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手のひらサイズの私

作者: 小林晴幸

 なんか初っ端から主人公が動物への暴力行為に走っておりますが、小林は動物虐待を勧めている訳ではありません。時としてやむを得ない事があるとしても。

 お犬様への暴力を不快に思われる方もいらっしゃると思います。申し訳ありません。

 




 ある日、公園で子猫を拾った。

 夜も間近な夕暮れ時、公園の茂みの奥で唸る野犬の声。

 野良犬に今にも噛殺されそうになっている子猫に気付いた瞬間、私は護身用に所持していたスタンガンの威力を『最強』に押し上げた。

 ありがとう、実家のお兄ちゃん。スタンガン改造してくれて。

 こんな違法スレスレの威力、どう使えっていうの?なんて文句言ったけど、使いどころあったよ。

 気絶した犬から救出した子猫は、危機が去ったことにも気付けずに硬直していた。

 今にも死にそうな様子でぶるぶる震える、大きな子猫。

 だけど死にそうなのに、子猫は生を諦めない活力を持っているように見えた。


 くっきりとした縞模様の、綺麗なトラネコ。

 くりくりと可愛らしいけれど、強そうな目鼻立ち。

 太い足は、成長の可能性を秘めていた。

 私は、一目でこの子猫に夢中になったんだ。


 最初は警戒心が強くって、私も何回も威嚇された。

 それでもずっと側にいて、諦めずに構い倒した。

 次第に警戒心は緩んで、やがて懐く様子が出てきて。

 甘え鳴きしながら私の足に擦り寄る姿を初めて見た時は、泣くかと思った。

 可愛い私の子猫。

 可愛い、トラ。

 トラネコだからトラなんて、安直な名前かなって思ったけど。


 今になって思う。

 あれ名前じゃなくって種族名だよ。


 私が拾った、可愛い子猫。

 …………うん、猫。

 猫だと思ってたんだよ、本当に。

 


 まさかその『トラ』が、保護された野生動物の密猟及び密売を手掛ける違法団体から逃亡した『商品』だとは思いもしなかったもので。


 私の可愛いトラネコは、猫なんかじゃなく。

 本物の虎さんだったらしい。


 すくすくと元気に育って、大きくなって。

 一般的な猫どころか、中型犬のサイズを超えたあたりから何かおかしいな、とは思ってた。

 うん、私だっておかしいって思ってたよ。うん。

 違和感あっても、猫って先入観が晴れなかっただけで。


 私以外には、周知の事実として「あれ本物の虎じゃね?」とトラの正体が知れ渡っていたらしい。

 私はそれにも気付かず、脳天気に「トラ大きくなったねぇ~」なんてがしがしとトラの身体を撫でていた。


 あれはあれで幸せだった日々。

 私は可愛い飼い猫に変わらず夢中だった。


 だけど幸せにも終わりがやって来る。


 そりゃあね?

 誰にも隠さず、首を捻りながらも堂々と飼育していましたから。

 私が虎を飼っていることは、人に知れていて。


 ある日、見たこともない男達が私の家に押しかけた。


 一人暮らしで良かった、って。

 後にも先にも、あんなに思ったことはない。


 男達は私にトラを渡すように要求した。

 だけど要求は口だけで、向けられた銃口に悟る。

 あ、この人達、私のこと最初っから殺す気だって。


 どうせ殺されるのなら、気持ちに素直に動きたかった。

 命乞いはどうせ無駄だって悟っちゃったから。

 だから私は。


 トラをお前らには渡せないって。

 ちょっと腕の中からはみ出ちゃったけど、胸の中にトラを必死に抱え込んだ。

 

 もがいて、抵抗して、逆らって。

 足を銃で撃ち抜かれても、逆らって。

 トラをもぎ取ろうとする男達と揉み合いになって。


 その果てに、私は殺された。

 トラと一緒に。


 多分、男達にも慮外の事だったと思う。

 だけど揉み合いの末に、私とトラは弾丸一発。

 同じ鉛玉で胸を打ち抜かれて絶息した。


 ――トラ、トラ、トラ!

