5-4 野宿火
R2.10.5 加筆修正 お露さんの描写を詳細に
相志さん目当ての客が押し寄せるランチタイムを乗り切り、店の奥で僅かな休憩時間を相志さんとこんぺい、サンと一緒に寛いで居ると、『準備中』の札を提げた筈のドアベルが来客を知らせてきた。
『祟り』のお客様という可能性もある。私は食べかけのたい焼きを皿に置いて対応に出た。
「いらっしゃいませ」
その女性はドアの前に立ち、私に向かって丁寧に頭を下げていた。
「お休み中のところ、失礼致します」
そう言って顔を上げる女性。
どこかの有名人かモデルさんが来店したのかと思いました。
前髪長めのショートウルフヘアが良く似合う、快活な印象の顔立ち。どどんとせり出す自己主張過多のバストとくびれたウエストの芸術的な曲線を、グレーのパンツスーツが強調しながらも上品にまとめている。
紫苑さんを月の静かな美しさに例えるなら、この女性は太陽の様に情熱的な美貌を備えていた。
その女性は小鳥遊露草と名乗り、小さな身分証を見せてきた。
テレビドラマみたいに印籠の如くずどんと出すのではなく、手帳を右掌に乗せて左手を添えた、威圧感を与えない配慮が行き届いた見せ方――警察手帳だった。
「あ…警察の方、なんですか」
ボンドガールとかIMFエージェントと言われた方が納得できそうな格好良さなのに。しかし何の用事だろうと考えていると、丁寧に一枚の写真を差し出してきた。
「この方に見覚えはありませんか?」
そこには、先日祟りを依頼した女性が写って居た。
幼い子供を壊した未成年に『野宿火』の祟りを行ったのはほんの数日前だ。一瞬身構えてしまったが、『祟り』の事を聞かれた訳ではないので、私は素直に素直に答えた。
「はい。ご来店されましてケーキとコーヒーをお召し上がりになったお客様だと思います」
ほんの少し間を空けて、また質問が来た。何?今の間は。何か変な事、言っちゃった?
「それは何日の事か、覚えていますか?」
「えっと…一週間位前だったかな…」
私がそう言うと、小鳥遊刑事は、
「それでも注文は覚えているんですね――飯綱さん?」
とネームプレートをわざとらしく見つめた後で挑発するように言ってきた。
と言うかあからさまに『疑ってますよ』的に俯いて目だけで見上げるその仕草に少しイラッと来たが、私はあくまで丁寧に答えた。
「この店でコーヒーを注文されるお客様は珍しいので。ほとんどのお客様は紅茶を注文されますから。暇な時だったので三時頃だったとは思うんですけど…」
小鳥遊刑事はそれを聞いて、オシャレなティーカップやポットといった紅茶を淹れる道具や茶葉のパッケージが飾られた店内を軽く見回し、納得と言った様子で小さく頷いていた。ショーケースに降りたサンがその様子を見て真似をしている。
「お客様、どうかなさいましたか?」
トラブルと思ったのか、厨房から相志さんとこんぺいが顔を出した。小鳥遊さんの顔が一瞬だけ、警察から女性のそれに戻る。こんぺいは見えない筈だし、見えても頬を染める様なナリではないので勿論、相志さんを見ての反応だ。
「この女性が店を訪れた日を確認したいのですが」
小鳥遊さんは仕事の顔で相志さんへ自己紹介をすると、写真を見せ質問した。
「僕はずっと厨房なので…この方が何か?」
自覚無しのイケメン魔王なスマイルを見せる相志さん。
「いえ、あくまで確認のためです」
それに対し事務的に返答する小鳥遊さん。
「っと、栗のミルフィユとコーヒーをご注文されたお客様です。いつの来店だったのかを確認されたいそうで…」
相志さんなら上手に対応してくれるだろうと思いお鉢を回す。頼んだアルフレッド。
「なるほど。それなら売上帳を確認すれば分かると思います。コーヒーをご注文されるお客様は珍しいので」
