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あるゴロツキの胸に沈む憧憬  作者: きりま
初期案二章

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三部 奔走

「ら、ライ! 止まれ! 相手に見つかる前に! ぐぇ」

「あ、そだね。ほんとにパンを狙うのか確かめなきゃ」


 急停止したライは俺と占い師を抱えたまま近くの木陰に入る。

 町の境界を示す杭の側に、天辺の丸い馬車が目に入った。ライの立てる地響きで気付かれなかったのは、向こうも移動中だったからのようだ。

 おい、ちょうど到着したところに追いついただと?

 ライの足はどうなってやがる。


「ねーソルどうすんの。行っちゃうよ」

「静かにしろ」


 馬車列は速度は落としたものの町の中へと進んでいくが、一台は脇へ寄せて停まったんだ。

 息を殺して様子を窺うが、かすかな月明かりの下だ。

 見えたのは、幾人かが荷台より静かに降り立つ影だけ。


 だが男らの間に、月光が銀を煌かせる。やや幅のある湾曲刀。砂漠の奴らが使う武器。

 見張りのために残したか。


 いよいよもって間違いねぇ。


「まさか、本当に攻めてくるとは」


 さきほど降り立った男達は、そこらの影の一部となり俺にはもう動きは分からない。

 何かの合図で合流する手筈だろうか。


「眠らせる?」

「……いや、迂回して逆の出入り口側へ回ってくれ。静かにな」


 倒すのではなく眠らせるかとライは簡単に言ったが、こいつが幾ら人並外れた脚力の持ち主でも、数人を同時には無理だろう。

 あいつらが、どのような連絡手段を持っているか分からん。


 よっぽどパンに集中してるのか腕を緩めようとしないライに、諦めてぶら下がったまま移動する。足音を控えるためか、さっきよりは胸の圧迫もマシになったが。


 息苦しさを堪えて、奴らの動きを思い返す。

 馬車は町に入る際には速度を落とした。周囲の気を引きすぎないようにと思えるが。

 一応は到着の遅れた隊商の振りでもするのか、堂々と侵入した。

 なら、すぐに攻撃に移るわけでもないのか?

 理由としちゃ、まずは油断した衛兵を片付けるのかもな。


 用意周到な行動を見れば、前に下見に来た奴が先頭にいるだろう。

 それでも念を入れて現状を確認する必要があるための行動ならば、かなり前の情報しかねぇのかもな。


 とはいえ、ここ一、二年ほどか? 大した変化などない。国にも忘れられたような場所、衛兵だって真面目に見回っちゃいねぇ。

 見回りは酔っ払いや痴話喧嘩に対応するくらいのもんで、外敵を警戒してのもんじゃないんだ。

 人数も多くはない。

 ほとんどの住人である下働き連中が自警団のようなもんだ。


 街道で俺は、頭数でいえば対抗できなくもないと断じた。

 禄に力も入らない俺なんぞが一人増えたところで、死体の数が変わる訳じゃねえと。

 そうだ。

 死者が出る。間違いなく。


 幾ら腕っぷしに自信のある奴らだろうと、まともに武装した相手の奇襲を受けて、大した反撃の一つもできるかと言われりゃ難しい。

 しかも町の奴らがうまいこと戦いにもっていけたところで、伏兵だ。背後から切られちゃ混乱するだろう。

 敵さんが精鋭を見繕って送り込んだなら、あの少数でも陥落できうると、頭の端では断じていた。




 こうしてライに連れられてこなければ。

 俺はただ傍観者を気取って、荒らされた町を冷めて見ていたんだろうか。

 施しを受けた場所を、運がなかった、しょうがないなどと言い繕って。




「ああ、そうか。やつら、それだけ自信があるんだ」


 ひと昔前とはいえ情報を持ってるんなら――目ぼしい奴らをまとめて排除するには酒場が手っ取り早い。

 ならば酒場の位置に変化はないか確かめ、集まり具合を見るための様子見か。


 前に来てから時間が経ってるとして、強行してきたことも合わせりゃ、簡単には国境を超えられないように国が動いてそうだな。

 一息に距離を詰める必要があったってこった。

 多分、軍隊と呼ぶには少数のこいつらを送るのが精一杯だってことだろう。


 だからって、無力な俺が伏兵の背後をつき攪乱するなど無理だ。

 俺一人でも無理で、ただでさえ少ない兵が散っていることも不利。


 ならば、俺にできることは一つ。

 知らせることだけだ。


 それもライ任せではある。

 俺に出来るのは相手が行動を開始するまでに、町の反対側からも人を集めることだけ。

 そこに問題があり奥歯を噛みしめる。


 ――俺の言う事など、誰が真面目に聞いてくれる?


