2-砂の孤城 2
深夜の更新失礼します。
今回は少なめで、話もあまり進展がないかと。申し訳ありません……。
穂波はすぐに二階へと上がり、近くにいた死者たちに安住の行方を聞き、一番奥の突き当りの部屋のドアをノックした。
カウンセリング室に入ると、部屋の奥でソファに寝ている左童の隣で椅子に腰をかけている安住がいた。
「左童、大丈夫ですか」
安住は穂波に気が付くと、「あぁ」と頷いた。
「いつものことだ、気にするな」
穂波は横になっている左童に近付き、顔を覗いてみる。
顔色がいつも以上に青ざめている。それ以外の外傷はなく、よくテレビで言っている首の赤い痕もない。恐らく血液がないからだろう。死んでいる穂波たちは死ぬ瞬間の痛覚が襲うだけで、傷跡なんかは一切つかないようになっている。
「いつものことって。こんなこといつもやってるんですかこいつ」
「ここまで酷いことはあまりないが、自殺しようとしているのは多々ある。ここにいるやつは全員知ってる」
「俺は初めて見ました」
「あまり見ていいものじゃないだろ」
「そう、ですね。左童がこんなことしてる理由って何ですか?」
「死にたいからだろうな」
「死んでも、死にたいんですか」
穂波には理解ができなかった。自殺未遂の常習犯の左童の考えなんて理解できるはずがない。それでも、何とかルームメイトとして、左童の話を聞けるはずだ。
「サジは、ずっとそうだ。ずっと、ずっと死ぬことを望んでいる。生きることも死ぬこともできないから――」
しかし、そこで安住の言葉は左童の手によって遮られた。
「左童」
冷や汗をかいたまま呼吸を乱した左童が安住に笑顔を向けた。驚いている穂波には目もくれない。
「安住、それ以上言ったらつまらないよ」
「……すまない」
安住は小さくそう言うと、重い腰を上げた。
「穂波、サジの容態が落ち着いたら二人で帰るように」
「わかりました」
穂波の返事を聞くと、安住は部屋を後にした。
「いいよ、先部屋帰ってて」
静かになった部屋で先に口を開いたのは左童だった。穂波は声につられるように左童の方を向く。
「どうせ同じ部屋だから待つ」
「いいよ、気遣わなくて。鬱陶しいから」
どこか棘がある左童の言葉に穂波は動じない。穂波は安住が座ってた椅子に座って、左童を見た。
「俺が好きでやってるだけだから」
「あれー、ホナミってばそういうところ頑固だったっけ」
「今日だけだ」
「ホナミ、今日仕事行ってたの」
「そう」
「ボクを置いてくなんてひどいじゃないか」
「あんたがどこにいるか分からなかった仕方ないだろ」
「今回は大丈夫なの」
「え?」
穂波が聞き返すと、左童は寝返りをうって顔を隠した。
「ボクのアドバイス、いらないくらい順調」
「そうだな」
「そう」
左童の声は珍しく弱弱しく、とても小さかった。いつもよりも違う雰囲気の左童に穂波は少し戸惑った。ここまで弱っている彼は初めて見た。いつも減らず口ばかりたたき、何を考えているかわからない彼とは全く正反対。
そこで穂波は気が付いた。これが本当の左童なのではないだろうか、と。彼も人間だ。いくら変なやつでも寂しさや悲しさを味わわないわけがない。そこまで左童は心さえも機能していない人間だと穂波には思えなかった。
「なぁ、左童。もしかして寂しいのか?」
「そんなわけないじゃん! 穂波ってば新人のくせして先輩にそういう口をきくのはどうなの。もっと教育しっかりしないとなぁ。少し視野が広がっただけで調子乗らないでくれないかな。キミなんてそんなんだとすぐ寝首かかれるよ」
突然起き上がると思うと、左童がいつもみたいに穂波を馬鹿にしてきた。
穂波はそんな左童を見て、少し疑問に思った。あまりにも左童が普通だったからだ。
