2ー砂の孤城 1
一週間更新延期してすみませんでした……。
とりあえずこの話ともう一話を今日中に更新しますので、しばしお待ちください。
しばらく虚脱状態が続き、部屋に引きこもっていた穂波。その日も左童は上機嫌でどこかに行ってしまい、一人で自室にいた。部屋から出なかった三日間、穂波は左童のからかいを無視しながら頭だけを働かせた。結局答えなんて出てくることはなかった。自分がここにいる理由も、本当に生き返りたいかも、自分がしていることは正解なのか、何も。気持ちが落ち着いただけで、何も変わってない。辺りが静寂に包まれていたが、ドアの郵便受けに依頼書が投函された音が響いた。もぞもぞとベッドから這い出ると、重い足取りでドアへと向かって受け口の窓を開けた。取り出してみると見慣れた三つ折りの紙が一つ。紙を開くまでもなく、裏返してみると穂波の名前が。もしかしたら左童の名前が書いてあるのかもしれない、という一縷の望みはすぐに打ち砕かれた。
穂波は溜息をつき、紙を持ちながらまたベッドに戻った。寝転びながらそれを開く。
この紙に書かれている村瀬真帆という少女はまるで穂波と真逆の立ち位置にいる存在に思えた。彼女は自分の力でいじめをなくそうとしていた。が、それが裏目に出て今度は彼女への脅威に変わった。正に典型的な死にたい理由だ。
穂波は体を起こし、自室の扉を開けた。安住のところへ向かっている間にずっとどうやって真帆を説得するか考えていた。一階にある地図を見て、奥の廊下へと足を踏み入れる。ここからが管理者たちの自室がある廊下が続いており、その突き当りには施設長の部屋がある。穂波はそちらを一瞥するとすぐに安住の部屋を探し始める。見つけるまで予想以上に時間がかかってしまい、一番手前側にあった部屋の扉を穂波は軽くノックしてみた。
「あれ」
応答はない。
「留守かな」
そう言いながらも念のためもう一度ノックしようとしてみたところだった。
「そこ洗濯室だぞ」
声は横から聞こえ、そちらを見ると安住が立っていた。相変わらず眉間の皺は取れず、怒っていなくても怒っているようにしか見えない。
「あ、すみません」
ぎこちなく喋る穂波とは対照的に安住は変わらない態度で口を開く。
「そこは洗濯室。お前が前にボロボロになって帰って来た時に使った部屋。それで、その隣が乾燥室。汗もかかないし、血も出ないが現世から汚れをつけてくるのは誰でもあることだ。で、何してるんだ」
「あ、あの、このこと聞こうと」
穂波は怖気づいた様子で三つ折りの紙を安住に手渡す。受け取った安住はそれを開き、軽く文面に目を通し「あぁ、これか」と紙を折り直す。
「入れ」
そう言って安住は乾燥室の隣にある部屋の扉を開けたまま中へと入っていった。おずおずと穂波も後に続けて入っていく。
中は何とも簡素な部屋だった。一人部屋にしては広い間取りなのにも関わらず、驚くほど物が少ない。あるとしたら本棚と書類を綴じるファイルが整理されている棚と机と椅子とコンパクトソファのみ。
「地図にもあったと思うが、職員の部屋こっちに続いてるから。次からは間違えるなよ」
「はい」
「どこか適当に座ってくれ」
安住は椅子に座り、背もたれに寄りかかった。穂波も促されるように近くにあったソファに腰を下ろした。
「物が少ないと思ったか。しかし、案外こういうものだぞ」
あまりにも穂波がまじまじと見ていることに気が付いた安住は溜息交じりにそう言った。
「え、あ、いや」
「必要なのは、せめて睡眠だけだ。お前のところだって同じようなもんだろ」
「そう、ですね」
改めて自分の現状を穂波は実感した。それから黙ってしまった穂波を安住は一瞥し、机の上に穂波から受け取った紙を開いて説明を唐突に始めた。
「村瀬真帆。十六歳で高校一年生。自殺の動機として考えられているのは以前いじめられていたクラスメイトを助けた際に、裏切られて逆に標的にされたこと。いじめに耐え切れず、命を落としかねない。ただ、今回の件は不審な点が一つある」
