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8-4 鉄鼠

R2.10.6 加筆修正

「続きましては事故のニュースです。小夜鳴市の警察署が倒壊するという前代未聞の事故は、建物の老朽化が主な原因と見られており、倒壊に巻き込まれた犠牲者は二十名を越える模様です。なお、市役所の三階が臨時の警察署として運用される予定となっており――」


「しかし派手にやりましたねぇ…」

開店したばかりでお客様もまだ来ないこの時間、厨房のテレビでは先日の『小夜鳴市警察署倒壊事故』について大々的に報道されていた。私はのんびりとコーヒーを飲みながら言いました。

 『鉄鼠(てっそ)』は強力な妖怪だとは分かっていたが、まさかここまで派手にやるものだとは思いませんでした。そんな私の考えを察し、相志さんが教えてくれました。

「鉄鼠は自己顕示欲が強いですからね。それに報道こそされていませんが、暴力団の組事務所も似たような状況の筈ですよ」

自分の成果を人々に見せ付けたい、という理由あっての派手な始末だったのか。

「愛を求めたり自己顕示欲だったり…妖怪って随分と人間臭いんですね」

「妖怪というのは人のこころが生み出すものですからね。言い換えれば人間臭さのカタマリですよ」

人間のこころが寄り合わさり、常人を遙かに抜きん出たとしたら――それは最早、人のこころではないのだろう。それが妖怪という事か。

「鉄鼠って元は偉いお坊さんなんですよね」

「えぇ、正確には自分の祈祷で生まれた皇子を祟り殺すような、ですね。望みの褒美を貰えなかったから、というそれだけで。涅槃を目指す僧が現世の色に狂い堕ちた浅ましい姿があの鼠なのです」

 などと話し合っているとドアベルがカラカランと来客を告げたので、急いで店内に顔を出すと、小鳥遊さんが疲れた顔を俯かせ、ボロボロの様子で立っていた。

「いらっしゃいませ…って朝からお疲れの様子ですね」

「あぁ――うん。あれから色々と大変でね…瓦礫の中から資料を掘り出したりホトケさんを掘り出したりで徹夜続きだったのよ」

そう言いながら大きく伸びをする小鳥遊さん。

「本当はさっさと帰って寝たいんだけどねー。でも私の頭はマカロン分が足りない訳なのよ」

つまりは糖分が欲しいのだろう。そんな様子を見て心配になったのだろうか、サンが私の肩の上から小鳥遊さんの肩に飛び移り、頬ずりをし始めた。

「あら…ありがとねサンちゃん」

サンの背を撫でながら気持ち良さそうに目を瞑る小鳥遊さん。

「君がスリスリしてくれるお蔭かな。荒んだ気持ちが楽になってきたよ…気持ちいいなぁ…」

本当にサンはいい子だなぁと微笑ましくその様子を眺め――ある事に気が付いた。

「小鳥遊さん!ま、()()()()()()()()()()()()?!」

私の声に相志さんもこんぺいさんも驚きの表情を浮かべていた。

「見えるも何もここに居るじゃない。でもちょっと…色薄くなった?キミどうしたの?」

肩のサンを捕まえて掌に乗せて応える小鳥遊さん。私のように巫力に目覚めたのだろうか?でも“薄い”とはどういう事だろう。サンも首を傾げている。

 などと考えているとこんぺいが泳いできて小鳥遊さんの前で止まり、

「姉ちゃん、俺やサンは透けて見えているのか?」

と質問を始めた。

「…いえ?前に会った時より、色が薄いかなって感じだけど」

「だとすると相志の少し下くらい…か?じゃあ次は――」

そう言って…腕?胸ビレを組み横回転をしながら考え込むこんぺい。ピタリと停まると真面目な口調で言った。

「姉ちゃん、俺が今から胸に飛び込むからギューっと抱き締めるんだ。いいな?」

「へ…?あ…うん…」

「んじゃあ…いくぜぇぇぇぇ!」

そう言って小鳥遊さんの胸に顔から飛び込んだのだが、抱き止められた途端、奇天烈な悲鳴を上げながら強引に腕の中を飛び出した。

 そして釣り上げられた魚の様にビチビチと床を転がりまわっているこんぺいさん。しかも既に離れたにも関わらずひゃおえぇ、とかぬわぁといまだに身体を震わせながら悶えている。すると、

