幕間 其の四(前篇
相手と術者の魂を喰らうまで止まらない最強の祟り『百鬼夜行』は既に成されている。
紫苑さんは確かにそう言った。
しかし――だけど、どうにかしたい。本当にどうにも出来ないものなのか。
私は紫苑さんの言葉も待たず、駆け出していました。
向かったのは小夜鳴市最大のアミューズメント施設『夢見館』。
『夢見館』は、ゲームセンターの他にもライトスポーツ施設や幼児向けの遊戯場や入浴施設まで完備された、年齢性別問わず一日中楽しめる、地上5階、地下1階の小夜鳴市最大のアミューズメント施設。
そして、豊富な陰陽術の知識を誇る、紫苑さんの師でもある『夢見 憂』さんの家でもあります。
「夢見さんっ!」
店員さんに夢見さんを呼び出して貰い、現れたイケオジに私は飛びつきました。
「ど、どうした若葉ちゃん?そんなに血相変えて。もしかしてオジさんに愛の告白?」
店員さんは勿論、一般のお客さんだって周りに居る。けれど気にしている余裕はありませんでした。
「百鬼夜行――止める方法は無いんですか?」
その言葉を聞いた夢見さんの表情は、ほんの一瞬だけど、とても厳しいものになっていました。そんな夢見さんは私の肩へゆっくりと手を置き、私の頬に顔を寄せると耳元で静かに言いました。
「――ここは目も耳も多い。別の場所で話そう」
ビルの6階にある職員用のフロアを通り抜け、夢見さんが持つカードキーでのみ開くエレベータで8階、『社長室』と書かれたフロアに降りると――
「社長室、とはあるが俺の家さ。ここなら従業員の眼もないから大丈夫だ」
生活観が皆無な、極限までデザイニングされた生活観の無い空間が現れました。まるで再放送で見たバブル期のトレンディドラマみたい…と思っていると、
「とはいえ、これから話す内容が内容だから、念には念が必用だよね…」
夢見さんはそう言うと、ショールームかと思わせるフロアをパタパタと歩き、これまた周囲のデザインとは全く乖離した、中世ゴシック様式を思わせる木製のドアの前で立ち止まりました。
もしかして…と思っていると案の定、夢見さんは扉の横で胸を手に軽く頭を下げ、
「ようこそお嬢さん。この先が俺の『月光の森』だ」
と言いました。
扉をくぐると、暗闇の中に橙色の灯りが並んでいるのが見えました。少しずつ目が慣れてくると、私達は夜の森の中を貫く道に立っており、その脇に瓦斯燈の様な灯りだけが揺れているのだという事に気が付きました。
鳥の鳴き声に、虫の音。時折遠くをふわりと流れる人魂のような淡い灯り。『夕闇の境』とは違い、様々な生命の香りがする世界。
「夜は静かなものだと思っていたろう?けれども本当は、夜こそ生命が輝く時間帯なんだよ」
『隠れ里』と言われなければメルヘンの世界にでも迷い込んだかと錯覚してしまいそうになる世界でした。夢見さんが陶酔するように語るのも分からないでもない。
「とはいえ、夜の美しさを楽しんでいる余裕は無いよね――急ごうか。目的地を思い浮かべてそこを摘まみ、こう引き寄せるイメージで…」
そう言って夢見さんが右手を上げ、宙をつまむような動作をし、軽く引っ張る。
すると目の前の景色がまるで早送りしたかのように流れ去り、一瞬で目の前に大きな西洋風の大きな建物が飛び込んできました。所謂、洋館と言われるものだろう。
「ほらね、もう着いた。ここが僕の『夢見館』だ。ここならどんな話をしても外部に漏れる事は無いよ」
一見お洒落で可愛いとすら思える洋館。けれど僅かに辺りを漂う、残り香の様な悲しみが鼻について、少し怖さすら感じられます。けれど今はそんな事を気にしている暇は無い。私は案内されるままに『夢見館』の扉をくぐりました。
扉をくぐり中に入ると、薄暗いエントランスホールの中を七色に輝く蝶が数匹舞っていました。あまりの美しさに、ホールを舞う蝶達を呆けたように見上げていると、夢見さんが教えてくれました。
「この蝶達は夢の住人だ。世を怨み、嘆き、悲しみ、生きる目的を失った人達の魂だよ。よぉく注意して見てごらん。魂の形が見えるはずだ。それが陰陽師の力の一つ、『真贋を見破る目』だよ。覚えておくといい」
そう言われ注意して目を凝らすと、蝶の姿に重なるようにうっすらと、小さな人間の姿が見えてきました。
