28.中途半端
──のどが渇いた。体が汗でベタベタする。目を開けると真っ暗だった。
ふかふか。
借りている部屋のベッドだ。光の洪水を見たあと記憶がない。あれでよかったのかな。よくわからない。
今、何時くらいなんだろう? ベッドから起き上がれば、ベッドサイドに水の入ったグラスがあるのを暗がりの中で見つけ手を伸ばした。
「ふぅ」
イッキ飲み。目も覚めてきた。
「かなり寝た気がする」
ここに来る前から寝不足だった。
ベッドから降り靴を履き立ち上がればふらつきもない。自分を見下ろしてみれば、長袖の締め付けのない前開きワンピースを着ていた。
ストンと足首くらいまである。マリーさん達が着替えさせてくれたのだろう。
窓から月明かりが入っている。
「……少し風にあたろうかな」
この部屋の隣の客間に大きなアーチ状の両開き扉があり、そこから中庭に出られる。中庭といっても此処はマンションの4階ぐらいの場所だ。屋上に木々が植えてあるようなものなのかな。
部屋の中から昼間見ただけで出たことはない。
念のため腕輪に触れ防御をかける。寝室の椅子にショールらしき物が掛けてあった。それを羽織り客間への扉を開け……。
「こんな真夜中に、どちらまで行かれるのですか?」
「ひっ」
暗がりから人がでて来た。薄明かりで見える髪は黄色?
「シャルさん?」
部屋が少し明るくなった。シャル君が小さい照明をつけてくれたみたい。
「体調は大丈夫ですか?」
少し首を傾けて聞いてくる。改めて、マジマジとシャル君を観察した。
ほのかな光の中、サラサラ流れるレモンイエローの髪と澄んだグリーンの瞳が綺麗だな。背は180センチはないのかなぁ。
私の叔父が180センチなので背はそこが基準だ。
ルークさんやラウさんは男性って感じだけど、シャル君はまだ少年の雰囲気が大分残っているせいか、あまり圧迫感がない。そして美形には間違いない。ツルッツルのお肌に目がいき、つい悲しくなってきた。
「カエデ様?」
いけない。少年に嫉妬しちゃいましたよ。
「あっごめんなさい。目が覚めてしまって外へ風にあたりたいなぁなんて」
駄目ですよね?
この国の人達は背が高いから上を向かないといけない。
「う~ん。そこの庭で僕もご一緒させてもらえるならいいですよ」
「えっ? いいの?!」
やった。言ってみるもんだ。わかったのか、シャル君は困ったように笑った。
「その様子だとしばらく寝れなさそうですし。防御は強くかかっているみたいなので」
内緒ですよと彼は言いまた困ったような表情をした。
「どうぞ」
シャル君が先に出て安全確認してくれた。
──そういえば。
「まさか扉の外で立っていたんですか?」
シャル君、いつから?
「カエデ様がいらした日から多分交代で、ずっと誰かが必ず警護してましたよ」
さも当たり前のように言われた。一晩中騎士さんを立たせていたとは!
知らなかった。
「あっ客間に入室したのはすみません。部屋の中で力を感じたので念のため。寝室へは絶対入ったりしませんから!」
なぜか焦るシャル君。 迷惑かけてすみません。
「大丈夫です。驚かせてすみませんでした」
まだその魔力とやらがよくわからない。ただ使うと他の人が気づくというのだけわかった。
キーン
以前聞いた同じ音が微かにした。
「この庭一帯に今カエデ様のものほど強くないですが防御の膜をはりました」
シャル君は、私の後ろに下がり少し距離をおいてくれた。
なんて、できる子。
サワサワ
葉の音がする。外は夜だからか少し肌寒い。季節でいえば、秋なのかな。そもそも四季がある国なのかも知らない。
いや、知りたくないのかも。
月の光が強いのか、目が慣れてくると辺りがよく見えた。足場が石で道が湾曲に造られ、少し先のベンチに続いている。
道に添ってコスモスに似た花が淡くピンク色の光を飛ばしている。光る花が普通なのかな。でも光っていないバラの様な花もある。私は、ベンチに向かって歩いた。上を見上げるとあの青い月。
「まだ今日で3日目か」
まるで叔母とたまに行く強行の日帰りバスツアーみたいだった。夜会の夜よりは落ち着いたと思う。
こんな長い夢なんてないだろう。
高校の国語の先生が夜に日記や手紙を書かないほうがいいと言っていたのが今ならわかる。暗くなる一方だ。
小声でアニメ映画の中で流れる歌を歌う。短調で寂しい歌。でも気に入っている。アニメの中には結構いい歌があるのだ。
いつの間にか自分から淡い金の光の粒が出ていた。使う力が少ないのか体から抜け出る感じはなく、それは花から飛ぶピンクの光と混じって風に乗って飛んでいく。私は、ぼおっとそれらを見上げた。
「カエデっ」
一瞬衝撃が体にきて何かわからなかった。しばらくして後ろから抱き締められている事に気づいた。
暖かい。ってあれ?
「ちょっ、あの」
いやいやなんだ、このシチュエーション!
離して欲しくてもがいてみるけど、まったく動かない。鍛えてるからか、硬い体。……ルークさんと違う匂い、首にかかる息。
「身体、透けてました」
小さい声が耳もとでした。なんだろう、私は元の世界でも、ここでも中途半端な存在なのかな。
「ふっ」
乾いた笑い声が出た。
まだ抱き締めてくれていて、シャル君の必死さが伝わる。
本当に暖かい。嫌じゃない。
朝になったら頑張るから、今は許してください。私はしばらくそのまま月を見ていた。




