1-悲劇のファミリーパーティ 1
夜遅くの更新になります。
今回は圧倒的説明回です。
躊躇なくドアノブを時計周回りに回し、押そうとするも開かない。
「あ、あれ?」
押してもドアは微動だにせず、穂波はドアノブの中心を覗き込んでみる。
「鍵穴もない」
試しにドアノブを今度は反対に回してみる。すると、かちりと何かスイッチが入ったような音がしたと思ったら突然目の前のドームが霧と化して消えてしまった。
「な、なに」
現状の整理がついていない穂波の前に次に現れたのはドームより一回り小さい横に長い寄宿舎のような施設だった。学校よりは少し小さく、どちらかというとマンションのような建物。形から見て先ほどまでのドームはこの施設を丁度隠していたみたいだ。
窓はドームと同じように設置はされているものの、中の様子は全く見えない。さっきとは変わって臆しながら穂波はドアを押した。すると簡単にドアは開き、中に入れた。
中は白を基調とされたデザインで全体的に明るく見える。内装は新築したてなのか埃も傷も見当たらない。それか隅々まで掃除が行き届いているのかどちらかだ。もし、掃除しているとしたら誰かいるはずなのだが、人が誰もいない。
「すみません」
返事はない。だからと言って後に引き返すことはできない。
「お邪魔します」
穂波は辺りを見回してみた。入ってすぐにある流し台は最近使われた形跡はなく、人の気配もしない。灯りはついており、電気は通っているようで施設として機能はしていることが分かる。
一歩足を踏み入れ、突き当りの十字路の左右を見てみる。直進した先の壁には掲示板がついており、この施設のルールが書かれている。その隣には地図が貼られている。これを見る限り、この建物は全部で三階建てになっており、外装と同じように中も横に長い廊下がいくつか存在しているみたいだ。
今度はそこから左右を覗き込んでみる。両側とも地図にかかれていたように長い廊下が続いており、廊下を挟んでたくさんのドアが見える。右手の一番奥には螺旋階段が見え、上の階に繋がっている。階段を目で追い、上の階を見上げてみると真上に吹き抜けが見えた。少し入り口側に後ずさり目を細めてみると、手すりの奥に古びた木でできたロッキングチェアが鉄の机を挟んで二個置いてある。視線を戻そうとした時、声は聞こえた。
「来てくれみたいだね」
声は上からだった。聞き覚えのある声に誘われて見上げるとロッキングチェアに一人の男子が座っている。穂波が見上げると彼は手すりに頬杖をつきながら一階を見下ろした。
「あんた」
穂波に自殺を教えた少年がそこにいた。相変わらず何を考えているか分からない飄々とした笑顔でこちらにひらひらと手を振っている。
「ここはどこなんだ」
「それを説明するのはボクじゃないよ。安住ー! きたよ、新しい子」
「安住?」
「もういっそお前が説明してくれ」
「安住ってばもうばてたの? 体力ないなぁ」
安住と呼ばれた強面の青年は少年の後ろのロッキングチェアにいつの間に座っていた。机にへばりつくように上半身を預けている。
「いつからそこに」
「俺はさっきからいた。お前の目が俺を捉えられていないだけだ」
「まぁまぁ。彼はまだここに来たばかりなんだから目が慣れてないんだよ」
安住は少年にそう言われ、一つ溜息をつくと立ち上がり螺旋階段の方に向かった。一人になった少年は「よっ」と、手すりの上に乗り、そのまま蹴って一階に下りて来た。痛みに耐える表情はなく、ケロッとした顔で穂波にずいっと近づいてくる。
「名前、聞き忘れてたね」
「まず自分から名乗るのが常識だろ」
身長は穂波よりも少し小さめだが、歳は同じくらいに思える。
「ボクのことは左童って呼んでね」
女子顔負けの上目遣いで穂波を見つめてくる左童。
「俺は、穂波。よろしく左童」
左童は小さく縦に頷くと、嬉しそうに微笑んだ。
「うん。ホナミね、覚えた覚えた。よろしくね」
「あぁ、もう自己紹介終わったか」
左側の通路から歩いてくる安住の声に二人して振り向く。
「俺の名前は安住。ここのスタッフをしている」
安住は穂波に普通な様子で言っているはずなのにぴくりとも動かない表情筋のせいで強面の顔のまま。
穂波はおずおずと会釈をし、「よろしくお願いします」と挨拶した。
「安住ってばまた怖がられてるー。もういっそずっとお面でも被ってたらどうなの」
