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4-2 幽谷響

R2.10.5 加筆修正

  『タタリアン』でのおしごとを終了し、家路に就いている最中の事でした。


 肩の上をお気に入りの場所と決めた様子の、子狐の姿をした私の式神、サンが急に鼻をヒクつかせ始めたかと思うと、私の肩をピョンと飛び降りて、道路の向こう側にある小さな公園へと走り出したのです。それと同時に、私の中に寂しさと心細さ、無力感が湧き上がり、少し、胸が苦しくなるような気持ちになりました。

 チリンチリンと鈴の音の足音を響かせながら道路を渡り、公園の中に消えてゆくサン。今までに無い行動だったので驚きながらその後を追ってゆくと、公園のベンチで小さな子供が泣いていました。その膝の上では更に小さな女の子が、男の子の膝を枕にして眠っています。そして、その小さな子供達二人にじわりじわりと近寄る辻神の姿が見えました。

 サンは、その子供達に近寄ろうとしていた辻神に噛み付いて遠くに放り投げると、尻尾を振って私が来るのを待っていました。

 私が近付いたのにも気付かない子供達。心身ともに疲れ果てているのだろう。二人とも服は薄汚れ、頭髪も埃と脂まみれでした。

 サンはこの子の悲しみを感じ取って、私に伝えてきた。そんな気がしました。そんなサンは、男の子が座るベンチの隣に飛び乗ると私をチラリと見て再び子供達の方を向くと、三つ目を輝かせ始めました。

 これは――もしかして?

 その瞬間、目の前の風景に重なるようにして、別の風景が見え始めました。


 女性が自分に向かって顔を真っ赤にして怒っている。

 その女性は手近な物をこちらに向かって投げ付けたかと思うと、すぐにハッとした表情になり、泣きながらこちらを抱き締めた。

 その後も一緒に遊んだり、叱られたりする光景が続く。けれどもこの映像の持ち主は幸せに溢れている。これは――この子が母親を見ているのか。

 もしかしてこれが――『怨みの記憶』なのか。

 すると急に場面が変わり、家の中に知らない男性が出入りするようになっていた。その男性は子供達の事を快く思っていなかったのだろう。こちらに向けてくる視線は邪魔者扱い以外の何物でもなかった。母親と思われる女性はその男ばかりを構って、こちらには目もくれていない。これは子供心に相当堪えただろう。それでも子供は、仲良くなろうと頑張って声をかけ、小さな妹の面倒を見ながら、良い子に振舞う事に必死だった。けれど――

「じゃあね」

と。それだけ言い残し、部屋を出ていく母親。

 家に残された食べ物を妹と分け合いながら、どうにか生活を続ける二人の子供。

 どうやらこの公園で食べたお菓子が最後の食べ物だったらしい。

 母親に捨てられた事を感じながらも、母親への愛を信じてひたすらに待つ子供達。だが食べる物も無くなり、この先に待つのは――そんな絶望と無力感に押し潰されそうな、五歳の子供。