 私は最後までトラを離さなかった。

 ああ、嫌だな。

 死んじゃうんだな。

 だけどトラをあいつらに渡したくない。

 トラも私と死んじゃったけど。

 トラの亡骸を奪って、毛皮を剥ぐくらいはされちゃうかもしれない。

 毎日毎日、私が一所懸命にブラッシングしたんだよ。

 こんなにつやつや、綺麗な毛皮なんだもん。

 嫌だよ。

 トラに触らないで。

 私のトラを、連れて行かないで――


 私はさいごまで。

 最期、まで。

 ずっとずっと、トラのことを考え続けていた。

 私の姿が見えないと、おろおろして。

 腰の引けた様子で、びくびくと外を怖がるトラ。

 探して私を見つけると、一目散に駆け寄って来るトラ。

 可愛い可愛い、私の飼い猫。

 絶対に、誰にもあげない。

 トラのことを可愛がって、幸せにしてくれるヒトじゃないと。

 神様にだって、トラを愛してくれないヒトにはあげない……!

 

 そんなことを考えて、考えて、考えることで死の恐怖を誤魔化して。

 ぎゅうっと、私は失われていくトラの体温にすがった。

 男達の怒鳴り合う声が聞こえていたような気がしたけど。

 それよりも弱くなっていくトラの心音に耳を澄ませていた。

 もうそれが、雛鳥よりも弱々しいそれが。

 私のものか、トラのものかもわからなかったけれど。

 でも、トラの身体を抱きしめていられれば。

 死んでも怖い物はないような気がした。



 だからだろうか。


 

