6-2 溝出
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「このお店に葛葉様という方はいらっしゃいますか?」
営業時間ギリギリに滑り込んできた恰幅の良い男性。ビジネスライク的な笑顔を見せてはいるが、最近分かるようになってきた、彼の纏う雰囲気は…大きな氷を目の前にした様なヒヤリとした感触。これは――非業の死の気配だ。
というか紫苑さんをご指名っていうのはどういう事なのだろう?ご同業っていう雰囲気じゃないけれど…などと訝しがっていると、
「あの、私ですね、こういう者でして…」
と名刺を差し出してきた。そこには、介護事業社の名前と『ケアマネージャー』という職名、森嶋というこの人の名前が記されていた。
「私の担当しておりました、青柳みつさん、という方から、葛葉様に…これを見せて『よろしくお願いします』という言付けを預かっておりまして…」
そう言って男性は鞄の中からあるものを差し出して見せた。
私はそれに目を奪われた。それは――三枚の葉っぱの紋様が彫り込まれたつげの櫛。
上の葉一枚と下の葉二枚の彫り方が違い、上の葉だけ色が違う事を見事に表している。
依頼の符丁は『紫色の花』だ。『祟り』の依頼とは違うのだろうけど…
などと考えていると、肩のサンがカウンターに飛び降りて男性の手に飛び移り、つげの櫛から匂いを嗅ぎ始めた。そんなサンを通じて感じられたのは――痛み、後悔、責任、そして――怨み。
やはり『祟り』の依頼だろうか。けど今までに無いイレギュラーな出来事に悩んでいると、男性から声が掛けられた。
「あの…これでお分かり頂ける…のでしょうか?」
少し不安そうに聞いてくる男性。私は、
「えぇと…少々お待ち頂けますか?」
と丁寧に伝え、早足で厨房に戻り、こんぺいさんを呼んだ。
どうしたものかと迷う私を他所にこんぺいさんはつげの櫛を見て納得したように頷きながら、
「こいつぁ“葛葉”の使用人が辞める時に渡される櫛だ。若葉ちゃんが分からないのも無理は無ぇよ」
と教えてくれました。
「こいつぁれっきとした依頼だ。『葛葉』縁者からの特別な符丁って奴よ。サンも匂いを嗅いだんだろ?あの櫛に込められた無念の匂いを」
こんぺいさんの問いかけにサンも頷いている。
「ちなみに三枚の葉っぱは“葛の葉”だ。表一枚裏二枚、裏見葛の葉――『葛葉』の紋だ。んで、つげ櫛は“告げ”よ。今までの奉公に報いて『怨み』を『告げ』たら叶えてやろうって事なのさ」
さすがにこれは知らなかった。こんぺいさんが相志さんへ声をかける。
「青柳みつ…元使用人のみっちゃんだな。覚えてるか?相志。お前よく『おやつもう一個だけー』って隠れておねだりしてたろ」
「何歳の頃の話だっ」
「たしか3歳頃だ。その辺りに辞めた婆さんだから覚えて無いのも当然だがな」
「すまんが…覚えていない…」
そしてやっぱり真面目で律儀な相志さん。ちっちゃい相志さんってば相当可愛かったんだろうなぁ。
「で、では若葉さん、あのお客様には『確かに承りました』とお伝えして下さい。そして、いつものセットをサービスでお出ししますので、お召し上がり頂きたいのでお席でお待ち下さるよう伝えて頂けますか?」
ほんの少しだけ動揺を見せながら、相志さんは私にそうお願いしてきた。
「お待たせ致しました。オーナーより『確かに承りました』とお返事を頂きました」
丁寧に頭を下げて伝えると、男性はほっとひと安心した様子だった。
「そうですか、良かったぁ。全く意味が分からなかったから…」
「わざわざお越し頂き、ご苦労様でした。宜しければお礼として、紅茶とケーキのセットをお出し致しますので、どうぞお召し上がり下さい」
「本当ですか?じゃあ、せっかくなので一息つかせて頂きます」