しかし、返事がない穂波に安住は遂に「なんだ」と尋ねた。
「え?」
「どうして苦虫を噛み潰したようなのか聞いてる」
「そんな風に見えますか」
「あぁ」
一瞬答えようか迷った穂波だが、話を逸らすとそれはそれでまた安住の機嫌が悪くなるのではないか、と考え正直に答えた。
「安住さんたちが自殺しようとしている人間を助ける理由って何なんですか」
「それが仕事だからだ」
「安住さん、個人もそう思ってるんですか」
「……そうだ」
静かに頷いた安住を見つめる穂波。
「その行いが彼らを幸せにしなくても、ですか」
「幸せか幸せじゃないかは俺たちが決めることじゃない。彼らの意思だ。相変わらず偉そうな考え方は変わってないみたいだな」
一言も二言も多い安住の言葉に穂波は小さな声で謝り、「何でもないです」と話を戻そうとした。すると、今度は安住の方から口を開いた。
「ここでは自分がどうしたいかが鍵になる」
「自分が、どうしたいか」
「幸いにもお前のすぐ近くにいるだろ」
「左童のことですか」
安住は首を縦に振る。
「あいつを上手くつかえ。それでも納得しなかったらまた話聞くから、とりあえず手を出せ」
安住の優しさが垣間見えた言葉だった。すっかり穂波の中では安住は怖くて厳しい、というイメージがこびりついており、学校の苦手な先生みたいだと思っていた。しかし、こうやって改めて話してみると安住という人間はもっと面倒見が良く、ただ言い方が冷たいだけだ。
この部屋に入ってから穂波はずっと閉塞感に襲われていた。けれど、ちょっとずつ気持ちが楽になり、言葉も詰まることなく出るようになった。
「手、ですか」
言われた通り差し出した穂波の手の甲にアクリル樹脂の台を押す。力を一瞬込め、離すと数字が記されていた。
「あれ、期限が長い」
日にちは一週間近く猶予があった。
「話を戻すが、変だと思うだろ」
「これって本当に自殺したいと思ってるんですか」
「恐らくは」
そう言われたものの穂波はもう一度手の甲を見る。相変わらず時間はそのままで短くなりそうにない。
「さっき言った情報はあくまで紙に書いてあるだけだ」
「安住さんが書いているわけじゃないんですか」
「俺じゃない。そっちにはそっちで仕事が分けられている。俺は説明係に過ぎない。だから今から言うことは俺個人の見解になるが、聞いていくか」
「ぜひ」
「きっとこれにはまだ何かしら情報が隠れていると考えられる。彼女がいじめを止めようとしていたのに、自分がいじめの標的になると予想しないなんて普通は考えられない。つまり、彼女が自殺したいと考えている理由は他にある」
「で、でもいじめの標的になるなんてなかなか予想つかないですよ」
「つかないわけないだろ」
「どうしてそんな言いきれるんですか」
「自分がいじめの標的になると考えられるから誰もいじめを見てみぬふりをしていたんだろ」
「だから、彼女も同じように考えられると」
「あぁ」
「なるほど。でも、それと期限が長いのは関係ないですよね」
「それはお前が今から調べに行くんだろ」
「そうですね」
「じゃあ、用はそれだけか」
「はい!」
穂波は返事をすると、部屋のドアノブを掴んで部屋から出て行こうとするが、その手は止まった。
「あの、安住さん」
「なんだ」
「ありがとう、ございました。またよろしくお願いします」
ぎこちないお礼を言う穂波に安住は少しだけ笑うと「どういたしまして」と言った。
穂波の中で悩みの靄は少しだけ晴れた気がした。迷わずに足は外への扉へと向かう。
今までに見たことがない表情をしていた穂波とすれ違った左童は彼の後姿を無言で見送り、安住のいる部屋の扉を開けた。
「あんなホナミの顔、初めて見たよ」
「俺よりも近くにいたのにか」
左童は入って早々ソファでくつろいだ。
「えー、ボクなりには優しくしてるよ。あっちがなびいてくれないだけだよ」