左童は無邪気に笑いながら今度はすいっと安住の方に近付き、彼の背中の方へ向かった。
「それじゃあ、改めて。ようこそホームへ」
「ホーム」
「そう。ここはボクたちみたいな死人しかいない家みたいなものだよ」
穂波はその言葉を聞いて、気の抜けた声でもう一度彼の言葉を口にした。
「死人?」
もう一度言ったところで穂波の中で実感が湧かない。穂波は自分の体を見下ろし、実体があることを確認する。そこでふと、いつの間にか上下白地に統一された服を着ていることに気が付いた。顔を上げて左童が見ると彼も同じ服を着ている。安住はスーツを着ており、二人とは違う雰囲気。彼が言ったスタッフというのはスーツを着なくちゃいけない決まりがあるみたいだ。
「死んでないとでも思ったの? ボクの言ったことを真に受け取ってくれたみたいだから死んだんだよ」
喜々としてまた近付いてくる左童の歩幅に合わせて穂波も後ずさりする。
「そんな、こと」
「ボクが言った?」
穂波が目を見開きながら左童を見ている後ろで静かな怒りが籠った安住の声が響いた。
「あ」
左童が自分の失言に気が付き、ゆっくりと後ろにいる安住を見ようとするも安住は特に何もせずに呆れたように呟いた。
「全部お前の仕業か」
「ちょっとした悪戯心だよ。いつものことでしょ」
「もういい。お前は口を挟むとややこしいことになるから黙ってくれ」
安住に襟を後ろから掴まれ、「あう」左童はそのまま後ろに下げられる。
「おい、穂波。よく聞け。お前はここに来たにはこなさなくてはいけないことがいくつかある」
「こなさなくてはいけないこと?」
穂波は安住に言われた言葉を反芻させながら自分の脳内に現実を染み込ませようとする。
「まず、お前の現状から説明する。さっきもサジが言った通り、お前はもう死んでいる。自殺した。つまり今は幽霊になっている。五感は半分失われ、生きているのは視覚と触覚と聴覚のみ。嗅覚と味覚はなくなっているため、何も食べなくてもいい体だ。ここにくる間に気付いたかもしれないが、勿論臓器も活動停止しているから生前より体が軽いからな」
「あ、ちなみにサジっていうのはボクのことねー」
穂波はただ頷くことしかできない。
「今のがお前の今の体のことな。それでお前がすることは自殺しようとしている人間を救済することだ」
それを聞いた穂波が動きを止めた。
「どうして、俺は救済されなかった?」
「それは、答えられない」
安住は小さく左右に首を振って否定した。
「どうして」
「すまない」
「どうして!」
感情の赴くままに穂波は安住に掴みかかろうとするも、その手は届かない。
「答えられないって言ってるでしょ。大人しく話を聞きなよ」
安住と穂波の間に左童が割り込み、先刻までの笑顔は消え去り、殺気に溢れた目をしながら穂波の腕を強く掴み上げた。
「いっ!」
穂波は痛む腕を見つめる。震えるほど力強く掴んでいる左童は相変わらず穂波を睨んだままだ。
「サジ、離せ」
「はーい」
左童に解放された腕をおさえ、穂波は二人と少し距離をとって警戒した。
「頼むからサジ、何もしないでくれ。お前が何かする度に話が止まる」
「だって安住を怪我させようとするのはいけないことだと思ってさ」
「いいから」
強く言われた左童は拗ねたようにして、口を閉じた。
「すまない。話を続けるが、生き返る方法はある」
口を一文字に結びながら穂波は安住を見つめた。
「お前がここに来たのは、自殺しても死にきれない半端者を更生させるためにここがある」
「半端者? 俺が」
「どう言おうがここに来る死者は必ずそうだ」
穂波は口を閉じ、何も言わなくなった。
「ここで現世の人間たちを救済し続ければお前の願いが叶う。叶えられるのは二つに一つだ。死ぬか、生き返るか。ここはその二択を選ぶためにある。地獄でもなければ天国でもない。反論も反抗も認めない。ここにいる限り、現世に戻れると思わない方がいい」
「ねぇ、ホナミ。ここのルールに従った方が賢明だと思うよ」
口を開いた左童を穂波は一瞥し、安住に視線を戻した。
「次に依頼、というか仕事の受け方だ。あっちを見ろ」
穂波は安住に促され、二階に続く螺旋階段のある方を見た。
「あっちが死者の自室だ。基本的に二人一部屋になっている。部屋のドアのポストに部屋のどちらかの人物のどちらかに宛てて手紙が入っている。紙には仕事の大まかな情報が記載されてある。読み終えたらすぐに俺の元に来い」
