表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/64

3-3 帷子ヶ辻

R2.10.2 加筆修正

 都市構想により開発されたニュータウン。近所にはスーパーマーケットも建ち、それなりに暮らし易い環境になってきたとはいえ、市街地から離れている事やコンビニが遠い等と言った理由から、その入居率は決して高いとは言えない。

 ましてや小蛭居の家の様なニュータウンの端ともなると、当然回りは空き地だらけとなるのは当然といえた。少し歩けば山の中。疎らに立つ街灯には小鳥のように大きな虫が群がるような場所だ。

 そんな場所で、律儀に家の狭い駐車場に車を停めて擦るのもばからしい、と小蛭居は常に隣の空き地に自分の車を停めていた。

 広い空き地に適当に車を停め、車を降りる。右を向けば遠くにニュータウンの灯り。左を向けば左右にはニュータウンを囲む舗装された道と、山に続いているのだろう、舗装もされていない、森を貫く山道が見えるのみだ。

 そんな森を眺めていると、小蛭居は放置してきた妻の事を漸く思い出した。 

 帰ってこないところを見ると逃げたか死んだかしたのだろう。そのうち様子を見に行って、死んでいたら埋めるくらいはしないとマズいかもしれない。

 しかし。

 どうしてあいつにはこんなに腹が立ったのだろう。と今更ながらに小蛭居は考えた。

 結婚当初はそれなりに上手くやれていたはずだったのだが。

 きっとあの女が「ごめんなさい」と謝った事が発端なのだろう。両手を重ね、頭を下げるそのしぐさがとても――魅力的に見えたのだ。

 それから俺はあの女の一挙手一投足にも文句を言うようになった。「ごめんなさい」と言わせる為に。傍から見れば難癖そのものなのに、あの女は平身低頭謝るばかりだった。それが楽しかったのだ。クセになったのだ。

 ならば俺がこうなったのも、あの女の所為だ。あの女が俺をこうしたのなら、俺に殺されるのも自業自得だろう。そのうち埋めに行かなければなるまい。


 道路向こうの、山へと続く道を眺めながら、そんな事を考えていた時だった。

 その道の向こう、夜の闇より更に暗い森の奥から何か近付いてくるのが見えた。

 何だろうと思い目を凝らすと、木々の暗闇の間でなにやら白いものが揺れているのが見えた。それは ゆっくりだが確実に、山道からこちらへやってくる。

 それは白装束を着た集団だった。白装束を着た集団が無言で神輿の様なものを運んでいた。どこかで寂しげな鈴の音も聞こえる。これは地元の祭りか何かだろうか。だとしても不気味み過ぎる。『地元の不気味な祭り見かけた』とSNSにUPすればバズるかもしれない。

 尻ポケットからスマホを取り出して構える。だがスマホの画面には白い着物の欠片も見えておらず、ただ真っ暗な闇が映るだけだった。設定が良くないのかとナイトモードに変えて顔を上げると、いつの間に来て居たのか。長い旗竿を先頭とした、白装束の集団が担ぐ神輿の様なものが目の前で立ち止まっていた。

 いつの間に目の前まで来ていたのか。スマホを弄っていたのはほんの少しだけだ。しかも俺の目の前で立ち止まるとはどういう事だ。

 それに、最初は神輿かと思っていたそれだが、よく見るとお神輿の様な小さな建物も乗っていない。ただ縦長の箱が乗せられているだけだった。

 ふと線香の匂いが鼻についた。

 もしかして―― 

 これは葬式だったのか。ならばこれは棺桶か。

 そう思った瞬間、輿は横に跳ね上げられ、上に乗った棺桶の中身が地面に。小蛭居の足元にドサリと落ちてきた。

 生気の抜けた大豆色の肌、投げられるままにだらりと転がり、不自然に曲がる手足。そして、何度も自分が蹴り飛ばして潰れた顔。

 ほくろの位置とか体の特徴とか、そんなのは覚えていないが、散々蹴り飛ばして腫れ上がったこの顔は覚えている。

 山に放置してきた妻だ。

 やはり――あのまま死んでいたのか。

 けれど、なぜ?どうして?一体誰がこんな?