「姉ちゃん…アンタ『辻神』への耐性があるみてぇだな!」

床の上でビチビチと震えながらこんぺいさんが叫んだ。一方、腕の中から逃げられた小鳥遊さんの方は意味が分からずキョトンとしている。

「どういうことですか?こんぺいさん」

私の問いかけに対し、息も絶え絶えになりながらも律儀に答えてくれるこんぺいさん。

「普通の人間は『辻神』にうっかり触れちまったら憑かれて不幸な目に遭うんだが、この姉ちゃんはもう憑かれる事ぁ無ぇんだ。それどころか平然と素手で捕まえられるし蹴り飛ばす事もできる。つまり高い耐性があるんだな。そんな奴が居ると話にゃ聞いた事はあるが…俺みてぇな『辻神』生まれにも効果があるたぁ正直驚きだ」

「えっと…つまりどゆ事?」

相変わらず意味が分かっていない小鳥遊さん。無駄に大きな胸をばいんばいんさせながら聞いてくる。

「小鳥遊さんはあの“黒い足”を跳ね返す力を手に入れたんですよ」

私が小鳥遊さんにも分かりやすいように説明し直す。

「黒い足って…あーあれか。何か…気持ち悪いよねぇあれ。何なの?」

小鳥遊さんも『鬼哭の辻』での儀式を思い出し尋ねてきた。

「あれは『辻神』といって、不幸の塊なんです。普通の人がアレに触れると悲惨な目に遭うんですよ」

私がそう教えると小鳥遊さんは腕を組んで少し考えた後、

「そっか…同級生の結婚式に行く時、ソフトクリームが新品のドレスにぶつかったのはアイツの所為ね」

と言ってきた。

「多分…そう、だと思います」

悲惨な事には変わりないけれど…とりあえずそういう事にしておこう。濡れ衣だったらゴメンナサイ辻神さん。

「今度、同級生の結婚式に呼ばれたら捕まえて持っていこ。新郎新婦に投げ付けてやるの」

「それはちょっとシャレにならない気がします…」

「そうは言うけどね…若葉ちゃん?三十路を前にして、同級生が結婚して行くのを見送り続けるのは――悪夢よ?」

私に顔を寄せ、黒いオーラを放ちながら力説する小鳥遊さん。

「挙句の果てには『結婚しました』とか『子供が出来ました』なんて写真付き年賀状を送りつけてくるのよ?!本人達が飽きるまで!んなのとっくに知ってるっつーのぉっ!結婚するのがそんなに偉いんですかぁっ?!ホントあの時の怨みなら全リア充を祟り殺せるわよ!!」

「…依頼しないで下さいね?」

そんな八つ当たり的な怨みを引き受ける妖怪さんも可哀想な気がする…

 というか、そんなにスタイル抜群で美人なんだから引く手数多だと思うのだけれど…


 そんな私達を尻目に、あからさまに落ち込んでいるこんぺいさん。

「俺の『ぱふぱふ』の夢がぁ…」

胸ビレでヨヨヨと涙を拭っている。というか『ぱふぱふ』の為に飛び込んだのかアンタは。

「こんぺい君も可愛いから、私は別に良かったんだけどね?」

そんなこんぺいさんに苦笑いしながら答える小鳥遊さん。

「うおぉぉぉおぉっ!これが生殺しという奴かぁぁっ!」

慰めのつもりで言ったのだろうが、それが余計にこんぺいさんを苦しませるとは思いもよらなかった様だった。

「そんなにしたいなら、少し位我慢してやってもらえばいいじゃないですかー」

ただの中年エロオヤジと化したこんぺいさんをジト眼で見つめる私。それに対し、二度と御免だと云わんばかりの勢いで首を振るこんぺいさんでした。

「いやいやいやいや、俺も初めてなんだがな。この姉ちゃんに触られるとよぉ…身体の中を妖怪むしずが走り回るみてぇにぞわぞわぁっとなっちまって耐えられねぇんだよ」

「…虫唾が走るのむしずって妖怪だったんですか?」

初めて聞いた。でも専門家が云うのなら真実なのだろう。

「おぉそうさ。小太りで禿げ頭の親父が全裸に靴下だけで町中を疾走し、見た者を病の床に臥させる怪異。それが妖怪むしずだ。ちなみに百怪図巻て江戸中期の絵巻物に収録されてるぜ」

