余録 夢の果てに見た今
前後編の後編です。
やがて俺は考えるのを止めた。
いきなり何だって?
夢が現で幻じゃなかった。
だったらそれでいいじゃない。
前回だって気付いたら戦国時代に居て、信長たちと生き抜いた。
そして今回、また気付いたら現代に居た。
この現代は、俺たちが築き上げた土台の上に乗っかってる。
実はこれ、相当喜ばしいことなんじゃないかな。
そこに気付いた時、俺は現実を受け入れた。
* * *
現代を生きる俺は、せっかくなので色々収集することにした。
教材や史料は、研究室やら博物館などに行けば幾らでも閲覧出来る。
なんてったって、織田信清の子孫なんだぜ、俺。
そういや軽く調べたところ、直系じゃなかったんだ、俺。
幕末に犬山家から養子に入ってたんだ。
道理で名前に「信」が付いてないと思った。
犬山家も信清の三男・康清が興した家だから、末裔なのは間違ってないけどね。
血統的にも、元をたどれば同じ父と母から生まれた存在だ。
ほとんど直系と言っても過言じゃない。
まあ、どっちでもいいか。
それで、本格的に信清が為したことを客観的に見たらどうなのか、見詰めようと思ったんさ。
そしたらね?
後悔したよー。
サブカルチャーに詳しい葵ちゃんに尋ねてみたら、嬉々として紹介してくれた。
人選を間違ったかと後悔するも後の祭り。
「これが信○の野望。こっちが無双。これはバサラで、あと極姫とかもありますよ!」
爛々と輝く瞳の葵ちゃん。
こんな葵ちゃん初めて見たわぁー。
「葵さんは、其の筋では有名な信清スキーですからね。」
宗春がシレッと言うが、そんなん知らんわ!
てか、其の筋ってどこの筋だよ……。
「あとあと!こんなのもありますよ?」
ヒートアップし続ける彼女の勢いには圧倒されるばかりだ。
差し出されたパッケージを手に取ってみる。
”俺とお前で天下布武~安土華伝~”
お勧めです!と葵ちゃんは言うが、危険な香りがする。
そっと戻した。
「あら、お気に召しませんかー?じゃあ、後はー……。」
その後も一刻ほど、おっと二時間程だ。
サブカルチャー女王からの攻撃に曝され続けた。
取り合えず、一押しのゲームを幾つかとビデオを2点、書籍を5点ばかり借りることで落ち着かせた。
「来週、感想聞かせて下さいね!」
何と言うことでしょう。
逃げ場はない。
* * *
早速、休日を利用してゲームとビデオを消化することに。
書籍の方は、平日でもチマチマ読めそうだから。
ついでにインターネットでも色々検索してみたところ、ある笑顔大百科に項目を発見した。
見ると後悔する気もしたが、振り切ってポチッとな。
………。
……。
…。
* * *
単語記事:【織田信清】
織田信清は、織田信長と共に戦国時代を治めた武将にして太守であり英雄。
戦国時代のチート武将、いわゆる八傑衆の筆頭と言えばこの人を置いて他にない。
・概要
「織田家(天下)の懐刀」「謀神」「副将軍」等の異名で知られ、織田幕府の創設に携わった名将。
元々は尾張織田家の庶流に過ぎなかったが、幼き信長と交流を深め、その姉を娶って義兄弟となった。
その後は信長と協力して各地を転戦、遂には天下統一を成し遂げるに至る。
最終的に従二位大納言に叙せられ、尾張大納言と呼ばれた。
織田政権下では北条氏政に次いで多い、五ヶ国の太守となり歴史にその名を刻み込んだ。
(北条氏政は六ヶ国の太守。)
因みに「副将軍」の異名で知られるが、織田幕府にそんな役職はない。
隠居後に「相談役」という役職に就いて、国政のご意見番のような存在になったことが元ネタのようだ。
その「相談役」も信長に強制的に就かされ、「隠居って何だろう?」と悩んだ手紙が残っている。
意外と苦労人でもあったようだ。
・チート
何がチートって、色々あるけど特に知能がチート。
懐刀と渾名される所以でもあるが、裏工作をよくし、それが全て成功している。
まるで初めから判っていたかのような用兵に、対人工作。
諸葛孔明もビックリだ。
また、大鉄砲隊と言う火力部隊を組織し、特に伊勢攻略と対武田戦線で大活躍した。
その火薬はどこから持ってきたのかと言うと、なんと自前で準備していたと言う。
色んな記録があるため、恐らく間違いないのだろうが……。
記録には「南蛮の知識を用いて云々」とあるが、どうやって手に入れたんだそんな知識。マジで。
蛇足ながら、他の八傑衆には一族から織田信長、織田信賢、織田信勝がノミネートされている。
なんだこの一族。マジで。
一部では例の一族と呼称される。
残りの四名は、三好長慶と真田幸隆、そして上杉謙信と北条氏政。
因みに、織田信忠と織田信益を加えて十傑衆と称されることもある。
そいつらも織田一族だよ!マジで何なんだこの一族。
・奥さん
正室は織田信秀の娘・央。
政略結婚だったが、仲は良かったようで三男四女に恵まれた。
ほぼ同い年で、信広と信長兄弟を繋ぐ切欠となったのは有名な話。
側室その1は織田寛貞の娘・智。
押し掛け女房(側室)であり、信清より約十歳年下。
二男一女に恵まれた。信清爆発しろ。
活発な前半生と穏やかな後半生で、様々な逸話を持つ。
側室その2は吉良義昭の養女・水。