 顔を上げて先程の集団を探すが何処にも見当たらない。

 一体なんなのだ。何処の誰がこんな真似を。

 靴の踵で踏んでみた。ぶよぶよと肉が揺れる。

 柔らかい。やはり本物だ。死んでいる。妻の死体だ。

 悪戯にしては手が込んでいる。かといってあの婆がこんな事を出来る訳が無い。

 とにかく――この死体をどうにかしなければ。かといってもう触れたくも無い。死んでいるとなれば尚更気味が悪い。

 ――そうだ。このまま隣の空き地に埋めてしまえばいい。それにそのまま家が建ってしまえば、誰も掘り返せない。

 我ながら良い考えだと小蛭居は浮かれながら家の裏にある物置に走り、スコップを持ち出して穴を掘り始めた。

 家がニュータウンの端で良かった。もっと人家のある場所ならとっくに警察を呼ばれていたかもしれない。

 そう思いながら穴を掘り続け、ようやく人間ひとりが横になれるだけの穴が掘れた。穴の中に死体を蹴り飛ばし、土をかぶせる。だが思ったより深さが足りず、結局全身を隠すには土が盛り上がる形になってしまった。

 死んでからも迷惑かけやがって。

 散々踏み固めた土の上からもう一度踏み付け、小蛭居はようやく家に帰った。そのうち車でならせばいいだろう。

 そして何事も無く数日が過ぎた。最初はまた誰かが掘り返しに来るかもしれないと怯えながら過ごしていたが、脅迫電話が来るような事も、勿論警察が家にやってくるような事も無く、一週間も経つと小蛭居は死体を埋めた事すら頭から消えていた。


 そんなある日。いつものように仕事を終えて隣の空き地に車を停め、家に入ろうとすると、紫色の大きな何かが地面に転がっているのに気が付いた。

 ここに埋めたはずの、妻の死体が地面に転がっていた。

 身体は全身が青く変色し、その目は飛び出さんばかりに膨れ上がり、舌は口の中からマウスのトラックボールのように盛り上がっている。なまじ面影が残っているので余計に不快だ。

 埋めたと思しき場所を見るが、掘り返したような形跡は見られなかった。自分で踏み固めた、小さな土の盛り上がりはそのままだ。

 ならば何故死体がここにある?俺の前に死体を投げ捨てたあの連中の仕業だろうか。

 とにかく、もう一度、埋め直さなければ。

 小蛭居は死体の横にもう一度穴を掘り始めた。今度は掘り返されないよう深く掘る必要がある。 

 結局、明け方近くまでかかって、深い穴の中へと死体を埋める事ができた。小蛭居は更に、自分の車を移動させ、死体を埋めた位置の真上に停めた。こうすれば掘り返せまい。

 今日の仕事は体調が悪いと言って休もう。穴を掘り続けてもうヘトヘトだ。

 小蛭居は会社に休むと電話をいれ、シャワーも浴びず早々に布団へ潜り込んだ。


 気が付いたら夕方になっていた。

 思ったより寝過ぎてしまった、と窓の外に目を向ける。

 隣の空き地に停めた車には変化が無かった。死体を埋め直して、その上に停めたそのままだ。

 なら――何故死体が外に出ているのだ。

 地中深くまで埋め、その上には車まで停めていたというのに。

 何故死体が外に出ているのだ。

 しかも明らかに埋めた時と様子が違う。

 小蛭居はシャツとパンツ姿で外へ駆け出し、そこへ向かった。

 埋める時は青く見えた死体が、赤黒く変色していた。

 しかも全身が膨らんでいる。手も足も胴体も顔も。すべてが赤黒い風船玉のオバケの様に膨らんでおり、漬物のような匂いが辺りに漂っている。

 確かに朝まで穴を掘って埋めたし、その上に車も停めた。なのに。

 ()()()()()()()()()()()()()

 死体になってもまだ迷惑をかけやがるのか――

 小蛭居は赤黒く膨らんだ妻に向かい、思わず蹴りを放っていた。


 小蛭居の蹴りを受け、水風船が割れるように――膨らんだ妻が破裂した。

 全身に妻の腐汁を浴びた小蛭居。呆然と開いた口の中へと腐汁が滴る。

 酸っぱい漬物のような、妻の味が口の中に広がった。

 跪いて嘔吐を繰り返す。口に指を入れて吐こうとしたが、その指も酸っぱい漬物の味がして、さらに嘔吐を繰り返す。腐汁を浴びたシャツを脱ぎ、体中に浴びた汁をこそぎ落とす。シャツだけでは足りず、パンツも脱ぎ、汁を拭いたがそれでも足りず、小蛭居は玄関先の水道で、何度も冷たい水をかぶり、そのまま唇を青くしながら家に入り、シャンプーとボディソープが無くなるまで身体を洗い続け、チューブ一本使い切るまで歯を磨き続けた。


