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第二幕 第二十三場

 鈴木ヒメコは朦朧とした意識の中でまどろんでいた。

 いったい自分はどこにいるのだろう、とヒメコは思った。体の感覚が鈍く、たゆたうようにして宙に浮かんでいるような、そんな不思議な感覚だ。


 あたりは真っ暗で星が瞬いている。


 とても綺麗な星空だ、ヒメコは感じた。しかもその星がゆっくりと動いている。まるでプラネタリウムで早回しの夜空を見ているようだ。


 ヒメコが見入っていると、夜空に巨大な光る物体が現れた。それはこちらに近づくにつれて、その姿をどんどんと大きくさせる。


 隕石だ!


 ついにノストラダムスの予言の日が来たんだわ。地球に隕石が衝突し人類は滅ぶ。逃れられない運命。


 ヒメコはそれを受け入れた。自分には死を受け入れる覚悟がある。だから悔いのないよう残された人生を遊び尽くしてきたんだ。


 ヒメコはゆっくりと目を閉じると、さよならと口にした。


 次の瞬間、耳をつんざくような轟音が響き、ヒメコは我に返った。


 意識を取り戻し目を開けると、そこは依然として真っ暗闇だが星は見えない。そのかわり顔に布があたる感触がある。何かしゃべろうとするが口が開かない。どうやらガムテープらしきもので口を閉ざされている。立ち上がろうとするも、両手両足が結ばれているらしく動けない。


 何があったの?


 ヒメコは後頭部が痛む頭で考え始める。たしか自分はアカネの家に忘れ物を届けるために向かって……そうだ、そこで男達に襲われたんだ。金髪と茶髪の不良どもに襲われて、それからどうなった?


 後頭部がうずきヒメコは顔を歪める。


 思い出した、どちらかに後ろから頭を殴られたんだ。その後の記憶はまったくない。そこで気絶してしまったのね。


 ヒメコは耳をそばだてた。何も物音は聞こえない。そのかわりなぜか火薬のようなニオイがただよっている。誰かが変わったタバコでも吸っていたのであろうか?


 さっきよりも集中して耳をそばだてる。そして人の気配がないとわかると、ヒメコは腕を縛る縄をほどこうと躍起になる。


 あの男達がいない今がチャンスだ。早くこの縄をほどいて逃げ出さないといけない。このままここにいたら、あの男達に何をされるのかわかったもんじゃない。想像しただけでおぞましくなる。


 そんなことを考えていると、だんだんと縄がゆるんでくる。


 いい調子だわ、とヒメコは思った。あいつらが戻ってくる前にこの縄を外して逃げ出すのよ。そして警察に通報して捕まえてやるんだから。おぼえてなさいよ、残された貴重な時間を奪った罪は重いわよ。


 腕を縛る縄がほどけると、急いで頭にかぶせられた布をとった。そして次の瞬間、己の目に飛び込んできた光景に呆然とする。


 事務所らしき部屋の角にはそれぞれ死体が一つずつ、計四つの死体が頭から血を流して転がっている。自分を襲ったと思われる金髪と茶髪の男以外にも、アフロとスキンヘッドの男の死体があった。


 ヒメコは口に貼られたガムテープを剥がした。「……何があったの?」


 足の縄をほどくと立ち上がり、今一度あたりを見まわす。転がっているどの男たちの死体にも拳銃が握られており、どの死体も頭を打ち抜かれている。


「殺し合いでもあったの?」


 撃たれた時の血しぶきの跡から推察すると、金髪の男がスキンヘッドの男を撃ち、スキンヘッドの男が茶髪の男を撃ち、茶髪の男がアフロの男を撃ち、そして最後にアフロの男が金髪の男を撃っているようにしか考えられない。


 だがこんなことがあるのだろうか、とヒメコは思った。部屋の四隅にそれぞれが立ち、部屋を一周するようにして相手の頭を拳銃で狙う。そして全員が一瞬のずれもなく、同じタイミングで発砲する。そうでなければこの状況はありえない。この四人はどうしてこんなことをしたのだろうか?


「これってまさか集団自殺?」


 なぜこの男たちは自殺なんてしたのだろうか? もしかするとこの四人もノストラダムスの予言を信じていたのかもしれない。それで巨大隕石が地球に衝突して、人類が滅ぶのが恐ろしくなったんだわ。だからその前に自殺をしようと実行したのかもしれない。


 なんてバカな男たちだ、とヒメコは思った。滅亡の日が来る前に命を絶つより、それまでの間、全力で遊び尽くすのが賢い人間のやり方だ。


 不意に外から車の音が聞こえてきた。


「誰か来る!」


 ヒメコはスキンヘッドの男の手から拳銃を取り、次いで金髪の男の手から拳銃を取ると、事務机の陰に身を隠した。


 誰だかわからないが、ここにやってくるかもしれない。もしそうなら、ここに転がっている死体の男たちの仲間だ。自分を襲ってきた金髪と茶髪の仲間なら、また私に危害を加えてくる可能性がある。


「来るなら来なさい。この銃で追っ払ってやる」


 ヒメコは両手に銃を構え決意を固めると、息をひそめてその時が来るのを静かに待ち構えた。

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