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幕間 其の一

R1.9.19少し修正

R2.10.4 加筆修正。全部上げ終わったら新装開店(予定)

「今日はお店の仕事は結構ですよ」

出勤早々、相志さんにそう言われた私、若葉です。ちなみにその後、

「クビって事ですか?!」

と思わず返してしまいましたが、そんな私に相志さんは笑いながら、

「いえいえ、今日は陰陽師の大事な修行があるんです」

と言ってくれました。更に続けて、

「カフェの仕事も大助かりだというのに、その上陰陽師の才能まである人をそう簡単には手放せませんよ」

と、女性ならコロリと落ちそうな笑顔を見せた。近頃は私もこのイケメン(危険物)に対し多少の免疫は出来たようである。

「上の“あの部屋”で紫苑様がお待ちしておりますので」

頑張って下さいね、と応援してくれた。

「でも、紫苑さんってケーキを作ったらお休みしてるんじゃあ…」

「いえ、今日は大丈夫ですよ。いってらして下さい」

何か言い澱んでいたがあまり気にせず、私は店の二階へと向かいました。




「なぁ相志…そろそろバラしちまったらどうだ?」

「いや、これは僕がしっかりしていれば問題の無い事だ」

「でもいつかはバレるぜ?こういうのは早い方が…」

「確かにそうだが、そのいつかは、今でなくても構わないだろ。若葉さんは紫苑様を先生として見ていらっしゃるのだから。なのでそういった話は…なぁ」

「甘いねぇ相志…」




 カフェのオシャレな外見からは予想もつかない和風な雰囲気の二階を歩き、たった一箇所だけの黒い木枠の障子をそろそろと開く。

 そこには薄紫色の狩衣を身にまとい、小さなテーブルの前で若葉さんが静かに正座していた。

「お待ちしておりました。若葉さん」

相変わらず同じ女性でもクラリと来そうな美しさで微笑む紫苑さん。

「今日は大事な修行があるって聞いてきたんですが…」

私がそう言うと紫苑さんは、

「修行と言うより準備、というところでしょうか」

と言って微笑んだ。

「準備…ですか?」

「えぇ。若葉さんは既に巫術の力に目覚めていますから。例えるなら、『魔法を覚えていない魔法使い』という所でしょうか。ですので、滝に打たれたり焼けた鉄板の上で土下座したりといった修行はカットします」

滝に打たれるのは分かるけどその後のカイ〇は何なのか。思わず目を丸くしていると、

「冗談です」

と言って紫苑さんが笑った。こんな美しい人でも冗談を言うのかと変な所に驚いてしまう。そうしていると紫苑さんは更に、

「葛葉の陰陽師は精神修養なんてものは行っていないんですよ」

と言い出した。そういえば確かに術の文言や印の組み方と言った実践内容は教えて貰っているが、心構えがどうとかいう所謂“社員教育”の様な物は一切受けていない。

「どれだけ心構えを説いたところで、目の前に死体が転がればそんなもの一発で吹き飛びますから」

そう言って笑う紫苑さん。例えが壮絶すぎます…

「非情な話ですが、心なんてものは結局、自分でどうにかするしかないのです。足を失った人に新しい足を与える事は出来ても、立ち上がろうと出来るのは結局自分だけなのですから」