そう言ってイートインの席に着く男性。それを見て、
「とはいえ、彼ははただの運び屋です。裏を取る必要がありますね…」
相志さんがそう言うと、こんぺいさんは犬が匂いを探すように鼻を動かして辺りを見回した。というか金魚の鼻の穴って普通に鼻のところだったのか…
「ここからそう遠くねぇな…ちょっと匂いを辿って見てくるわ」
じゃあ頼んだぜ、と言ってこんぺいさんは裏口から外へと泳いで行ってしまった。
「今はこんぺいに任せましょう。若葉さんはいつもの対応をお願いします」
テーブルにお水を持って行ったその時だ。
「あの…お客様、袖に――何か」
何か、とはぐらかしたが、その色は近頃では見慣れた――血だ。ワイシャツの袖が血で濡れているのが見えた。
「あ…申し訳ありません――お店、出た方がいいですよね?」
男性は袖の血を見て少し表情を曇らせたが、その後申し訳無さそうに言ってきた。
「いえ、気になさらないで下さい。他にお客様もおりませんので」
そのまま厨房に戻ると、相志さんは既にケーキを準備し終えていた。だが紅茶に関しては『夕鈴見の粉』を入れて良いものか悩んでいるようだった。
こんぺいさんが戻るのをずっと待ち続ける訳にも行かない。私は相志さんに提案をしてみた。
「一応こちらでも、彼の状況を確認してみましょうか?」
私がそう声をかけると、少し考え込んでから小さく頷いた相志さん。
「そうですね…お願いします、若葉さん」
はいっ!と返事をして、私は肩の上に居るサンを掌に乗せ替え、声をかけた。
「じゃあサン、お仕事、お願いできる?」
「うん!」
その時、とても可愛い声が何処かから聞こえた。いや、何処かからというか目の前からなんだけど、これはもしかして…?
「サン?もしかして今、お返事した?」
驚きの眼差しでサンを見つめる。するとサンは、
「した!」
元気に返事をしてお座りの姿勢で前足をピッと挙げるサン。
「お?もう話せるようになったんですか!とても素直だし、こんぺいとは大違いですね」
相志さんが驚きの意味を込めながらこんぺいをディスっている。まぁ、大違いなのは私も認めるんだけどね…しっかし可愛いなぁぁぁぁ。
「サン…一人で大丈夫なの?」
そんな私にサンは小さく頷き、
「じゃあいってくるね、ママ」
と、右の前足を上げて挨拶し、お客の男性の元へと走っていった。その言葉としぐさの可愛さに胸を貫かれていると、サンがとててっと男性のテーブルに飛び乗り、その三つ目で『怨みの記憶』を見はじめた。私の眼に男性の『怨みの記憶』が流れ込んでくる。
「どうですか?若葉さん」
不意打ちで顔を近付けて来る自覚無しイケメンの相志さん。一瞬動揺しながらも、私は見えた『怨みの記憶』を相志さんに説明し始める。
「――お仕事相手のお婆さんが、実の息子さんに虐待されていたみたいですね。そして突然行方が分からなくなっています。息子が殺したのではと疑っているようですが…証拠があるわけじゃ無いみたいです。そのお婆さんと会った最後の日に、あの櫛を託されたみたいです」
「運び人ではそれが限界でしょうね…限りなく黒ですがそれだけでは…やはりこんぺいが戻るのを待ちましょう」
相志さんの言葉に私はある事を思い付いた。
「サン、その人の袖、袖の血はどう?」
「血…ですか?!」
私の提案に相志さんが驚きの声を上げていた。
「はい。お客様の袖に血が付着していたんです。もしかしたら…」
サンは男性の肩からテーブルに飛び移り、男性客の血で汚れた袖を凝視し始めた。
「若葉さん、それは…!」
その途端、布団に横たわる老女の映像が鮮明に見え始めた。感情や気持ち、痛みまでが鮮烈に伝わってきた。立っていられず床にしゃがみ込む。
「身体中が…痛いっです…お腹が空いて…喉と口がカラカラで、痛い――でも自分の息子を放置出来ない…無念、怨み、彼への感謝…その櫛を託したようです…くうっ!…」
