幕間 其の四(後篇
「――貴方が『凌王』ね」
夢見さんに言われた、アミューズメント施設『夢見館』入口脇の自動販売機。その裏に、灰色をした中くらいの蜘蛛が巣を作っていた。
「私は『葛葉』の飯綱若葉。物部勝比呼さんにお会いしたいの。取り次いで貰える?」
私がそう声をかけると蜘蛛は多少身じろぎしたものの、無言を貫いている。
「…ねぇ、何とか言ってよ?じゃないと私、一人で虫に話しかけてるアブナイ子みたいなんだけど…」
虫だったら嫌だけど式神なら大丈夫。私は指で『凌王』をつんつんしながらねぇねぇ、と声をかけ続けていた。しかし『凌王』はもぞもぞと動いたり前足?をパタパタさせるばかりで何も応えはしなかった。何とか言いなさいよー、としばらくイジメていると、私の直ぐ後ろにいかにもといった黒塗りの長い高級車が停止し、中からこれまたいかにもといったMIBが現れて私に声をかけてきた。
「飯綱若葉様ですね。御屋形様がお会いになられます」
あれ…凌王くんは?と思い、何度か自販機裏の凌王を振り返っていると、MIBが再び声をかけてきた。
「申し訳ありません。『凌王』は話せないのです」
この子はあくまで見張り役という事なのかな。少し悪い事をしてしまった。
「あ…ごめんね、凌王くん。ありがとうね」
私がそう言うと、凌王は前足?で頭を掻く様な仕草を見せた。ちょっと可愛いかも。
黒服に促されて車に乗ると、向かいに以前見た顔、物部勝比呼さんの顔があった。
「お久しぶりです、若葉さん。物部です」
そう私に声をかけてきたが、ほんの少し違和感を感じる。もしやと思い夢見さんの所に居た蝶を見た時のように『真贋を見破る目』で見つめてみると、首に縄をかけられた、ぼんやりとした人の顔が見えた。なので失礼かとは思ったが聞いてみた。
「お顔は物部さんだけど…違うよね。式神さん?」
そう尋ねると、目の前に居る姿はぐにゃりと形を変え、何処にでも居るような禿げたおじさんの形になった。
「よくお分かりになりましたね。私は御屋形様の式神が一人、ゴンザレスと申します」
本人が来ないのは当然としても、騙そうとしてくるとは思わなかった。しかも騙した当人は言うに事欠いて日本人顔で“ゴンザレス”と来たものだ。空気が読めないのか、それともからかわれているのか。ほんの少しイラっときて、つい口調が荒くなってしまった。
「…ふざけてるの?」
すると目の前に居るゴンザレスは、めっそうもございません、と首を振って言った。
「元々は権三、と呼ばれておりましたが、時代に合わせ、御屋形様が呼び名を変えて下さったのです」
あくまで丁寧に話してくるが、目の前の式神は私に本当を何一つ見せていない。
「けどそれも――本当の名前じゃないよね」
私がそう言うと、目の前の姿は本当に降参するような表情で、つるりとした頭を撫でた。
「…これは手厳しい。申し訳ありませんが、私達は名前で命を縛られ、名前で結びを与えられております故、本名はご勘弁下さい」
物部に縛られ式神として使われている魂、という事か。私を騙そうとした事も、他者の魂を縛るそのやり方も気に食わない。
「――その結び、解いてあげられると言ったら?」
すると目の前の式神は一瞬明るい表情を見せたが、直ぐ様我に返った様にその顔に恐怖を浮かべた。
「試すような事をしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。ですが、それに答える事は私の存在、ひいては子孫の扱いにまで関わります故、何卒…」
脂汗を流しながら震え、膝に頭をこすり付けて平伏する式神。いつの時代かは分からないけれど、一族の繁栄と引き換えに己が魂を捧げ式神となる――哀れとは思うが、これが『表』を司る陰陽師、物部のやり方、と言う事なのだろう。
