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あるゴロツキの胸に沈む憧憬  作者: きりま
初期案二章

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五部 風前

「なんで乗り込んできたのか知らねぇが、昔々の恨みってんだろ?」


 俺の声は届いたらしい。

 取り押さえられている砂漠の奴らも、不審げに俺を見た。


 素直に目的はなんだといって、話してくれるような相手とは思えん。

 兵が嬲ったところで口を割るかどうかも怪しいもんだ。

 その兵たちも、俺を黙らせるべきかどうかと俺を見たが、内容に興味をそそられたんだろう。砂漠の男達へと目を向け直す。


「前に俺達は正々堂々と戦ったはずだ。互いに戦場に人を集めてよ」


 どんな理由をつけようと、争いなんぞ綺麗なこっちゃねえさ。だが、ぶつかつちまったもんは仕方がねえ。だから腕で決着をつけた。そうだろ?


 そう話しても、なんの動きも男たちの顔付きには現れない。


「前の大戦では、こっちが勝ったかもしれねぇが、その後も侵攻なんざしてねぇ。ただ俺たちは境目を守るために戦った。誰もが疲弊し、多くのもんを失ったのは同じだ。それはお互い様で、こんな胸糞悪いこと続けたくないはずだろうが。負けたんなら、潔く引けや」


 どのみち、こっちの事情しか知らない俺の言葉だ。

 どんな反応を返すか、何かを漏らしてくれないかと考えたのだが、想像以上に気に障ったらしい。

 男達は再び激情を浮かべ口々に恨み言を喚く。


「よくも、ぬけぬけと……貴様らの長が、そう言い聞かせたのか。土地を奪った蛮族は貴様らの方だというのに!」


 こいつらの理由が、まさに逆恨みだと思った周囲から野次が飛び、人の輪が狭まる。


「何を言ってんだ! ここに砂場なんかねぇぞ!」

「終わったことを蒸し返してどうなるってんだ!」


 くだらん理由で、つまらないほど平和な町が眼前で破壊され命が消えたんだ。

 町の奴らに代わって溜飲を下げるどころか、怒りを再燃させちまった。


 口走りそうな手応えはあったが、さすがに、これ以上はまずいか?

 ライをどうにか動かすしかねぇかと姿を探すまでもなく、振り向けば姿を見つける。


「ぐぴー」


 大の字になっていびきをかいていた。


 こんな時にぃ!


