息ができない
嫌いな人もおかしな人も好きな人も高貴な人もどうでもいい。私を笑うやつらなんて、もう知らない。知りたくない。
耳を塞いで目を閉じて、それでも、どうしても。
遥か昔、魔女と呼ばれる女性がいた。彼女は美しく、聡明で周りを魅了した。人を、国を、金を、動かすほどに美しかった彼女は、ひっそりと暮らしいていた。
それでも人は群がった。そして人は問うた。なにか欲しいものはないか、どうすれば自分のモノになるのか。
彼女は答えた。何もいらない、平和があれば。平穏があれば。私は私のものだから、やることはできない。
そんな彼女をますます欲した人の1人は、自分の権力を使い、彼女を自分のものとした。
その後彼女は子どもを3人授かり、すぐに亡くなったという。
彼女は幸せだったのだろうか。
「あ、ごはんあげなきゃ」
ぱちりと目をあけそう呟いた。
着の身着のままベッドから出る。そして窓を開け放ち、外の木に飛び移った。
そのままするすると下に降りていき、ごはんを待っているだろうかわいい番犬の家へ向かう。
小走りで向かう先は木々が鬱蒼としていて薄暗い森の入口。その少ししたところに、かわいい番犬はいるのだ。
「おはよーかわいいリル」
首をこちらに向けるリル――――大きな狼は、伸ばした手に頭を擦り付けた。
まるで猫のようなリル。かわいいリルかわいいかわいいリル。
よしよしと撫でまくっても嫌がらない賢いリルに満足しながら、声をかける。
「リル、ごはんたべよう」
「その前にアンタがごはんたべてくんないすかね」
後ろから突然聞こえた声に驚くこともなく、振り返るとそこには木にもたれかかっただるそうな―――
「下僕」
「やめろ」
「じゃあ」
「従者でいいんすけど」
まあ、そんなことはよくて、
「飯できてるんで、さっさと食べることと顔洗うこと、髪整えて着替えることくらいはしてもらえねぇんすか、毎日毎日。そろそろ目の前の木切ろーかと思ってんすけど」
要求が多い。「多くない」心を読むな。
真っ黒な目が私を射抜く。ああ、なんでこれはここにいるんだろうか。不思議でたまらない。
「リルにごはんあげてから」
「リルには俺からやりますよ、エサ 」
「ごはん」
「そこどうでもよくないすか」
全く、わかってない。エサとごはんではちがうのだ。リルはペットではない。
「よくないよ、リルだから」
「今日、ごはんなに」
「生肉なかったんで人参でも」
「私の」
ああ、アンタのか、と言うように首をゆるく何度か縦に降る従者。なんでここでリルのごはん聞いたよ。
「パンとスープっすね」
「わーかわらない」
「むしろ変わるわけがない」
まあ確かに。
収入があるわけでもなく、働いているわけでもない。従者は働いているのか、従者として。まあ、お金なんてないから払ってないけど。