痛みと感情の奔流に眩暈を感じ、思わず眼を閉じるが、より鮮明に『怨みの記憶』が見えるようになっただけだった。
「殴られて…手足を折り畳まれて…まだ息があるうちに収納ケースに――」
痛みと凄惨な光景に耐えられず、私はいつの間にか涙を流しながら床に膝をついていた。
「若葉さん、大丈夫ですか?」
冷たいタオルで私の顔を拭いてくれる相志さん。一瞬、化粧が崩れると思ったが、相志さんならばそんな事は無いだろう。
「血液から『怨みの記憶』を覗くのは危険らしいんです。よりダイレクトに伝わってきてしまうらしく…紫苑様ですら血液から覗く事は避けている程なんですよ」
私が落ち着いてきたところを見計らい、相志さんが説明をしてくれた。足の小指をぶつけても涼しい顔をしていそうな紫苑さんですら避けていたのか。私もこれからは気を付けよう。
「すいません…こんぺいさんが戻るのを待つべきでした」
額の汗を拭い、どうにか立ち上がる。
「いえ、僕も事前に説明していなかったのが悪いんです…」
そこへ『怨みの記憶』を確認し終えたサンが飛び付いてきた。
「じょうずにできた?」
無邪気に笑顔で聞いてくるサン。
「上手だったよ。ありがとね」
私がそう言うと嬉しそうに頬を寄せてきた。この子には痛みや苦しみは届かなかったようでほっとひと安心する。私は呼吸を整え、
「間違いありません。相志さん――」
お願いします、と伝えるつもりが…
「もうお出ししていますよ。お待たせする訳にはいきませんので」
ニッコリ微笑む相志さん。既にケーキセットはお客様に運ばれていた。
「さすが…」
「調子も戻られたようですね。ではいつもの手筈でお願いします」
そう言って相志さんは二階へと上がって行った。
「じゃあサン、あの人の案内、よろしくね」
サンの頭と額の辺りを指先で撫でて頼む。
「うん。あんないする!」
サンは目を輝かせながらそう言って、前足で猫用の扉を押し開けて『夕闇の境』へと向かっていった。
落ち着いたら私も向かおう。
「若葉さん、今日は貴女がここで応じてみて下さい」
着替えを終え、店の二階にある黒塗りの障子から『夕闇の境』にある『祟り庵』に入ると紫苑さんはいつもの場所から少し下がった場所に座り、部屋に入った私にそう告げた。
「えっ?!」
「来客対応も大事な仕事ですからね」
そう言って静かに微笑む紫苑さん。はい。確かに大事な仕事ですよね。
「え…と、紫苑さんの真似でいいんですか?」
紫苑さんの細く美しいシルエットも、幻想的な声も真似は出来ないけど、セリフだけなら出来るかもしれない――多分。
「おおよそは。でも今回は依頼人ではなく、事情を知らない運び人です。少しは説明して差し上げる必要があるでしょうね」
「分かりました――やってみます」
意を決して、いつもは紫苑さんが座っている場所に膝を折る。紫苑さんはそんな私の少し後ろに座り、私を見つめていた。
そろそろ…と、障子の奥からゆっくり戸板を開ける音が聞こえた。さっきの男性が来たのだろう。
「お、おきゃくさまをおつりちました」
サンも緊張しているのか、セリフを噛んでしまっている。その時、後ろの障子が開いた音がした後、現場を見に行ったこんぺいさんの声が聞こえてきた。
「姐さん、見て来たぜ――真っ黒だ。依頼人は“葛葉”の元使用人、青柳みつ。そいつが飲んだくれの息子に殺されてる。しかもその息子、死体を押入れの箱に隠していやがった」
「ご苦労様。けど若葉さんが“血”から直接記憶を覗いたので大丈夫ですよ」
紫苑さんの言葉にこんぺいが驚いている様子が伺えた。
「若葉ちゃん、血から怨みを覗いちまったのか…大変だったろ?」
本当なら振り向いて返事をするべきなのだろうが…緊張してそれどころではありませんでした。
