」

と私に向かって声を上げていた。

 その叫びで車内の乗客は出口へと殺到した。

 けれど、座席の出口直ぐ前で揉み合いになっていた私はそこから動く事が出来なかった。

 どうしよう?!座席を乗り越えて逃げればいいの?!2人に退いて貰えるの?!

 そんな事を考えて逡巡していると、新幹線が大きく揺れた。そのはずみで、揉み合っていた男性二人が転倒した。

 逃げるなら今しかない!そう思い通路へ出ようとしたが、足が思うように動かずもどかしい。握り拳で太腿を殴りつけて気合を入れ、顔を上げるとそこにはいつの間に立ち上がったのか大きな刃物を振るっていた男性が私の目の前に立ち塞がっていた。

 目だけをギラギラと光らせ、手には血の付いた大きな刃物。無表情で振りかぶる男性。

 殺される!私は悲鳴を上げながら両腕で頭を覆った。

 左腕に殴られた衝撃が走る。

 その時、一緒に倒れた男性の声が聞こえた。

「早く!早く逃げて!」

男性は逃げることもなく、再び立ち上がって再度、刃物を持った男性に掴みかかっていたのだ。

 私は助けてくれた男性に礼をいう事も出来ず、必死にその場を立ち去った。

 凶行の起きた車両を出て、一度だけ振り向いた私が最後に見た光景は、私を逃がしてくれた男性が通路に倒れ、そこへ鉈を持った男が馬乗りになったところだった。それが自分じゃなかった事に安堵したが、身も知らぬ男性が代わりに犠牲になっている事に、胸の奥で鈍い痛みが疼いた。それと同時に左腕が熱い事にも気が付いた。

 斬りかかられた左腕は前腕の肉がべろりと垂れ下がるまで切り裂かれ、滝の様に血が流れ出していて、それをまざまざと見た私は、蝋燭の炎が吹き消されるように目の前が暗くなった。




――名前は?

「小嶋一郎です」

――起訴状では住所不定、無職となっていますが?

「事件の前はホームレスをしていました」

 質問に答えればいいだけ。気持ちを素直に言えばいいだけ。言いたい事を言えばいい。少し緊張するけど、きっと大丈夫。僕は裁判長の質問に素直に答え続けた。

「予め計画を立てて、逃げ場の無い新幹線の中を選んで、窓側の人を確実に殺せるように、2人掛けの通路側の席を取りました」

思っていたよりもスラスラと答えられる自分に少しだけ驚いた。

「無期懲役を狙っての無差別殺人をしました。確実に殺せるようにと、私はその舞台に新幹線の中を選び、窓際にいる人を殺そうと、頭を狙って斬りつけました。でも…一撃で殺せると思ったのに、まだ全然死にませんでした…残念にも殺し損ないました」

その言葉に嘘は無い。本当は2人くらい殺してやりたかったのだから。2人までならセーフだから。死刑にはならないから。

 正直、楽しかった。思い出すと口の端が思わず持ち上がってしまう。いや、もうニヤニヤしているのかもしれない。

「一生を刑務所で暮らしたくて、乗客を無差別に襲いました。誰でも良かったんです。男だろうと女だろうと、子供だって老人だって――人間なら誰でも」

嘘は一切話していない。自分で何かを決めて、それで挑戦してみたとして、それが上手くいかなかったら自分が間違っていた、自分には才能が無い、という事になってしまう。自分の欠点を否が応にも認めさせられる事になる。

「自分で考えて生きるのがもう嫌だったんです。だったら他人が決めたルール内で生きる方が楽だと思い、刑務所の生活を――無期懲役を狙いました」

それならいちいち悩む事もないし、挫折を味わう事も無いんだから。

 もう自分は社会の最底辺なんだから、これ以上の底なんて無い。

 だから。

「刑務所に入るのが夢でした。3人殺せば死刑になるので、殺すのは2人までにしておこうと思いました。そして僕は止めに入った人を――」

目を閉じると鮮明に蘇る、背骨に冷たい電流が走るような、ぞわぞわとする初めての感覚。

 圧倒的に優位な狩人、そして追われる獲物という絶対的な関係性に陶酔した。

 他者を圧倒するという全能感に酔っていた。けど、そのおかげで、僕を止めようとした男性を一人、返り討ちにすることが出来たんだと思う。

 聞けば、僕は60回以上もこの人を刺しまくり、ナイフは曲がっていたという。しかもそうやって僕を止めようとして殺された男はエリートだったらしい。どんなにまともで性格がよくて有名企業で働いて順風満帆な暮らしでも、こんな僕が命を奪えたんだ。

 閉じていた眼を開き、僕は答えた。

「見事に殺しきりました」

僕はあの時、これでやっと復讐出来たような気がして。僕はこれで満足できた。達成感を得られた。そして僕は、これで望みの生活が手に入れられるんだ。もう僕の平穏を邪魔する奴は誰であろうと許さないんだ。

「無期刑になったら、二度と社会に戻って来ることが無いよう全力を尽くします」


 そして――判決。

「被告人小島一郎を――無期懲役に処する」


 僕以外の人間は殆どが苦い顔をしていたように見えたが、これは当然の判決だ。そうなるように調整したんだから。

 本当に嬉しかった。エリートを引き摺り落とせた上に、復讐も果たせた。しかもその上で望みの生活が手に入ったのだ。復讐を果たす事で――人を殺す事で。

 僕の勝ちだ。この国を治めるシステムに僕が勝ったんだ。

「控訴はしません。ここで万歳三唱します!」

 静まり返る法廷に僕のバンザイが響く。けれど僕の勝ち鬨は2度目で刑務官に制止された。

 お客さん達は汚い虫を見るような眼で僕を見ていたけど。

 そんな虫けらにお前等は負けたんだ。

 そう思えば、余計に爽快でしかなくて。


 けれど――


 僕が本当に殺したかったのは。

 本当に復讐したかったのは。


 僕を捨てた両親だったんだけどね。

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