今度は安住の真似をするように後ろを振り向いた。そちらも同じように部屋が並んでおり、一番奥には大きな部屋のドアが構えている。
「あっちは俺たちスタッフたちの自室だ。俺のところに来いというのはこっちの廊下に来いってことだ」
つまりここの階は入口から見て左側に死者の部屋、右側にスタッフの部屋がある。とりあえず穂波は頭の中に一階の地図をたたきこみ、「わかった」と頷く。
「俺のところに来れば仕事の事前情報、対象者の現状や家族環境等、事細かに仕事の必要なことを教える」
「はーい、安住そこまで。あまりにも安住の話が長いからさ、ボク飽きてきちゃったよ。というかあとはボクが説明するからさ。ってことだから、安住の話はちゃんと理解したでしょ」
左童が突然口を挟んだことで二人は口を閉じた。安住の迷惑そうな視線を気にもせずに左童は穂波の腕を組み、死者の自室がある廊下へと走っていった。
「ちょ、サジ! おい」
「安住さん、サジのやつどこ行きましたか」
左童が上の階に上がっていったと同時に安住の後ろから声をかけてくる男性がいた。安住と同じようにスーツを着たスタッフの一人だ。
「あいつならお前が見えたから逃げていったぞ」
安住はふぅ、と一息つけスタッフの自室の方へと踵を返した。
「マジすか。あいついい加減脱獄するのやめてほしいですよ」
男性はやれやれという顔で「ですよね」と安住に同意を求める。
「仕方ないだろ。サジはあれでも年相応なんだから」
「わざわざあの姿の意味ないですよねー」
「好きにしてやれ。俺らができるのは追いかけっこくらいだ。それであいつが喜ぶなら本望だろうよ」
「流石あの計画の第一人者ですよねー、安住さん。どうしてそんな心意気できんですか。俺なら絶対あんなやつ構いたくないですよ」
「言いだしっぺの法則っていうのはこういうことだろ」
「安住さんの口からそんな言葉が出るとは」
「いいからさっさと帰れ。脱獄したサジを捕まえられなかった罰で地下にいかせるぞ」
「それは勘弁ですよ」
「冗談だ」
廊下の一番左奥の部屋を開けて真顔でそう言う安住を見送った男性は小さく苦笑しながら呟いた。
「真顔だと冗談に聞こえないんですよね」
男性も自室にドアを開けて中に入っていった。
安住と別れ、左童に無理やり腕を引っ張られている穂波は二階に上がっていた。左童の腕を振り払おうとしても全く離れず、穂波はされるがままだ。
二階に上がると、廊下が一本だけ伸びている。両側には死者たちの自室がたくさんあり、二階の真ん中くらいの左側が吹き抜けになっているようだ。左童が椅子に座って穂波のことを見下ろしていたのはそこだった。
吹き抜けの手前にある一室のドアを開け、左童に連れられ中に入る。
「あーやっぱここが一番。あんな暗いとこいても本当につまらないんだよね」
左童に中に入るや否や穂波から手を離し、入口の傍にある二段ベッドの下の段に寝転ぶ。
部屋は八畳の広さがあり、玄関を抜けると右手には二段ベッド左手には折り畳み式の机とクローゼットが置いてある。部屋の奥の両端にはそれぞれ勉強机があり、片方の机は既に使われている。もう一つの机は使われている様子はない。
「っと、あ。そうか。ホナミがいるからボクは上の段か」
隣にあるベッドから左童は起き上がると、階段を上がって上のベッドに移った。
「ここ、お前だけの部屋じゃ?」
すぐさま左童がベッドから起き上がり、穂波を見下ろす。
「あれ。安住の話聞いてたでしょ。一部屋二人だって。つまりボクと」
左童は一度言葉を切り、自分を指さして続けて穂波を指さした。
「君の部屋ね、ここ」
「聞いてない」
「だって今説明したし」
「聞いてないって!」
「いいじゃんいいじゃん。利害の一致ってやつだって」
「どこが利害の一致だよ」
穂波は反論する気も失せ、ベッドの下の段に腰を下ろした。
「キミは死にたくてボクのおかげで死ねた。ボクは一人に飽きてたからキミを呼んだ。こういうことだよ」
「確かに死にたいって言ったけど」
「けど?」
「本当に死ぬとは思わなくて」
「でも、こうやって死ねたでしょ」
「そうだけど」
「あーもー、この話つまらないから話題変えよっか。あ、そうだ、ドームのやつ見たでしょ! あれ、ボクなりの歓迎なんだけど。どうだった? 楽しかった?」
しかし、穂波の返答はない。
左童は手すりから軽く身を乗り出し、穂波を覗き込んだ。穂波は左童の方に背を向け、寝ているみたいだ。