「――ようこそ、怨みに震える魂の運び手よ」
意外と反響する自分の声に驚き、途中でトーンを落としながら話す。第一声は大きく――と思ったら結構響くんだ…。これなら普通に話しても大丈夫っぽいな。
「あの――ここは一体、何なんですか?俺、さっきまで喫茶店でメシ食って…そしたら喋るちっこいキツネに呼ばれて…」
自ら怨みを抱いて此処へ来た訳でもないので、私の時の様に細かな説明をしても受け入れられまいと思い、あえてざっくりと説明しながら話すことにしよう。
「ここは怨みを祟りへと変える場所です」
「た…祟りだって?」
「ここは貴方の住む世界とは異なる理の支配する世界。その櫛の持ち主の無念が、貴方をここへ呼んだのです」
「みつさんの…無念が?俺をここへ?」
まだ事情がよく把握できていない男性に対し、少しの間を空けてから静かに伝えた。
「その櫛の所有者は…実の息子に殺されています」
私がそう告げると、はっと息を呑む声が聞こえ、暫くの無言が続いた。
「そんな…いや、やっぱりそうだったんですか。まさかとは思ったんです。けど本当に殺されているだなんて…じゃあ警察に!」
「い、いえ、貴方の役目はここまでです」
それは困ると内心慌てながら、紫苑さんのイメージを崩さないようそれを静かに却下する。
「遺した者へのけじめ――それが、所有者の望んだ最後の願いです」
「けじめ?最後の願いって、まさか――」
「そう。あの子を――連れて行かねばならない、と」
「僕に…それをやれと言うんですか?」
男性の声に怯えの色が混じる。私はサンに思念で指示を飛ばした。
「その必用はありません。貴方はその怨みの籠められた――」
そこでサンが人形を咥え、男性の血に染まった袖口に押し付けた。
「血を運んだだけに過ぎません」
「怨みの…血」
「その血が、持ち主の怨みを引き継いで、祟りとなるのです」
「みつさんの…祟り…」
「それではこの祟り。存分に味わって頂きましょう――ご苦労様でした。お帰り下さって結構ですが、ここで見た事聞いた事、全ては他言無用。お約束下さいませ」
サンに戸口へ誘導するよう指示を出す。
「あのっ…」
足音が止まり、男性の声が聞こえた。
「つまり――あの男はこれから死ぬって事です…よね」
死ぬ、とは言わない。けど殺すとも言えない。私は無言を通した。
「でも、それがみつさんなりのけじめ…なんでしょうね。勿論約束は守ります。どうか」
みつさんの最後の願いをおねがいします。そう言って男性は『祟り庵』を後にしていった。
やがて扉の閉まる音がして人の気配が無くなると、私は大きく溜息を吐いて姿勢を崩した。
「緊張しましたぁ…」
「上出来ですよ、若葉さん」
顔を上げると、紫苑さんが私を見て微笑んでいた。
「…祟るのも私が?」
「いえ、この祟りは『歳神』より『辻神』の方が相応しいでしょう。老いた母親を食い物にして、挙げ句の果てには殺しそれを隠匿するなど――畜生にも劣ります」
いつになく紫苑さんの表情が険しく見えるのは気のせいだろうか。紫苑さんは静かに立ち上がると、いつものように穏やかな口調で告げた。
「では参りましょう。『鬼哭の辻』へ」
黒い板塀の道を通り、荒れ野を貫く寂しい路を往く。
やがて首の欠けた地蔵を通り過ぎると見えてくる、朽ちた松のうねる十字路が――『鬼哭の辻』だ。
「紫苑様、今日は何をお使いに?」
パティシエ姿の相志さんが狩衣姿の紫苑さんに尋ねる。
「えぇ。『絵本百物語 巻第二』を」
紫苑さんの言葉に相志さんとこんぺいさんが頷く。
相志さんが十字路――辻の中央へ輪を描くように蝋燭を数本立て、その中央へ『絵本百物語 巻第二』 を置いた。
相志が蝋燭の輪から離れると、今度はこんぺいさんがふよふよと蝋燭の円に近付き、その口から細い糸の様な炎を吐いて蝋燭に火を灯した。
