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第二幕 第二十場

 白いワゴン車が町から遠ざかって行く。その車の中には、車上荒らしである清水ヒロトと永井タケルが乗っている。そしてその後部座席には、頭から血を流し意識のない眼鏡の男と二丁の猟銃の姿があった。


「銃をぶっぱなすバカがいるかよ!」助手席に座る清水が怒りの声をあげた。


「もういいだろその話は」運転する永井はうんざりといった様子だ。「俺が悪かったよ」


「ったく、どうしてこうもツイてないんだ。死体は戻せなかったし、早く男を助けないといけない。ほんとに面倒くさい事になった」


「面倒くさいと思うなら、男なんて放っておけばよかったんだよ。それなのにわざわざ連れて帰るんだから信じらんねえ」


「永井、お前は後ろの男を見てかわいそうと思わないのか?」


「ああ、かわいそうだな。だが俺たちはこんな死に損ないにかまっている暇はないんだよ」


 永井は重いため息をついた。とてつもなくひどい夜だ。死体なんか拾ったせいで、おかしなことになっている。

 そんなことを考えていると、後方からサイレンを鳴らしたパトカーが姿を現した。


「まずい警察だ!」清水が叫んだ。「お前が車を飛ばしすぎるから目をつけられたんだ」


「嘘だろ、おい!」


「今ここで捕まったら確実にアウトだぞ。血だらけの男に銃に、それに死体。どういいわけしてもムショ行きだ」


 永井はアクセルを踏みスピードを上げて逃げようとするも、すぐさま猛スピードのパトカーに追いつかれ、そして抜き去られた。

 ふたりは前方の闇へと消えて行くパトカーの明かりを見つめながら、安堵のため息をついた。


「……俺たちじゃなかった」永井が額に浮き出た冷や汗を拭った。「清水、お前があんなこというからビビったぞ」


「あの状況じゃ、誰だって勘違いするだろ。一応念のためスピードは落としておけ」


「大丈夫だよ。こんなこと滅多には——」

 再びパトカーのサイレンが聞こえて来た。


「滅多にあるようだな」清水が勝ち誇ったように言う。


「そうらしい」


 永井が車のスピードを落とすと、後方の闇からパトカーが現れ、そして前方の闇へと飲まれていった。


「なんだかやけにパトカーが多いな」永井は言った。「何かあったのか?」


「誰かが事件でも起こしたんじゃないのか」


「事件って?」


「さあ、それはわからない。けどこれ聞いてみろ」


 清水がそう言って窓ガラスを下ろすと、遠くからいくつものパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。


「こいつはとんでもない凶悪事件に違いないな」永井は耳をすませながら言った。


「きっと銀行強盗でもした輩が、警察相手に楯突いているんじゃないの」


「どうしてわかった。まさか本当にサイコメトリーできるのか?」


「ただの当てずっぽだよ。本気にするな、バカみたいだぜ」


 清水にバカ呼ばわりされ、永井は気分を害してしまう。こいつのせいで面倒ごとが増えてやっかいなことになっているのに、その自覚がないのか、このバカは。


「バカにバカって言われたくないね」永井は言い返した。


「俺のどこがバカなんだよ」清水がむっとする。


「俺たちに何の関係ない、後ろの死に損ないの男を拾ってくるあたり、バカとしか言いようがない」


「そんな理由で俺をバカ呼ばわりするなら、マヌケにも銃をぶっぱなしたお前は大バカと呼んでやるよ」


「あれはもう済んだ事だからいいだろ。今の現状を見てみろ。死体をどうにかしないといけないのに、お前は死に損ないを連れてきた。おかげで死体を処分することができないまま、また工場だ」


「どっちみち死体が入っていた車はなくなっていたんだから、元から死体なんて処分できないだろ」


「でもどうにかしないとまずいだろ。このままでは、万が一パトカーに止められでもしたら一貫の終わりだぞ。血だらけの男さえいなければ、どうにか切り抜けられるかもしれないが、お前が連れてきてしまったせいで尋問を受け、そして車内捜索されて死体は見つかり、俺たちは人類最後の日を刑務所で迎えることになる」