「彼等はこの館で蝶になって、永遠に覚めない幸せな夢を見続けているんだ。本当は式神として使役する事も出来るんだけど、それじゃあ美しくないからね」
エントランスには数匹見えるだけだけれど、まだこの館の中には同じ様な蝶が存在しているという事なのだろう。
「力無く、儚く美しい。魂の形としてこれ以上の姿はないだろ?」
夢見さんの言葉に私は適当に相槌を打つしか出来ませんでした。
運命を呪い、受け入れられずに抗い爪を立てた人達の起こす『祟り』。
運命に嘆き、受け入れるしか出来なかった人達が夢に逃げた『魂の虫籠』。
とても美しく、それだけにとても――悲しい魂だと思ったから。
これが夢見さんの陰陽術『魂の虫籠』か。
儚く宙を舞い続ける蝶の夢を後にして、私達は小さな部屋に入りました。
「何があったんだい?」
ふわふわのソファに促され素直に従うと、建物の雰囲気とはまるで解離した、ペットボトルのお茶を目の前に置かれた。自分も同じペットボトルを手に、向かいの窓辺にもたれ掛る夢見さん。
「『裏見園』に案内されて、紫苑さんに言われたんです…」
その言葉に夢見さんの表情が動いた。優しいおじさんから一瞬で厳しい先輩の顔つきになる。
「…『葛葉』を引き継いで守れ、って言ったのかい?紫苑様なら言いそうな事だね」
煙草に火をつけ、紫煙を漂わせながら聞いてくる夢見さん。
「はい…紫苑さんは『百鬼夜行』を使って仇と一緒に死ぬつもりなんです」
「それは僕も相志様から伺っているよ」
知っていたのなら!…と一瞬声を荒げそうになるが、チャラく見えて夢見さんは主従関係には厳格な人だ。きっと口を出す事は出来なかったのだろう。というか紫苑さんならどんなに食い下がってもサラリと流してしまいそうではあるけれど。
「…どうにかならないんですか?」
「僕も色々調べたんだけどね…直球で言わせて貰えば――どうにもならない」
「そんな…」
最高の知識を持つと言われる夢見さんをしても“どうにもならない”と言わしめるのか。
「『百鬼夜行』は葛葉最強の祟りだ。どんな相手だろうが確実に標的の命を奪うことが可能と言われている。だがその代償も大きく、術者の命も持っていかれる、と伝わっている。というのを知っているだけなんだよ」
「それだけ…なんですか?」
無言で頷く夢見さん。私が紫苑さんから聞かされた内容と殆ど変わりが無いなんて。しかしそこはさすが夢見さんだった。
「葛葉の歴史に於いて『百鬼夜行』が行使されたのは、清盛入道に対しての一度だけ。そして、術を行使された頭首はその際お亡くなりになられている。つまり圧倒的に情報が足りないんだよ。葛葉頭首のみが知る秘奥義というだけあって、どんな術なのか、この俺にも分からないんだ。得体の知れ無い物は防ぎ様も消しようも無いんだ」
「そんな…それでも何とか出来ないんですか?!」
それでも食い下がる私に夢見さんは小さく溜息を吐き、そして小さく微笑んで言った。
「いい機会だ。若葉ちゃんに陰陽師の術の打ち返しに関する講義をしてあげよう」
「打ち返し?」
「ほら、マンガとかでよくあるだろう?魔法を跳ね返したりかき消したり」
「MTGのカウンタースペルみたいなものですか?」
「…その例えを出せる君の知識はどこから来てるのかなぁ」
まぁいいや、と夢見さんは仕切り直し、生徒に授業をする先生の顔になった。
「例えばだ。ここに『鮭おにぎり』があるとしよう。どこのコンビニおにぎりかはこの際気にしない」
右手を掲げておにぎりを持つしぐさをする夢見さん。
「別に手作りでも…」
「独身生活が長いんで、手作りおにぎりという概念が無いんだよ」
「…なんかごめんなさい」
さぁ、僕の独身生活についてはいいから授業に戻るよ、と夢見さんは講義を再開した。
「この『鮭おにぎり』を相手に投げつける。これが呪詛だ。あるいは祟りと言い換えてもいい。ぶつけられた相手はご飯まみれになっちゃうね」
砕けた口調だけど分かり易い講義だ。きっと紫苑さんもこうやって学んできたのだろう。
「この呪詛から身を守る術は2つある。それが反射と相殺なんだ。投げ付けられた『鮭おにぎり』に対し、まったく同じ『鮭おにぎり』を投げて跳ね返す。これが反射。所謂『呪詛返し』と呼ばれるモノだ」