「安心して。無理にはしないから。でも本物の物部さんには会わせてね」
こんなやり方には納得が行かない。けれどそんな人達にも頼らなければならないほどに、私は無力なのだ。その事実を噛み締めながら、それから私はずっと無言で車に揺られ続けていた。
道中目隠しをされることも眠り薬を飲まされる事も無く、漸く辿り着いたのは、十円玉に載っているようなだだっ広い和風の建物。その中を散々歩かされた後、ようやく会えた物部さんはこれまた時代錯誤と言われそうな御簾の向こうで胡坐をかいて座っていた。謁見の間、といったところでしょうか。
じいっと見つめても違和感は無い。今度は本物の物部さんらしい。
御簾の前に置かれた座布団の上に膝を折る。私の左右にはいかにもボディガードといった風体のMIBが数人立っていた。
「物部だ。して何用か?『葛葉』の弟子よ」
以前『タタリアン』に来店された時とは違う、威厳に満ちた声が御簾の向こうから聞こえる。私は座ったままで床に手をついて頭を下げ、ゆっくりと顔を上げて言った。
「紫苑さんを助けたいんです。私に力を貸して頂けませんか?」
「…意味が理解しかねるな」
「紫苑さんは『百鬼夜行』を使って、その仇諸共死ぬつもりなんです」
御簾の向こうから驚きの様子が伝わってくる。
「まさか『百鬼夜行』を使う気だとはね…紫苑め…」
「はい。『百鬼夜行』は標的と術者の命を必ず奪う、と聞いています。けれど私は紫苑さんを助けたいんです!」
私がそう答えると、御簾の向こうで物部さんは少しの間を置いて言いました。
「そんな事の為に――宗家に動けと?」
威厳に満ちたビリリとするような恫喝の口調に圧倒されそうになる。だが、ここで退く訳にはいかない。
「紫苑さんを助けたいんです!」
私も必死に声をあげる。だが物部さんはあくまでも冷やかに応えた。
「葛葉の『百鬼夜行』は最強の祟り。物部にある式神全てを使い介入したとしても止められるか分からぬ代物であろう。頭領としてそのような分の悪い賭けに挑む訳には行かん」
つまり、宗家に利益が無いから動かない、という事?
「それだったら何かこう…全ての魔を退ける鏡!とかそんな都合の良いお宝とか貸してもらえないんですか?」
「…滅茶苦茶な事を言ってるって自覚あるよね?」
一時だけ素に戻り、呆れた様に話す物部さん。
「最強の祟りを止めようとしてるんです!滅茶苦茶な事でもしないと無理でしょ!」
正座していたのだけれど、つい熱が入って片膝を立てて熱弁してしまった。けれどその一瞬にして周りの空気が凍りついた。いや、正確にはボディガード達の殺気で凍りついたのだけど。
しかし物部さん。軽く左手を振って、護衛達を下がらせてくれた。さすがに無礼討ちで殺されるのは勘弁して欲しい。
「だったら、死んだ紫苑の魂を式神として物部で飼うまでだ」
「嫁にするとか言う話はどうなったんですか?」
「祟りを止められたとして、素直に嫁に来ると思うか?」
素で話す物部さん。確かにそれは無い。私は素直に首を振った。
「物部も大きくなり過ぎたのさ。私の一存だけで動ける図体ではなくなってしまったのだよ。今後の経営を考えれば、明らかに損失が大きすぎる」
御簾の向こうで物部さんは小さく溜め息を吐き、これはオフレコで頼むよと、おそらく回りの家臣達に念を押した上で語り始めた。
「紫苑ちゃんを好きなのは本当さ。小さい頃からずっと憧れていたんだからネ」
だったらどうして手を貸してくれないの?と言いそうになったが、その理由は直ぐに話された。
「でも、小さな頃の大切な宝物だけじゃあ、怪物は飼い慣らせないのさ」
物部さんのそのひと言に大きな悲しみを感じ、私はそれ以上は何も言えずに物部宗家を後にした。