確かにそうである。私の場合はそれが『祟り』であり、紫苑さんだった。

 ほんの少し、しんみりした気持ちになってしまったので、せっかく会えたついでにと先日店先であった出来事をお伝えしてみました。


「そういえば先日、物部勝比呼さんという方がお店に来ました。紫苑さんの知り合いだ、と…」

私の言葉に紫苑さんの眉がピクリと動いた。そしてゆっくり、

「彼は何と言っていましたか?」

と私に聞いてきた。

「紫苑さんをお嫁さんにしたい、と。ケーキを満足そうに召し上がって行かれました」

「まだそんな事を言っているのですか…あの能無しストーカーは」

散々な言い様ではあるが、それには何も言わずにいると紫苑さんは少し考え込んだ後、

「もう一つ、若葉さん本人に向けて何か言われませんでしたか?例えば――そう、若葉さんの力を貰ってあげよう、とか」

と、まるでその場に居たような事を聞いてきた。

「その通りです。そこから先は血塗られた道だから、とも仰っていました。ついでに勧誘も受けました」

すると紫苑さんは私を見て、

「でも、若葉さんはそうしなかった」

と言ってニコリと笑った。私はそれにただ、はい、と答える。

「賢明な判断です。彼の言う物部で『働く』という事はつまり、若葉さんの魂を自らの式神とするという事です。もし、はい、と答えていたら――」

永遠に物部の奴隷でしたよ。と恐ろしい事をサラリと口にする紫苑さん。

「そんな事…可能なんですか?」

「不可能ではありません。そうした事を繰り返して作り上げた式神を代々継承することで、物部は陰陽師としての力を繋いできたのですから。ですがそれは相手の魂を全否定する行為であり、邪道の所業です」

「でも『物部』は真っ当な表の仕事をしている…と言っていましたが…裏側はドロドロなんですね」

「光が眩しい所というのは、落とす影も濃いのですよ。私達は私達の道を進みましょう――例え荒れ野を往く夕闇の道だとしても、やがて空には月と星が輝きます」

紫苑さんの言葉に、私は静かに頷いた。


 では気を取り直して、と紫苑さんとの楽しい修行が始まった。

 先ずは紫苑さんが私へと質問をしてきた。

「私達は相手に祟りを為す時に<妖怪の絵>を使っていますが、その理由は見当がつきますか?」

「あ…それ、不幸な出来事に姿形と方向性と手段を与えて、祟りとするため、ですよね?この前、相志さんが教えてくれました」

とこの前教えて貰った内容を答えると紫苑さんは、

「あっ、聞いていたんですか…」

と、少しガッカリした様子を見せた。なので私はわざわざ挙手して紫苑さんに質問をした。

「先生!それで質問なんですけど」

すると紫苑さんの雰囲気がほんの少し明るくなった。『先生』と呼ばれた事に反応したのだろうか。それに質問する、という事は話を理解していると言う事でもあり、講師のほうも面白みがあるというものだから。まぁ実際、こんな美人教師が本当に存在したら授業どころではなさそうだけど。


「何故、妖怪なんですか?」

そう尋ねると紫苑さんは微笑みながら、

「ただ不幸な目に遭わせるだけなら、辻神を拾って投げつけてやれば済む事。殺すだけならテッド・バンディの霊にでも頼めば済む事です」

と、見た目からは想像も付かない物騒な事を言い出した。

「ですが、怨みに至る過程というのは様々です。それまで依頼主が受けてきた苦しみを思い知らせた上で殺さなければ」

被害者の怨みが消える事はありません。

「そこで『姿形と方向性と手段』って繋がる訳ですね」

私がそう言うと紫苑さんは静かに頷き、何故か目を輝かせながら、

「えぇ。そして『妖怪』とは古くから皆に親しまれ、日本人のDNAに刻まれてきた混沌の象徴。祟りを成すのにこれ程相応しい存在があるでしょうか…!」

と、私の知るお淑やかな印象のまま、静かに握り拳を作り語っていた。

「たしかに、殺人ピエロやホッケーマスクじゃ『祟り』って感じ、しませんよね」

「そうでしょう?ご理解頂けて嬉しいです」

つまり妖怪が大好きなのだろう。そこでふと思い付いた事を聞いてみた。妖怪といえば…

「ちなみに、古い本からだけしか出せないんですか?妖怪なら大御所のセンセイが…」

「それは版権の問題が」

「えっ」

()()()()()です」

「分かりました」

踏み込もうと思ったら引き下がっていた。どうやら私程度が踏み込んではならない異世界の問題があるようだ。

「ちなみに、描かれていなくても召喚する事は可能ですよ」

「そうなんですか?」

「その場合は、召喚する妖怪の姿をはっきりと思い描く事が必要となります」

「じゃあ、私も紫苑さんに妖怪の事、いっぱい教えて貰わないと!ですね」

「お任せ下さい。私も愛と情熱をもって指導致します」

ニコリと笑う紫苑さん。正直、妖怪については一般的な知識程度しか持ち合わせて居ないが、私の師匠となる紫苑さんが妖怪を扱うのなら、それに倣うのが弟子たる私の務めだろう。