実父の荒川義広は遠江騒乱の時、武田に組して切腹させられた。
そのことで暫し塞ぎ込むも、最終的に一男一女を得た。
実は信清の嫡男・信益よりも年下。
それについて、何も言ってはいけない。
・フィクション
信○の野望
特に「信清の野望」という特殊ルートが人気。
突出した用兵能力と統率、知略に政治と明らかにチートキャラ。
そんなんが野望を持ったらどうなるか、まあ信長も似たようなもんだけど。
無双
超イケメンの好青年が、拳銃と大刀を振り回して縦横無尽。
必殺技はウルフ・ファング。
信長との合体技「安土開府」を出すと全てが終わる。
いやホント。
バサラ
爽やかイケメンで好青年なのは無双と同じ。
但し、武器は大鉄砲。
しかも両手。
掛け声は「いっくぜぇー?ぶっぱなっせーっ!」
流石バサラ。イケメンだろうが著名人だろうが問答無用で吹っ飛んでる。
尚、懐刀の印象は欠片もない。
極姫
信清が絶世の美女となり、戦国の世を駆け抜ける。
ヒロインは信長。
………。
……。
…。
* * *
とても後悔した。
いや、盛り過ぎでしょ。
誰だコイツってレベルだよ……。
ぴんぴろぴろりーん♪
着信あり。
「はいよー?」
「先輩!今、大丈夫ですか?」
「あ、葵ちゃんか。良いよ、どした。」
「今、先輩の部屋の前に居ます。開けてください!」
「ふぁっ!?」
「お勧めのゲーム持ってきたんですよ、一緒にやりましょうっ」
「な、なんですとーっ」
「ご安心ください。宗春君も居ます!」
何に安心すれば良いのか分らないが、とりあえず扉を開けてやる。
ホントに居た。
って、なんか他にもワラワラ居るぞ!?
コラッ、勝手に入って来るな!
「やー、すみません先輩。信清様ファンとして、この機会を逃す訳には行かなくて……」
たははーと笑う葵ちゃんだが、目が笑ってない。
宗春は……居るには居るが、端に寄って我関せずだ。
助けにはならない。
「の、信恒はっ?」
こうなりゃ最後の砦、我が親友様に頼むしか……。
「信恒先輩は、今日は木瓜会の当番で居ません。残念ですねー。」
「清長先輩!遂に目覚めてくれたんですねっ」
「私、色んなお勧め持ってきました。是非、一緒に……」
……。
ぬわーーーーーっ!!
* * *
ハッ、夢か……。
やれやれ、とんだ夢だったな。
「あ、起きましたか?朝食を準備してますから、少し待ってて下さいねー。」
「ああ、ありが……とう?」
え、誰?
「もう、ダメですよ先輩。途中で寝ちゃうなんて……。」
「え……?」
「宗春君と、他の皆は講義があるから行っちゃいましたけど。」
「え、あ……葵ちゃん?」
「ん?まだ寝惚けてるんですか?そーですよー。」
夢じゃない……だとっ
「はーい、出来ました!簡単ですけど、どうぞ召し上がってください!」
「あ、うん。ありがとう。」
「いえいえ。」
ニコニコと笑顔の葵ちゃん。
その姿はとても可愛らしいのだが。
「今日は一日暇ですので、先輩とずっと一緒に……。」
何故だろう、とても嫌な予感がする。
「ふふっ……。」
思わず後ろ手で携帯を探す。
宗春は、講義か。
信恒にメールして、来させないとっ
「あ、ダメですよ先輩。お食事中は、携帯なんて触っちゃ。」
「ご、ごめん。」
「いーえー。」
葵ちゃんはずっと笑顔だ。
なのに悪寒が止まらない。
信清として生きてきた俺の第六感が、警鐘を鳴らし続けている。
「今日こそ、遂に先輩と……。」
ゴクリと、思わず喉を鳴らす。
「…この、【安土繚乱】をやりますよ!」
「………え?」
「ふふふ。このゲームはですねー、信清様と信長様が一致協力して進めて行くシナリオでして。しかも時折クイズなんて出てきちゃって、詳しい二人が連帯共同して進めないと、クリアまで辿り着けないことで有名なゲームなんですよ!今までは先輩が信清様に忌避感を持ってたみたいなので遠慮してましたが、遂に興味を持って頂けたので、この機は逃しません!さあさあ、先輩は今日一日フリーだってこと、ちゃーんと知ってるんですよ。あ、ご飯の心配は大丈夫です。ちゃんと、この松平葵が栄養バランスも考えた食材を使って、全力で腕を振るって御馳走させて頂きますから!そうそう、御馳走と言えば。信清様と信長様は当時としては、中々のグルメだったようで、松平家次や斯波義銀らを招いてパーティーを開いたり……」
………。
……。
…。
呆然とする俺の眼前で、葵ちゃんが蕩けるような笑顔で喋り続けている。
そうか、これが警鐘の理由か。
そして今、判ったことがある。
現実からは逃げられない。
成程、これが現実か。
俺は目の前が真っ暗になった。
バシンッ
「先輩!聞いてますかっ」
「う、うん。聞いてる、よ。」
「そうですか?そもそもですねー、これは織田家棟梁の……」
空が青い。
とりあえず、今この時が現実であることは確信した。
この世界で生きて行く。
改めてそう決意した。
うん。
戦わないと、現実と。
俺の冒険は、始まったばかりだ!
笑顔大百科の項目入れるだけのはずが、異様に毛色の異なる仕上がりに。
解放感と寒気で頭が可笑しくなった作品でしたが、如何だったでしょうか。
今後も作品の賞味期限は気にせず、あと幾つか裏話などを掲載予定です。