「どうしてお前は、あの状況でこの男を見捨てる事ができる?」清水が軽蔑の表情を浮かべて言った。「彼を救ってやって善を積み、死後天国に行きたいと思わないのか?」


「散々車上荒らしをして、悪事を重ねてきたヤツの言うセリフじゃないね。お前の言う通り、死後の世界があるなら俺たちは地獄行きだよ」


「だからこそだよ。だから俺たちはこの男を救うんだ。命を救うということは、それはとてつもない善だ。今までの悪行がチャラになるどころか、おつりがくる」


「お前それ本気で言ってるの?」


「ああ、本気だとも」清水は真顔だった。


 まったく話が噛み合ない、と永井は思った。このままこいつと話を続けても、ただ平行線をたどるだけだ。


「永井、車を止めろ!」清水が不意に叫んだ。


「どうして?」


「いいから早く止めろよ!」


 わけもわからず、永井は言われた通りに車を止め、路肩に停車する。

「これでいいのか清水?」


「ああ」清水はうれしそうにうなずく。「これで俺たちは救われる」


「なんだって?」


「俺たちは救われる」


「何を言っているんだ?」


 清水は不気味な笑みを浮かべ、にやにやと笑っている。

 それを見て永井は、とうとう清水の頭がおかしくなったんだ、と思った。きっとノストラダムスの予言とは、未知の細菌かウイルスによって人々の頭がおかしくなり、やがてゾンビ化する結末になるに違いない。


「清水、お前大丈夫か?」


「大丈夫だとも。それどころかすこぶるご機嫌さ。解決策を見いだした」


「解決策?」


「永井、車の外に出てみろよ。その理由がわかるぜ」そういって清水は車を降りた。


 永井は首を傾げると、しかたなしに車を降りた。そこは薄暗い橋の上で、近くには花束が置かれている。それはここから誰かが飛び降りて死んだ事を暗示していた。


「三大心霊スポットの一つじゃないかここは」

 永井は困惑しながらそう言った。清水と口論しながら車を走らせていたため、自分がここに車を停めた事に今の今まで気がつかなかった。それほど感情的になっていたのだ。


「永井、ここから後ろの荷物を飛び降り自殺させて処分しようぜ」


 永井は目を丸くする。「お前、それ本気で言っているのか」


「ああ、本気さ」


 永井は信じられない思いだった。さっきまであんなにも男を救う事に固執していたくせに、今度は荷物扱いし、自殺に見せかけてここから男を落として殺そうとしている。

「いくら邪魔だからって残酷過ぎるだろ清水。非暴力主義者を掲げておきながら、平気であの男をここから自殺に見せかけて落とすのか。悪いが俺は殺しはごめんだぜ」


「違う違うそうじゃない。彼は俺たちの天国への切符。殺すはずないだろ」


「えっ、違うのか」永井は意外だ、という表情を見せる。


「俺たちがここから捨てるのは女の死体だ。ここなら自殺ってことで処理されるだろ」


 その瞬間、永井は清水の考えを理解し、大きく口を開けた。こいつ天才だ!

「そいつは名案だよ清水」


「そうとわかれば、パトカーに見つかる前にさっさと始めようぜ」


 ふたりはトランクからスーツケースを引きずり出すと、それを開けて女の死体を取り出した。


「この女靴履いてないな」永井は女の素足を見ながら言った。


「しかたがない。靴を置いとかなくても、ここなら自殺にされるはずだ」


 清水が女の両手を、永井が女の両足を掴んで持ち上げると、ゆっくりとその体を揺らし始め、徐々に勢いをつける。そしてその動きが頂点に達した時、ふたりは女を橋の外へと放り投げた。


 次の瞬間、大きな衝撃音とともに車の急ブレーキ音があたりに鳴り響く。


 驚いたふたりが橋の下をのぞくと、白煙をあげて止まる赤い乗用車の数メートル先に、女の死体が落ちていた。どうやら赤い乗用車が運悪く、落下した女を偶然にも轢いてしまったらしい。


 ふたりはお互いに顔を見合わせると静かにうなずき、声をそろえて言う。「逃げよう」


 すぐさま車に乗り込むと、そこから一目散に姿を消した。

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