「なびかないじゃなくて、距離の縮め方が分からないだけだろ」
安住は左童には目もくれずに、先ほど穂波に説明していた仕事の紙を見つめていた。
「けれど、やっぱルームメイトとしては話だってしたいでしょ」
「そこを崩したのはお前だろ」
左童は一瞬だけ目を大きく見開いた。
「ボクは先輩なんだからある程度説明だってするでしょ」
「言い訳ばかり考えるのは本当に得意だな」
安住の言葉に左童は乾いた笑いをこぼし、不機嫌な口調に変わった。
「ボクが言い訳してるって、そう言いたいの?」
「俺はあくまで平等に意見しているつもりだが」
「平等? 笑わせないでよ。ホナミの味方についたのは安住の独断だよね。この間とは全然違うみたいだけど」
「あいつはお前が思っている以上に変わると思う。俺が自分で賭けたことだ。尻拭いだって自分でするつもりだ」
左童は俯いたまま、小さく「ふーん」と呟いた。
「こんなことしてもボクはやり方を変える気はないから。安住の思い通りには絶対ならない」
その言葉に安住は左童の方を振り向いた。彼はいつもの飄々としている表情とは一変して、安住を睨んでいた。
「お前の味方をやめたつもりではないから安心しろ」
やんわりと安住が言っても左童の目つきは変わらない。
「そう」
左童はそっけなく返事をし、部屋から静かに出て行った。
「友達になろうって素直に言うのがそんなに難しいのか」
部屋を出てもその場を離れずにいた左童が外側から力一杯扉を殴った。扉一枚隔てても安住は彼なりの苦しみを理解しているつもりだった。だからこそ安住は左童に冷たく接した。彼に必要なのは味方だけじゃなく、もっと違う存在なのだから。
安住は一息つくと、仕事の書類をまとめ始めた。
扉から現世にたどり着いた穂波の目の前に広がっていた景色に彼は懐古していた。
高校だった。確かに真帆の資料を読む限り、年齢が近かったことは予想していたものの、いざ久し振りに目にしてみると懐かしいと思ってしまう。
門の奥には横に長い茶色の校舎が建てられていた。等間隔に窓が設置されており、空いている窓もあれば閉まっている窓もある。窓から残っている生徒たちの顔が見えた。
今は放課後のようで正門は開ききっており、生徒がぞろぞろと帰路についている。ふざけながら歩いている男子、楽しく喋りながら帰る女子。そのどちらにも当てはまらずにリュックの持ち手を小さく握りながら下を向いて歩く生徒もいる。穂波は静かにあるく彼らを見て既視感を覚えた。自分もあんな風に青春という二文字から誰よりも離れたところにいた。
けれど、それでもこうやって現世では時間が過ぎている。彼らの人生が進んでいる。穂波も死ななかったらあの中に入っていたかもしれない。しかし、本当に現世に戻るべきなのかは今も答えが出ていない。
そのためにも、と穂波は目を凝らした。
穂波は写真に映っていたあの真帆という少女を探していた。接触するかしないかは、とりあえず後で決めることに。
真帆はすぐに見つかった。四人ほどの女子生徒の集団が穂波の前を通り過ぎて行った。門の近くにいる教師の目をやり過ごし、少し進んだところで他の生徒には見つからないようにしているが、彼女たちは一人を標的にして後ろから紙屑を投げている。
「あれか」
しかし、彼女は何をされても全く動じない。それに苛立った女子たちは分かりやすく不機嫌になると、さっさと彼女を抜かして行ってしまった。
穂波は女子たちが先に行ったのを見ると、散らばった紙屑を拾い、いじめられていた女子の肩を恐る恐る叩いた。
それに気が付いた彼女はこちらに振り向いた。
「なに」
事前に写真で見た顔だった。鼻筋がよく通っており、目つきがきつい印象。髪は肩の下辺りまで伸びており、いかにも容姿端麗という言葉が似合いそう。
「あの、これって捨てていいの?」
真帆は紙屑を一瞥すると、「捨てておいて」と一言残してまた歩き出してしまった。