そう言うと相志さんは店の裏に行き、帳簿を持ってきた。何日にどの商品がどれだけ出たのかまで詳細に記されている。さすがは執事アルフレッド。
「これによると、七日前です。それ以外でコーヒーが出た日は最近ありませんね」
「この女性が店を訪れたのは、七日前の午後三時頃、ですね」
メモを取りながら確認する小鳥遊刑事。
「それにしても…いつどの商品がどれだけ出たか、なんていう事まで記録してあるんですねぇ。普通は売り上げ金額程度なのではないのですか?」
あからさまに“疑っています”という雰囲気ではなく、あくまで個人的な感想を言っているだけですよ。といった様子で相志さんに尋ねる小鳥遊刑事。だが相志さんはそれに対し、
「統計ですよ。どの商品がどの季節に出易いのか。時間帯に客層の把握。情報は商売を続ける上で武器になりますから」
と、嫌な顔一つせずにさらりと答えた。まぁ相志さんの事だから、今言った事は全て本当なんだろうな。
そして詫びのつもりなのだろう、おやつにと苺のマカロンを一つ買い、ご協力ありがとうございました。と言って小鳥遊刑事は店を後にした。
その後ろ姿を見送ってひとつ溜息を吐くと、相志さんが隣に立っていた。
「相志さん、これって…」
「あのお客様が疑われているのでしょうね。動機は十分ありますから」
数日前、市内の公園にて男性の死体が発見された、と報道があった。男性は激しい暴行を受けており、警察は目撃情報を募集しているという。
勿論これは『野宿火』の祟りによるものなのだが。
相手が見たものを、見たかったものを再現しそのまま相手に返す『野宿火』の祟り。紫苑さんの話によると、相手は手足の骨を丁寧に砕かれた上、両目、鼻、歯を全て砕かれ潰されて殺されたそうだ。つまり、相手はそこまでしたかったのだろう、とも言っていた。
祟りとしては人間業とは思えないエキセントリックさに欠けた、地味な部類なのだろう。だがそれ故に警察が犯人探しを開始するのも当然といえた。
「大丈夫なんでしょうか…」
不安を露にする私に相志さんは、問題ありませんよと優しく応えてくれた。
「仮にですよ、あのお客様が全て正直に答えたとして――それを警察が信じると思いますか?」
相志さんの言葉に私は無言で首を降った。陰陽師、妖怪そして――祟り。まともな人なら笑い飛ばすような代物だ。警察がまともに取り上げる訳がない。
「私達が疑われるなんて事は…」
「有り得ませんよ――普通の人達にはね」
相志さんの言い方に何か含みがあるような気がしたが、それ以上は聞かなかった。
「それに、私達に敵意を持って来ているのなら、サンが反応している筈ですよ。式神は主を守る事には敏感ですから」
相志さんの言葉に、ショーケースの上でサンが踏ん反り返っている。ほらほら、小さいんだからそんな格好してると…ほらひっくり返った。
「こんぺいさんも、そうなんですか?」
こう言ってはアレだが、正直そうには見えない。仕事以外では寝転がってたい焼きに齧り付いているオジサンとしか思えない。
「あれも一応その筈です。とにかく、今後も裏の事以外は正直に答えて下さって結構ですよ」
「相志さん…もし、もしですよ?私が裏の事をついポロっと話しそうになったら…」
「それは大丈夫です」
そんな私の不安を相志さんはあっさりと一蹴した。
「サンは若葉さんと繋がっていますが、紫苑様とも繋がっているのです。という事はつまり――サンを通して若葉さんと紫苑様は繋がっているのです。師弟の関係を結んだ術者が不利になるような事は話さないようオートブレーキが発動する様になっているんです」
思考を制限されるのかと一瞬不安になったが、それよりも『紫苑さんと繋がっている』という言葉に、あの口づけを思い出し、一人でのぼせあがってしまっていた。