 ずっとトラのことを考えていたから、だろうか。

 生まれ変わって第一に私がしたことは、トラを探すことだった。

 それこそもう、一も二もなく。

 見える景色、見える生き物、人々、建物の様子……

 それらが、自分の知っている物と変わっていることも気にならなかった。

 生まれてすぐなのに自由に動く手足にも、自分が空を飛べていることにも。

 全然気なんて回らなくって。

 それどころか、自分が生まれ変わったことすら気付いていなかったと思う。

 ただ、ただただ。

 トラを見つけなくっちゃって。

 あの子は寂しがり屋で甘えただから。

 私がいないと、おろおろしちゃうから。

 早くはやく、見つけるんだって。


 ここがどこか、とか。

 どんな世界か、とか。

 もしかしたらあの世かもしれない、とか。

 多分、本来なら思い至る全部を放り投げてひたすらにトラを探していた。

 この世界のどこかにトラがいると、微塵も疑わずに探していた。

 地を駆けて、空を飛んで。


 ずっとずっとずっと、トラが見つかるまで止まらなかった。

 止まる気はなかった。

 食べもせず、飲みもせず、休息すら取らなかった。

 取ることなく動ける自分への、違和感もなかった。

 トラのことしか、頭になかった。


 もうどれだけ時間が経ったのか。

 何年もかかったようにも思えたし、数日、数時間しか経っていないような気もした。

 だけど昼と夜を超えたことはぼんやり覚えていたから、やっぱり最低でも何日かかかったんだと思う。


 ずっと探し続けていた。

 トラを、見つけた。


 思えば、きっと今の私が人間じゃないからだと思うけれど。

 私にはイキモノの『魂』の姿が見えた。

 いろんな人がいて、いろんな魂があった。

 だけどトラの魂は、一目瞭然だ。

 だってあんなにずっと、一緒にいたんだから。


 トラは、生後三か月くらいの人間の赤ちゃんになっていた。

 私と一緒、きっと生まれ変わったんだ。

 死んだ時が同じなら、きっと生まれた時も一緒だろう。

 そう思うと、私は三ヶ月くらいトラのことを探して放浪していたんだと思う。

 トラを見つけた嬉しさで、そこに気は回らなかったけど。


 トラが人間になっていても、関係ない。

 本当に、一目でわかったの。

 生まれたばかりのトラは、まだ人間のカタチに馴染んでなくて。

 その魂は、前世の……『虎』だったトラの姿、そのままだったから。



 とても高い建物の、上の方。

 日当たりの良い、過ごしやすそうな部屋の中。

 トラはそこにいた。

 窓から入って来た私に、すぐに気付いて。


「あーうぅ!」


 小さなもみじの手を、私に伸ばす。

 当然、届かなかったけど。


 私のことを見える人なんて、それまでいなかった。

 でもトラには見えるんだって。

 私は嬉しくなって、必死に手を伸ばすトラの胸に飛び込んだ。

 自分では動くことも出来ず、ままならない体にぐずり出しそうになっていたトラが、途端に笑顔になる。

 にぱっと、とても嬉しそうに笑って。

 私のことを、食い入るように見つめていた。

 生まれ変わっても、私を忘れずにいて。

 トラも一目で気付いてくれた。

 ああ、もう離れないよ。

 ずっと一緒にいるよ。

 そう思って、トラの橙色に似た褐色の目を覗きこんで。


 自分の小ささに驚愕した。


 私が自分の姿を意識したのは、この時がはじめてだった。


 生まれてそう時間も経ってないのに、細く伸びた手足。

 花びらで出来たミニドレスに、つけた覚えのないお花の髪飾り。

 そして極めつけ。

 虹色の羽が背中に生えていた。虫の。

 大きさは……たぶん、手乗りインコくらい。

 少なくともリ●ちゃん人形よりは小さい。


 私は人間以外のナニかになっていた。


 脳裏に浮かぶのは妖精の二文字。

 前世の記憶の中で、ティンカー・ベルが踊っていた。


 しかし。

 私は自分が人間じゃなかったことに驚くよりもショックを受けるよりも。

 まず真っ先に納得していた。

 ああ、うん、だから生まれてすぐに飛びだせたんだね……と。

 なんとなくイメージだけど、妖精って普通の動物みたいに両親の間から赤ん坊で生まれる印象がない。

 それよりは朝露か何かから生まれてきたような気がした……んだけど、これは妖精としての感覚だろうか。

 とりあえず親兄弟はいなさそうだ。

 だったら誰に咎められることもないだろう。

 幸い、人間には私の姿が見えないらしい。トラ以外。

 トラにしても、今見えているのは前世の絆が成せる業か、それとも昔話のお約束「子供だから見える」系の理由があるのか。

 どちらにしても、今の私が未練を持つのも執着を持つのもトラ1人。

 理由は簡単だ。

 あまりにもトラのことを考えて、それに必死になり過ぎたせいだろうか。

 私の頭からは、すこーんっとトラ以外の前世の記憶が抜けていた。

 今となっては前世の自分の名前すら思い出せない。これで良いのか、自分。

 

 こうなれば、これも神の思し召し。

 今生は思うがままに……心行くまで、トラの先行きを見守ろうと思った。

 何しろ人間は気苦労が多いし、物理的な苦労も多い。

 そんな厄介な生き物に生まれ変わってしまったトラの人生を見守るのも悪くない。

 今のトラは私が見えるけれど、もしかしたら加齢と共に見えなくなるかもしれない。

 それでも良い。

 トラが私のことに気付いてくれなくなったとしても。

 それでも私は、最後まで今度もトラと一緒にいたいと思ったんだ。



 



 現世の私は、妖精っぽいナニかになって。

 トラは王子様になった。

 