うん。所謂とか言われても『呪詛返し』なんて言葉、初めて聞いたや。
「対して相殺というのは、この『鮭おにぎり』と正反対のもの…だから…生海苔に生米と…新巻鮭?を投げ返す必要があるんだ」
「解説は大変分かり易かったんですけど…おにぎりでの例えには無理がありましたね」
「それは俺も反省しているよ…」
「つまり、+4に対し+4を足して跳ね返すのが呪詛返し、-4を足して消すのが相殺、って事ですね?」
「そうそう!それが言いたかったのおじさんは」
「はい。とりあえず、反射と相殺の概念は理解できました」
さすが紫苑さんの先生だ。聞いた事の無い概念でもするりと理解できてしまった。
「うん。で、つまり、この『百鬼夜行』という術が+なのか-なのか、どんな数字かも分からない、という事なんだ」
「おにぎりは捨てたんですね」
「けどね、術というのは数式であるとも言い換えることが出来る。である以上、分解する方法、身を守るすべというものは必ず存在するのさ」
「じゃあ紫苑さんや私の使う、妖怪の『祟り』も…」
「あぁ。理論的には破る事が出来る」
「けれどもそれが難しいって訳ですね?」
「そう。紫苑様の『祟り』には『辻神』という強力なマイナス不確定要素の塊を複数使う上に『依頼人の血』という複雑な因子まで混入されている。その上それに姿を持たせるなんて芸当、紫苑様しか知らない若葉ちゃんにとっては普通の事なのだろうけど、並の陰陽師では『辻神』を呼ぶって事はとても難儀な事なんだよ?僕なんか『辻神』一匹呼ぼうとしたら数日がかりだ。けど紫苑様はそんな離れ業を『趣味』の一言で済ませてしまわれる。そしてそんなテクニックを受け継ぎ普通に使いこなせてしまう若葉ちゃん…二人とも、本当に物凄い力を持った陰陽師なんだよ」
普通だと思っていた事が物凄い事だったと聞かされても、今更何の感慨も沸かないが、
「でも、打ち消せない訳ではない…という事ですね?」
可能性が無い、という訳では無い事が知れただけでも有難い。どうにかしてやるっ!と鼻息を荒くしていると、そんな私を見た夢見さんが軽く笑いながら、
「本質に辿り着けるのはきっと――若葉ちゃんのような気がしてるよ」
と言ってきた。
「そう言って煽てて口説く気ですか?」
ついいつもの調子でおどけて返事をしましたが、そこには思わずドキリとするような哀愁を漂わせた夢見さんが居ました。
「紫苑様の『百鬼夜行』。そこに『若葉ちゃん』という最強の陰陽師に比肩する『歳神』使いの新人。もしかしたら…とも思いたくなるのさ」
そう言って窓の外に眼を向ける夢見さんは、とても悲しそうに。だけどそれが楽しみで仕方ないように見えて…私はそれ以上何も言えませんでした。
「俺も諦めないで考えてみるよ。だから負けるんじゃないぞ、若葉ちゃん」
『月光の森』の出口で夢見さんが見送ってくれた。ついでにお店で一緒に遊んでいくかい?とおどけて声をかけてくれたけど、私にはまだ行きたい所がありました。
「――物部本家への行き方を、教えて頂けますか?」
そう夢見さんに尋ねると、本当に驚いた表情を見せて、
「まさか、宗家に助けを請う気なのかい?」
と聞いてきた。無言で頷くと、
「無駄だよ、物部には権力はあっても力は無い」
と吐き捨てるような口調で教えてくれた。
「それでも…何もしないよりはマシです」
陰陽師のトップに居続ける存在なら、何か知っているかもしれない。可能性があるのなら賭けてみたい。私は夢見さんをじっと見つめ返した。すると夢見さんは小さな溜息を吐き、
「…此岸の『夢見館』の入口。その脇にある自販機に巣を作っている蜘蛛がいる。季節外れだからすぐ分かる筈だ。その蜘蛛は僕を見張っている物部の式神でね。名前は…確か『凌王』と言ったかな。そいつに話してみるといい」
「ありがとうございますっ!やっぱり夢見さんは頼りになりますっ!」
そうして私は『月光の森』を後にした。
次回は幕間(後編)。物部の屋敷に向かった若葉。そこで得られたものとは?
ご期待下さい。
最終話まで書き溜め完了。気が向き次第UPしてゆきます。




