第2部
第2章 世界の秩序
この剣は、それぞれが独自の思考回路を持っていて、独立してはいたものの、相互依存環境が必要な生きた剣だった。
「こいつら、やかましいんだけど…」
「私も…夢の中にちょくちょく出て来ては、何かと言ってくるからね…」
「「世界は滅びる」だの、「終末思想こそがファシズムの発端である」だの、ややこしくて何がいいたいのかが分からねーよ」
「私達が神になったって言うのもいまいち実感わかないしね」
「どちらに転んだとしても、世界は滅びるんだろ?俺らが何かしようとしまいと関わらずに。だとすると、俺らは次の世界へと続いて行くことができる。その点だけは、他の人たちには真似できないものだからね。俺らは、ちょっとだけ優位な位置にいる」
「ほんのちょっとだけどね」
2人は、大梧郎の部屋の中にいて、ベッドに一緒に座っていた。
「…ねえ、出してみようか」
「剣をか?何もない時に出したら駄目じゃないのか?」
「いいじゃない。どんなふうに出すかなんて、感覚で憶えるしかないんだから」
そう言って、川卯は立ち上がり、右手を肩と同じ高さまで持ちあげて、目をつむった。すると、徐々に剣のようなものが形作られた。
"何か用なのか?"
「どうやって出てくるのかが気になったからね。それだけの事よ」
"それだけのことで余を呼んだのか…ホムンクルス神によって、肉体を喰われてから、魂のみの存在となり、この剣に力を与える存在となったカオス神である余を"
「カオス神?誰だよ。聞いた事もねーな」
"遥か過去の神、余こそが最高神であった時代もあった。だが、今となっては昔の事。このようにして、剣に封じられて以来、余は、動くことを禁じられた"
「…つまり、アントイン神やサイン神は、別の神の力を受けて、この剣を動かしていたって言う事か?」
"過去はそうではなかった。スタディン神、クシャトル神、さらに他の神々が現れて以来、余の神と言う概念も著しい変更を余儀なくされた…"
「じゃあ、昔はそれぞれ独自で生きていたって言う事…?」
"その通りだ。余は、古代7神と呼ばれていた時の最高神として生きていた。魂のみであったとしても、その力は計り知れない量を有している事は、誰の目にも明らかである"
「古代7神?だれだよ」
"余を最高神とし、誠実の神のアントイン神、悪の神のサイン神、7神の中で最も若かったイフニ神、怒りの神のカオイン神、落ち着きの神のガイエン神、臆病者の神のエクセウン神だ。現在の神々とは、まったく違い、人間社会に広く関与していた"
「それで、魂自身を制御していたのか…」
"そう言う事だ。だが、魂を収集する役目を担っていたサイン神が消滅し、魂を放出する役目を担っていたアントイン神もその後を追った。彼ら亡き後、お前達がその任を負う事になる。お前達には、その重さに耐える事ができるか?"
