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第二幕 第二十二場

 町外れにある町工場に宅配業者に扮した車が到着した。


 金髪の男である阿部シュンが車を降りると、それに続いて茶髪の男である浜田ダイチも車を降りた。二人は車のトランクを開けると、気絶している女に視線を向けた。抵抗できないように両手両足を縛り、口にガムテープを貼って頭から布をかぶせてある。


「まだ意識は回復していないようだな」浜田は言った。


「好都合だ。目を覚ましてまた暴れたら、やっかいだからな。それにまた股間をやられたら、今度は怒りで撃ち殺してしまうぞ俺は」


「そんなバカなことはするなよ。大事な人質なんだからよ」


「わかってる。冗談だよ」


「よし、行こうぜ」


「ああ」


 浜田が女を担ぐと、誘拐犯のふたりは工場の中に入り、明かりを点けながら奥にある事務所へと向かった。


「誰もいないのか?」浜田は事務所を見回す。「先輩達はどこだ?」


「先輩達なら今は外出中だ」


「なら帰って来るまでここで待つか?」


「もちろんそのつもりだ」阿部はうなづいた。


 浜田は事務机のイスに女を座らせると、ほっと一息つく。これでしばらくは休憩できるな。


「あっ、そうだ浜田、俺コーヒーいれるけどお前も飲むか?」


「ああ、俺の分も頼むよ」


「わかった」


 阿部が事務所の奥にあるドアを開けてキッチンへと姿を消すと、浜田はトイレへと向かった。中に入ると便座を下ろし、そこに腰掛ける。


 しかし大変な事になったな、と浜田は思った。誘拐に成功したのに、身代金を要求する相手をどこかのバカに誘拐されてしまった。最悪の偶然だ。どうにか向こうの誘拐犯を特定する情報を集めなければ。そうすれば相手を奇襲して、捕まっていた人質を取り返す事ができる。


 顔も名前もわからない相手を見つけるのはとても難しいが、先輩達なら可能かもしれない。なんせ先輩達は車上荒らしだけではなく、ヤクの売人もやっている。その顧客の中には誘拐を企むような悪党がいるかもしれない。そいつの情報さえ手に入れれば、俺達の誘拐計画は持ち直せる。


 そんなことを考えながら用を足していると、ドアの向こうからくぐもった声が聞こえてきた。どうやら何かを話しているらしく、先輩達が帰ってきたみたいだ。


 浜田は用を済ますとトイレを流し、ドアを開けて事務所へと戻る。すると目の前にはアフロの男と腕を縛られたジャージ姿の男が立っており、横を向くと事務机の側にスキンヘッドの男が立っていた。わけがわからず対角線上にいる阿部に顔を向けた。


「何だこれは?」浜田は困惑した口調で言った。「どういう状況だよ」


 阿部は当惑した様子で首を小さく横に振った。


 いったい何がどうなっているんだ、と浜田は思った。このアフロとスキンヘッドの男は何者だ? そしてなぜジャージの男は両手を後ろで縛られている? まるでこいつらに捕まっているようだ。


 ……捕まっている!


 浜田はジャージの男を見つめる。三十代半ばぐらいの男だろうか。そしてその年齢というのは、俺達が脅迫する相手である佐藤コウジと一致する。まさかこいつらが誘拐犯なのか。だとしたら、どうしてここに来たんだ?


 どうやら向こうもこの状況は寝耳に水だったらしく、最初は慌てていたが、自分達が女を誘拐していることに気づいたらしく、何やらふたりとも悟ったような顔つきになっている。おそらく向こうも感づいている。


 だがお互いにそうであるという確証がない、と浜田は思った。お互いがお互いの脅迫相手を誘拐したという決め手が欲しい。


「まさかこいつら……」ジャージの男がつぶやいた。「そんな偶然……」


「確かめるしかないな」アフロの男がきびしい顔つきでそう言った。


 何をするとつもりだ、と浜田は思った。確かめる方法があるのか?


