第五話 葬儀
信秀叔父上が流行り病で亡くなった。
信長は最大の理解者と後ろ盾を失い、途方に暮れ悄然としている。
「おい、大丈夫か?」
「ああ。…大丈夫だ。」
問い掛けるが、その表情からは何も伺えない。
前に俺の親父が亡くなった時は、信長に大いに励まされたものだ。
その時の借りを、ついに返す時がやってきたようだな!
とりあえず、葬儀の前に正装するよう助言したんだ。
そしたら、「何当たり前のこと言ってんだ?」
って呆れたように返された俺は、どうすれば良いのだろうか。
いや、ちょっと待ってよ。
信長ってば、父親の葬儀の時に焼香を投げつけて、礼もせず走り去るという暴挙を為したんじゃなかったっけ?
その時も正装せず、襤褸を纏っていたんじゃなかったっけ!?
……あるぇー?
俺がボケッとしている間に、信長は正装に着替えていた。
流石、キチッとした形したら様になるな。
あ、俺?
俺はちゃんと正装してたよ。
と言うか、普段から結構普通の格好してるよ?
行動はともかく、格好まで信長に合わせることはないもの。
街中を一緒に歩いていると、結構な頻度で勘違いされることがあった。
俺が武家の坊ちゃんで、信長がお付の下男かなんかってね!
そのたびに、顔を顰める信長を爆笑してやったものだ。
そんで話合に至るまでが一連の流れ。
でも終ぞ矯正されなかった。
そんな姿を見知っているだけに、意外性が余計にアリアリだ。
良いことなんだけどね?
少し釈然としないと言うか……。
まあTPOを弁えて、ちゃんとした格好をするのは良いことだ。
既に一家の主でもあるのだからな。
その一家の主が、頻繁に余所で遊んでいるのは良くないことだな!
実は、これは他人事ではない。
最近は央からの小言も増えてきている。
うん、実に宜しくないね。
どうしよう……。
* * *
葬儀は滞りなく終わった。
喪主は嫡男たる信長。
当初は信勝が主導して式の準備を進めたようだが、信長がやって来ると大人しく喪主の座を譲ったらしい。
おや?
なんか少し変わってきてる?
奇行が収まったことに関係するのかね。
まあ悪い変化じゃないし、あまり気にせず良いか。
喪主たる信長を筆頭に、大叔父の秀敏様や信光叔父上に信実叔父上、信次叔父上。
尾張に戻ってきていた信広殿、信長の弟である信勝、信興、秀孝ら。
元服前の子息や娘、女房衆は一段後ろに。
そして一門と重臣、家臣連中がずらずら参列してた。
俺は義兄弟ということから、信広殿の隣に座った。
そして上位者から弔問の使者が来ていた。
岩倉からは、俺の弟である源三郎(先年元服し、広良と名乗っている)が。
清州からも三位とか言う、名前負けしたオッサンが居たっぽい。
葬儀の間、信長の顔は見えなかったが、喪主として立派に務めていたように思う。
俺の時よりちゃんとしているようにも思えたな。
うーん、流石だ!
* * *
式の後、奥座敷で敦盛を舞う信長を、俺だけが見ていた。
人生五十年、か……。
* * *
これで信長の跡目相続がスムーズに行った、訳ではない。
一部の家臣連中が信勝を担ぎあげようとしたのだ。
当の信勝が自重したので、大事には至らなかったのだが。
「だが、これでハッキリしたな。」
今、俺は信長と信広殿を誘って那古屋の一室で茶を飲んでいる。
またも犬山から那古屋まで来ている訳だが、信広殿に会うと言うと央は許してくれた。
やはり実兄の存在は大きなものらしい。
これは、今後もちょくちょく使えそうだ!
それはともかく、信長の家督相続に不満を持つ者がまだいるということが判った。
信勝は今回自重したが、今後どうなるかは判らない。
早急に対応を考えなければなるまいて。
「信広兄者はどうなのだ?庶子とは言え長子、思うところもあるだろう?」
そんな中、信長が信広殿に水を向ける。
確かに信広殿は長男だし、これまで多くの戦に出て武功を挙げている。
不出来ならともかく、結構有能だからな。
確か史実では一回謀反に及んでる、んだっけか?
あんま覚えてないな……。
「そうさなぁ。父上からは、当初よりないと言われておったが。」
信広殿が言うとおり、亡き信秀叔父上は長男の信広殿に継承権を与えなかった。
生母の身分が低かった為と、初めから明言されていたらしい。
「そもそも、ワシが立ってもついてくる者がおらぬわ。」
そう言って屈託なく笑う信広殿。
信長は浮かない顔をしているが、俺は正直助かったと思った。
信広殿は基本的に裏表がない。
もし、表情や発言に陰が見受けられたら危ういと思っていたんだよな。
なぜなら、既に俺の中で信長が家督を継がないという選択肢はない。
だから相続に反対する者は、俺たちの敵だ。
そして、有能な敵対者とは即ち不安要素であり、何としても取り除かねばならない。
信広殿、と言うか近親者相手にそんな事態は避けたいからな!
あと表現は悪いが、信長の兄弟と言う肩書には使い道がある。
彼らが信長に忠実に尽くすなら、俺は全力で死亡フラグを折に行く所存である。
なんて、密かに決意を固めていると
「時に、お主らに伝えたいことがある。」
信広殿が、そう切り出した。
* * *
「父上の戦略?」
「うむ。参考の是非は任せるが、跡を継ぐ信長殿は知っておくべきだろう。」
信広殿は長いこと、信秀叔父上と共に戦ってきた。
戦略や展望についても、詳細に知っていて不思議はない。
それを当たり前のように教えてくれる信広殿は、やはり本心から信長の下に付くことを嫌ってはいないのだろう。
信長も同感なのか、黙って頷いた。
ここに今後の展望を決める、重要な材料が示された。
繁忙であるが故、勢いで以て作品を放出し続けています。
もしこの忙しさに区切りが付いた時、果たしてその勢いは継続出来るのか。
そんな時でも、三十話以内で収まれば問題ないと思うのです。