キリッとした顔をこちらに向けてキメるこんぺいさん。だが、

「嘘ですからね」

いつのまにか後ろで見ていた相志さんが静かにツッコミをいれてきた。

「んだよせっかく楽しんでる所を邪魔すんなよ相志ぃ」

空中できりもみ回転をしながら宙返りを決めているこんぺい。

「むしずという妖怪など口伝も絵巻にもありません。全てコイツの創作です――というか、小鳥遊さんにも巫力が?」

「あぁ。力の程度は相志、お前の下程度といったところだな。でも『辻神』への耐性を持っていやがるぜ。おかげでケツにも触れねぇときた。せっかく俺好みのいい女なのによ」

「それは良かった。でなければ店に来るたびにセクハラされますからね」

悔しそうに語るこんぺいと安心した風の相志さん。そんな二人に声を掛けられた小鳥遊さんは、

「そっかぁー。私はその位…許してあげるんだけどなぁー」

と、ニヤニヤしながらこんぺいに視線を流しながら、わざとらしくしなを作ってみせた。

「ぶうぅるあああぁぁぁ!!!」

悲痛な叫び声を上げながら、釣り上げられた魚のように床でのた打ち回るこんぺい。本当に魚みたい。って魚なのか。オッサンだと思ってしまってたわ。




「それはそうと…真面目な話をしてもいいかしら?不来方さんも聞いて下さいます?」

床でぐったりしているこんぺいさん(スケベオヤジ)をそのままに、小鳥遊さんが真面目な表情で切り出した。

「もちろんです」

相志さんも床のスケベオヤジを無視して話に入った。


「今回の『警察署倒壊事故』での死亡者は合計二十四名に上ったわ。これは――桜舘さんも掴み切れなかった協力者がそれだけ居たという事だと思ってる。そして関与していた暴力団『一二三会』の構成員。これは全員が行方不明――といっても骨だけの姿で発見されているのだけど、こちらは事故として処理されるでしょうね」

それを聞いた相志さんは黙って頷いていた。

「依頼者側でも把握出来なかった標的すらも確実に葬る――これが『祟り』の力なのかと恐ろしくなったわ…」

俯く小鳥遊さん。自然と右腕で自分の肩を抱いている。

「正直、私だけの力ではどうする事もできなかった。泣き寝入りするか、生贄山羊スケープゴートにされるか。それしかなかったと思う。でもそれは自分のあり方を――魂を否定される行為だと思うの」

そして小鳥遊さんは顔を挙げ、私と相志さんを見て、

「でもそうはならなかった。貴方達がそうさせなかった。つまり、貴方達がしているのは――そういう事なのね?」

と言った。

 恐ろしい力、看過出来ない力だと知りつつも『祟り』が齎した結末を自分なりに受け入れようとしているのだろう。私にはそう見えた。

 だが相志さんは大きく溜息を吐くと首を振り、

「そう見えるのかもしれませんね」

と残念そうに言うだけだった。思わぬ反応に目を丸くする小鳥遊さん。

 そして相志さんは静かに言った。

「小鳥遊さんがどんな高尚な理由を見出そうと、私達が行っているのは、只のひとごろしです。それ以上では有り得ないのですよ」

「どうして?」

許されない事ではあるが受け容れようとしてくれている。その気持ちは私達にとって有り難い事だと思うのだが。小鳥遊さんも納得が出来ない様子だ。けれども相志さんは厳しい顔つきのままで、

「――刀は(へつら)えば鈍る。驕れば鞘に戻らず」

静かにそう言った。

「葛葉に伝わることばです。誰かの家臣となれば殺せない相手が生まれてしまう。力に自惚れると近付く者をも斬ってしまう。己は只の刀である事を理解せよ――自分達が人殺しの家系だという事を自覚し、戒めるために」