寂しい気持ちを隠しているための空元気かと思ったが、それを疑うほどの捻くれた言い方。いつもの左童だ。
「あぁ、そうか。あんたはいつもそんな感じだよな」
「そうだよ。ボクに構ってる暇なんてないんじゃない。はやく仕事に戻りなよ」
左童はそう言って体を起き上がらせると、穂波よりも先に部屋から出て行った。穂波もすぐに出て、自室へと戻る。
上のベッドを見上げると、左童は既に就寝していた。穂波は自分のベッドに体を預け、何気なくポケットの中に手を突っ込んだ。
「ん?」
何かが入っている。ポケットの中身を出してみると、真帆に投げつけられていた紙屑だった。
「そういえば拾ったままだ」
穂波はベッドに上にそれらを広げ、何か手がかりがないかと紙屑を開いた。ほぼ開いてみたものの書いてあるのは「馬鹿」や「消えろ」や「死ね」など、典型的な悪口だった。真帆は恐らく、これだけでは傷ついてなんかない。
最後の一つに手を伸ばし、開いてみる。
紙は少しだけ破れ、掠れた黒い字で書かれていた「裏切り者」の一言。
「なんだこれ」
唯一変だと思った言葉だった。ただの悪口ではなく、何かしらがあって真帆に恨みを持っている誰かがいる。
穂波はとりあえずこの紙を明日真帆に見せようと考え、就寝に就こうとする。
だが、目が冴えて寝られない。真帆の件だけではなく、穂波には他の悩みがあった。
真上にあるベッドの天井を見つめた。
左童についてだ。きっと安住に話を聞けば、もしかしたら彼なら左童のことを話してくれるかもしれない。
ただ、左童の素性を知る程に穂波は彼のことを知らない。まだ、左童と仲良くしようとするボーダーにさえのっていない。
左童と仲良くなるのはもう少し先なのかもしれない。
穂波は無理やり目を閉じると、今度はすぐに寝られた。
翌日、珍しく左童よりも穂波の方が先に起きた。
穂波は梯子を伝って左童の顔を覗き、初めて彼の寝顔を見た。今までずっと左童の方が先に部屋からどこかへと出かけていた。穂波が左童のことを気にかけたのは昨日からだ。
それも踏まえ、穂波は安住のところへ向かうことに。
穂波は梯子から降り、部屋から出て行った。下の階に下り、安住の自室へと向かう。起きたのが早かったのか、穂波のように部屋から出ている死者の姿はほぼない。
いるとしたらラウンジで呆けている人や、一階で会話している人など。どちらかと言うと、見回りをしている職員の方が多い。
穂波は知らない職員にも会釈をし、目的地へと向かった。
「女の人、全然いない」
ふと、彼らを見ていて穂波は気が付いた。偶然かもしれないが、職員は男性ばかり。これも何かここに関係あることなのだろうか、と穂波は頭の端に追いやった。
安住の部屋を軽くノックする。
数秒後、扉がゆっくりと開き、まだ少し寝ぼけている安住が中から顔を出した。
「なんだ」
「昨日の仕事の話で」
「とりあえず、ちょっといいか」
安住はそう言って頭を掻きながら外へと出て来た。穂波も彼の後を追っていく。安住はホームの入り口の方へと歩き、十字路の角にある洗面台の蛇口を捻った。
出て来た水で軽く顔を洗い、拭いたところでようやくいつもの安住の目つきに変わった。
「お前は顔洗わなくていいのか」
「大丈夫です」
もう一度安住の自室へと戻る。
昨日と同じように二人でそれぞれ座り、話を始めた。
「それで、昨日はどうだった」
「話はできたし、顔も知れたんですけどまだ信用はしてくれなくて」
「まぁ、誰もがそうだ」
「それで死にたいと思っている理由を当ててれば話をしてくれるみたいで」
「そうか。で、何か掴めたか?」
穂波は頷き、昨日の「裏切り者」と書かれた紙を安住に差し出した。
安住はその紙を受け取り、「これは?」と聞いた。
