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練習作品集  作者: 伊豆海
1/4

チョウチンアンコウのオス

「あんな風になれればいいのかな?」


壁一面に深海魚の標本が展示されているブースの一角にあるチョウチンアンコウの標本を見て、隣にいる彼女が呟いた。

最近、彼女の家は両親は離婚をしようと動いている、家族の変化に彼女の性格も少し暗くなった。

幼馴染みでとても明るい彼女の事が、俺はとても好きだ。告白はできてないけれど。

でも今はとても暗くなってしまった。そんな彼女を、俺は連れ出し水族館に連れ出した。

大きな水槽を見ても止まることがなかった彼女は、その一匹の前で立ち止まりそう呟いた。


「ナナ、どうした?」


「ううん、何でもない」


彼女は俺の顔を見てそう言って、寂しそうにその魚から離れた。

大きな鯨の骨、実際に動かせるロボット、大きなビニールプールで泳いでいる鮫をさわったり、ひとしきり俺は水族館を楽しんだが、彼女の顔が笑うとき、少し強張って見えた。

チョウチンアンコウのぬいぐるみを触っている彼女を見て、


「俺が買ってやるよ。いくら?」


っと言って見たのはいいものの、初めて見たぬいぐるみの値段は若干厳しかった。


「はいよ」


レジを通して彼女に渡す。

それを見た彼女は、


「ありがとう」


そう言って、久しぶりに俺に笑顔を見せてくれた。

水族館を出た俺達は、海風が気持ちのいい海岸線を歩いていた。

ぬいぐるみの入ったビニール袋を彼女が大事そうに持っている。少しして木製のベンチが見えたので俺達はそこに座った。


「チョウチンアンコウの前で言ってた、

あんな風ってどんな風だよ」


水族館での出来事、チョウチンアンコウの前での出来事が気になり、俺は堪えが効かず、ついに聞いてしまった。


「どんなって……。あの魚ってさ。雄は、雌にくっついたらずっと雌の言いなりなんだよね。

食事は雌から貰える。なにもしなくてもいいから抵抗する事もしなくていい。ただ精子を造って必要なときにホルモンで刺激されて出すだけでいい」


彼女は、俺を見ずに海を見て語る。


「そんなんだったら、きっと私の家みたいにならなかったのかなって」


「それはどうなんだろ」


俺も彼女の顔を見ないで、反論してみる。

俺の視界には、ヨットが一隻港に向かって進んでいた。


「俺は、お前の家がどんなになって、それでボロボロのお前が、俺の家に入ってきたかはわからない。

そうだな、久しぶりにわんわん泣いてる幼馴染みに驚いたって言うか、ガキみたいに泣いてる女子高生に驚いたよ。

どうあやせばよかったかわからなかったし」


そう言えば、少しアザが見えた彼女を抱き締めてただけだったかな。


「あのときは……。苦しかったかな。キョウスケも腕を回す場所とか考えてよね。最近はよくなったけど」


視界の端で笑う彼女が見える気がする。

あのときか。

彼女はあまり話したがらないあの時の事。覚えていないみたいに言葉が詰まり、話したくないかのように少しずつ話題がずれていく。

俺もあまり考えたくない。

そのあと、とても怖い顔をしたナナの親父さんが現れた。

酒臭く顔が赤い、目もどうかしていたように見えた。

幼い頃からよくしてくれた人と同一人物と思えなかったし、思いたくなかった。

ボロボロなナナを抱き抱えた俺は、自分の母親と父親のいるリビングに駆け込んだ。

二人とも何が起きてるのかわからないようだったけれど、おじさんが来たときに状況を飲み込んで素早く対処してくれた。


「でも、片一方だけの都合だけで縛り続けるのは、やっぱりヒトだと無理じゃないかな。

夫婦になるんだったら多少の妥協点も必要になるし、片方だって考え方もある。俺はやっぱりわいわいがやがや出来ないと辛いかな」


俺はそう思う。っと言葉に付け足した。



「キョウスケ、ありがとう。いつも付き合ってくれて」


彼女がか細い声で、感謝の言葉を口にした。

ナナのところのおじさんは警察につれていかれ、おばさんはすぐに救急車で病院に連れていかれた。命には問題はなくて少しの間入院してから戻ってきた。

ナナは俺のウチにいることになった。

そして彼女は、俺の胸の中でよく泣くようになった。

あの時の事を思い出したとき、ほっとするらしいから俺も続けている。

探りながら彼女の手を握る。

さわりなれたしまった彼女の手。


「不安なときは俺がいるから安心しろ。あんな風なのは、真っ平ごめんだからそうだな、友達でいいや。

幼馴染みの友達としてお前を支えてやるよ」


カッコ悪い台詞だ。覚悟も決心もない俺の最大限の言葉だった。

握っていた。彼女の手が強く握り返して引っ張ってきた。

反動で彼女の顔を見る。


「ズルいよ、キョウスケ。でもありがとう」


笑いながら目から涙がこぼれていた。

空いていた彼女のもう片方の腕が、俺の後頭部に回り込む。

次の瞬間、いい匂いを感じると同時に、彼女との距離がゼロになった。

ゆっくりと離れる。


「……それに甘えてる私も、ずるいのかな」


微かに震える小さな声で何かを言って、彼女は立ち上がって、俺を引っ張っていった。


「まだ私、キョウスケに迷惑かけるつもりだから、覚悟してね」


いつか俺の前からいなくなると思うと悲しいと思うけど、いいさ。それまでとことん付き合ってやる。

彼女の言葉に、そう心で誓った。




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