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練習作品集  作者: 伊豆海
3/4

Mの妻

一部不快な描写が含まれます。

了承の上お読みになってください。


友人のMと出会った。

学校を卒業後一切会うことがなかったMと社会人になってばったりと街中で遭遇した。

意外と言う以外当てはまるような言葉がなかった。

自然な流れで連絡先を交換しあうのが、自分にとっては予想外だが、学校とは違う関係で面白くも思っていた。

その後、短い時間でMの家で飲むことになった。



Mの家に行った時の感想は、立派な一軒家。

まだ賃貸暮らしの俺には眩しい生活に見えた。


「待ってたよ。ほら入って」


Mは楽しそうに俺を迎え入れてくれた。


「独り暮らしでこの家は、広くないか? もっと駅の近くにワンルームのマンションでもあっただろうに」


嫌みを一つMに向けていったのだが、Mは軽くあしらいながら。


「良いんだよ、広すぎるくらいが。それにここには一人じゃないから」


「そうか? なら良いけどよ」


そんな風な会話をしながら居間の方に通された。

机の上は同じ独り暮らしの俺よりもきれいだった。

生活感がないわけではないが最低限ある程度の居間に通された。


「悪いね酒が飲めないんだ、ジュースにさせてもらう」


俺の分の酒を持ってきたMがそう言って炭酸飲料のペットボトルを持ってきてふたを開けた。


「あれ? お前、下戸だったか」


高校時代にでも酔わない量ならと酒を飲むやつが、飲まないと宣言したのが珍しかった。

月日は、人を変えてしまうようだ。

家のみとはいえ相手は酒は飲まないと言う。まだ、その言葉が信じられない

彼の家に着いて変わったところは見ていない。普通の独り暮らしの男の家だ。

家がきれいなのが奴の生真面目さが出ているようだった。


「体質が変わっちゃってあまり飲めなくなってさ」


「そうかい? 悪いね。飲むよ」


「ああ」


Mはジンジャーエールを、俺はビールを入れたコップをカチリと打ち合わせる。

目の前には酒のつまみ程度の品が並んでいた。


「お前、飯はどうするんだ?」


Mは、笑いながら、


「お前の方は、良いのか? 酒を飲みながらご飯なんか食べられないだろう」


そう言って、並んでいた焼き鳥を一本手元に運んだ。


「そりゃあそうだ」


俺も同じように焼き鳥を手にした。


「結婚は?」


「へ?」


「結婚はしたのかって聞いたんだが。お前学生時代モテてたろ」


Mが女子に人気があったのは有名な話だった。

立派に一軒家とはそういう意味も持っているのではと勘ぐった。


「ああ……、うん。したよ」


Mの答えは、歯切れが悪かった。

表情も下をうつむいてしまってあまり読み取れない。


「なんだ? その反応。奥さん実家に帰ったか?」


おどけるように言った。


「まあ、そんなところ」


顔をあげたMは、視線がグラッと動く。

しかし、その揺らぎも一瞬のものだった。

しかし、悪い話を振ってしまった。と反省しながら酒を飲むと。


「お前はどうなんだよ? 結婚したのか?」


Mから反撃が来た。


「俺は無理だ。女慣れしてるお前とは違うんだよ。縁もないみたいだし当分結婚は諦めた方がいいかも知れない」


「弱気だねえ」


「弱気にもなるさ。二十歳過ぎりゃあ童貞なんざ、さっさと卒業できると思えばそんな分けねえでやがる」


ニコニコと俺の話を聞くMはさっき見せた妙な動きを見せなくなった。

考えることはやめよう、奴の家の話だ。それにそんなこと思いながらじゃあ酒が不味くなりそうだ。

それでも気になるものは、気になるもので。

少し酒を飲んだときつい、口から出てきてしまった。


「あれってなんで開けてないんだ?」


「あれって?」


酒に酔い、気持ちの大きくなった俺は回りを見る余裕が出てきていた。

