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あるゴロツキの胸に沈む憧憬  作者: きりま
本編

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6/13

六部 光彩

 どれだけ歩いただろうか。

 日は暮れていたが殺風景な荒野に遮るものはなく、遠い空にはまだ焼けるような赤味が残されているのが見渡せる。

 不意に我に返ったのは、不穏な気配を察知したからなのか。


 地響きだ。


 とっさに地面に頭をつき、音の元を辿る。

 速い。

 馬か?

 道を走る動物なんざ他に知らないが、どうもおかしい。


 なんの姿も見えないがと来た道を振り返ると、町のある辺りだろうか、わずかに遠くが霞んでいた。


 土煙?

 見間違いようもないが、信じたくはないほど猛烈な勢いで尾を引く土煙だ。

 たとえば、軍が動いたときに見るような。


 俺もさっき出てきたばかりでなければ、遠く町の上空が黄色く霞んだ空を見て、町が戦場になったのだと思ったろう。

 だが、それはとんでもない勢いでこちらに迫っている。


 一体なんだってんだ。

 家畜が恐慌を起こしたところで、あんな速さは出ないはずだ。

 焦っても、逃げ場なんぞありゃしないが。


 どうも、見覚えがあるな……。


 道の脇に避け、腹をくくって近付く地響きを待つ。




「……ぉおおおーいソルうぅ! やぁっと、見つけた!」


 ら、ライ!?

 認識したときには、うっすらと巨体を確認できていた。

 その時点でデカブツは足を止めたが、そのままの勢いで滑り続け、俺の眼前でようやく止まった。

 罵倒の一つでもくれてやりたかったが、開いた口はぱくつくだけだ。


 一体どうしてと上から下まで見ると、ライが袋を腕に抱えているのに気付く。

 まさか、付いてくるなんて言わねえだろうな。


「どう、やって、知った」

「においかな?」

「獣かてめえは!」


 化け物じみたライだが、さすがに乱れていた息を何度か深呼吸して整えると、脇に抱えていたでかい袋から中身を取り出し、俺の眼前に突き出してきた。


「ほら見て!」

「その平べったいのはなんだ」

「えっ、丸いはず……あああっパンが! 掴んで走ったから、つい力が入っちゃって!」


 パンなのかよ……あの踏んでも曲がらないほど硬いもんが。


「ま、まぁいっか。こんなんだけどさ、食えるって!」

「まさか、本気で返してくれる気があったとはな」

「当たり前じゃん! ちゃんと返すって約束したろ。はい、もらった分二つ!」


 言葉が出なかった。


 いつの頃からか、人を信じることはやめた。

 思えば、村にいるときからだろうか。

 それは俺が記憶の解釈を変えたためだ。


 俺を強いと褒めてくれたのは、そう言って煽てておけば役に立ったからだと、そう思うようになったからだ。

 時おり山を下りて商売する奴らも、村一番どころか町でも一番だと言って聞かせた。

 現実を知っていたくせに。


 そして俺は、調子に乗って出てきちまったんだ。


「ほら、一緒に食べよう!」


 ライは満面の笑顔で、潰れたパンを俺の鼻先に差し出している。

 その無邪気な笑顔は、いつもならぶん殴ってやりたいほど腹立たしい、底抜けに輝くものだ。



 ――よし晩飯だ! 家族揃って一緒に食えるのが、父ちゃんの幸せなんだ。

 ――うん、俺も楽しい!


 そう、純粋に、なんの憂いもなく信じ切っている者の顔。


 ――父ちゃんは外で仕事してることが多いが、覚えておいてくれよソール。


 ガキん頃に聞いた声が記憶から浮き上がり、生々しく耳に響いた。

 苦さが胸の内を塗りつぶしていく。


 記憶の光景を振り払い、差し出されたパンを掴んだ。


「……じゃあ、遠慮なくもらう。っても、もともと俺のもんだしな」

「うんうん、そうだよ。あ、だけどさ、本当なら二食分をあたしが食べちゃったじゃん? だから、もう二つ貰ってよ」

「そんなに食えるか」


 いや日持ちはするからな。仕事を紹介してやった駄賃と思って受け取っておこうか。

 早速ライは、その場で地べたに胡坐をかいて、パンをかみ砕き始めた。

 俺も渋々と土よりはマシな草の上に座り込んで齧る。


「うまいね」


 暢気に笑って食いやがって。


「あれ、泣いてるの? 腹でも下した? 痛っ! なんで殴るんだよぅ」

「飯食ってるときに言う言葉じゃねえだろうが。ちょっと穀物の欠片が、歯茎に刺さっただけだ……」

「軟弱だねぇ。もっと口内筋を鍛えようよ」

「口ん中が鍛えられるか!」


 俺が必死に、その辺の石ころで砕いたパンを、水で柔らかくしながら一口ずつ食っている間に、ライは大袋のパンを食い終えやがった。


「こんなに食ったの何か月ぶりだろ。美味かったね!」


 どんな胃袋してるんだ。見てるだけで吐き気がする。

 俺もどうにか水で流し込んで口を拭うと、ライは立ちあがった。


「んで、今晩はどうすんの。こんなところで寝るの? 帰ろうよー」


 帰るも何も家なんかないだろう。

 もともと居場所はない。

 それに。


「もう戻る場所なんざ……」


 なんとなしで流れ着いた辺境の町だ。

 都からも遠く離れた物寂しい町。


 そんな町のおこぼれで、俺は生きていた。


「……そうだな。屋根がある方がマシか」


 そうだ、もう少しだけ、踏ん張ってみたらどうだ。


「腹いっぱいで元気も出たし、明日はソルが食べれなかった分を稼ぐからさ」

「いらん。てめえの分だけ好きに食え」


 ライは好きに食えという言葉に反応して笑顔を浮かべた。


「でもさ、やっぱり思ったんだよ。誰かと一緒に食べるのって、もっと美味くなるなって。なんだか、家族そろって食べてるみたいでさ」


 胸が詰まった。

 幸せだった言葉が、ある日から違う意味を持ち、また、その通りの意味を実感できたからだ。


「じゃあ、担ぐよ!」

「やめろ!」


 俺がさんざん迷っている間にも、ライのような奴らは、さっさと決めて行動していく。

 そんな奴らに巻き込まれる位置に居られることが、不思議と心地よかった。




 ……まったく。

 ただでさえクソみたいな人生だってのに、最悪のクソを拾っちまった。



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