 記憶の映像が消え、視界が元に戻る。ベンチに乗っていたサンは俯いて座る子供の腕を駆け登り、自分の頬を男の子の頬に摺り寄せ始めた。

 何かを感じたのか、俯いた男の子が顔を上げた。私と眼が合う。顔も埃にまみれ、涙の跡がくっきりと浮かんでいる。

「良く頑張ったね。もう大丈夫だよ。祐太君」

私はそう声をかけていた。

「え…?」

私は目の前に座る子供にゆっくりと近付き、優しく抱き締めました。

「お姉さんとおいで。助けてあげる」

抱き締めた子供から、すえた汗と埃の匂いがする。こんなの、小さな子供から漂う匂いであっていい訳が無い。

「お風呂に入って、美味しいご飯、一緒に食べようね」

愚図るかと思ったが、もう限界だったのだろう。私の腕の中でしゃくりあげながら静かに頷いた。

 そして、お兄ちゃんの膝枕で眠る小さな妹を私が抱き上げ、お兄ちゃんとは手を繋ぎ、サンはお兄ちゃんの頭の上に乗り、私は来た道を引き返しました。




「ごめんなさい相志さん、お風呂を沸かして頂けますか?」

店のドアを開けて開口一番に風呂を沸かせと言われても驚くだろうな、と思ったのですが…

「もう沸かしてありますよ」

と、まさか全て存じ上げています的な対応をされるとは思ってもみなかった。

「若葉さんはそのお二人をお風呂に入れてあげて下さい。私はその間に子供達の服を洗濯して、食事の準備をしておきます」

相変わらず手際の良い相志さん。本当にセバスチャンとかアルフレッドと呼びたくなってくる。というか何故子供が来る事を知っていたのだろう。スーパー執事のスキルですか。

 そんな店内の様子を目にして、目を輝かせながらあちこちを見渡す祐太お兄ちゃん。

「おかーさん…」

耳許で女の子の声がした。両腕が首に回される。だが違和感を感じたのだろうか。ゆっくりと首に回した腕を離し、顔をあげると私を見つめ、そして辺りを見回した。

「――だれ?」

やっと自分を抱く人が母親ではないと気付き、だがまだ眠そうな顔で私を見つめている。

「私は、お兄ちゃんのお友達。若葉っていうの。亜美ちゃん、これから一緒にお風呂に入って、ご飯にしましょ」

疑う事も無く、うん。と小声で頷く亜美ちゃん。

「さ、どうぞ。説明は後で行いますから。先ずはこの子達ですよ」

相志さんが私達を店の奥へと促した。それもそうだ。私の疑問より先にこの子達をどうにかしてあげなければ。

「どれどれ、若葉ちゃん一人じゃ大変だろう。及ばずながら俺サマも加勢に…」

そう言って付いて来ようとするこんぺいの尾びれを相志さんがつまみ、反対側へ投げ捨てた。まぁ本当に付いて来ようとしたらサンが噛み付くんだろうけど。


 子供達は数日ぶりのお風呂をとても楽しんでおり、一緒に入っていた私はあやうくのぼせそうになってしまいました。先に風呂から上がると、綺麗に洗濯された子供達の衣服の隣に、私の着ていた衣服が下着も揃えて丁寧に折り畳まれています。

 相志さん…あなた本当は執事でしょ。本名、不来方・アルフレッド・相志でしょ。しかも私より畳み方が綺麗って…ひと言文句を言ってやろうかと思いましたが、男性に女子力で負けた腹いせと思われても悔しいので何も言わない事にしました。ってか何も言えねぇ。

 ホカホカと湯気を上げながら、子供達と三人で手を繋いで脱衣所を出ると、サンが『こっちだよ』という様子で私を見て、奥へと歩いていった。

「こっちだって」

 初めての家に少し戸惑う様子を見せる兄の祐太くんに、繋いだ手にぷにぷにの頬を寄せてくる妹の亜美ちゃんを奥の部屋へ案内すると、そこには小さなちゃぶ台に乗せられた料理と、パティシエ姿の相志さん、普段着姿の紫苑さんが笑顔で待っていた。


 相志さんが小さな二人の兄妹へ声をかける。

「祐太くんには煮込みハンバーグ、亜美ちゃんにはナポリタン、でいいかな?」

メニューを聞き、飛び上がって喜ぶ兄妹。それもその筈だ。『怨みの記憶』で見た、二人の大好物なのだから。

「うん!これだいすきなの!」

二人で声を揃えてそれぞれお目当ての料理の前に腰を下ろす。

「ほれ亜美、ごあいさつするよ」

「うん、いたらきます!」

二人で手を合わせ挨拶。そしてその間も惜しいと言わんばかりの勢いでご馳走にかぶりつく小さな兄妹。

 相志さんは妹である亜美ちゃんの隣でフェイスタオルを持って待機していた。何をするのだろうかと思っていると、食べている途中で亜美ちゃんが自分の衣服の袖で口を拭おうとするのが見えた。

