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第一幕 第八場

 真っ暗闇の車のトランクの中で、佐藤コウジは物音を立てないように注意しながら、自分の手首を縛っている縄をほどこうとしていた。だがしかし結び目は堅く、なかなかほどけない。


 いったい自分はどこに連れて行かれるのか、と佐藤は思った。目的地はわからないが、おそらく人目につかない場所だろう。そこに連れて行かれれば、助けを求めるのは難しくなる。そうなる前にここから脱出できないだろうか。


 佐藤は検問の事を思い出した。もし運良く警察の検問に引っかかってくれれば、自分は助かるかもしれない。なんせ例の銀号強盗犯は黒の乗用車で逃走したと、警察官は言っていた。そのせいで自分はいらぬ疑いをかけられ、車を念入りに調べられた。そしていま、こいつらはその時と同じ自分の車を運転している。


 にわかに希望が込み上げてくるのを感じた。きっと自分は助かる、そう信じて縄をほどく作業を続ける。そして縄が緩み始めた頃、車は停車した。


 警察の検問に引っかかったのか、と佐藤は期待した。だが耳をそばだてるも、それらしきやり取りの声は聞こえてこない。


 佐藤は不安に襲われる。まさかヤツらの目的地に着いてしまったのだろうか?


 その悪い予感は的中する。トランクが開き、スキンヘッドとアフロの男の姿が目に飛び込んできた。


「トランクから降りろ」スキンヘッドの男が命令する。


 佐藤は自分の手首を縛る縄が緩んでいるのを悟らせないように、背中を見せないよう慎重にトランクから降りた。


 目の前には二階建ての寂れた建物があり、学校の運動場ほどの敷地には、鉄骨やコンクリートブロックなどの資材らしき物が積まれていた。どうやらここはなにかの工場のようで、まわりにも似たような建物がいくつかあった。だがそれらの建物には明かりは灯っておらず、助けを求めることができないのがわかる。


 町外れにある工場地帯か、と佐藤は思った。ここなら自分がいくら騒いでも、人に見つかる可能性はとても低い。非常にまずい事態だ。


「ついてきな」アフロの男が言った。


 二人に肩を掴まれながら佐藤は工場へと連行された。ドアを開けて中に入ると、そこには機械や工具がひしめく作業場で、そこを通り抜けて奥へと向かう。


 歩きながら佐藤は逃げ出すチャンスをうかがっていた。自分の手首を締める縄はいつでも外せるし、それにさっきトランクから降りたとき車内をちらりと見たが、キーが差しっぱなしになっていた。


 準備は整った。


 後はこいつらの気をそらさなければならない。だが焦ってはダメだ。なにせ相手は二人とも拳銃を所持している。一人ならまだしも、拳銃を持った二人から逃走するとなると、かなり難しくなる。逃走中に被弾してしまうだろう。運良く致命傷は避けたとしても、逆上した二人から何をされるかわからない。最悪殺されてしまうかもしれない。


 佐藤が二人に連れられて奥の部屋に足を踏み入れると、信じられないものを目にしてしまう。そこは事務所として使用しているらしく、部屋の中央にはソファーにテーブル、テレビなどがあり、ここで遊んでいたのかゲーム機が置いてある。そして奥には事務机があり、頭に布をかぶせられ両手両足を縛られた女が座っていた。その女はフォークロアのワンピースを着ており、ボディーワイヤーのアクセサリーをいくつも付けている。


 アカネ!


 佐藤は思わず叫んだが、ガムテープで口を塞がれていたためくぐもった声を漏らすことしかできなかった。


「何だあの女?」アフロの男が言った。


 あれはアカネかも知れない、と佐藤は声にならない声で必死に訴える。妻が生きていると誘拐犯に言われた時は半信半疑だった。だがもし死んだと思っていた妻が実は生きており、何らかの方法で車のトランクから脱出し、そして誘拐されたとしたら。可能性としてはほぼないだろうが、でもそうじゃないと、目の前にいるアカネらしき人物に説明がつかない。


「うるせえな」スキンヘッドの男が佐藤の口に貼られたガムテープを乱暴にはがす。「何か言いたい事でもあるのか」


「あ、あれはアカネかもしれない」


「アカネ?」アフロの男が眉根にシワを寄せた。「もしかして誘拐された、お前の奥さんのアカネちゃんのことかな?」


「ああ、そうだ」佐藤はうなづく。「どうしてかわからないが、アカネが生きてここにいる」


 二人の男はお互いに顔を見交わすと、静かにうなずいた。


「俺が確かめてくる」


 スキンヘッドの男はそう告げると、部屋を斜めに横切るようにして女に近づいて行く。そして女にかぶせられた布を取ろうとしたそのとき、部屋の奥のドアが開き、宅配業者の格好をしたガラの悪い金髪の男が出てきた。


「てめえ、何してんだよ」金髪の男がスキンヘッドの男をにらみつける。「勝手に触ってんじゃねえよバカ」


 スキンヘッドの男は手を止めると、相手をにらみ返す。二人はアカネがいる事務机を挟んで対峙する。


「お前何者だ?」スキンヘッドの男が訊いた。


「お前こそ誰だよ?」金髪の男はそう言うと、こちらに顔を向ける。「っていうか、お前らも誰だよ?」


 緊張感が高まるなか、トイレの流れる音が響いた。そして部屋の手前側、佐藤たちがいる場所とは反対側のドアが開き、これまた宅配業者の格好をしたガラの悪い茶髪の男が出てきた。


「何だこれは?」茶髪の男は困惑している。「どういう状況だよ」


 お互いがお互いに顔を見やり、状況を理解しようとしている。金髪と茶髪の男達も、佐藤が縛られているのを見て、何やら察したような表情になる。ここに来たヤツらも何やら訳ありみたいだ、とでも思っているのだろうか。