「ついたよー。あ、こっちは鼻曲がりのおっさんちが近いんだね」

「下ろしてくれ」

「でも急がないと」

「そのためだ」


 渋々とライが俺たちを離すと、占い師は地面に張り付いたまま動かない。気持ちは分かるが。


「おい起きろ」


 静かだと思ったら気ぃ失ってたのかよ。

 足先で軽く蹴ると占い師は、びくりと身じろぎして頭を起こした。


「おえぇ……なにか口から出そうでござるぅ」


 落ち着きのない様子のライを真正面に見据えた。

 少し離れた場所に詰所がある。城壁などないため、見回りも面倒だからと住宅街に近いところに臨時で置いてあるんだ。

 そこそこでかい平屋だから目立つ、そこに行けと説明する。

 無論、俺の評判は兵達の中でも悪いため顔を出すとこじれそうだからだ。


 親父らの小屋は、この北口を挟んで反対側となる。手分けすべきだろう。


「ライ、兵に伝えろ。隊商の振りをした砂漠の奴らが攻めて来た、南側入り口に向かえと。多分表通りの酒場……あー、パン屋のある通りで行動を起こす。お前も一緒に行け。親父らには俺が報せてくっから」

「よっしゃ! いよいよパンを救うんだね!」


 ……大丈夫だろうなこいつ。

 止める前にすっ飛んでいっちまった。


「占術師、お前は俺と来い。急げ! 稼ぐ当てがなくなるぞ!」

「ほ、ほいでござる~」




 扉代わりの立て板を蹴り倒す勢いで小屋に駆け込んだ。

 このくらいでも息が上がるが、痛む横腹を無視して叫ぶ。


「親父、いるか! 起きてるんだろ!」


 暗がりからぬっと出て来た親父は、襲撃と思ったのか棒切れを手にしている。


「ソル、てめぇどの面下げて」

「敵だ。砂漠の奴らが奇襲をかけようとしてる。俺だって戻ってきたかったわけじゃねえ。街道で擦れ違っちまったんだよ!」

「ぇえ? それでなぜに俺は押し出されるので?」


 連れて来た占い師を、証拠とばかりに肩を押して親父の前に突き出した。

 俺とは別の意味で信じ難いほど胡散臭い男だが、外から来たのは一目で分かるはずだ。


「ライに、兵を呼びに向かわせた。南口には武器を持った男らが隠れてる。一台馬車を残してんだ。伏兵のためか失敗なら報告に戻るためかは分からねぇ。だが見逃せば」


 息が切れて言葉が途切れた。

 逆に、制圧が成功したと知らせるためならば――こいつは別動隊で、本隊が背後にいる可能性もある。

 そう口にする前に、親父は頷いて外に出ていく。


 少し離れた裏手に大きめの小屋がある。そこには俺よりはマシな程度のゴロツキ共が、仮の寝床にしている場所だ。当然、親父は金を取るが宿よりは安い。それでも飲みに行く金や元気もなく、さっさと寝てしまう奴らは多い。

 その扉を蹴り開いた親父。


「野郎ども! 起きろおぉ!」


 腹の底から響くようなだみ声だ。飛び起きた奴らは混乱して頭をぶつけあったりしつつ、こちらを向いた。


「不逞な輩が入り込んだ! てめえらの酒も奪われるぞ!」

「んだとぉ!」

「殴り込みだああ!」


 それぞれいきり立つが、殴り込まれてんのは俺らだよ。

 とにかく雪崩出す男らの後に、俺と占い師も続いた。



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