89.あと3日 ~急な夜会~
「「素敵ですわ!」」
「正直どうかと思いましたが、またガラリと変化しましたわ」
今日をいれてあと3日。
貴重な残り少ない滞在時間なのに嫌な思い出しかない夜会に何故出席しないといけないのか。
全てはあの俺様王子ガインのデュラスのせいである。突然宰相さんから呼ばれ何かと思ったら。
「明日の夜会にガインのデュラス王子が急遽出席するのだが、カエデ殿を強く希望してね。王子とは、今回貿易の件での会談もあり、こじらせなくないのが本音だ」
長い間の後に。
「是非明日お願いしたい」
「……はい」
ノーと言える日本人を目指したかったが、駄目だった。
宰相さんの圧に弱いんだよなぁ。あの笑っていても何を考えているか分からない表情のせいか。
改めて己の姿を見てみる。マリーさん達がとても渋っていたのは、私が前回の夜会の時に借りたドレスでいいと言ったから。
普通はシーズンごとに作り同じドレスは着ないらしい。でも、もったいないよね。
渋るマリーさん達に、前のドレスにアレンジを加えてもらい髪も、もう1度長くするからと言ったのだ。
ワインレッドのドレスには胸元と腕の絞り部分とスカートの左右に大きな淡いピンクの椿のような生花が飾られている。
それだけではなく真珠をもう少し大きくしたような玉を紐に通しネックレスのように連にして花の近くに縫い付けてもらった。
端と端だけを縫い付けているので、くるりと回るとその真珠のような白く光る玉も揺れて華やかだ。長くした髪にはドレスにつけた同じ生花を片方の耳近くに一輪。
追加で同じ真珠のような玉の小さいものを2連にしカチューシャのようにつけた。長くした腰までの髪は毛先だけ緩く巻き流してある。
「胸元のリボンのお色はどういたしますか?」
マリーさんの言葉に悩む。相手の色を身につけるのは、その相手が恋人か既婚者だという意味だと前の夜会の後に教えてもらい知ったから。
「──前回のままでお願いします」
私の精一杯の気持ちだ。
「畏まりました」
まだマリーさん達に伝えてない。
あと3日でさよならなんだと。
伝える、または内緒にするか。
どちらを選択しても苦しいな。
* * *
「よっ!」
俺様なデュラス王子出たよ。
真っ黒の制服に金ボタンで金のモール。悔しいかな派手な容姿と似合うんだよね。
「着飾っている女性達より目立ってますよ?」
「俺、見た目いいもん」
あ~やだやだ!
どうせ地味顔だよ私は。
私は、王様のご挨拶も終わり沢山のご馳走が並ぶテーブルへ行く事にした。周りは和やかなムードだ。
演奏も始まり皆は踊るためフロアの中央へ集まっている。私は食べるぞ。もうこんな豪華なお食事を食べる機会もないし。
グイッ。
「何ですか?」
腕を王子に引っ張られ、そのままズルズルと引きずられていった先は、ダンスフロアだ。
「ちょっと! 私は踊れませんよ!」
「ちょっとくらいは習っただろ?」
「…ヘタなんです」
実は最低限のマナーをシャル君のお母さんミリーさんに教わった時、ダンスも少し教わった。
結果? 撃沈です。背筋の姿勢からして駄目。
しかも1人ではなく2人で呼吸を合わせて踊らなければならない。
知らない人となんて尚更無理だ。まだ舞いのが楽である。
「挨拶しろよ」
そうこうしているうちに生演奏が始まり抜け出せなくなった。
く~っ!
「足を踏んでも知りませんからね!」
ドレスのスカートをつまみ膝を曲げ礼をとる。男性は腕を胸にあてお辞儀だ。手をとられ腰にはもう片方の手がまわされる。
「音を拾いやすい曲だから大丈夫だ」
緊張しているのが顔に出ているんだろうな1、2、3、足を踏み出す。
あれ? 動きやすいな。密着度半端ないけど。ちょっと楽しくなってきたかも。
「意外と楽しいだろ?」
「まあまあ」
なんとなく悔しくて素直に返せない。
「髪、今日長いな」
「短いとドレスと合わないって言われたから。邪魔なんだけどね」
「フッ!アンタらしい考え方だよな」
俺様王子、表情が前より柔らかくなった?