 再び緊張が増し狭まる人の輪を見て、冷たい汗が首を伝ったとき。



「やかましゃあああああ!」



 町全体に轟いたんじゃねえかという声の出どころに全員の首が向く。

 横幅のある、黒い衣装の男が足早に近付いてきた。


 役人だ。

 現状では実質、町の頂点にいる人間。

 鼻曲がりの親父が唯一頭を下げる相手でもある。


 治めていると言っていいが、この町ん中でなら屋敷と呼べなくもない平屋に引っ込んで出てこねぇ、ぐーたらな男のはずだった。


 そいつは大股で乗り込んでくると、膝をつかせられている砂漠の民を睨み、手近な一人の前で止まる。

 怠けてる割には意外にも、素早く剣を引き抜き――襲撃者の喉元に突きつけていた。


 もちろん、こんな作戦を強行した奴らが、そんなことで怯みはしない。

 逆に憎々しげに役人を睨み返す。


「お昼寝の邪魔をしおって。ここは未だ町とも呼べぬ開拓地だから移民は歓迎だ。だが、売り込むにしては大層な騒ぎを起こしたな」


 表情は真剣そのもので、冗談を言ったようには見えない。

 このように役人らしい気迫を放つのは、誰もが初めて見たのだろう。驚きながらも張り詰めた緊張感が場を覆う。


 剣先を突きつけられている男は、より怒りを燃やしたように歯を軋らせた。

 他の奴らもだが、怒りと悔しさを露わにしながらもほとんど声は上げない。

 やはり余計な情報を漏らさないよう訓練を受けているんだろうか。

 別の一人が頭を上げ口を開いた。この場に残った中で最も地位が高いらしいことが、仲間の目線から窺える。

 男の声は面に浮かぶ激情とは裏腹に、低く抑えられていた。


「感じるだろう、このざらつきを。風が砂を運んでいる。それは、風の神の手によるものだ」


 声を聞き取ろうとするのとは別の意味で、周りの空気は冷えた。


「貴様らが、この辺で暮らしていた歴史があるとでも言いたいのか?」

「ない。ここは貴様らの土地ではない」

「だから貴様の土地ってな主張だろう」

「我らの土地ではない。人間に過ぎぬ身で、神の地を我がものとするなど許しがたいことだというのだ!」


 砂漠側の住人の噂も色々と届きはするが、印象は様々だった。それは占い師の言っていた氏族ってやつが関係するのだろうか。

 目の前の、こいつらの言うことは、占い師以上に訳が分からない。

 少なくとも、こっち側の国の人間には、山奥に隠れるようにして育った俺でさえ理解が及ばない。


「それが、争いの元凶だってのかよ」


 あまりに理解の及ばないことで、思わず吐き捨てていた。

 つまらないことだ。

 相手の考えを変えることなどできないからと、実際に口を封じにかかる。

 そんなことで人の血が流れることを、こいつらのいう風の神とやらは許すのか?


「争いだと? 不当に立ち入る蛮族らしい考えだな。あくまでも貴様らの土地と言いはるならば、我らは神の地を守るために立ち塞がるぞ!」


 なにが怒りに触れてしまったのか。いや、怒りを通り越したのだろうか。

 男は叫ぶや、取り押さえる兵たちをはねのけ俺に向かって飛び出した。

 突き出された手には短剣。

 真っ直ぐに射すくめるような視線に、人間的な感情は失せて見えた。


 ――けれど視線の先には、火が、灯っている。


 こちらを見るようでいて、俺の後ろにある別の場所を見ているかのように、瞳には揺らめく火を映していた。

 そんな筈はない。ここで終わると思った俺の頭が見せた幻だ。


 しかし凶刃は届かない。


 囲むように立っていた兵に、すぐさま斬り捨てられてしまった。

 男の仲間らが怒りの声をあげるのが、遥か遠くで聞こえたようだった。




「おい、どういうこった」


 自分の呟きさえ、どこか遠くに感じる。

 初耳だ。


 男の決死の行動は、自我の消えた瞬間に思えた。刃が届かないことなども、承知した上での冷静な動作に見えた。


 この国にも信仰らしきもんはある。大して根付いてるわけではないが、それこそ過去にあった呪術系だとかの各地特有のもんで。

 この国にだって頑なな奴はいるだろうが、個々の違う人間だ。一族を上げて使命を果たすなんぞありえん。

 こっちは、その日食うのに手一杯だ。そんな腹の膨れないこと考えもしねえ。


 まじな奴らが向こうの国には居て、この辺は聖地と考えられているような場所だったということだろう。

 そして恐らく、上の奴らは知っている。知った上で、開拓地を選定した――。


 歯を食いしばり、余計な思考を止める。

 役人の号令で、周りは動き出していた。

 斬られた男の他は抵抗することもなく、大人しく縄を掛けられて牢としている小屋へと連れて行かれた。


 だが誰も安堵の顔は浮かべなかった。

 砂漠の男達の顔に負けた者の色はなく、毅然としていたんだ。


 捕まりゃ終わりだろうに。少なくとも、俺達の国ではそうだ。

 あいつらにとっては、この事件を起こしたそのものに意味があるってのか?

 そりゃ少数で敵地に乗り込むんだから、それなりの覚悟はできていただろう。

 だが、実際に目の前で仲間が死んでさえ、怒りや歯がゆさはあれど、無念さとは遠く思えた。


 分からない。

 おんなじ国の奴ら同士でもいがみ合い、自分自身のことさえ曖昧な俺だ。

 なにも、分かりはしない。


 ただ、砂漠の民の背に、虚しさだけを重ねて見送っていた。



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