それだけ言うと、剣は自然に消えていった。大梧郎達は、それをただ見ている事しかできなかった。
そして、ドアが開かれた。
「お兄ちゃん、朝ご飯の準備ができたよ」
「そうか、じゃあ、行くとするか」
そして、川卯も自らの家に戻り、大梧郎は、朝ご飯を食べると、学校に向かった。
学校の教室に到着すると、横並びの机に座っている二人は、すぐにそれに気付いた。
「あれ?なんだかおかしい…」
「ああ、そうだな」
周りの人たちの生気が、いつもよりもないように感じられた。
「どうしたんだろう…」
その原因は、その時には分からなかった。ただ、クラスだけじゃなく、学校全員がそのような状況だった。
放課後になっても、それは治らなかった。逆に、悪化しているように見えた。みんなが亡霊のような顔をして、すり足で帰る光景は、背筋が凍るようなものだった。
「やだ…どうなったの?」
「あっちがおかしいのか?それとも、俺らがおかしいのか?」
「どちらにしろ、調査が必要ね」
そう言うと、川卯は大梧郎を連れて、校舎の中に戻った。
「変な気が流れてくるのは、理科室っぽいね」
それだけいうと、大梧郎を引っ張って川卯はその部屋のドアを開けようとした。すると、向こう側から何か声が聞こえてきた。
「…だから、彼らは特別な存在だ」
「魂の調節者、アントイン神とサイン神の後を継いでいる正当な後継者」
「世界の魂は彼らが握っている。彼らを取り込めば、我らの思うがままのはずだったが…」
「そうは行かなかったようだ…現に彼らのみ、正気を保っている…」
2人は、顔を見合わせた。
「何を話してるんだろ…」
「分からないな、だが、なんとなく聞き覚えがあるような…」
その時、扉が急に開かれた。
「お前達、一体ここで何をしているんだ?」
それは、担任だった。
「あ、いえ、偶然ここを通り過ぎた時に、何か話していたから、ちょっと興味を持っただけです。では、失礼しました…」
大梧郎と川卯はそのまま急いで家に帰った。
担任は、その場に残り、仲間と相談を続けていた。
「彼らに気付かれたな…」
「しかし、それだけの事。我らの計画にはわずかな遅延も生じてはおらん。案ずるな、おぬし達には、神がついておる。史上最強と謳われた、ホムンクルス神とメフィストフェレス神がな」
そのまま、気配が消えた。そして、誰もいなくなった。
第3章 魂の循環
大梧郎と川卯は家に帰ると、川卯の部屋で話し合っていた。
「誰と話していたんだろう…」
「私達がしらない声だったね。それよりも、なんであんなところで?会議室とかじゃなくて、なんで理科室?」
「担任の教科は、英語だったね。だとすると、担任自体が誰にも聞かれたくないっていう事だから…」
「魂の循環がどうとか、アントイン神とサイン神の意思を引き継いでいるとか…」
その時、ふと剣を思い出した。
「そう言えば、私達がもっているこの生剣と死剣は、アントイン神とサイン神の持ち物だったんだよね…」
そう言うと、川卯と大梧郎は、剣を召喚した。そこには、剣の変わりに二人の人間が立っていた。片方は、若い青年で、もう片方は、青年期をわずかに過ぎたような風体をしていた。
"何の用だ?何も無かったら…"
「魂の循環って、どんな事をするの?」
川卯は、カオス神の話をさえぎって聞いた。
"魂の循環か…早い話が、前世、現世、来世の3つをつなぐ橋みたいなことをする事になる。前世から引き渡されてきた魂は、現世で生を受け、来世へと引き継がれる"
「でも、前世も現世も来世も同じ一つの世界だろ?」
大梧郎は、そう聞いた。カオス神は、答えた。
"ああ、その通りだ。だが、生きている時代が違う。一つの魂が同一時間上に存在することは許されない。ただ、同一時間軸上にはいなければならない。要は、点では重なってはいけないが、それ以外なら大丈夫と言う事だ"
「…なんとなくわかったような…」
それだけいうと、もう一人の神が、言った。
{聞きたいのは、それだけか?}
「あと一つ。あなた達は、元々人間だったの?」
{ああ、そうだ。昔は、魂の循環に参加する一つの魂だった。そもそも魂自体がエネルギーの塊だ。そのエネルギーが莫大な量にまで発達する事ができれば、神になる事ができる。それは、全ての魂を有する存在に平等に与えられているが、神になるためには、一度死をその記憶のままで経験する必要がある。それは、世界ができてから、連続して行われてきたものだ。つねに、魂の回収を放出の1組の神がいた。彼ら以外の神が、魂の回収や放出の任に当たることもあったが、それは、今までの世界で1回しか行われていない。だから、君達は非常に重要な存在なのだ}
「なんか、うまく言いくるめられている気分…」
{そうではない。我らは、元々人だった。神は人から産まれ、人へと戻る。人は神から生まれ、人へと戻る。それだけだ}
"君達の担任が、どのような人かは、分からん。だが、彼らは、神にはなれない。神がいたら別だが…"
それだけいうと、彼らは再び空気を同化した。