 あっと思ったその瞬間を見逃さず、相志さんがサッとタオルを持ち直し「お口を拭くからね」と亜美ちゃんの口の周りに着いたケチャップを綺麗に拭き取った。

 もはや語るまい。相志さんは私の中で執事として認定されました。

「ごちそうさまでした!」

二人で声を揃え、手を合わせて挨拶をする兄弟。見ているこちらも幸せな気持ちになる笑顔だ。やはり子供はこうでなければ。

「よし、いっぱい食べたね!美味しかった?」

二人の頭を撫でながら相志さんが食器を片付けてゆく。

「うん!すっごくおいしかった!ありがとう!」

「おいしかった!ありあと!」

小さな二人の満足そうな声に、嬉しそうに笑って応える相志さんは、食器を持って部屋を出て行った。


 そんな幸せそうに笑いあう兄妹を、紫苑さんは静かに見つめていたが、

「これから君達はどうしたい?」

二人に向けて静かに、だが力強く問いかけた。紫苑さんの言葉に、久しぶりの満腹感に上機嫌な兄妹の動きが止まる。

「お母さんに帰ってきて欲しいのか――新しいお母さんが欲しいのか」

兄妹は自然と手を取り合い、黙って紫苑さんを見つめていた。

「私達にはそれができる。そして君達には、それを選ぶ事ができるの」

自然に互いと見つめ合い、下を向く兄妹。


「君達はどちらを願う?」


 そして私達は、『夕闇の境』を『鬼哭の辻』へと向かって歩いています。


 紫苑さんのあの問いかけに対し、兄妹は大粒の涙を流しながら、

「お母さんに会いたい」

と告げたのです。

「いつもすぐ怒るし、おじちゃんのトコに行っちゃったけど、ボクたちのお母さんはお母さんだけだもん。だから――」

元のお母さんに戻って欲しい。と。

 小さな兄妹は、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら。しゃくりあげる中を、文字通り必死の思いで伝えてきたのでした。

 紫苑さんは、そんな二人の涙を小さなハンカチで拭き取り、

「それではこの祟り――存分に味わって頂きましょう」

そう言って二人に優しく笑いかけた。

 ほっとしたら眠くなったのだろう。紫苑さんの膝を枕にして眠る祐太くんと亜美ちゃん。二人の背中を優しく撫でる紫苑さん。幼児とはいえ正直羨ましい。

「この子達は、サンが見つけ出したのですね」

ふと紫苑さんが静かに口を開いた。私も静かに、はい、と答える。当のサンは紫苑さんの肩に乗り丸くなっている。

「でも急に走り出すからびっくりしちゃって…」

「歳神から作られた式神は、不幸の匂い、つまり辻神の足音に敏感、と聞いています」

そうだったんですか、と応じる私に微笑みながら、

「私にもこの子達の思いを必死に伝えて来ましたからね」

そう言うと、サンが紫苑さんに近付いて頬をすり寄せた。紫苑さんも応じてサンの額を指で掻いてやると、サンは気持ち良さそうに眼を細めていた。

 でも――繋がっている、というのは?どういう事だと首を傾げていると、

「言いませんでしたっけ?この子は()()()()()()()()()、と。だから」

前もって受け入れ準備が出来ていたのですよ。と紫苑さんが答えた。

 スイマセン忘れていました。というかその前後に起きた事が衝撃的すぎて頭から吹っ飛んでいました。

「この怨みは――若葉さん、貴女が祟りなさい」

紫苑さんはそう言って、兄妹の涙を拭いたハンカチを取り出し、私の前で広げた。そこには兄妹の涙に濡れた、召喚用の形代があった。

「わ、私がですか?!」

「この子達の祟りは『自由を得た母親を、子育てという地獄に自ら引きずり戻す』事にあります。それには『辻神』よりも『歳神』による祟りの方が効果的でしょう。それに――」


 どの子を呼び出そうか、およその見当がついているのではありませんか?