 アフロの男は懐から携帯電話を取り出すと、電話をかけ始めた。すると阿倍のポケットから着信音が聞こえ始めた。


 阿部はアフロの男に顔を向けると、すぐにこちらに視線をよこした。


 わかってる。心の中でそう言いながら浜田はうなずいた。こいつらが誘拐犯だったらぶっ殺してやるんだな。


 阿部がズボンのポケットから奪った女の携帯電話を取り出すと、その表示画面を見つめる。


 浜田は懐からいつでも拳銃を取り出せるよう身構えた。


「ヤツからの電話だ」阿部が浜田に聞こえるよう大声で言った。


 その瞬間、この場にいた全員に緊張が走る。


 阿部は携帯電話を耳に当てると、通話ボタンを押した。


「もしもし聞こえているか?」アフロの男が質問する。


「ああ、聞こえているぜ」阿部が答えた。


 こいつらが誘拐犯だ!


 四人全員が一斉に銃を抜いた。


「てめえ動くんじゃねえ!」スキンヘッドの男が浜田に拳銃を向けた。


「お前こそ動くな!」阿部は浜田を狙うスキンヘッドの男に拳銃を向ける。


「相棒を撃ったら撃ち殺すぞ!」アフロの男が阿部に拳銃を向けた。


「それはこっちのセリフだ」浜田が目の前にいたアフロの男に拳銃を向ける。「少しでも動いてみろ、ぶっ殺してやる!」


 相手に向けた銃口が一周して、自分へと返ってきてしまう奇妙な図が完成する。


「よくも貴様ら誘拐の邪魔をしてくれたな!」浜田はそう言うと、ジャージの男に顔を向ける。「ということは、その男が佐藤コウジだな」


「邪魔したのはお前らだろうがよ!」アフロの男はそう言うと、女を見る。「お前ら恥ずかしくないのかよ。誘拐するのにか弱い女をさらうなんて反吐がでる。誘拐するなら男にしろ」


「悪いがそんな紳士的な心は持ち合わせてなくてね」阿部が言い返した。「ぶっ殺されたくなかったら、その拳銃を下ろせハゲ頭」


「バカかお前は」スキンヘッドの男が言う。「死ぬなんて怖くねえよ。撃てるもんなら撃ってみやがれ。その瞬間、お前の仲間も道連れにしてやるからな」


「俺を撃つだと」浜田は怒りでどうにかなりそうだった。「撃った瞬間、このアフロが死ぬぞ」


「殺れるもんなら殺ってみろ!」アフロの男が叫んだ。「この金髪野郎を地獄に道連れにしてやる」


 うかつに手が出せない状態に陥ってしまった、と浜田は思った。あのアフロを撃てば阿部が撃たれてしまうかもしれない。そしたら浜田はスキンヘッドを撃ち、そして撃たれたスキンヘッドが自分に向けて引き金を引く。これでは動けない。


