第二幕 第十九場
のろのろと進む前方の車の列を見つめ、山本ヨウヘイは苛立ちをあらわにしていた。
「なんでこんな時間に、こんな場所で渋滞なんかしているんだよ」
友人である佐藤コウジから連絡が来るまで、ドライブでもしていようと町外れに向かって車を走らせていたら渋滞につかまってしまった。いったい何があったんだ?
しばらく進んで曲がり道に差し掛かり、その先が見えたとき、山本はその理由を理解する。そこには二台のパトカーが回転灯を点けて検問をしていたのだ。
「飲酒運転のチェックでもしているのか?」
面倒な事にまきこまれたな、と山本は思った。こんな場所ではなく居酒屋の多い繁華街近辺で取り締まるべきだ。こんなところでやっても非効率的なのに、無駄な仕事をしている。
やがて山本の番が回ってきた。警察官が車の窓ガラスをノックし、顔を見せろと要求してくる。
「はいはい、わかりましたよ」
山本は窓ガラスを下ろし、警察官に愛想笑いを向ける。
「こんばんは」警察官はぶっきらぼうな口調だった。
「こんばんは」おうむ返しする。
警察官は懐中電灯で車内を照らし、中の様子をうかがっている。
「おまわりさん、何をしてるんですか?」
「荷物検査だ」
「荷物検査?」山本は肩をすくめた。「飲酒運転のチェックじゃないのかい?」
「飲酒運転の検問ではない」
「だったら何の検問なんだ?」
「ちょっと事件があってだな、そのためのものだ」
「なるほどそれはご苦労さんですね。それでその事件というのはいったい何が——」
「少し黙っててくれないか」警察官が山本の言葉を遮る。「気が散って集中できない」
「おいおい、おまわりさん」山本は不快そうに眉根にシワを刻む。「渋滞に巻き込まれ苛立ちながらも、愛想笑いを浮かべて話しているんだ。そんな言い草はないだろ」
「やかましい」警察官は声を強める。「こっちだってある男にバカにされて、イライラしているんだよ」
「だからって俺にあたるのはよしてくれよ。その男に直接文句言えばいいじゃないか」
警察官は山本の言葉を無視し、車内を見回している。
山本はため息をつく。嫌な野郎に出会ってしまった。警察官ってのはどうしてこうも、偉そうなんだ。自分たちが特別に地位にいるとうぬぼれている。
「おい、あれはなんだ」警察官が助手席に置かれたアタッシュケースを指差した。
「お宝さ」
「中身はなんだね?」
「お金だよ」
「お金だと」警察官の顔つきが、みるみるときびしいものになる。「ちょっと見せてもらおうか」
「見せてくださいだろ」
「なに?」
「俺様の大事な金なんだぞ。見せてもらおかなんて、そんな上から目線で言われ——」
「言いから見せろ!」
その言葉は山本の怒りに火をつけた。あからさまな嫌な顔をすると、アタッシュケースを手にする。
「開けろ」警察官が命令する。
「嫌だね」山本は警察官をにらみつける。
警察官がにらみ返した。「捜査妨害するつもりか。逮捕するぞ」
「別に俺は捜査を妨害するつもりはいっさいないし、協力するつもりだ。ただしあんたがきちんと丁寧に対応してくれればの話だがな。それがわかったのなら、態度を悔い改めろ。さあ、俺にお願いするんだ。その中身を見せてください、とね」
「こいつ人をバカにしやがって」
「バカにしてるのはあんたのほうだろ。俺はさっきから善意で捜査に協力してあげると言っているのに、あんたがそれを悪意で踏みにじっている。善意を悪意で踏みにじる行為は、人として最も最低の事だと自覚した方がいいぞ、おまわりさん」
警察官は舌打ちすると、腹立たしいといった様子で頭を掻き、そしてあきらめたかのようにため息をついた。
「わかったよ。その中身を見せてくれませんかね」警察官は不承不承といった様子でお願いする。
「よくできました」そう言うと、さも満足げな笑みを浮かべる。「ご褒美に俺のお宝を見せてあげるよ」
山本はアタッシュケースの鍵を開けると、そのフタをゆっくりと持ち上げた。中には札束がつまっている。
警察官の目の色が変わり驚きの表情を見せていたが、やがてそれは険しいものへと変わっていく。
どうだおどろいたか、と山本は心の中で勝ち誇った。亡くなった親父から受け継いだ遺産だ。この警察官にとって、これだけの大金を見るのは初めての出来事のはず。その証拠に初めは驚いていたが、いまは嫉妬で顔を歪ませている。
「……すごい大金ですね」
「まあな」山本は気分よくうなずく。
「そのお金はどこから?」
「銀行だよ」
「銀行!」警察官が声を大にする。
「そう銀行から調達したんだよ」
「その銀行はどこの銀行ですか?」
「○△□銀行支店だよ」
警察官の表情がさらに険しくなっていく。
さっきからこの警察官の様子がおかしいな、と山本は感じた。どうしてそんなに金の出所を気にするんだ。
「すみませんが、その銀行支店にいたのは何時頃の話ですか?」
「たしか六時半ごろかな。詳しい時間はおぼえていない」
「ちょっとエンジンを止めて、車を降りてきてもらえるかな」
「どうして?」
「いいから降りてきてください。お願いします」有無を言わさぬ口調だった。
「わかったよ」
山本は肩をすくめながらエンジンを切り、車を降りるとまわりを見る。自分以外の車が次々と検問を通されて行くのを不満げに見送った。
「どうして俺だけこんなめんどくさい事をされるんだ。説明してもらおうか」
「じつは○△□銀行支店が閉店前に銀行強盗に襲われましてね、それであなたから詳しく話が聞きたい。署までご同行願いたい」
「おいおい、やめてくれよ」山本は信じられない、といった表情になる。「まさか俺を疑っているのか。だったら支店長さんに訊けば、俺が犯人じゃないってすぐにわかる」
「ですから、その確認のために署までご同行お願いします」
「ふざけるなよ!」山本は顔をしかめた。「俺はこれから大事な友人との約束があるんだ。そんなことをしている暇はない」
「ダメだ。お前を署まで連行する」警察官は高圧的に態度になる。「いいかよく聞け。これはお願いじゃない、命令だ。お前はもう容疑者なんだから、おとなしく連行されろ」
「嫌だね。悪いけどここを通させてもらう」
山本はそう言い捨てて車に乗り込もうとしたが、警察官が乱暴に彼の肩をつかみそれを制する。そして二人は悪態をつきながら取っ組み合いになり、ついには山本が警察官を投げ飛ばしてしまう。
「何してるんだお前!」事態に気づいた別の警察官が叫んだ。
「こいつが銀行強盗の犯人だ!」警察官は倒れた状態で叫ぶ。「本部に連絡し、応援をよこしてくれ!」
「おい、お前正気か」山本が警察官を見下ろしながら言う。「俺は犯人じゃない」
警察官が立ち上がり、にやりと口元を曲げる。「ここまで抵抗するんだ。お前が犯人じゃなきゃおかしい」
「お前はバカか!」山本は怒鳴る。「そんな理由で俺を犯人扱いするんじゃねえよ。頭にのぼった血を下げろ!」
「ブタ箱を覚悟しろよ、このクソ野郎」
こうして再び、山本と警察官の取っ組み合いが始まった。