紫苑さんは左手に骨鈴を持ち、辻の真ん中に並べられた蝋燭の輪に近付く。
左手の骨鈴を軽く振ると、骨同士のぶつかり合うカラカラという寂しげな音が周囲に響いた。
「双盃の左 塵玉の右 天を地と成す 逆撫の社」
唱えながら、左足の草履をたんたんと踏み鳴らす紫苑さん。右手を胸の前で握り、人差し指と中指を立て、印を結ぶ。
「黄幡の御座は地に伏して 歳破の兵主は我が前に集う」
その言葉に応じるように、四辻の草むらから、草履を履いた黒い足首――辻神が、ざりざりと地面を歩き、地面に立てられた蝋燭の円を前にそれぞれ並ぶ。
その様子を見た紫苑さんが満足そうに呪文を唱え始めた。
「逢魔が時より出るモノ
誰そ彼に横たわる形無き理の貌よ来たれ
絵姿に寄りてここに現れよ
怨みを糧に踊り出で怪異きを為せ」
円の中に置いた『絵本百物語 巻第二』の頁がパラパラとひとりでにめくれてゆき、やがてピタリと停まる。
寂れた路地に籠が放置されている。
籠の穴から覗くモノは――死体だ。
葬儀を出せる余裕も無く、寺に投げ入れる余裕も無い。ならばせめて籠の中で安らかに――
と願ったのだろうか。だが籠の穴から覗く死体には芯が無い。
芯である白骨は“せめてもの”との思いも虚しく、籠から髑髏を突き出しては楽しげに往来を眺めている。
それは他人の願いも祈りも全て捨て去った――本音だけの姿。
そんな絵が描かれている。
紫苑さんが狩衣の胸元に右手を差し込んだ。抜き出された指の間には依頼人の血を受けた形代があった
「怪威招来――溝出!」
その言葉と共に、紫苑さんが円の中に形代を飛ばし入れる。
すると、呼応するように黒い足首、『辻神』達も囲いの中へ我先にと足を踏み入れてゆく。
途端、排水溝に吸い込まれる汚水のように、黒い足首達が血の付いた形代へと渦を巻いて吸い込まれていった。そして全ての辻神が吸い込まれた途端、円を作るように置いていた蝋燭の火が火柱となって吹き上がった。そしてそれは渦を巻き、巨大な焔の竜巻と化した。
炎熱と轟音が掻き消え、煙と土埃が残された『鬼哭の辻』に何かがいる。
竹で編まれたような大きな箱がひとつ。そこにあった。昔話でよく出てくる、大きな葛篭つづら、小さな葛篭、というアレだ。
大きな葛篭からは――お化けが飛び出すが決まり事。
やがて葛篭の蓋がごそりと持ち上がり、隙間から――白髪を乱した老女の顔が覗いた。
老女は枯草の様な色の腕と頭を隙間からにゅるりと突き出すと。
葡萄の皮を剥くように――頭の皮がちゅるんと剥け、黒ずんだ血に濡れた髑髏が顔を出した。
髑髏は辺りを見回して、こちらに何も無い眼窩を向けると。
ははははは。と笑った。
「うわ…なんか凄まじいですね」
その様子を見て素直に感想を漏らすと、相志さんがいつもの解説を始めてくれた。
「溝出は純粋な気持ちの体現者なんです」
「妖怪の解説とは思えないセリフですね…」
相志さんはそうですか?と微笑み、
「世間で生きるために必要な見栄や虚勢、世間体や慈悲、しがらみ…そんな邪魔なものを全て脱ぎ捨てて、芯に残った純粋な想念だけで行動する妖怪です。溝出の行動には束縛も抑制も無く、思いのままに踊るだけ。そういう意味では、最も妖怪らしい、とも言えるんですよ」
相志さんが説明してくれている間にも、溝出はマンガかアニメのように肉を脱ぎ捨て、骨だけとなった姿で、自分の出てきた葛篭を中心として、盆踊りの様なものを踊っている。
人として生きていくには必要な制限や束縛。妖怪となる事でそれらから開放されたのか。それとも、開放された事で妖怪となったのか。
それはきっと脱ぎ去った人にだけ、その瞬間にしか分からないのだろう。
ただひとつ残った思いの姿で走り去る溝出を見送りながら、紫苑さんが静かに呟いた。
「祟り――ここに成されたり」