「あ、そうだ!私がこのお店を知る事になった出来事についてなんですが…」

そこまで言うと紫苑さんは私を見て、

「若葉さんはその時、強い無念…激しい怨みを抱いていたのではありませんか?」

と、まるであの時その場に居たかのような事を言い出した。

「は、はい…その通りです」

驚きながらも肯定すると、紫苑さんは両方の掌を軽く合わせ、その中にふっと息を吹き込み、そしてそのままゆっくりと膝の上に手を置いた。

 そして握っていた手を開く。するとそこには、小さな蝶が停まっており、七色に光る羽根をゆっくりと広げたり閉じたりしていた。

「この蝶は、花の蜜を探し当てるように『祟り』を齎すに相応しい、激しい感情を持つ人の元へと飛んでいきます。そして感情の持ち主へと“メッセージ”を届ける術式…つまりシステムです」

紫苑さんが掌を軽く上に放ると、蝶はふわふわと頼りなく宙を飛びながら、黒い障子を通り抜けて外へと飛んでいった。

「巫力に目覚めた若葉さんの眼には見えるでしょうが、普通の人々には直前まで不可視です。仕組みが分かればどうと言う事は無いでしょう?」

いえ、仕組みが分かっても充分不思議なんですが…

「メッセージ…私の時はこんぺいさんの声にスマホの画面でした…はぁー…」

思わず溜息をこぼす私。それをみた紫苑さんは、

「陰陽師の術がスマホ対応とは思いませんでしたか?」

と、心を見透かしたように声をかけてきた。

「はいっ?!い…いえっ!そんな…」

どうにか誤魔化せたがめっちゃ図星です。陰陽師の術がスマホにも対応しているとは思いませんでしたゴメンナサイ。

「あ、あの…もう一つ、良いですか?あの夕焼けが続く場所って…いったい何なんですか?」

バツの悪さを隠すようにもう一つ質問をしてみると、紫苑さんは即座に答えてくれた。

「あの場所は『隠れ里』です」

隠れ里…聞いた事が無いワードに私が首を捻っていると、紫苑さんは説明を続けてくれた。

「まぁ有体に言えば…異世界でしょうか」

「異世界って…死んでスライムとか蜘蛛とか賢者に生まれ変わっちゃうような世界ですか?」

「そういう異世界とは違います」

冷静に訂正してくる紫苑さん。そこまで都合のいい世界ではないのね。

「隠れ里というのは、現世でもないがあの世と言うわけでもない、二つの世界の『境目に出来たポケット』のような空間です。普通、人間が入る事は出来ませんが、偶然開いた入り口から迷い込んだり、住・人・から招かれたり…そんな人が遺した話などが伝わっています。隠れ里には、花が咲き乱れる楽園の様な世界から、闇夜がずっと続く世界など、様々な世界が存在します。ネットで話題になった『きさらぎ駅』や浦島太郎の『竜宮城』も隠れ里の一つですね」

まさかネット伝説から浦島太郎にまで飛躍してしまうとは思わなかった。感嘆の息を漏らす私。

「私達が妖怪の召喚に使う『夕闇の境』も、そんな隠れ里のひとつです。夕暮れ時は誰そ彼時とも、逢魔ヶ時とも言いますでしょう?つまり、魔が出始める時間帯であり、妖怪を呼び出すには絶好の時間帯でもあるので使用しているのです」