 紫苑さんは私を見つめながらそう言った。

 その通りだ。どの妖怪を使おうか。既に目星はついているのだ。けど――

 けど、何かが足りないような気がして。

 そんな私の迷いを見透かしたかのように、

「相志、若葉さんにあれを」

私と紫苑さん、小さな兄妹しか居ない部屋で、静かに呟く紫苑さん。まさかと思いながらも待っていると、本当に相志さんが和紙に包まれたなにかを静かに持ってきた。さすがアルフレッド相志。

 和紙でつつまれたそれを床に置き、静かに包みを開く相志さん。

 そこには、紫苑さんが『夕闇の境』で妖怪を召喚する時に身につけている、あの服があった。

「若葉さんの装束です。ちなみに――」

色違いな以外は私のとお揃いなんですよ。と言って微笑んだ。

 そういえば、紫苑さんの服は薄紫色をしていた。そして今、私の目の前に置かれている、この装束は薄緑――若葉色だ。

「これを受け取り、袖を通したその時から、飯綱若葉という人間は葛葉一門の正式な陰陽師となります。私達葛葉の家、そして私達の目的についても、まだ充分に理解されていないでしょう。もしかしたら、後になって騙されたと思う事になるやも知れません。それでも――」

そこまで言うと若葉さんは、少し悲しそうな表情をしながら言った。


「それでも若葉さんは――この服を受け取って頂けますか?」


そして、紫苑さんは私を見つめている。

 そうか。私に足りなかったものって――


 私は着ている洋服を脱ぎ捨て、下着姿になると若葉色の道士服を引っ掴んで袖を通し、そのまま膝を折ると、紫苑さんの前に平伏する姿勢を取った。

「わたくし飯綱若葉は、葛葉紫苑を師と仰ぎ、葛葉流の人間となる事をここに誓います」

 そうだ。私に足りなかったのは――覚悟だったんだ。

 顔を上げてください、と紫苑さんの声がした。

「ではこの葛葉紫苑、飯綱若葉を弟子として導く事を誓いましょう」

真剣な面持ちで私に向き合い、そう言ってくれた。


「でもここまでやるとは思いませんでした。まさか相志の目の前で下着姿になるとは…」

「えぇ…正直、驚きました」

紫苑さんと相志さんが驚きの言葉を漏らす。

「あっいやこれはその…覚悟が足りなかったんだなと思って!」

「相志の前で脱ぐ覚悟ですか?」

「からかわないで下さい、紫苑様」

とは言いながらもポーカーフェイスを崩さない相志さん。

「だって洋服の上から着たら変かなって…いじめないで下さい…」




 そして私は今、小さな兄妹の涙に濡れた形代を大事に持って、『鬼哭の辻』に立っている。目の前には蝋燭が並べられ、私が指定した古書、『画図百鬼夜行 陰』が置かれている。


「相志、若葉さんに神楽鈴を」

紫苑さんの言葉に、相志さんが恭しく、鈴が沢山付いた短剣の様なものを差し出してきた。

「これは神楽鈴。契約者が歳神を呼ぶ時に使うもので――若葉さん専用の召喚具となります」

相志さんに手渡された神楽鈴は、年季の入った物のように見えるがとても大事にされてきた事が伺える代物だった。おそらく紫苑さんの一族が長年大事に扱ってきた物なのだろう。

