彼の唇と私の激情
私の視界には彼がいる。
いつから彼を追いかけていたかは覚えない。
彼は優しくて格好よくて、何せ端で静かにしている私にも目を向けてくれる気遣い屋さんだ。
ただ、その目は私だけに向けられてる訳じゃない。
友達と仲良くしているときに、私と目があったときにニコッと笑ってくれるが、結局他の女の子にもその笑顔を向けていた。
後、彼には彼女がいる。私の方がきっと早く彼に見てもらったのに。
彼は私でなくその子をとった。
しょうがなかった、二人を見るとお似合いだったもん。
現実に押し潰されそうになる。私は外のその他大勢と一緒に彼の姿を遠くから眺めていた。
私の予定ならもう告白はすんで私の場所に成るはずだった。
もしかしたらまだ私にもチャンスがあるかもしれない、本当に小さな希望とも言えないほどの物だけどまだ私にその笑顔を向けてくれるなら、きっと。
手紙は書いた。私は体育館裏で待つことにした。
大丈夫、よくあるところだけれど。優しいもん、彼なら来てくれる。
私の思いは汲んでもらえなくても。来てくれるくらいには優しい人だ。
私は信じてる。
「ごめんね。待ったのかな?」
「え、ううん。大丈夫」
大丈夫、大丈夫。待ってない、待ってない。
ううん。待った。ここに来る前から、ずっとこの瞬間を待ってたの。
「どうしたの?」
「………………、っえ?」
何で、急に話してくるの。まだ心の準備ができてないのに。
「ごめん、手紙だと何言ってるか分からなかったんだけど。どういう意味だったのかな」
彼は苦笑いをしながら、私に話しかける。
あぁ、以外に彼は鈍いのかもしれない。こんなに分かりやすいところだよ。
でも、この表情は分かってないみたいだ。
彼の反応に落胆をしたし、ホットもした。
「ねえ…………。お願いをしたいことがあるんだ。いい?」
「ああ」
何もわかってない彼が本当に愛しく思う。そして恋人がいるのが憎い。
「……目を。……目を瞑って。お願いだから」
「目を瞑ればいいの? 何で」
「いいから。大丈夫、変なことはしないよ。そのままで待っててね」
そう、私の言うことさえ聞いてれば変なことはしない。
お願いだからそのままでいてね。
草や枯れ葉がいっぱいある地面を、できる限り音をたてずに彼に近づく。
大好きな彼の顔が近くに見える。触れるくらい近い彼に、こう言って更に近づく。
「大好きだよ」
背伸びをして彼の頭の後ろに手を伸ばす。唇を近づけるときには彼は目を開けていた。
気にしてはいけない。もうここまで来ている。
そして、彼の唇を私は彼の彼女から一瞬奪ってやった。
「……あ、ありがとう。ごっ……ごめんなさい」
彼の驚いたような顔をしているうちに、私は逃げた。
私の顔はどうなってるんだろう。
嬉しい。やってしまった。私だってやればできるんだ。彼は私をしっかり見てくれてたかな?
ぐるぐると色々なことが頭のなかに回る。
でも、優越感でいっぱいだ。出遅れちゃったけど。私でも彼を捕まえることができるかも。
そう考えなから、私は家まで走って行った。
ベッドにはいると今までの高揚感が嘘みたいに落ち着いてきた。
ああ、やっちゃったかも。
脱力感と倦怠感が、私を襲った。
こんな私を彼が好きに成るわけがないか。
そう思いながら。急な気持ちの落ち込みのなかで寝てしまった。
翌日から彼は私にあの笑顔を見せなくなってしまった。
私はまだ残る唇に残る感覚と彼の匂いを知った代わりに大切なものを失ってしまったと言うことに気づくことになった。