『タタリアン』までではなく、その途中まで車で送って貰い、賑やかな町並みを一人で歩いた。
物部宗家を出る時から肩に乗っていた、小さな天道虫。力は弱いが、これも式神だと気付いていたから。肩から掌に乗せて話しかけてみる。
「まだ何かあるんですか?」
適当なところで声をかけてみると、口調は違うが先程まで会話していた声が聞こえた。
「やっぱり気が付いてたんだ?流石は紫苑ちゃんの弟子だネ」
「…物部さん?」
「そうサ。個人的に若葉ちゃんを助けたいと思ってネ」
宗家としては動けない、と言う事だろうけど、正直ありがたい。
「これは宗家としての意志とは離れた、僕個人の思いでこの式を飛ばしている。だから駒の式神は使って居ないんだ」
「ありがとう…ございます。すっかりダメだと思ってたから…」
私が素直に礼を述べると、物部さんは神妙な口調で語り始めた。
「これから話すのは物部だけが知る事実だと思う。おそらくは夢見も知らない事だろう」
物部さんはそう前置きした上で話し出した。
「紫苑ちゃんや若葉ちゃん、正統な葛葉の陰陽師が使っている『画図百鬼夜行』。これを記した絵師、鳥山石燕は葛葉お抱えの絵師だったとも、葛葉の術師だったとも伝えられているんだヨ」
「えぇ?!…でも…じゃあ、何故そんな本が一般に?」
「逆さ。世間一般に広めるためだヨ――『妖怪』を。世に広まれば『祟り』も巷間では『妖怪の仕業』に出来るからね。『葛葉の祟り』は『妖怪の仕業』へとすり替わり、そうして陰陽師は安心して世間の闇に潜む事が出来る、という訳サ」
あぁ。天狗の仕業じゃ!と言うアレね。
「よくそんな事が伝わっていましたね…流石です」
「妖怪ブームで大儲けしたのは物部だったんだよネ」
「…前言撤回します。褒めて損しました」
あぁあぁそんなぁと慌てる物部さん。
「でも、悪くない手法だと思うヨ?『画図百鬼夜行』は何処からどう見てもただの妖怪絵巻だ。それにまさか巷に出回る本に葛葉の『祟り』の秘密が隠されているとは思いもしないだろうしネ」
秘密が秘密でない所にある。隠されても居なかったとは、正にお釈迦様でも気がつくまい、といった所か。
「真似しようとしたところで並の陰陽師には到底無理でしょうしね」
「よくお分かりだネ。流石は紫苑ちゃんの弟子だ」
そう言って更に物部さんは語り続けた。
「石燕の『百鬼夜行シリーズ』には妖怪以外も収録されているのは覚えているね?そこに何かしらのヒントが隠されている筈だヨ」
石燕の『百鬼夜行シリーズ』か。授業では本物を見せて貰ったけど、私の手元にあるのは、夢見さんから頂いた『百鬼徒然袋』だけだ。どうしよう、と思っていると、物部さんが話し出した。
「そしてもう一匹の式神に、若葉ちゃんの部屋へ紫苑ちゃんが持っている物と同じオリジナルの『百鬼夜行シリーズ』を届けさせた。僕からの支援はこれが精一杯サ」
「ありがとうございます!頑張ります!」
「ところで…もし、『百鬼夜行』を止める事が出来たら、若葉ちゃん物部の嫁に来ない?」
嫁入り先としてはこれ以上ない玉の輿なんだろうけど、正直気が進まない。お露さんなら飛び付くのかも知れないけれど。
「冗談として受け取っておきますね。またケーキ、食べに来て下さい。今度は適正価格でお出しします」
私の返答に物部さんは、そう言うと思ったサ、と笑い、そうそう、あとこれが言いたかったんだよネと付け足した。
「…このメッセージを再生後、この式は消滅する」
そう伝え終わると、掌で天道虫が形代に戻り燃え上がった。IMFかと。
でも大きなヒントは得られた。後は私の頑張り次第だ。
次なるお話は『一つ目小僧』。かつて厄神の使いであった道化師が運ぶ祟りとは?
ご期待下さい。
(2018年の東海道新幹線殺傷事件を元にしています)