 神楽鈴を受け取り、軽く額に触れさせ『これからよろしくお願いします』と、神楽鈴に挨拶をする。当然返答が返るはずも無いのだけれど、受け入れられたような心持ちになる。

「では若葉さん、お願い致します」

紫苑さんの声に静かに頷く。


 私は神楽鈴を前に構え、しゃん、と三度鳴らし、その後静かに鳴らし始めた。


「金沙羅の左 双盃の右 天より下りて地を満たすもの」

 唱えながら、左足の草履をたんたんと踏み鳴らす。

 紫苑さんが辻神を呼ぶ時に行う、作為的に違和感を生む、詠唱とは微妙にずれた足の鳴らし方とは違い、私の場合は聞き手が安心する正確なタイミングで足を鳴らす。これは、陰陽道で用いる呪術的な歩行、反閇(へんばい)の要素を“葛葉”が簡略、凝縮化したものだという。

 右手を胸の前で握り、人差し指と中指を立て、印を結ぶ。


「寿老の星は南天の地に輝き 歳徳の寿ぎはわが手に満ちて」

 私の言葉に応じるように、遠くで可愛らしい鈴の音が聞こえた。やがて鈴の音の足音と共に赤い鼻緒の雪駄を履いた白足袋の足がやって来て、地面に立てられた蝋燭の前に並んだ。

 私が妖怪を生み出すのに使う、私が契約した存在、新年に家々へと幸を届ける存在――『歳神』だ。

 その様子を見て、私は呪文を唱え始めた。


「日の出と共に来るもの。

 頭を垂れる稲穂を運ぶ形無き理の貌よ来たれ

 汝が絵姿に寄りてここに現れよ

 慈愛を糧に踊り出で奇跡(うれし)きを為せ」


 形代が静かに浮かび上がる。その下では『画図百鬼夜行 陰』の頁がひとりでにめくれてゆき、そして止まった。


 深山幽谷。人の足も踏み入る事の出来ぬような深い山の奥。

 そんな山の向こうからそっくり同じ声が返って来るという。

 何者かが真似ているのだろうが――

 人が踏み入れぬ程深い山に居るのなら、人では無いのだろう。

 人の声を返すのならば、それはやはり人に似ているのだろう。

 声を真似て返すのならば、誰ぞか人を呼ぼうとして居るのだろう。

 だがそこまで辿り着いたとしても、無事に帰って来られるとは限らないのだろう。


 そんな絵が、描かれている。

 これが、私の選んだ妖怪。


怪威招来――「幽谷響(やまびこ)!」


 その言葉と共に、兄弟の涙を吸った形代を飛ばし入れる。それに応じて赤い鼻緒の白足袋『歳神』達が蝋燭で囲まれた輪の中へと一斉に踏み込んだ。

 途端、鼻緒の赤と足袋の白が紅白の渦となって形代に吸い込まれてゆく。そして全ての『歳神』が形代に吸い込まれた途端、円を作るように配置していた蝋燭の炎それぞれが、日の出の様にゆっくりと、しかし次第に強く光を放ち始め、一際眩しく輝きを放ち――


 ようやく目を開けられるようになり辺りを見回すと、辻の中央に何かが居た。

 コアラによく似た毛むくじゃらの姿がそこに居た。

 だが手足は長く、両腕は軽く曲げて胸の前でぶらぶらさせ、両膝を揃えたままで膝を曲げ、その場にしゃがみこんでいる。

 そして唯一、毛に覆われていないその顔は。

 涙の元となった兄妹の顔が半分ずつ重なり合い、そこにあった。

 右にある兄の顔の左目と、左にある妹の顔の右目が重なり合い、三つ目の顔としてそこに存在していた。

 これが兄妹の祟りの姿――『幽谷響』。

 幽谷響はその顔を上げ、二つの鼻をヒクヒクさせて周囲の匂いを嗅ぐと――

「おかあさん」と『夕闇の境』中に響き渡るような切ない声を上げ、道の向こうへと飛び跳ねて消えて行った。


 姿勢を崩せずにその後ろ姿を見送っていた私の肩に、紫苑さんの細く柔らかい手が置かれた。

「若葉さん――成功です。よくできました」

その声と共に一気に緊張から開放された私は、へなへなとその場に座り込んでしまった。けど、これだけは――


 これだけは言わなければ。


「祟り――ここに成されたり」

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