寝息はたてていないため、左童は数秒だけそのまま穂波を見つめたが何も言わずに引っ込んだ。
「これからよろしくね、ホナミ。ボクのお目にかかる働きっぷり期待しているよ」
穂波は起きていながらその言葉を無視し、ゆっくりと眠りについた。
左童はもう一度穂波が寝ているか確認すると、ベッドから下りた。
「さてと」
自分の机の引き出しから一枚の紙を取り出し、机の上に置いた。既に机の上にあったものは適当に端に寄せ、紙を広げる。灯りを点け、ぎりぎりまで明るさをしぼった。机上に置いてあるペン立てから一本、ボールペンを摘み出した。元から切っておいた白い紙を『サジ』と書かれている部分の上から貼る。違和感がないように器用に皺をのばした。
隠したところに片仮名で『ホナミ』と書き直す。
左童は満足した様子で椅子の背もたれに背を預け、思いっきり伸びをした。ゆっくりと椅子から立ち上がり、ドアについているポストにその紙を入れる。
「準備完了っと」
小さな声で左童は悪戯っぽく笑い、穂波を一瞥した。そのまま隣にある階段でまた上のベッドに戻って意識をゆっくり手放した。
穂波が目を覚ますと見慣れない茶色の天井が広がっている。這い出るようにベッドから起き上がり、体の節々をのばした。眠気はなかなか取れなくても相変わらず体は軽い。
周りを見渡したところで自分の生前の部屋ではないことから死んだのは夢ではないみたいだ。
目を擦り、部屋の真ん中にある机に視線を移す。そこには一枚の置き手紙が残されていた。文面としては左童からのメッセージだった。左童は先に置き、どこかへと行った。先日のように安住のところに行けば説明の続きを聞ける、とのこと。
そのまま視線を下ろすと、追伸が書かれている。『ポストを見ておくように』という催促が。ドアに近寄り、ポストの蓋を開けて手を突っ込む。何かに触れた気がして、それを取って手を引き出す。
一枚の紙が三つ折りされており、開いてみる。汚らしい字で穂波宛てだった。これが先日に安住が言っていた仕事だということを理解し、言われた通りに安住のところへ穂波は向かった。
自室を出てみると先日誰もいなかったのがまるで嘘だったような光景が広がっていた。穂波と同じくらいの人間たちが縦横無尽に歩き回っている。自分が学校にいるかのように一瞬だけ勘違いするが勿論そんなわけはない。しかし、それほどに死者と言われている彼らは全然生きている人間と大差がない。普通に誰かと笑い合い、会話し、楽しそうにしている。彼らも穂波と同じように数日前まで生きていた。自分とは違ってこの施設を受け入れている彼らに穂波は素直に目を向けることができない。自然と視線は下り、一階に下りていく。その間にも左童と同じ部屋から出て来た穂波はもう注目の的になっていた。穂波に対して皆が口を揃えて言った。「かわいそうに」と。きっと左童と同室になったのは外れくじだ。残り物には福があるなんて、嘘でしかない。階段を下りきり、そのまま真っ直ぐ直進する。その間に何気なく周りを見渡すと先日は気にならなかったが様々なものが目に入った。
部屋の中には自室だけではなく、一階には洗濯室、乾燥室、面接室、会議室が存在している。それぞれ学校でよく見かけた室名札と、使用中の札が設備されている。使用中の札を裏返すと未使用の文字が。
「意外とちゃんとしてる」
会議室を通り過ぎ、安住の自室を探そうとした時だった。ふと、会議室を横目で見ると安住が中にいることに気が付く。
仕方なく会議室の外で安住を待つこと数十分。会議室のドアが突然開き、穂波はその音に驚きつつ顔を上げた。
「何の用だ」
隣には安住が立っていた。
「これ、昨日言ってたやつです」
一瞬、安住は眉を顰めたが穂波の紙を受け取った。数秒読み、裏返して宛名の部分を見た。
「どうせ使ってない。中に入れ」
安住に言われ、穂波も後について中に入った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
物語は後々紐解いていくので、今は伏線や謎だらけかと思います。必ず回収致しますのでお待ちください!
できるだけ読者の方に楽しめるものを書こうと意気込んでおりますので、お付き合いいただけたら幸いです。
基本更新は月曜から火曜日にかけてになります。一回の更新での文量を増やしていく予定なので、何卒お願いします。