全然表情が分からない少女だ。笑いもせず、怒りもせず、泣きもしない。どうして彼女がいじめの標的に選ばれてしまったのか。どうして死にたいと思っているのかも全く分からない。
「ねぇ、あれ。染めてるのかな」
穂波が気付いた頃には生徒たちの視線の的だった。すっかり自分が全く生活感の欠片もない恰好をしていることを忘れていた。色素が抜けた白い髪なんて生きている間で、多分なかなか見ないだろう。
話が大事になる前に穂波は人目を離れ、真帆を追跡することに。
高校の最寄り駅から電車に乗り、彼女の後を追う。交通の便は安住から手渡された電子端末をかざせば乗れる。今なら携帯をかざすことだってあるのだから、何も言われずに通れる。
電車に乗っている間、近くでつり革を握っている真帆を盗み見ている。空いた手でカバーがついた文庫を読んでいる。顔立ちからして清純さが先ほどよりも増していた。多分、彼女はそういう人間なのだろう、と穂波は思った。何にも動じない芯が通った人。自分とは正反対だと感じる。
真帆が降りたのは高校の駅から駅を八つほど通り過ぎたところで降りた。改札を抜けたところで真帆の足が止まった。
「これ以上ついてくるなら警察呼ぶけど」
振り返った真帆は開口一番そう言ってきた。
穂波は少しだけ退きながら、慌てて首を横に振った。
「あ、怪しいものではないから」
「あたしと大して歳が変わらなさそうな外見しているのに、こんな時間に制服も来てない。ていうか何その服、生活感なさすぎ。それとおまけにその髪。変じゃないとは言い切れないでしょ」
「そうだけど」
「だけど、何」
「どうしてもあんた、村瀬真帆さんと話がしたくて」
「自己紹介もしてないし、それだと全く弁解になってないけど」
「いじめられてるあんたの力になれるかもしれない」
「分かったから。少し場所を変えましょ」
真帆につられ、駅前をうろつくことに。
「お金、持ってるよね」
「ごめん、持ってない」
「何で一文無しなわけ」
「あはは」
真帆との話は穂波が思っている以上に弾んだ。以前から友人みたいな雰囲気で二人して話しながら歩く。二人と同じように駅から出る人間は多種多様だった。鞄を持ちながらヒールを鳴らす女性や、スーツに着せられている大学生や、どこかへと急いで向かうサラリーマン。待ち合わせをしている小学生たちや、今から出かける家族。みんなどこかしらの目的地へと向かって歩いていた。
駅はさほど大きくはなく、駅を出て少し歩くとバスロータリーが広がっていた。その隣には薬局やカフェなど気軽に入れるお店がいくつか立ち並んでいた。
その一つのカフェに二人で入っていき、それぞれアイスコーヒーとカフェラテを頼んで席に座った。
真帆は奥にあるソファの方に座り、隣に荷物を置いた。
「それで、力になるってどういうこと」
カフェラテを啜る真帆は不機嫌そうにそう言った。
「話しくらいなら聞けるけど」
「他は」
全く口調が変わらない真帆に穂波は気まずそうに机の上で指を組んだ。
「あんたに死んで、ほしくないから」
真帆は突然目を伏せ、そっけなく口を開いた。
「知らない人にいきなりそう言われても困る」
「だよな」
穂波は苦笑しながら「どう説明すれば信じてくれるかな」と頭を抱えた。
真帆は何も言わずに穂波を見ながら、また一口カフェラテを飲んだ。
「じゃあ教えてよ」
「え」
真帆の言葉に穂波は顔を上げた。
「あたし、いつ死のうとしてるの。それが合ってたら信じてあげる」
穂波は手の甲を一瞥して、静かに口を開いた。
「一週間後」
真帆はそれを聞いて、頬杖をついて目を細める。少しだけ声も低くして言った。
「大体当たり」
「信じてくれるか?」
「うーん、まぁ、そうだね。不審者とかじゃなくてあたしが死のうとしてるの知ってたらそれどころじゃないし」
「何であんたはそこまで動じないの」
「何が」
「いきなり死ぬ日を言い当てられたリ、こんな変なやつがいても信じるし、ごみ投げられたって何も言わないし」
「せっかく信じようとしてるのにそんなこと言う?」