 不気味な沈黙が訪れる。


「まさかこいつら……」妻を誘拐したヤツらか。「そんな偶然……」


 佐藤のその言葉を受けて、アフロの男が渋い顔で口を開いた。

「確かめるしかないな」


 アフロの男は懐から佐藤から奪った携帯電話を取り出すと、電話をかけ始める。すると金髪の男の方から着信音が聞こえはじめた。


 金髪の男はアフロの男に顔を向け、次いで茶髪の男に視線を据える。茶髪の男はゆっくりとうなづいた。


 一同の間に走る緊張が一気に高まった。


 金髪の男はズボンのポケットから携帯電話を取り出す。その携帯電話に佐藤は見覚えがあった。あれは妻が持っていた物と同じ機種にたくさんのストラップ。だとするとやはり……。


「ヤツからの電話だ」金髪の男は携帯電話の画面を見つめながら、茶髪の男にもわかるよう声を大にする。


 次の行動で疑いは確信へと変わる、と佐藤は思った。その時は、とんでもないことになるに違いない。


 金髪の男が携帯電話を耳にあて、そして通話ボタンを押した。


「もしもし聞こえているか?」アフロの男が言った。


「ああ、聞こえているぜ」金髪の男が言った。


 次の瞬間、佐藤をのぞく全員の男達が素早い動きで懐から拳銃を取り出すと、相手に銃口を向ける。


「てめえ動くんじゃねえ!」スキンヘッドの男が茶髪の男に拳銃を向ける。


「お前こそ動くな!」金髪の男がスキンヘッドの男に拳銃を向けた。


「相棒を撃ったら撃ち殺すぞ!」アフロの男が金髪の男に拳銃を向ける。


「それはこっちのセリフだ」茶髪の男がアフロの男に拳銃を向ける。「少しでも動いてみろ、ぶっ殺してやる!」


 相手に向けた銃口が一周し、自分へと戻ってくるという奇妙な図ができあがった。四人は険しい表情で敵をにらみつけている。


「よくも貴様ら誘拐の邪魔をしてくれたな!」茶髪の男はそう言うと、佐藤に視線を向ける。「ということは、その男が佐藤コウジだな」


「邪魔したのはお前らだろうがよ!」アフロの男はそう言うと、女に視線を向ける。「お前ら恥ずかしくないのかよ。誘拐するのにか弱い女をさらうなんて反吐がでる。誘拐するなら男にしろ」


「悪いがそんな紳士的な心は持ち合わせてなくてね」金髪の男が言った。「ぶっ殺されたくなかったら、その拳銃を下ろせハゲ頭」


「バカかお前は」スキンヘッドの男が言った。「死ぬなんて怖くねえよ。撃てるもんなら撃ってみやがれ。その瞬間、お前の仲間も道連れにしてやるからな」


「俺を撃つだと」茶髪の男が言った。「撃った瞬間、このアフロが死ぬぞ」


「殺れるもんなら殺ってみろ!」アフロの男が叫んだ。「この金髪野郎を地獄に道連れにしてやる」


 四人はうかつに拳銃が撃てない状態に陥ってしまった。撃ってしまえば仲間が死ぬ。下手すると、その銃弾は回り回って自分に返ってくるかもしれない。


 しばしの間、再び沈黙が訪れた。


 佐藤はこの珍妙な拳銃の突きつけ合いを呆然と見守っていたが、やがてあることに気がついた。


 今なら逃げ出せるのでは?


 佐藤は四人の男達を順繰りに見ると、女に視線を向けた。アカネが生きていて捕まっている。助けるのか? いや、この状況で助けに行くのは無理だ。それに妻は死んだはずだ。だが生きて捕まっている。もう何がなんだが、わけがわからない。とりあえずここを逃げ出して警察に通報しよう。彼女の事は警察がなんとかしてくれるはずだ。


 佐藤はゆっくりと後ずさり、入り口のドアへと向かう。


「おい何してやがるお前」スキンヘッドの男が言った。「茶髪野郎、佐藤が逃げられないよう、あいつの足を撃て」


「ふざけんな!」茶髪の男が怒鳴った。「その瞬間、てめえが俺を撃つに決まってる。そしたらアフロが俺の仲間を殺し、お前らは無事この危機を脱出ってか。お断りだね」


「おい佐藤さんよ」アフロの男が言った。「奥さんを置いて逃げるのか。それでもお前は男なのか」


「アフロの言葉は無視しろ」金髪の男が言った。「お前が逃げてくれれば、身代金を要求する相手ができる。こいつらを始末したら連絡するから準備しておけよ」


 佐藤はドアをくぐると、一気に駆け出す。両手首に巻かれた縄をほどきながら作業場を突っ切ると、外に停まっていた自分の車に乗り込んだ。


「やった、やったぞ!」


 興奮気味にそう言うと、急いでキーを回しエンジンを掛けた。そしてアクセルを踏むと車を急発進させ、工場からの脱出に成功する。

 佐藤は安堵のため息をつくと、警察に通報しようとポケットをあさぐる。


「しまっった! 携帯電話は取られたままだった」


 携帯電話が普及しはじめたおかげで、電話ボックスが年々減ってきている。最近では町中で見かけるのも少なくなってきた。こんな町外れの場所では、電話ボックスを見つけるのは困難だろう。もしこのまま携帯電話が普及し続ければ、町中から電話ボックスは消えてしまうのでは。


「とにかく電話ボックスを探して警察に通報しなければ」


 佐藤は電話ボックスを探し求め、町方面へと車を走らせ続ける。

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