この小夜鳴市周辺で立て続けに起こっている不審な死亡事件。それに関係する人間が必ず立ち寄っている店がある。
その事に気が付いたのは本当に偶然からだった。机の上に積み上げた捜査資料を眠気まなこで眺めていた時の事だ。手に取る資料を間違った事に気付かず読んでいて、先輩にそれを指摘され、改めて別の資料を読み直した時に既視感を感じ、私は片っ端から資料を読み直した。
イジメで娘を失い自殺した夫婦の胃からケーキが発見されていた。
娘夫婦の死体を発見した母親の供述。
「娘の旦那に相手にされなかったので、市内の喫茶店でケーキを食べて帰った」
そして今回、容疑者と目されている、この事件の被害者に子供が暴行を受けていた母親も、事件の数日前にこの店を訪れている。
店の名は『カフェ タタリアン』
私はすぐさま上司に報告した。けれど、それがどうしたと言われてしまった。関係者が立ち寄ったからと言ってお前はダ○ソーやイオ○を捜査するってぇのか?と。
だがあの店は市内の誰もが知る有名店という訳ではない。超絶美形な男性店員がいる、と一部では噂になっているようだが――確かに一瞬仕事を忘れる位の美形だったけど。
そんな小さな店が、市内で起きている不審死のどこかしらに登場しているというのは充分疑問に値するのではないだろうか。
被害者である『蔵利 安』は少年期に医療少年院に収監されていた過去があった。中学の時に四歳の子供の手足を金槌で砕いたのだ。
そんな男が、全身を鈍器の様なもので丁寧に叩き潰された姿で発見された。
容疑者として、当時の被害者となった子供の母親が浮上するのは当然の流れだ。だが事件の当日、犯行が行われたと推定される時間、母親は入院している子供の付き添いをしており、夜もずっと病室に居た。看護師からの供述も得られている。
一番の容疑者が一番犯行が不可能。
考えられるのは――第三者による嘱託殺人。
私はそこに『カフェ タタリアン』が絡んでいるのでは、と思っている。
店の中で依頼を受け、おそらくはあの美形の店長である男性が実行犯――なのだろうと。
だが証拠が無い。
巷の噂を漁っても、あの小さなカフェが殺人を請け負っている、なんて話はどこにも見あたらない。そもそもそんな噂が出回っているのならまともに営業していられる訳が無い。
考えすぎなのだろうか。
だが、あの店には何かあるような気がする。
資料の積みあがった机に新たな資料をひとつ放り投げ、『タタリアン』で買った苺のマカロンをひと口。確かに美味しい。その辺の普通のケーキ屋なんかより数段上を行く。これなら他のケーキも食べてみたくなる。食べ放題になったとしたらショーケースのケーキ全て食べ尽くせそうな気がする。でも疑ってるお店だし、そうなると行き難いのだけれども…などと考えていると、
「お、なんだ小鳥ちゃん、珍しく女の子らしいもん食ってんな」
巨漢の先輩、金浜刑事がからかう様に声をかけてきた。こんな所で苺の風味と優しい甘さが口の中に広がる感触をゆっくり味わおうと思ったのが甘かった。
「いつもゴリラの中でカップラーメンばかりだと、自分が女の子だって事を忘れそうになるんです。だからたまには――」
残ったマカロンを口に放り込む。
「女の子らしいものを食べなきゃなんです」
自分の甘さに腹を立て、もぐもぐとしながら甘さと香りを一気に腹へ流し込み、机の上に置きっぱなしのマグカップから冷めたコーヒーを流し込む。その様子を見て金浜さんが、
「お砂糖とスパイス、それと素敵な何か、って奴だな」
と言って小さく笑った。
この巨漢がマザーグースを知っているとは思わなかった。
次なるお話は『溝出』肉を脱ぎ捨て葛籠を抜け出し踊る白骨が呼ぶ祟りとは如何なるものか。ご期待下さい。
Special Thanks 小鳥遊様。レビュー感謝致します。お名前を使わせて頂きました。