「昨日、いじめられてた途中に投げられた紙の一つです。他は普通の悪口とかだったんですけど、それだけどうにも気になって。誰か一人が恐らく明確な悪意を持ってると思うんです」
「それで、これを見せるのか?」
「少しは話してくれると思うんです。多分、あいつも何か思う節はあるはずかと」
「そうか」
突然、安住は鼻で笑った。
「どうしたんですか」
「いや、すっかりサジのアドバイスが身に付いててあいつのやり方に慣れ過ぎてたみたいだ。お前と話してて、凄く初々しく感じただけだ」
そう言って安住は優しく笑った。
「昨日から感じたんですけど、安住さんって結構優しいところあるんだなって」
「お前、気が抜けると一気に失礼になるな」
「す、すみません」
穂波は分が悪そうに謝った。
「まぁいい。とりあえず今回はお前一人で解決できそうなんじゃないか」
「やってみます」
「サジはどうなってた」
「まだ寝てましたよ」
「あんな馬鹿なことするからだ。穂波はあまりあいつのことは気にするな。あいつは身勝手に行動しているだけだ。自殺しようとしたのも、気にするな」
「大丈夫です。多分、まだ距離縮められそうになくって。その内どうにかなるかなとは思ってますので」
穂波の思わぬ返答に珍しく安住が驚いた様子で、「そうか」と頷いた。
「そのくらい考えでいい。あまり気に負わないでおけ。お前は今やるべきことをやればいい」
「じゃあ、ありがとうございました」
穂波は会釈をし、その場を後にした。
そのまま現世へと向かい、時間を確認してみる。まだ時間帯は昼過ぎだった。待ち合わせの時間まであと三、四時間はある。
穂波は学校から少し離れ、辺りを探索しながら時間を潰すことにした。
ホームにいても時間を潰す方法は思いつかなかった穂波は、ふと、ここがどこだか気になった。
学校はどうやら山の上にあるようで、どの道も坂を下らなければいけない。
電柱に張り付けられているチラシに目を通しても、聞いたことがある市の名前が書かれていた。真帆ほどではないが、生前穂波が住んでいた町から恐らく一時間近くでここに着くはずだ。
穂波が以前から心配していた「死んでいる自分が知り合いに見つかる」というアクシデントは起きなさそうだ。
一間近く最寄り駅までの道や、真帆との待ち合わせ場所までのルートを確認していて気が付いたことが多々あった。
この高校の近くは緑が多い。畑や工場など、静かな場所に学校が建てられている。
穂波が最寄り駅からもう一度学校へと向かっている途中に、見たことがある後姿があった。
「真帆?」
声をかけると真帆は急いでこちらに振り返った。
「びっくりした。何してるの」
「それはこっちの台詞だ。なに、遅刻?」
「少し家でね」
昨日見せなかった真帆の苦笑い。少し弱った様子の真帆に穂波は不安そうに声をかけた。
「何か、大丈夫か」
「大丈夫」
そう言ったものの真帆の表情は相変わらず晴れない。
少し罪悪感に胸を痛めながら穂波はあの紙を真帆に見せた。
「これ、誰から」
真帆はその紙を見て、明らかに動揺している。
「昨日の話、後でいいから教えてくれないか」
しかし、真帆はそれには何も言わずに穂波の腕を引っ張って学校へと向かった。
「俺学校行かないよ」
「学校は行かない。これから昨日行ってたところ行く」
「いいのかよ、行かなくて」
「いいよ。どうせいてもいなくても変わらない。一日くらいどうってことないもの」
真帆は変わらずにキツイ口調で答える。穂波は腕を払うこともできずに、真帆に連れられて数十分ほど歩いていて隣の駅へと向かった。
「今からどこ行くんだよ」
「話せるところ」
真帆はそれ以上は答えずに、足だけ進めた。
最後まで読んでいただきありがとうございました、
次回はいつも通りの来週の月曜更新になります。よろしくお願いいたします。