 比喩に非ず。


 トラは、一体どんな徳を前世で積んだというのか……いや、前世は悲惨だったから前の前の生で積んだのかもしれないが。

 今のトラは、とても大きな国の、第一王子様という本格的に恵まれているけど苦労の多そうな人生を与えられていた。

 しかし赤ん坊の間には、そんな御大層な身分もあまり関係なく。

 トラが健やかに毎日を過ごせるよう、私は見守り続ける。

 赤ちゃんのトラも、やっぱり可愛い。


 乳母さんやトラのお母さんの会話をこっそり聞くに、トラはどうやら前はとても手のかかる赤ちゃんだったらしい。

 私は再会してからのトラしか知らない。

 今のトラはいつも、いつだってにこにこ嬉しそうに笑っている。

 笑ってぱたぱた私に手を伸ばしては、歌うように言葉にならないおしゃべりをしている。

 いつだってご機嫌だ。

 乳母さん達の手を無駄に煩わせることもない、良い子の赤ちゃんである。

 だけどしみじみと以前を振り返る彼女達の会話によると、前はそうではなかったみたい。

 生まれてから、ずっと。

 生後三か月くらいまで、いつもいつまでもずっとぎゃん泣きしている赤ちゃんだったらしい。

 何が不安なのか、不満なのか。

 お世話する人達がどれだけおろおろしてもお構いなしで。

 泣き疲れて眠っているか、泣いているかのどっちか。

 体力の限りに泣き喚き、手足をばたばた暴れさせて。

 やがて泣き疲れて眠りについても、起きればずっと泣き続けるまま。

 乳母さんが抱っこしても、お母さんがそこに居ても。

 ずっと視線をうろうろさせて、手足をばたばたさせて。

 

 トラは王子様だから、当然大事にされている。

 とても丁寧にお世話されているんだけど、前は長く生きられないかもしれないと危ぶまれていた。

 こんなに泣き叫ぶのはどこか身体に悪いところがあるのかもしれないと。

 悪いところがないにしても、泣き叫んで体力を消耗するのに対して回復が間に合っていなくて。

 疲労の度合いが釣り合わず、このままでは衰弱死してしまうと大人達は胸を痛めていた。


 今では毎日ご機嫌である。


 あれは一体何だったのだろう、と。

 何が原因で泣いていたんだろう、と。

 乳母さん達は真剣に話し合うけれど、未だ結論は出ないらしい。

 

 だけど泣いて暴れて体力を酷使しまくっていたのは、弊害ばかりじゃなかったみたい。

 いっぱい動いていたお陰か、トラは同年代の赤ちゃんに比べて身体が強いってお医者さんが褒めていた。

 良かったね、トラ! 体がしっかりしてきたお陰か、いつも元気。

 筋力も鍛えられてか、這い這いも掴まり立ちも、二足歩行も習得は早かった。

 ……うん、私が少しトラから離れたりすると、トラが必死に私に近寄ろうとしたりしていたからかもしれない。

 なんか、ちょっと離れただけで私の所に向かって来ようとするんだよね。

 いくら前世では飼い主でも、命の恩人でも。

 そんな必死に追いかけてくるくらい、義理を感じる必要はないと思うよ?

 どうせトラのことが何より可愛い私は、すぐトラのところに戻って来るんだから。


 トラと一緒に過ごすようになって、落ち着いて。

 そうなると私は他のことも気になるようになって。

 度々トラをお部屋に置き去りにしては、庭の花壇を見に行ったり厨房に蜂蜜を摘み食いしに行ったりとするようになった。

 その度に、部屋に戻るとトラに非難の目で見られる。

 言葉をしゃべるようになると、可愛らしくぷりぷり怒って「もー!」とか「おいてーちゃめ!」とか文句を言ってくるようになった。

 物凄く可愛いけど、傍目には何もいない虚空に向かって怒っているように見えている筈だ。

 乳母さん達にどんな目で見られているのか……なんか私の方が冷たい汗をかいた。

 今なら小さな子供の一人遊びで済まされそうだけど、これが何年も続いたら……私、とっても心配です。


 だけどそんな私の心配は、トラの1歳の誕生日に晴れることとなる。


 何と言っても今のトラは王子様。

 それも王様にとっては現時点で唯一の男子。

 将来の王様最有力候補です。

 なのでその誕生日も、盛大に祝われた。

 どこかのお伽話を思い出すけど、お祝の為に宴には魔法使いが招かれた。

 ……誰か、一人だけ仲間外れとかにはしてないよね?


