四部 火難
道の先は、赤く染まっていた。
すでに酒場のある通りから、怒声が響き渡っている。
「始まってんぞ! 急げ!」
近付けば、通り沿いの家が燃えていた。
それらを目にした男共が悔し気に吠える。
「俺たちが作り上げた町になんてことしやがる……!」
同じ怒りが俺にも湧き上がっていた。大して役に立たなかろうと、長い間携わってきたことだ。
各々が手にした棒切れを振り上げ、親父を先頭にしたゴロツキ集団は勢いづいて雪崩込む。
そいつらの背後から見えた、激しく動く人間の塊。
砂漠の民特有の、模様の織り込まれた布をまとった男達は目立った。跳ねるような剣の動きの前に、やはり有象無象が揃ったところで無意味なように思え不安が湧く。さらには馬車の数から想像したよりも、頭数が多く見えるのは気のせいではないだろう。
その不安はすぐに押しやられる。
襲撃者に抗う、この町では唯一まともな武器を手にする衛兵の姿が目に付いた。
入り口付近で見た男たちは手慣れているようだった。そんな奴らと、もつれるような争いに持って行けたのは、兵が揃ったからだろう。
ライはうまくやったらしい。
「行けぇ!」
そこに現れた俺たち増えた勢力に押され、剣を振るっていた砂漠の男たちは外側から動きを封じられていく。
その狭間を縫うように進めば、肌を炙る熱が強まった。
最も激しく燃えているのは、横倒しになった一台の馬車。そこから周囲の家に燃え移ったのか、火を掛けられたのか。
その先、乱闘の中心で、一際大きく踊る人影。
「明日のパンはぁ、あたしが守る!」
思わず俺たちは足を止めていた。
「ライ!?」
恐ろしいほどに圧倒的な戦闘力だった。
囲まれているというのに、背中に目でもついてんじゃないかという、ただの力馬鹿ではない身のこなし。
あれが、行き倒れてただと? なんの冗談だ!
剣を持った数人から飛びかかられるが、ライはそれらを手近に掴んだもんで薙ぎ払い、背後には蹴りを回し入れていた。
「うごおおお!?」
「ぐぁ!」
ライの手から離れた物体は敵共々呻きながら飛んで行く。
思わず全力で駆け出した俺はライに突っ込んでいた。
「兵を投げてんじゃねぇ、この馬鹿!」
「あでっソルぅ! やっと来た! 鼻のおっさんも、こんばんはー!」
「鼻のおっさんは止めねぇか!」
にこやかにライは腕を振るが、手には砂漠の男を掴んだままだ。ゆすぶられる男は潰れるような声を上げて気を失った。
俺は思わず頭を押さえた。
「ふ、ふざけおってえぇ!」
砂漠の奴らが叫んだ。馬鹿にされていると思ったのだろう。標的をライに絞ったらしい。目を血走らせ鬼気迫る勢いで荒くれどもを切り払い、一斉にこちらに向かってくる。
一瞬だけライの能天気な空気に申し訳ないような気持ちになったが、俺も気を引き締め直し距離をとった。俺の頭越しにライが腕を振り抜いたためだ。
当たったら俺が死んでたぞおい……。
ライに巻き込まれないように、そこらで拾っていた大きめの板切れを盾代わりにして下がり、周囲に目を走らせる。
まず火をかけたのは作戦通りだろう。少数で制圧するのだから混乱を生む必要がある。馬車は人の流れを堰き止めるためだろうが、横転したのは故意か争いの際に倒されたのかは分からない。
扉の破壊された建物の幾つかの中に、やはり酒場はあった。
並ぶ他の店内も荒らされているが、盛大に剣で薙げば散らかるだろうといった程度で、物色したのではない。店の奴らに対しての動くなという脅しか。
酒場の入り口付近では、血だまりに倒れて動かない人間の姿が、ぽつぽつと目に入った。
その一つに、目が留まる。
いつも俺を追い出していた用心棒の一人。
体には真っ正面から受けた傷。
真っ先に、己の仕事を果たした。
「こんなのは、違うだろうが……」
喉元にせり上がる感情を飲み下し、ざっと店内に目を向けた。
給仕の女はいない。他の店もだろうが、女子供は奥に引っ込んでるだろう。
酒場だけでなく、まず商いをする奴らを抑えたかったのか? 向こうも商人たちがまとめる国だ。多くの下働き共の生活を支える立場ってのは分かってんだろう。
俺は人の塊を改めて見据え、板切れを前面に掲げる。
ライが誰かをぶん投げたのに合わせて走り出した。
近付けば敵わないと思ったんだろう一人が、ライが背を向けたとき、散らばった荷の陰から頭を出したのが見えたんだ。
「ぐっ!」
ライの側に滑り込むと板を押されるような衝撃。
刃先が俺の目の前にあった。
「あ、あっぶねぇ……」
「わっ、ありがとうソル!」
剣を投げた男はすかさず飛び出してきたのだが、俺に気付いたライがこっちを見た際に何気なく振り抜かれた腕に当てられ沈んだ。
そして、それが最後の一人だった。
砂漠の奴らは、一人につき数人がかりで、その場に取り押さえられている。
そのまま牢に放り込んでおしまいの筈だが、周囲からの罵倒は止まない。
兵の手前、町の誰もが怒りを噛み殺して飲み込もうとしている。
罵倒で済ますのは、殺しちまうかもしれないからだ。まだ聞くべきことはあると分かっているからな。
誰かの声が伝染し、腹の内に収まらない怒りが、ますます猛り狂うように言葉は重ねられる。
それは俺も同じだ。
腹ん中の澱んだもんを吐き出してしまいたいだろうさ。
だが文句をぶつけるだけじゃ、こいつらの意図を知ることはできない。
というよりも今後は知る機会もない。何かを聞き出すなら今しかないんだ。
俺はもう町のもんとはいえねえ。どの面下げて言えるんだってことを、我慢せず厚かましく言える立場ってことだ。
ならば言いたい事を好き勝手言い、訊きたいことを訊いてやるさ。
俺は板切れを掲げて拳で殴る。
皆が気を取られたところで、兵に止められる前に声を張り上げていた。