この言葉は私や小鳥遊さんのような超常の能力を身に付けた者への戒め。そう思うと同時に、葛葉の家系が自らにかけてきた、孤独な呪いのようにも聞こえました。

 でも――

「祟りの先にあるモノを見つけるのは我々ではありません。葛葉という刀を振り下ろした人だけが見る事が出来るのです。なので、そのような言葉は私達には不要ですよ」

 そこまで言うと相志さんは先程までの硬い雰囲気を崩しいつもの爽やか過ぎる笑顔を見せ――少しわざとらしく言い出した。

「しかし、現役の警察官がいかがわしい“祟り”というモノに傾倒している、なんて周囲に知られたら…あまり気持ちの良いモノではないでしょうねぇ」

「えっ?」

思わず驚きの声を上げる小鳥遊さん。

「しかも『警察署が倒壊し犠牲になった連中は祟りによって殺された』と吹聴している、となれば…」

「ちょっ――えっ?」

「お堅い公務員の醜聞というのは広まり易いで」

「シャラーップ!…ったく。私に何をしろっていうの?」

皆まで言わせるかと声をあげる小鳥遊さん。話が早くて助かります、と相志さんは笑顔を見せた後、いつになく真剣な表情を見せ言った。

「7年前のとある殺人事件について、調べて頂きたいのです」

「7年前――?」

小鳥遊さんの表情も刑事のそれに戻っている。

「はい。被害者の名は『葛葉松栄』。そしてその妻『楓』。この二人が殺された事件についての情報が知りたいのです」

「相志さん、それって…!」

その名前には聞き覚えがある。それは――

「はい。紫苑様のご尊父様とご母堂様です」

以前こんぺいさんが教えてくれた、紫苑さんのお父様とお母様の名前。殺されたとは聞いてはいたが…

 それを聞いて少しだけ考え込んだ後、小鳥遊さんが言った。

「救助活動のお蔭でダメになった物も多いの。一応調べてみるけど、あまり期待しないでね?署が落ち着き次第、調べさせてもらうわ。けどその前に…」

「――その前に?」

小鳥遊さんは大きな欠伸をひとつすると、気だるそうに言った。

「今日は帰って寝るわ。勿論、お菓子を食べてから、ね」

小鳥遊さんはそう言って大量の菓子を買い、フラフラと帰って行きました。


 この空気の内に、気になっていた事を聞いてしまおう。

「あの…相志さん。お聞きしたい事が…」

「はい。何でしょう?」

「紫苑さんが裸で店先にいらっしゃった事なんですが…」

私がそう口にすると、爽やかな笑顔がふぅっと消え、眉根を寄せ頭を抱えると大きな溜め息を吐いた。

「全く以てお恥ずかしい限りです…」

いや、裸だから恥ずかしいのは分かるのだけど、と思っていたら、相志さんの口から語られた言葉は耳を疑うものだった。

「実は紫苑様は…身の回りの事がお一人で出来ないのです」

それはつまり――

「それって…病気か何かで」

「いいえそれはありません」

そんな私の憶測を遮る様に、隠そうとも繕おうともせずキッパリと言い切る相志さん。

「葛葉の一族は強力な陰陽師の能力を継承する、日本の闇を取り仕切ってきた家柄です。その為に裏の世界では畏れと憧れ…祟り神に対する信仰の様なものに浴してきました」

まるで子育ての悩みを愚痴る親戚の叔母さんを思い出すような語り口の相志さん。

「人身御供のように差し出される召使いに囲まれ、甘やかされて育ってしまったため、紫苑様は自分で着替えをした事すら無いのです」

なんという筋金入りのお嬢様。時代錯誤も甚だしい。と言ってもあの美しすぎる容姿の前では納得しか出来なくなってしまうのが恐ろしい。けれど…

「でもケーキを作っているのは…」

そうだ。『タタリアン』のケーキは全てが紫苑さんの手作りと聞いて居たのだけれど。

「それは本当に紫苑様がお作りになっておられます。唯一のまともな取り柄ともいえますが」

「じゃあもしかして――依頼人に『夕闇の境』を歩かせる時間って…」

「はい――寝ている紫苑様を僕が叩き起こし、着替えさせるための時間です」

来ましたよリアル執事。もう驚きませんよ。きっと歩いている紫苑さんに煩わしさを感じさせる事もなく服を着せたりして…ってまさか…下着もなの?!下着もなんですかぁ?!

「全く…いい年齢の大人が着替えすら一人で出来ないとは。情けない限りです」

だからといって他人の前に全裸で出てくる神経というのもイマイチ理解に苦しむのだが…リアルお嬢様と思えば納得してしまいそう。でも、だからといって男の人に、ずっと一緒に居る相志さんに裸体を晒すというのは――ちょっと下衆い考えが…えぇいこの際だから聞いてしまえ。

「あの…相志さんって、紫苑さんの事、どう思っていらっしゃるんですか?」

――聞いちゃった。ここでうっすらと頬を染めて『実は…』なんて事に…と更に下衆い事を期待してしまったが、相志さんは口を『へ』の字に曲げ、またもや大きく溜め息を吐き、

「葛葉の当主にして僕の()()()という点を除けば、単に手のかかるデカい子供としか思えませんね。あれでは無事に嫁に行けるかどうかも怪しい限りです」

と、正にロクデモナイ上司の愚痴を溢すエリート社員といった様子で首を横に振っていた。

「その点で言えば若葉さんはすばらしい人だと思います」

――えっ。それってどういう事ですか。ついでに録音したいのでもう一遍言って貰えますか。

「一人でお着替えも出来ますしお店の仕事も出来るだなんて。素晴らしい限りです」


 …うん。相志さん、それ普通だからね。というか相志さんも世間の常識と大分ズレている様である。

次回は用語解説&登場キャラクターの説明と自己紹介です。

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