 宴にやってきたのは三人の魔法使い。

 彼らはどれ世継の君に祝福を、と……トラに近付いて。


 目が合った。


 トラとじゃない、私と。


 その時、私はどうせ人の目には見えないから!と高をくくって。

 堂々と本日の主役であるトラの頭の上に座って、華やかな宴を見物と洒落こんでいた。

 そんな私と。

 魔法使い三人ともと。

 視線と視線がごっつんこ。


 終わった、と思った。

 うん、私が。


 正直、魔法使いって人達のことを舐めてました。

 思えば今の私だって妖精だし。

 妖精がいるんなら、魔法使いだっているだろう。

 どこかで魔法使い(笑)とか、自称のパチもん扱いしてたんだと思う。

 だけど今しっかりと目が合って。

 言い逃れも何も出来やしない。

 だって私、しっかりとトラの頭に座ってくつろいでいたし。

 これは「王子様に憑いた妖怪」扱いで退治されちゃうパターンか!?と。 

 身構えてみるものの、ただトラとのんびり日向ぼっこばかりして暮らしてきた妖精歴1年の私としては、こんな時の対処法も何も知らなかったー!!と。

 頭を抱えて、トラの頭に乗っかった赤ちゃん用の冠に隠れるしか出来ない。

 トラ、トラ、どうしよう!

 慌てて狼狽えたものの、私の狼狽っぷりは杞憂に終わった。


 地面まで付きそうな長い白鬚の魔法使いさんが、顔を綻ばせて喜色満面に言ってくれたから。


「おお、これは何と喜ばしい! 王子様は可愛らしい妖精の加護を受けておいでですじゃ」

「まあ本当ですの!」

「真実、王子様は尊い御子です。どうぞこのまま真っ直ぐにお育てなされ」


 速攻で、トラのお母さん(王妃)が食いついた。

 私は知らなかったけど、この世界……なんか妖精に加護を貰ったり祝福を受けたりっていうのはお得なこと、らしい。

 しかも滅多にある事じゃないから、一種の箔付けになるみたい。

 この子は妖精に好かれて特別扱いを受ける子なんだぞーって。

 おまけに妖精が側にいて見守るようになると、『加護』っていう特別な特典がつくらしい。

 それは幸運だったり、良縁だったり、才能だったり。

 とにかく良い物を運んでくれる。


 妖精は人の世のしがらみに縛られないし、気にしない。

 彼らが特別扱いするのは本当に、心の綺麗で明るい未来を約束されたような子に限定される。

 純粋に自分の気に入った子にだけ贔屓して、気に入らない子には小さな不幸を押し付けてきたりする。

 意地悪な子や、嘘つきな子、他人を貶めて喜ぶような子には絶対に近寄らない。

 妖精が側にいる=キラキラした魂の持主って法則が大前提だ。

 私はトラがトラだから側にいたんだけど。

 でもトラを守りたいかって聞かれたら勿論守りたいって言いきれるから、加護を与えてるって言われたらその通りかもしれない。


「しかも王子様のお側においでなのは、国花コーゼリエの妖精ですじゃ」

「まあ!」


 しかも私はどうやら、この国で神聖視されている花の妖精だったらしい。

 多分その花から生まれたってことなんだろうけれど、生まれてすぐに旅立った私の記憶にはあまり残っていない。

 というより全然気にしていなかったから、花があったかどうかも覚えていないくらいだ。

 どうも国旗の真ん中に大きく配置された花が、私の親を模したものらしいけれど……うん、あんな花だって初めて知ったよ。

 何はともあれ、より一層トラの箔付けになったようで結構な限りだ。

 私の存在のお陰で、どうやらトラの地位は安泰を約束された。

 腹違いの弟妹が増えても、腹黒い陰謀が企てられても、国民支持率的にはこれで安心だね!

 …………トラの将来って、本当に大丈夫なのかな。

 なんか自分で考えて、自分で不安になった。


 

 そんな調子で、私の存在も魔法使いの後押しによって周知されて。

 私にとってはとても都合の良いことに、王子様が見えないナニかと遊んでいても大歓迎の雰囲気だ。

 ……時々、不安を覚えた乳母さんや王妃様が「本当に妖精なんですよね!?」って魔法使いさんに相談に駆け込んでたらしいけど。

 トラは5歳になっても、10歳になっても、私のことが見えなくなる気配はなかった。

 どころか、物凄くばっちり見えている。

 他の人には見えないのにね、不思議だね。

 トラが妖精のお気に入りとしって、時々魔法使いさんが順番に様子を見に来てくれる。

 彼らの話によると、妖精と余程深い絆が芽生えていれば、その姿も見えるものらしい。

 魔法使いさん達と絆なんて作った覚えないよと言えば、魔法使いさん達は絆じゃなくて自分達の才能のお陰だとのこと。

 どうやらこの世界には、普通に妖精が見える人と、妖精と仲良しになって姿が見える人の二種類が存在するらしい。

 トラは多分、後者だよね?

