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第一幕 第四場

 佐藤コウジが家を出ておよそ十分。彼が運転する車はホームセンターの地下駐車場へと下りていく。地下駐車場はがらんとしており、停まっている車は数台程度だった。


 好都合だな、と佐藤は思った。死体を埋めるのに必要なシャベルや道具を手に入れるためにホームセンターへと来たが、死体を載せた車をひとけのある地上駐車場へと停めるのは気が引けていた。死体はトランクに載せてあるのだから、人の目に触れることはないが、もしなんらかの問題が生じ、見つかる可能性はないとは言い切れない。石橋を叩きすぎている気もするが、このくらいの慎重さで行動しなければならない。いつ不測の事態に陥るのかわからないのだからな。


 佐藤は車を駐車すると、ホームセンターへと足を踏み入れ、エレベーターのボタンを押した。ホームセンターの地下は駐車場のみで、買い物のために上に行く必要があったからだ。


 死体を載せた車から目を離しているのはとても不安だ、と佐藤は思った。一刻も早く早く買い物を済ませて戻らなければいけない。その思いのせいか、エレベーターが来るほんの十数秒が、とても長く感じられた。


 エレベーターが到着すると乗り込み、すぐさまボタンを押した。ゆっくりとエレベーターが上昇していく。


 佐藤はエレベーター内に取り付けられた鏡に目を向ける。鏡に映る自分の顔はとてもやつれており、老け込んだように見える。まるで死の宣告を受けた病人のようだ。


 死の宣告。


 それは一九九九年七月に人類が滅びると本気で思っている人々にとっては、ノストラダムスの予言はそれと同じだろう。余命を告げられた人間は残された時間を有意義に使おうとする。妻のアカネは自分の金を湯水のように使い、贅沢三昧だった。ノストラダムスの予言が的中し、人類滅亡するはずないのに。


 だがしかし、人類滅亡はしないがアカネは死んでしまった。彼女だけにならノストラダムスの予言は的中したと言えるな、と佐藤は思わず苦笑する。


 エレベーターの扉が開き外へ出ると、店内にはもはや聞き飽きている『だんご三兄弟』の歌が流れていた。だんご三兄弟はNHKの教育番組である『おかあさんといっしょ』で歌われている曲で、その人気はCDが発売されるや、あっと言う間にミリオンセラーになるほどのものだった。そのため、どこもかしこもだんご三兄弟の曲を頻繁に流している。


 さすがにこう何度も聞かされると嫌になってくる、と佐藤は感じた。ノストラダムスとともにこのブームが早く終わってしまえばいいのに。


 そんなことを考えながら佐藤はカートを手にし、店内をまわり必要な物をそろえていく。シャベルに軍手、死体を巻いておくための毛布や懐中電灯、それに水と少しの食料。


 佐藤が店内をまわっていると、ある物が目に入った。それは『ファービー人形』と呼ばれるおもちゃで、映画グレムリンに登場するギズモのような姿をしている。これもまた流行っているらしく、妻のアカネがほしがっていたのをおぼえている。正直この人形がしゃべる姿は気持ち悪く、どうにも好きになれない。


 カートを押してレジに向かっていると、佐藤の目の前を子供がものすごい勢いで横切った。思わず足を止め、子供の姿を目で追う。その子供は『キックボード』という名の乗り物に乗っていた。それはスケートボードの先端にハンドルを取り付けた物で、これまた流行っているらしい。子供だけではなく若者にも人気で、さらには都心では通勤に使用するサラリーマンもいるという話だ。


 佐藤は再びカートを押してレジへと向かうと、かなりの人がレジ待ちしていた。しかも大量の商品を抱えて。これでは時間がかかってしまう。


 急いでいるのに、と佐藤は心の中でぼやきながらも、焦る気持ちを頭から締め出そうと努める。冷静に行動しろ、焦りはミスを引き起こすから禁物だ。これから先は不測の事態が起こっても、動じてはいけない。


 レジ待ちしていると、佐藤の前に並んでいる親子連れの会話が聞こえてきた。どうやら子供が『アイボ』をねだっているらしい。だが親の方は高くて無理だと言っている。それもそのはずだ。ソニーから発売された電子ペットであるアイボは、その値段なんと二十五万円もする。にもかかわらず予約開始わずか数十分で、三千台ものアイボが完売しまうという人気っぷりだ。どうしてあんな犬型ロボットが売れるのか、佐藤には理解しがたかった。


 そんなことを思いながらレジ待ちしていると、ようやく自分の番がまわってきた。手早く会計を済ませると、荷物をもってエレベーターへと向かう。


 ボタンを押してエレベーターに乗り込み、再び鏡をのぞいてみると、そこにはいくらか表情が和らいだ自分の顔が映っている。どうやら買い物をすることで、少しは気分を紛らわせることができたらしい。


 ため息とともにエレベーターが下降していく。準備はすべて整った。あとは死体を埋めるだけだ。


 エレベーターのドアが開き、佐藤は外に出ると自分の車へと急いだ。トランクに死体の入ったスーツケースが載っているので、買ってきた荷物は後部座席に置いた。


 佐藤は車に乗り込むとエンジンを掛け、アクセルを踏んだ。そして地下駐車場から地上へと移動していると、自分の車とよく似たタイプの黒い乗用車とすれ違った。気のせいかその車のフロントがへこんでいるように見えたが、一瞬だったのでそれが確かかどうか、彼にはわからなかった。


 別に気にすることでもない、と佐藤は思った。いま気にするべきことはトランクに入った妻の死体のことだけだ。


 そんなことを考えながら地上へ出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。車についている時計に目をやると、時刻は午後七時を回ったところだった。


 買い物にだいぶ時間を食ってしまったな。だが急ぐ必要はない。焦りは禁物だ。


 佐藤は安全運転で車を走らせた。

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