往来の真ん中であんな事していたら職質されてしまいますから。と真顔で答える紫苑さん。もしかして経験があるのだろうか…

「意図的に隠れ里へ出入りするには巫力が必用となるのです。もしくは式神などの、巫力によって生まれた者である事も」

「という事は、相志さんも…陰陽師なんですか?」

しかしその問いには首を振って否定した。

「相志には“術”として行使するだけの能力がありません。隠れ里への出入りは可能ですが、術を使えるまでには至らないのです」

そして紫苑さんは私を見ると、

「私達の様に巫力を“血筋”として守り次いできた者以外で、若葉さんほどの能力に目覚める方は極めて稀なんですよ」

と言った。

「激レアなんですか、私」

思わずニヤついてしまうが、紫苑さんはそんな私に釘を刺した。

「それだけ不浄なモノに狙われ易いという事ですからね」

「はい…」


「ですので、今日は護衛と補助の為に、若葉さんの式神を作成します」

式神?という事は、私にも―

「――私にも金魚さんがお供になるんですか?」

「いえ、金魚とは限りませんよ」

正直、少しほっとした。

「私の場合は、小さな頃に飼っていた金魚の死体をベースにした結果、あの姿になりました」

なるほど。こんぺいさんは昔飼われていたペットの金魚だったのか。

「こんぺいのような“下地”が無い場合、式神というのはその術者本人の魂の在り方が最も近い神使(しんし)の姿を取って現れます」

「魂の在り方?…神使って何ですか?」

「神の使いとされる動物です。神社の前に立つ狛犬が最も有名でしょうか。他にも狐や蛇、鹿、鴉などが存在しますね」

蛇はちょっと勘弁して欲しいかな…鹿は大きく育ったらカッコイイけど少し大変そう。狐さんとか猫ちゃんがいいなぁ。でも選べないんだよね…これってリアルガチャって奴ですか?

「眼を閉じて下さい」

そんな浮ついた想像を他所に、紫苑さんが私に指示を出す。どんな式神ができるのか。私はワクワクしながら眼を閉じた。

「少し、身体に触れますが、驚かないで下さいね」

すぐ近くで紫苑さんの声がした。身体に触れるというのだから当然だろう。


 その時、頬が温かく柔らかなものに覆われた。きっと紫苑さんの掌が私の頬に触れているのだろう。

「驚かないで…下さいね」

さっきよりも声が近い。そう思った瞬間、唇が柔らかく包まれた。驚いて眼を開けると、すぐ目の前に、瞳を閉じた紫苑さんの顔があった。


 えっ…これは――


 紫苑さんの舌が私の唇をこじ開けようとしている。少しの逡巡の後、私は紫苑さんの腰に手を回し、それを受け入れた。

 私の舌が紫苑さんの舌と絡み合う。互いの敏感な部分が触れあい、脳髄が溶け出すような――薬でも体験できなかったような快感が私を包み込んだ。

 もっと深く――もっと深くまで感じてみたい。


 快感に心を奪われていたその時、舌に鋭い痛みが走った。口の中に血の味が広がる。

 すると紫苑さんが私の舌を強く吸い始めた。抗いもせず舌を吸われ続ける。

 そして触れ合う唇が離れると、紫苑さんは懐から人形の和紙を取り出し、口から私の血を吐き出して人形に付けた。私はくたりと床に座り込み、某としながらその様子を眺めていた。