 私以外の妖精を見たことがないので、確証はない。


 すくすくとトラは元気にまっすぐ育ち、魂は相変わらず虎の原型を残していたけれど時が経つとともに人間っぽくなっていく。

 前世の毛皮を思い出させる、黄色味の強い金髪。橙色の目。

 私はそんなトラの頭や肩を定位置に、毎日離れることなく側にいた。

 いつだって一緒にいて、一緒に勉強して、一緒に遊んで、一緒に悪戯した。

 乳母よりも王妃様よりも、誰よりも側にいた自負がある。だって夜も一緒に寝てたし。

 そしてそんな私を、トラはこう呼んだ。

 

 ママって。


 ……うん、現世と前世で言葉が違って良かった!

 現世では「ママ=母」じゃないからまだセーフ! セーフ! 多分セーフ!!

 ただでさえ王妃様は「王子はいつも妖精の御方のことばっかりで……初めて喋った言葉も『ママ』でしたのよ」なんて愚痴られてるのに。

 これで母親の如く呼ばれてるなんて知られたら、王妃様、泣いちゃうかもしれない。

 私も現世の名前で呼ぶのはしっくりしなくて、トラのことトラって呼んでるから偉そうなことは言えない。

 前世は全力でアニマルだったトラは、ママって言葉の意味をわかってないみたいだけど。

 そういえば前世、ぐずるトラに「ママはここでちゅよ~」とか言ってたもんなぁ……。

 ペットに赤ちゃん語で話しかける飼い主は一定数いると思うから、そんなことしてたのは私だけじゃないはず。


「王子、妖精殿の御名は『ママ』と仰るのですか?」

「え? そうだけど……」

『違うけど』

「えっ違うの!?」

「……違うんですか?」


 ある日、三人の中で一番若い魔法使いに、名前を尋ねられた。


「妖精殿はなんという御名で?」

『名前は……ないかな!』

「ないの? ママじゃないの?」

『ママは名前じゃないんだよ……』

「……では、私が付けてもよろしゅうございますか?」

『うん、嫌かな!』

 しつこく名前を聞かれて、無いと言えば付けたいと言い出す。

 なんとなく、妖精の直観だけど。

 あまり良い予感はしない。


 考えすぎかもしれないけど、今まで他の二人の魔法使いには名前なんて聞かれたことがない。

 それにこの魔法使い……なんか、私を見る目がギラギラしてて良い気分しないんだよね。


『私の名前は、トラが付けてよ。それで、二人の秘密ね!』

「うん!」

 だから魔法使いに変な名前を付けられる前に。

 早々に、トラに付けてもらって予防線を張っておく。

「ママの名前……何が良いかなぁ」

『トラとの秘密の名前だし、トラの好きに付けて良いんだよ』

「うーんと、うぅんと……じゃあ、僕とお揃いの名前は?」

『おそろい?』

「うん! 僕の名前がレウィシスだから……君は、レウィシア。レウィシアね!」

『わあ、おそろいの名前! ありがとう、トラ!』

「二人っきりの秘密だもんね。あ、そうだ、シアって呼ぶよ!」


 後に、若い魔法使いは私の名前を縛って使役しようとしていたことが発覚した。

 ママという名前で召喚しようとしても上手くいかないので、相当焦っていたらしい。

 その事実を聞いて心底腹が立ったので、若い魔法使いには毎日バナナの皮で滑って転びますよ―にと呪っておいた。

 魔法使いはお城への出入り禁止になったけど、そんなものじゃ私の腹立ちは収まらない。

 実際には呪いの掛け方なんてわからなかったから、ほんの鬱憤晴らしのつもりで。

 毎日寝る前に三分くらい相手の不幸をお祈りしておいただけ。


『あのムカつく魔法使いがバナナの皮で豪快に滑って転んで顔面強打しますよーに!! 段差で!』


 ……しておいただけ、なんだけど効果があった。

 私がお祈りした翌日は、その魔法使いが本当にバナナの皮で滑って転ぶのだ。

 妖精は気に入らない相手に小さな不幸を押し付ける、とは聞いていた。

 その方法は知らなかったけど……そうか、こうすれば良いのか。

 行き当たりばったりで方法を覚えてしまった。

 それからは毎日、夜寝る前にトラの幸運と魔法使いにバナナの皮をと、十五分くらい祈ることが日課になった。

『あのムカつく魔法使いがバナナの皮で滑って豪快に転んで、その上にタライが降って来ますよ―に!!