「いや、気になって、つい」
「こんなの死んだら全部消えるから」
「それにしたら期限長くない?」
「計画的にしたいじゃない。失敗なんてしたくない」
真帆はわざとらしい手振りをつけて、喜々として語った。
「ほんとは死ぬ準備なんてしてないんだろ」
突然真帆の口角は下がっていき、また先ほどと同じ仏頂面に戻ってしまった。
「何がしたいの。ていうか言いたいの」
「俺、初対面だけどあんたみたいな強そうな人間が自殺したいと思ってるのは違う気がする。いじめが理由なんてぴんとこない。もっと違う理由があると思う」
「だったら何があるの」
「どうしていじめられたか、そこだと思う」
真帆は「分かった」と呆れた様子で呟いた。
「そこまで言うのならあたしが死にたいと思っている理由が分かったら話してあげる」
「つーか、そこまで上から目線の理由くらいは教えてほしい」
「上から目線も何も、とりあえず話を聞いてるだけ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そう」
「それよりも、名前。教えてもらわないと何て呼べばいいか分からない」
「あぁ、穂波っていう」
「苗字は?」
穂波の中苗字を名乗ることはもうないと思っていた。ホームに来てから会う人全員に名前で呼ばれることにいつの間にか慣れていた。今更苗字で呼ばれるのは慣れないと思った穂波は首を左右に振った。
「穂波って呼んでくれればいい」
「わかった。それじゃあ穂波、次からここに来て」
そう言って真帆は持ってきた紙ナプキンに筆箱から取り出したボールペンで地図を描き始めた。穂波が覗いてみると、そこは学校から近く、最寄り駅へと続く道とは反対側へと続く道が記されている。
「ここどこ」
「来ればわかる。てか次はいつ来るの。あたし、無駄足なんて嫌だよ」
「あー、明日もまた同じ時間くらい。五時くらいでいい?」
「おっけー。それよりも、飲まなくていいの」
真帆に促されるように、アイスコーヒーを穂波は一瞥した。真帆のグラスは既に空になっていた。
これ以上怪しまれるわけにはいかない、と穂波はコーヒーを口に運んだ。味覚は当に失われており、こうやって口の中に何か入れることすらも久しく感じた。
喉を液体がするすると、あっという間に流れ込んでいく。味もしなければ温度もないコーヒーを飲むのは変だと穂波は感じていた。
胃が満ちることもなく、感覚がおかしかった穂波は無意識に一気飲みをしていた。
「そんなに飲みたかったら、飲めばよかったのに」
生前とは違って、穂波は初めて何かを飲食する感覚に気味悪さが芽生えた。
「いや、特に理由はないんだ」
穂波は自分なりに話を逸らしたが、相変わらず真帆のキツイ視線は変わらないまま。
「じゃあ、あたし行くから」
そのまま二人はそこで解散した。穂波は真帆を見送った後に、電車に乗り扉へとホームに帰った。
「ん?」
出た時とは違った扉の微かな重さに眉を顰めながら開ける。その瞬間、目を疑う光景がそこには広がっていた。
ドアノブに縄が括り付けてあり、そのロープの先には首吊っている左童の姿があった。
扉が重かった理由は左童だった。
「え、なにこれ」
以前までの穂波だったらもっと驚いていたものの穂波も左童も既に死にかけている体験をしたのだ。今更驚くことはなかった。
「そういうところが引かれるって言ってるんだ、この馬鹿」
扉の奥からはぞろぞろと死者が野次馬となって左童を見に来ていた。その一番先頭には呆れている安住の姿があった。
「あぁ、帰って来たか。すまんがちょっと待ってくれないか」
「はい」
安住はドアノブにかかったロープをとり、左童を背負うと二階へと上っていった。その間にも野次馬は散っていき、静かになった頃に穂波は中へと入っていった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次の話もまたよろしくお願いいたします。