「若葉さんの血と唾、そして私の唾を合わせ、これから式神を作ります。これで若葉さんの式神には私も繋がりが出来ます」

放心したまま紫苑さんの説明を聞く。

「ですが、あくまで主は若葉さんで…あれ、どうしました?」

「あぁ…いや…はは…」

心地良さと恥ずかしさで腰砕けになってしまい、動けない私に紫苑さんが近付いてしゃがみ込んだ。

「これからも若葉さんには」

床についた手の指の背。そこに紫苑さんの指先が触れ、つつぅとなぞりあげた。背骨を熱い電流が駆け抜け、変な声が出てしまった。

「――色々と学んで頂きますからね」

「は、はい――頑張ります」

差し出された手を握り立ち上がる。


「では、このまま式神の作成に入ります」

紫苑さんが私の手を離し、少し離れると前に立った。

「手始めに、式神の素になる辻神との契約を行いましょう」

キビキビとした動作で両掌を組み、中指と人差し指を立てる。


 そして歌うように呪文が唱えられた。


 逢魔が時より出るモノ

 誰そ彼に横たわる形無き理の貌よ。汝と契りを求める魂の下へ集え。




 だがしばらく経っても、あの不気味な真っ黒な足はやって来なかった。

「――来ませんね」

「これは――どうやら若葉さんは、辻神と相性が良くない様ですね」

思わずほっとしてしまった。正直なところ、あの真っ黒な足はあまりにも不気味というか、まるで虫の裏側を見てしまったようなというか――ムリとしか言いようが無いのだ。

「相性?じゃあどうすれば――」

しかしそれでは陰陽師としては失格となるのだろう。どうすればいいのかと困っていると、紫苑さんは何の問題も無いと言わんばかりの様子で語りだした。

「それでは辻神と対となる存在、歳神を呼んでみましょう」

「歳神?」

「お正月に家々を訪れて福を運ぶ存在です。不幸をもたらす辻神とは正反対の存在ですね」

もしかして門松と鏡餅でお迎えするアレの事か。

「ちなみに、辻神にも歳神にもそれらを司る神が存在します。辻神を司る貧乏神、黒闇天。歳神を司る福の神、吉祥天。二人は兄妹神ですので、私の様に黒闇天と契約を結べるようになれば、歳神も呼べる様になりますよ」

福の神と貧乏神…それを聞いて気になる事があった。

「あの…歳神でも妖怪って作れるんですか?福の神じゃ『祟り』が出来ないとかは…」

この問いに紫苑さんは少し考え込んだ後、

「多少の向き不向きはあると思いますが、問題無いと思いますよ?」

そして再びキビキビとした動作で両掌を組み、中指と人差し指を立てる。

「では、歳神を召喚します」


 そして歌うように呪文が唱えられた


 日の出と共に来るもの。

 頭を垂れる稲穂を運ぶ形無き理の貌よ。汝らと契りを求める魂の下へ集え。


 すると紫苑さんの声に応じる様にして、赤い鼻緒の雪駄に白足袋を履いた足首が、鈴の足音と共に現れた。華やかで、見ているだけで幸せな気持ちになってくる。これが歳神か。

 私の前に足を揃えた歳神は、左右の足をチリンチリンと交互に躍らせている。その様子を見て紫苑さんが、

「若葉さんは歳神と相性が良い様ですね。歳神が若葉さんを見て喜んでいるようです」

とにこやかに言った。紫苑さんと正反対の相性とは少し残念な気もするが、そんな私だからこそ出来る芸当という事も何かあるだろう。

 そう考えていると、歳神が私の周りを歩き始めた。待ち遠しいような、何かを探しているようにも見える。

「手を出して下さい」

私が手を出すと、紫苑さんはその上に私の血と唾液、紫苑さんの唾液の付着した形代を懐から取り出して、そっと置いた。

「私の言う通りに唱えてください」

そして耳元で吐息混じりに囁かれることば。

 私は聞いたばかりのそれを、間違えないように一言一句丁寧に唱えだした。


「歳神よ、我に依り従いて禄を食め。慈愛を糧に踊り出で奇跡うれしきを為せ。我が名は――若葉!」

 私の言葉を聞いた歳神は、待っていたと言わんばかりの勢いで、掌に置かれた形代の上に飛び乗った。

 歳神が日の出の様な柔らかい光に包まれだし、その光が次第に強くなってきた。

 眩しさに目を瞑り、再び開くと、掌の上には――


 シャープな印象の鼻先も、まだ幼げな丸みを帯びている。ツンと立った三角の、先が黒い耳。稲穂色の体毛。そして体と同じ位のふわっとした尻尾。体長は10センチといったところか。尻尾も入れると20センチにはなりそうだけど。

 そんな小さな子ギツネが掌の上で丸まっていた。


 子ギツネは、くあぁと大きく欠伸をすると、ゆっくりと、その、くりくりんとした三つ目を開き、私の顔を見上げた。


 かわいいいいいいいいいい!式神ガチャ大当たりぃぃ!


「名前をつけてあげて下さい。それで式神は完成します」

隣で紫苑さんが教えてくれた。笑顔で頷く。

 私の式神となった三つ目の子ギツネは、期待に満ちたくりくりんとした瞳をじっと私に向けている。

 日の出を思わせる様な光と共に生まれた、三つ目の子――


「君の名前は――サンだよ、サン」

私がそう呼ぶと、サンは私の腕から肩に飛び乗り、私の頬に顔を摺り寄せてきた。正式に私の式神となった所為なのだろう。嬉しいという感情が伝わってくるのを感じる。


 これからよろしくね。サン。

次なるお話は幽谷響(やまびこ)。山に響くこだまが返す祟りとは如何なるものか。ご期待下さい。

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