それからトラが幸せになりますように。良いことがありますように。小さな幸せでも構わないから、たくさんたくさん幸せが降り注ぎますように!』

 魔法使いはそれから毎日、きっちり三度バナナの皮で滑って転ぶようになった。




 縁あって、この世界に妖精として生まれて。

 前世で大事にしていたトラとまた巡り合えて。

 今度こそトラが立派に成長して、幸せになるところを見たい。

 出来れば素敵なお嫁さんと、可愛い子供たちと。

 そんな目に見える幸せに囲まれて、満ち足りた姿が見たいなって。

 そして私は、やっぱりそんなトラの側にいて。

 トラの子供達の子守なんか出来れば、きっと毎日が楽しいんだろうなって思うんだ。


 苦も楽も、喜びも悲しみも。

 全部全部一緒に乗り越えよう。

 一緒に飲みこんで、一緒に分け合えれば良いと思うんだ。

 将来、トラはこの国の王様になる。

 それってとても責任重大で、凄く大変なことだと思う。

 だからこそ、側にいて支えたい。

 とてもとても大変で重い荷物なら、私が一緒に背負うよ。

 誰よりも近くにいるよ、がんばるよ。

 きっと今度こそ守ってあげるから。

 今の私は人間じゃないけど、代わりに人間には出来ないことが出来るから。

 この力で、トラにたくさん、沢山の幸せを持ってくるから。

 だから、ね、トラ。

 今度こそ、一緒に笑って。

 誰にも邪魔されずに、いけるところまで一緒にいけたら良いよね。


 最後の最期、その天寿を全うする時。

 今度もトラの側にいられたら良いなって。

 満足のままに、今度は良い人生だったって。

 そうやって微笑んで終えることができたら……


 そんな終わりを迎えられたら良いなって。

 私はこっそり思ってるんだ。


 前世の最期は怖かったから。

 出来れば今度は、不穏も不安も、恐怖もないままに。

 トラをずっと見守っていきたい。

 私は、それだけで満足なの。






 だけど。

 なんだか最近、トラの目がこわい。

 多感なお年頃ってやつになってきたせいだろうか……

 15歳になったトラは、なんだか前とどこかが違う。

 子供の頃とは違う種類の視線で、ふとした拍子に私をじっと見つめてくる。


 トラは赤ちゃんの頃から比べると目を見張るくらい大きくなった。

 人間として当然の成長だけど、身長もぐんぐん伸びて。

 大人に近づくトラの手は、今はもう私の背丈よりも大きい。

 赤ちゃんの頃は、トラの手よりも私の方が大きかったのにね。

 今ではトラのてのひらが、私のサイズ。

 トラの広げた手の上に、今日も座ってくつろいでいたんだけど……


 なんか、見てくる。

 真上から、じっと私のことを見下ろしてくる。

 トラに見つめられるのなんて、今更。

 もう何度も何度も、何百回何千回とあったこと。

 今更見つめられたからっておかしなこともないはず、なのに。


 固定されたかのような視線で、じっと見下されて。

 その視線が、なんだかこわいなんて。

 そう思っちゃうのは……なんでだ。


「………………」

『……と、トラ? じっと私のことを見て、どうしたの?』

「ああ、うん。なんでもないよ、なんでも……ね」

『そ、そう? それにしては何ていうか……その、熱心だ、ね……? もしかして、私の顔に何か付いてる……?』

「そんなことないよ。ああ、でも、気になることがあるんだ」

『え、なになぁに?』

「ねえ、シア? 僕はこんなに大きくなったけど、シアはずっと変わらないよね」

『う、うん、そうだね。それがどうか……』

「シアは、それより大きくならないのかな? そう、例えば……人間の女の子くらいの大きさになったり、とか?」

『え、ええ……? でも私、ずっとサイズ変わらないし。これ以上は大きくならないんじゃないかなー?』

「そう……ふぅん? 本当にそうなのかな……?」


 どうしよう。

 トラの視線がなんか意味深。

 だけど何を含んでいるのかよくわからない!