 すっかり憔悴しきった小蛭居。窓から外を見る。すっかり陽は落ちて辺りは真っ暗だ。

 小蛭居は裸のままでスコップ片手に外へ出ると、死体の元へと向かった。破裂した死体には既に蝿が何匹も集り始めている。

 無言で地面を掘り、死体の上にその土を適当にかける。そして家に戻り、キャリーバッグに着替えを詰め込んだ。

 ()()()()()()()()()。ならば――逃げよう。

 小蛭居にはもうそれしか考えられなかった。

 ひとまずサオリの所にでも転がり込もう。店に出ていると思うが、俺が行けばどうにかしてくれる筈だ。

 つい習慣で玄関の鍵を閉めたが、もう戻りたくない、と鍵を玄関先に放り投げ、小蛭居は夜のニュータウンを歩き始めた。


 車で見る景色と歩く景色、さらに言えば昼の景色と夜の景色は別物だという事を思い知らされる。

 ついでに言えば、似たような建物に似たような区画が続いているので、小蛭居は自分が何処を歩いているのか分からなくなっていた。

 何故自分がこんな目に。すべてあの女が悪いんじゃないか。家も車も買わせて、後は忠実な嫁が出来れば良かったのに。

 そう考えながら歩いていると、十字路の角に立つ街灯の下に何かが居るのが見えた。

 いい加減歩き続けて疲れた小蛭居はそれを避けようとも考えず、そのまま歩き続けた。


 犬だ。犬が何匹も寄って集って何かを食べている。

 今時野良犬というのも珍しいが、何を食べているのだろうと思い、犬の集る先に目を遣ると――

 犬が妻の死体にかぶりついていた。

 こいつから逃げてきたのに。何故ここに妻がある。

 でも、犬が食ってくれるのならそれでもいいか。

 もう、どうでもいい。

 小蛭居は死体を貪る犬を尻目に、再び歩き始めた。


 どれくらい歩き続けたのだろう。いつになったらこのニュータウンから出られるのだろう。考えるのも面倒になってきた。だが歩かなければ出られない。


 やがて十字路の角に立つ街灯の下に何かがあるのが見えた。

 そのまま歩み寄り、ずいと寄って眺める。

 そこにあったのは、幾分かの皮と髪を残し、白い骨となった妻だった。

 まだ人のかたちは保っている。

 ようやく骨になったか。

 小蛭居は妻を蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされた妻はぽろぽろと崩れ、風がどこかへ運んでいってしまった。

 これで――終わったのか。

 ほっと安堵するが、いつまで経ってもニュータウンから抜け出せない状況は変わっていない。小蛭居は再び歩き出した。


 さらにどのくらい歩いたのだろう。キャリーバッグも何処かに置いてきてしまったようだ。前を向いて歩く気力も失せ、小蛭居はひたすらに足元を見ながら歩き続けていた。

 引き摺る様に歩く小蛭居の足が何かを蹴飛ばした。チャリチャリとアスファルトに金属の擦れる音が夜に響く。

 つまみ上げ、それが何かを確認した小蛭居はその場に崩れ落ちた。

 投げ捨てた筈の、家の鍵だった。

 フラフラと立ち上がり顔を上げると、自分の家が目に入る。

 玄関の明かりが点いている。

 という事は――

 妻が玄関で待っているのだろう。

 そう教え込んできたのだから。


 鍵を開け、家の中に入ると、やはり妻が玄関先で正座をして待っていた。

 隣の空き地で膨らみ破裂した姿そのままで。廊下に腐汁を滴らせながら待っていた。


「おかえりなさいませ」


 腫れ、裂けた顔をあげる。


 妻は笑っていた


 あぁ――これだったんだ


 それを見た小蛭井は


 久しぶりに笑った。

 


「ただいま」



 それから暫くして、再び娘を探しに家を訪れた母親により、玄関先で腐乱した死体を抱き締めた男の死体が発見された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