「ちょ、無理っ」
くるくる回された。腕の中にきれいに戻る。
「俺あと1年で16になる」
「?うん」
急に歳の話?
「ガインでは16で成人だ」
この世界は本当に早いよね。大人の仲間入りが。
「俺は必ず王になる」
「うん」
頑張れ。
「俺も、兄弟も必ず生きる」
「うん」
そうだね。
「だから嫁にこい」
……ん?
「無理」
「即答かよ!」
当たり前だよ。あ、でも。
「嫁は無理だけど友達はいいよ」
「あの騎士か?」
壁際にいるルークさんを顎でしめす。
「内緒」
yesって言えたらいいのにな。
「チッ。まぁいいや。諦めないからな」
子供っぽい表情に笑いそうになる。
「嫁は無理だけど一生友達でいるよ」
たとえ世界が違っていても。
「今はアイツに返す」
私は物じゃないし。デュラス王子は曲が終わるとルークさんの手に私の手を乗せた。
「会えてよかった」
じゃあまたなと言いアッサリ去っていった。俺様王子は謎だ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ルークさんに透明な液体の入ったグラスを渡された。味はレモン水で冷たくて美味しい。
「疲れましたか? 楽しそうに踊っていましたね」
近くに人がいるからか言葉遣いがよそよそしい。
そして、なんか、とても悲しいよ。
私はグラスの残りを一気に飲み干した。ルークさんを見上げる。変わらず穏やかな深くて澄んだ青の瞳。
でも、感情が読めない。
「踊ってもらえます?」
女性から誘うのは、マナー違反。
でも、いいや。きっと護衛中だからと断られると思ったけど。
「喜んで」
私達はフロアへ足を進めた。
俺様王子より踊りやすい。ルークさんを観察するれば前回と同じ白の制服。正装なんだろうな。
踊りながら時折剣を押さえる仕草もカッコいい。胸元には、黒い石のバーピン。
「悪い…嫉妬した」
「は?」
思わず聞き返した。
「ガインのガキに」
どうしたんですか?
別人ですよ?
「えっとですね、俺様王子に前に触られた時嫌で、さっきは平気だった。シャル君は大きな猫みたいで嫌じゃないんです」
一生懸命言葉にする。
「ルークさんは、落ち着くんですけど心が落ちつかないんです」
くるりと1回転させられまた腕の中に戻る。
「つまりですね、リボンは自分の精一杯です」
伝わったかな。
曲が終わりに近づき、無事終わった。実は会話する余裕はあまりなく足元が気になり下を向いていた私は、やっとルークさんを見上げた。
あれ?
片手で顔をおさえている。隙間から見える顔が赤い。
えっ恥ずかしいとか?!
テラスにそのまま誘導された。風が気持ちいい。ダンスは見た目優雅だけど実際はかなりハードだ。
広大な庭がテラスからみえる。小さい照明が庭に置かれているのか噴水の水がきらきらして綺麗。
「いつから?」
「えっ?」
乗り出して庭を見ていた私はルークさんの声に振り返る。
「いつ気づいた?」
「女子会の時に教えてもらった」
小さいテラスがいくつもあるこの場所は暗くてあまり目立たない。私はルークさんに近より手に触れる。
真っ白い手袋をしているから、温かさは感じない。
手を繋いだ。いわゆる貝殻繋ぎ。一度くらいしてみたかったのだ。戸惑いの視線が上から降ってくる。
「貝殻繋ぎって言うんです。彼氏とかとするんですけど、バカップルみたいって他の人達の姿を見ていたんですけどね」
恥ずかしいより嬉しいが勝る。
「おままごとです」
一生分の運を使い果たした気がする。
もう、こんなに好きになる人はいないだろうな。もう、出会えただけで充分だ。
「そうか」
強く握り返された。
──嘘。
充分じゃないよ。
足りない。
もっと、もっとってなる。
なんで私はこの世界の住人じゃないんだろう。
ヴィラ。
なんで私を連れてきたの? この気持ちどうしてくれんの?
──助けてよ。