 その視線が、どんな種類なのか。

 なんだか前世で知っていたような気もするけれど……。

 だけど今の私には、その視線の意味がわからなくて。

 ただやたら熱っぽい気がして、私の方がそわそわして。

 視線の熱が伝染したみたいに、時々私の顔が無性に熱くなっていくような……そんな気がした。


 トラと一緒にいるのは楽しいし、大好き。

 だけどなんだか……最近、困ったなって。

 そう思ってしまう時があるんだけど……どうしたもんかなぁ。


 




長くなりましたが、最後まで読んで下さり有難うございました!

↓以下は登場人物の捕捉になります。


王子 レウィシス・ディーリクト・ニクスノーヴァ。

 トラの生まれ変わりの王子様。

 前世の記憶は朧げな上に人間の言葉がわからなかったので完全に事情を把握している訳ではない。

 だが要点は掴んでいるらしく、いつも一緒にいる妖精を前世で何より慕っていたことは覚えている。

 今生でもいつも側で見守ってくれている妖精のことを何より大事に思っている。

 最近お年頃になってきたせいか、その「大事に思う」方向性もちょっと色ボケしてきたようだ。

 

妖精 レウィシア

 トラを何より大事にしていた飼い主の生まれ変わり。

 現状はてのひらに乗るくらいの大きさしかない妖精さん。

 建国神話に関わる伝説の花から生まれたが、妖精としての能力は把握していない。

 ただ飛行能力があって、常にトラの側にいられるかどうかの一点のみが重要なようだ。

 母親の様な視点で、前世では最後まで面倒を見られなかったトラの成長を見守っている。

 今後はお年頃になって来たことだし、トラがどんな女の子を選ぶのかが最大の楽しみの様だ。


王妃

 割と夢見るメルヘン脳のお母様。

 一人息子の成長に一喜一憂しながらも、その成長を見守っている。

 「息子は妖精に取られた……!」と時々情緒不安定に陥って嘆いたりしている。

 本当はもっと息子に構ったり懐かれたりしたい。

 だが赤ん坊の頃から妖精一直線の息子からは放置され気味で口惜しい思いをしている。

 

魔法使い(白鬚)

 ふぉっふぉっふぉっと笑っている姿が様になるメルヘンなおじいさん。

 水色地に白い☆柄のローブととんがり帽子がチャームポイント。

 異常成長の果てに巨大化した紅天狗茸のおうちに棲んでいる。

 深い森の奥の奥、妖精と妖怪と毛むくじゃらの物の怪に囲まれて暮らしている。

 これでも大陸一番の魔法使い。


魔法使い(バナナの皮)

 まだ若く野心家で、功を焦った挙句に妖精の呪いを貰っちゃった魔法使い。

 彼女いない歴30年、研究一筋の悲哀に満ちた人生を送ってきた。

 うっかり可愛い妖精さんとのドリーミィな生活を夢見ちゃったが運の尽き。

 召喚魔法が専門らしいが、伝説の花の妖精を侍らせることで出世したかったらしい。


魔法使い(その3)

 妖精さんとトラちゃんが暮らす王国に住む、三人目の魔法使い。

 城下町で薬屋さんを営む、割と正統派(54歳)。

 しかし真っ当過ぎてキャラが薄く、魔法使いの会合では空気になることもしばしば。

 王子様の誕生日に招かれる時も、自分だけ忘れられたらどうしようとドキドキしていた。

 多分三人の魔法使いの中では一番常識があって頼りになる。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 生まれ変わって立場が逆になっても変わらない2人の仲、いい話ですね。私はこういう話が好きです。
[一言] 面白かったです。続きが気になるのでお暇があれば更新してくれると嬉しいです。
[一言] 面白いです。メイちゃんと同じような連載として読みたいです。
2017/01/28 11:23 退会済み
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