少し前に気が付いたものについて口を出した。


「ほら、あそこで閉まってる仏壇のことなんだけど」


自分から見ると少し遠いところに黒っぽい仏壇があった。

随分と新しいそれは、しっかりと閉まっていて中をうかがい知ることが出来ない。


「仏さんが可哀想だろ。開けてやらないのか」


「いや、……まだあの子は死んでないんだ。まだ……」


「お、おい。M?」


Mの目がだんだん一点を見続けるようになってきた。

少しだけ体が震えているのが見える。

Mのコップの中のものを、Mは一気に口の中に流し込んだ。

喋りはしない、喋りはしないがカタカタと震えるMが不気味に思えた。


「わかった。もうわかったから落ち着いてくれ」


何杯か飲むものを飲んだ後、Mは少しずつ落ち着いていった。


「ああ。悪かった。お前も酒を飲んでなければ紹介するんだけどな」


強ばっていた表情が、だんだん緩んできた。

息をゆっくりとしているとMは少しずつ話し始めた。


「実はさ、うちのかみさんは奥の部屋にいるんだ。訳あって狭いところにいたり俺の手が離せられないところにいてな」


「そうなのか」


俺は、少しだけ含むように酒を飲んだ。

異様な雰囲気を放つMの言葉に対するには、少しでも飲まないと飲み込まれそうだと思った。

時間と共に落ち着きを落ち着きを取り戻した。

世間話なんかもまた始まって楽しい時間に戻っていった。


「少しだけだったら顔だしてきなよ」


食事が、終わりかけていたときだった。

もう食卓にはMと俺のコップだけとなっていた。

そんな中、不意にMはそう言ってきた。


「どこに?」


随分と飲んだせいかあまり頭が回っていなかった。


「僕の奥さんだよ」


「ああ、そうか」


相変わらず間の抜けた返答だ。


「奥の部屋にさ。入るから扉の辺りで顔を出してこいよ」


「そうか? いいの?」


「ああ」


食事の内容からか機嫌のよくなったMは、俺を奥さんのいる場所に連れていってくれるそうだ。

その部屋は本当に家の奥にあった。

扉を開けるとMは、


「そこで待っていてくれないか。アルコールの混ざった息ってのは少し悪くてね」


っと言った。


「ああ」


その言葉に疑うほど頭は動かなかった。

扉を開ける前から蛍光灯のついたその部屋には、見たことの無い機材が置いてあった。

Mがそれを開き、幾つかあるシャーレの中の一つを取り出して、更にこう言った。


「今は姿が変わってしまったけれど、彼女が僕の奥さんだよ」


Mは、おかしいことなど何もないように、穏やかな声でそう言った。

明らかに通常の状態ではなかった。

血の気が引く感覚が襲ってきたことで、酔いから覚めた。

言葉が耳から入ってこなくなった。

Mは、実際にいるように彼の妻とその場で話していた。

なにも考えずに携帯を取った。液晶には今の時間が流れている。


「悪いM。おれ、もう帰らないと。明日もあるし」


これが精一杯だった。


「楽しかったよ。ありがとうな」


彼は、彼の家の玄関でそう言ってくれた。まだうまく理解が出来ない。

モヤモヤと、頭で考えてはいるがアルコールのせいで考えが纏まらない。




そののちMの友人から、彼の奥さんがガンで亡くなっていたことを知った。

それから彼は、おかしくなっていったようだ。

手元に持っていたそれは、彼女のガン細胞だったようだ。

どこからか手にいれて、機材を充実させ培養を行っているらしい。

酒も飲まなくなったのもその頃位からだそうだ。

連絡は、いつも通りとっている。

その彼女から生まれた細胞は、今は亡き彼女に変わって彼の心を埋めている。

俺にはどうすることも出来ない。

その現実が深く突き刺さった。

できることは一つ。

友人として、彼を見てやることだけだ。



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