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第二幕 第二十四場

 町外れにある町工場に、車上荒らしと瀕死の眼鏡の男を乗せた白いワゴン車が到着した。


「やっとついたな」清水ヒロトは言った。


「さっき変な黒い車にクラクションを鳴らされていたけど、あれ無視してよかったんだよな清水」永井タケルが訊いた。


「あたりまえだろ。俺達はこれ以上の面倒ごとに巻き込まれるのはもうごめんだぜ」


「そう思うんなら、後ろの男なんて放っておけばいいんだよ」


「まだその話を蒸し返すのかお前は。彼は天国への切符だと言っただろ」


「なら今すぐあの世に送ってやろうか」背後からぞっとするような声が響いた。「おっと動くなよ。動いたら撃ち殺すぞ」


 二人は目だけ動かしてバックミラーを覗き込む。すると後部座席で死にかけていたはずの眼鏡の男が二丁の猟銃を両手に持ち、その銃口を清水と永井の頭に向けている。


「おめざめかな」清水が場の空気を和ませようと明るく言った。「気分はどうだい?」


「最悪だよ」眼鏡をかけた男は血が混じったつばを吐き捨てた。「よくも僕を轢いてくれたな」


 またしても最悪の事態だ、と清水は思った。せっかく助けようとした男が自分たちのことを勘違いしている。どうやらこの男は車に轢かれた後に車のトランクに載せられたようで、それを救出してやったというのに、自分達が轢いたと思い込んでいる。


「なあ、何か勘違いしているようだが、俺たちはお前を車で轢いたりなんかしていないんだよ」永井が説得する。「むしろ大ケガをしているお前を助けようとしているんだぜ」


「そんな話信じるかよ」眼鏡の男は語気を鋭くさせる。「てめーはさっきからこの僕を見捨てろだろ、なんやろ散々言ってくれたな」


「あっ、意識があったんだ……」


「そっちの男は僕を助けようとしてくれたみたいだけど、もう遅い」眼鏡の男は清水をにらみつける。「自分の保身ばかり考えて病院に直行しなかった。つまりは初めから助けるつもりなどなかった。それもそうだよな。自ら轢いた相手を病院に連れて行けば、警察に通報されて捕まるもんな」


「落ち着けよ」清水はなんとか笑顔を浮かべる。「俺たちは本当にお前さんを轢いたりなんかしていないんだ」


「言い訳はもういい。よくも俺とヒメの大事な時間を奪ってくれたな。それは死に価するほどの罪だ」


「待て落ち着けって」永井がなだめる。「その引き金を引くとお前は殺人の罪で捕まるぞ」


「それがどうした。そんなことぐらいで僕が引き下がるとでも思ったのか」


 どうやらこの男は訊く耳を持たないようだ、と清水は思った。このままでは撃ち殺されてしまう。どうにかして、この危機を乗り越えなければならない。ノストラダムスの予言通り人類が滅びるというのに、こんなつまんない最後はごめんだ。


「取引しようじゃないか」清水は提案する。「お前を治療してやる。そのかわり俺たちを見逃してくれ」


「断る」眼鏡の男はきっぱりと言い切った。「僕はお前たちを殺して、その足で病院に向かう事にするよ」


「なんて恩知らずのヤツなんだ」永井はしぶい顔つきになる。「やっぱり見捨てておけばよかったんだ。それなのにお前がこの死に損ないを拾ってくるから、こんな目に遭う」


「ちょっと待てよ。俺のせいなのか」清水が抗議の声をあげた。


「ああ、そうだ。こんな死に損ない、そのままトランクに放置しておけば良かったんだ」


「ふざけんなよ。お前が銃なんて拾ってこなければ、俺たちはこんな状況に追いつめられることなんてなかった」


「お前がこの男を拾ってこなければ、その銃を突きつけられる事もなかった」


「ごちゃごちゃうるさいなお前ら」眼鏡の男が割って入る。「最後のお祈りはすませたのか。今際の言葉がそんなんでいいのか。いいんだったら引き金を引くぜ」


 清水は顔をしかめた。ここまでなのか俺の人生は。せっかく楽しくその最後を全うしようとしていたのに、ここで撃ち殺されるなんてとことんツイてない。最悪の幕切れになってしまった。


「じゃあな、あばよ」

 眼鏡の男はそう言って猟銃の引き金を引いたが、カチャと乾いた音が響くだけだった。


 清水と永井は、眼鏡の男が戸惑いながら何度も引き金を引く姿を見守る。


「どうやらお前が撃ったのが最後の弾だったようだな」清水が言った。


「あの手のタイプの猟銃は弾丸が二発しか装填できないからな。どうやら俺が撃つ前に、すでに誰かが撃っていたらしい」


「とことんツイてないと思っていたが、ここにきて運が戻ってきたな」


「さてとどうする?」


「そんなの決まっているだろ」清水は得意げに眉毛を踊らせた。


「いいのか。非暴力主義者なんだろ?」永井がそう言ってニヤついた笑みを見せる。


「前にも言ったろ。自分たちの身を守るためなら、やむなく暴力を使うって」


「ならしかたない。今がその時だ」


「ああ、そうだな」


 二人は車を降りると後部座席のドアを開き、怯えた表情の眼鏡の男と向きあう。


「ちょっと待ってくれ。ほんの出来心なんだ。ちょっとした冗談なんだよ。だから助けてくれよ」眼鏡の男は懇願する。「本当に悪かった。謝るから許してくれ」


「誰にだって間違いはある。気にするな」永井が言った。


「大丈夫、殺したりはしない」清水は慈愛に満ちた笑みを浮かべる。「君は俺たちの天国の切符だからな。そのかわり反抗できないよう少しだけ痛めつけるだけだ。その後にゆっくりと治療してやるよ。でも俺たちは素人だからそこまで期待はしないでくれ。助かるかどうかは君の運次第だ」


「やめれくれ!」眼鏡の男は泣き叫んだ。


 ふたりは抵抗する眼鏡の男を無理矢理車から引きずり下ろし始める。

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