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あるゴロツキの胸に沈む憧憬  作者: きりま
初期案二章

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一部 前触れ

据わりが悪く破棄した二章ダイジェストです。

 荒野の中、空の端だけに赤さの残る薄暗い街道を力なく歩いている。


「……どんな面して戻りゃいいんだ」

「なになに? 腹減った?」


 俺より頭一つ分は背の高い筋骨隆々の女――ライが横から見下ろしてくる。


「なんでもねぇよ。今さっき食ったばかりだろうが」


 それを手で払って前を向いてろと示した。

 俺だって大抵の男より背はある方だから、こいつの異常発達ぶりがよく分かる。


 こんな奴が行き倒れてたってのもおかしいがな。

 気まぐれに飯を奢ってやったら、なぜか追いかけてきた。

 こっそり町を出たというのに、人の臭いだとかを探り当てて来たというが、多分、町の奴らの噂で聞いたんだろう。


 追ってきた理由は借りを返すためなどという、こんなご時世にゃ考えられないことだった。

 それで、お返しのパンを一緒に食ったら家族気取りだ。まだ俺に付きまとう気らしく、町に戻ろうと言ってきた。




 もう二度と会わねえつもりだった。

 町の誰にも。


 迷惑かけたみんなに挨拶して、餞別まで受け取った。

 なのにその晩、また路地裏で寝てるのが見つかってみろ。恥の上塗り。袋叩き間違いなしだ。


「まあ、いいけどよ。今さら、そんくらい……」


 晒す恥など、残ってねえ。

 昼間から安酒かっくらって管巻いて……それでいいはずだ。道端の汚物が俺だ。

 たまに目に付きゃ追い立てる他に、誰も俺なんぞに構いはしないだろう。

 ただ――。


「あしたっもパン~、寝ても覚めてもパン~」


 でかぶつは暢気に鼻歌を口ずさんでいる。殴りてぇ。


 だが、少しはこいつを拾った責任がなくもない。

 また町を出るにしろ、こいつの仕事ぶりを見てからでもいい。

 よく知りもしない奴を、力があるってだけで押し付けたようなもんだからな。

 それだけで十分に俺なんぞよりは役に立つだろうが。


 まあ言い訳だ。

 頭じゃ分かってる。

 あの、人足の斡旋だけ励んでる鼻曲がりの親父から金を貰えたからには、最低限の仕事はこなしたはずだ。

 ライはバカだが、真面目みたいだからな。

 こんな世の中で珍しいこった。やっぱりバカとしか言えねぇ。


 とはいえ、俺は、こんな世の中でも残っていた人の憐れみの中で生きていたのだと知ってしまった。


 だからこそ余計に、再び面を晒す気にはなれん。


「ねー、歩いてたら日が沈んじゃうよ? やっぱりあたしがソルを担いで」

「やめろ。歩きてぇんだよ」


 とっくに日は沈んでる。

 空を仰ぐ。陽射しの残り火が、血の滲んだように不穏に見えるのは、胸糞悪いためだろう。

 やっぱ一日でも居座るのは無しだ。

 町の隅で休んで、朝には見咎められねぇ内に再出発しよう。

 さすがに朝から出かけりゃ、こいつの足でも追うのは無理だろう。




 すっかり日が暮れた道を黙々と歩いていると、微かに地を伝わる響き。

 またか。


「何か来るね」


 すぐに察知したらしいライが告げるのに頷く。

 異常な脚力で振動を響かせる人間など、ライの他にいるとは思えん。こいつがここにいるのだから、今度は普通に考えりゃ馬ということになるが。

 近付く音の方向を探ると、町とは逆。外から向かってきているようだ。


 ――こんな辺境の、こんな時間に?


 こんな取り残されたような町に近付くものなど滅多にない。

 たまに訪れるなど大して商売のうまくなさそうな、しみったれた商人くらいのものだ。

 こんな日が沈んでから到着するような、汲々の予定を組むほどの儲け話などないだろうし、遅れるような何かがあったか?

 暗い中を移動してきたのは、野営をするほどではない距離だったからか。


 馬の不調やらなにやらと遅れる理由は幾つもあるが、それでも不審さが頭に警戒を促す。

 自然と街道の端を外れて、草地の中を歩きながら背後を窺った。


「なんでそんなところ歩くの?」

「いいから来い」


 ぼんやりと、揺れる灯りが見えてくる。

 金のない俺達とは違うだろうに、こんな暗い中を酔狂なもんだ。

 日が暮れて間もないとは言えるが……あの様子なら、日が暮れるのを見積もって、早めに灯りを掲げていたんじゃないか。油がもったいないことだ。


 通り過ぎるのを眺めようとしたが、足を止めていた。


 不審さの理由は、速度と灯。


「ライ。近くに木か何か見えるか。岩でもいい。隠れるぞ」


 考えすぎかもな。何でもないなら、それでいい。

 ただ、自分で言うのもあれだが、どこからどう見ても俺は浮浪者だ。

 嫌な顔をされるだけならともかく、野盗とでも思われちゃ斬られたって文句は言えねぇ。


「すぐそこ。倒木があるよ」

「それでいい」


 街道沿いに、そこそこ太い木が倒れている。投げやりに作られたような道だ。切り倒した後に放置されたようなもんが、たまに転がっている。その陰に屈んだ。


「なんで上着を被るの? あたし持ってないけど」

「俺は目立つんだよ。頭下げてろ」


 辺境の開拓地だから色んな部族からの流れもんはいたが、俺のように白い髪の奴は見なかった。暗い中では、ただでさえ目立つだろう。


 隠れてから、そう間を置かずに先頭の馬車が目に入る。

 土埃を巻き上げて走る馬車列は、見る間に近付いてくる。


「やけに多い」


 先ほどの印象で感じた、急いでいるような速度。

 なのに、さらに速度を上げたのか?

 町までの道のりを知っているということになるが、こんな大規模の隊商が、無理を押してまで来るような場所ではない。


 計画的な行動のできる隊商は、馬の不調や脱輪にも対処できると聞く。

 それなのに遅れる?

 遅れたと焦るように速度を上げるか?

 ――それとも、これが計画通りなのだとしたら。


 馬車は少し先にある街道へと差し掛かり、膝をついている地面から振動を伝えて通り過ぎていく。やはり最大速度と言っていい。

 それらに、どうにか目を凝らす。

 変わった幌馬車だ。天井が丸っこくて、砂漠に住み着いてる変わりもんたちが使ってるやつに似ている。


 ここは砂漠の国が近い。というより、砂漠側の動きを抑制するための拠点。

 奴らとは停戦中のはずだが、なにかが崩れた?


 まさか――報復。

 また、始まったのか。


「まずい。敵だ」

「敵!? どこどこ! あたしに気付けないのに、ソルすごい!」

「おい馬鹿、騒ぐな!」

「ぎゃっ、髪! ソル、髪を引っ張ってるよ!」


 咄嗟にライの頭を抑えつけようと腕を伸ばして押し付けるが、ライは首だけで軽々と俺の両手を押し上げて喚く。

 ライの騒ぎが収まりかけた頃には、最後尾の馬車も通り過ぎていた。


「はぁ……見つからなくて良かった」

「うぅ、二、三本千切れたよ」


 その時、背後で地面を踏みしめる音と涸れたように囁く声が。


「あのう」

「うおわあああ!」


 振り返った先には、枯れ枝のような男が佇んでいた。



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