 打開策を見いだせぬまま、沈黙が訪れた。


 四人が相手をにらみつけたまま動けずにいると、ジャージの男がきょろきょろとあたりに目を走らせ、そして捕まっている女を見つめる。


 まずいな、と浜田は感じた。いま自由に動けるのあの男だけだ。このままでは自分達が誘拐した妻を救出されてしまう。


 だが浜田の予想に反し、ジャージの男は入り口のドアへと後ずさる。


「おい何してやがるお前」スキンヘッドの男が言った。「茶髪野郎、佐藤が逃げられないよう、あいつの足を撃て」


「ふざけんな!」浜田は怒りの声をあげる。「その瞬間、てめえが俺を撃つに決まってる。そしたらアフロが俺の仲間を殺し、お前らは無事この危機を脱出ってか。お断りだね」


「おい佐藤さんよ」アフロの男が言った。「奥さんを置いて逃げるのか。それでもお前は男なのか」


「アフロの言葉は無視しろ」阿部が言った。「お前が逃げてくれれば、身代金を要求する相手ができる。こいつらを始末したら連絡するから準備しておけよ」


 そいつは名案だ、と浜田は思った。なるほどこのままあの男が逃げてくれれば、身代金の要求する事ができる。うまい考えだ。


 ジャージの男は身を翻し、工場の事務所から一目散に逃げ出して行った。


「あのクソ野郎」アフロの男の目がぎらつく。「信じらんねえ。自分の奥さんを見捨てやがった。最低の男だ」


「いいや、懸命な判断だ」阿部が満足げにうなずく。「これで俺達はあの男から身代金をふんだくれる」


「お前はバカなのか金髪野郎!」スキンヘッドの男が怒鳴った。「あの男が逃げ出して、まず最初にする事は何だと思う」


「身代金の準備に決まってるだろハゲ」阿部に代わって浜田が答える。


「お前らふたりバカなのか」アフロの男があきれ顔で言う。「逃げ出して真っ先にやることは、警察に俺たちの事を通報することに決まってるだろ。それくらいもわかんないのかよ」


 その言葉を聞いた浜田と阿部のふたりが大きく口を開いた。ふたりは互いに顔を見交わし、困り果てた表情を見せつける。


 非常にまずい事態だ、と浜田は思った。このままではやっかいなことになる。なぜあのとき、スキンヘッドの言う通りに男の足を撃っておかなかったんだ。


「ようやくこの状況の意味を理解したようだな」スキンヘッドの男が言った。「俺達は下手に動けないし、だからといってこのままだと駆けつけた警察に捕まっちまう」


「どうだいふたりとも、ここは一旦銃を下ろさないか」アフロの男が提案する。「そしてここから別の場所に移動して、試合再開といこうじゃないか」


「だまされないぞ」阿部が言った。「俺達が銃を下ろした瞬間、お前らが俺達を撃ち殺すに決まっている」


「ならみんな一斉に銃を下ろそう」スキンヘッドの男も提案する。「三、二、一の合図で全員銃を下ろして服の中にしまうんだ。それならいいだろ」


 浜田と阿部の二人は苦渋に満ちた表情でお互いを見ている。


「おい時間がないんだ。だんまりはなしだぜ」アフロの男が言った。


「俺達の提案に乗るか、それともここで戦争を始めるかどっちなんだ」スキンヘッドの男が催促する。「警察が来る前に早く決めてくれないと、全員ゲームオーバーだぞ」


 阿部は浜田を見つめながら、その口元をわずかに歪めた。まるで俺の考えている事がわかるだろ、とでもいいたげに。


 そして浜田には阿部が何を考えているかがわかっていた。浜田も少しばかり口元をにやりとさせてうなずいた。


「わかった。提案に乗るよ」阿部が言った。


「よし、それじゃあいくぞ」スキンヘッドの男が言った。「三、二——」


「ちょっと待った」浜田が遮る。


「何だよ。時間がないんだぞ」アフロの男が苛立つ。


「三、二、一の一のタイミングで下ろすのか、それとも三、二、一の一を言い終わってからの次のタイミングで下ろすのか、どっちなんだ?」浜田が訊いた。


「細かいなお前は」スキンヘッドの男が顔をしかめる。


「だって大事な事だろ。一瞬でも銃を下ろすタイミングが違ったら命取りになる」


「わかったこうしよう」アフロの男が言った。「三、二、一、ハイで下ろそう。このハイのタイミングで下ろすんだぞ。絶対に間違えるなよ」


「そいついいね。ハイになってきたぜ」阿部がニヤついた笑みを浮かべた。


「つまんねえダジャレ言ってないでさっさとやるぞ」スキンヘッドの男が言った。「準備はいいな?」


 一同がうなずきで返した。


「それじゃあ、はじめるぞ」


 全員が声をそろえて数え始める。「三、二、一」


 次の瞬間、全員が引き金を引いた。

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