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第二幕 第十六場

 銀行強盗犯のふたりが乗った赤い乗用車が、心霊スポットである橋の下を通過し、目的地である車の不法投棄場へと向かっていた。


「なあ、もうそろそろ目的地に着くんだから機嫌直そうぜ」助手席に乗る今井カイセイが言った。


「ああ、そうだな」そう言ったものの、野口ツバサは相変わらず、ぶすっとしたままだった。


「もっと笑ってくれよ野口。過ぎたあやまちは許してくれよ。もうすぐ人類は滅びるんだ。最後くらい楽しく生きようぜ」


「わかってるよ」


「本当に?」


「本当だ」


「だったらその顔はやめてくれ。スマイル、スマイル」


 野口は深く息をつく。確かに今井の言う通り、もうすぐ人類は滅亡するんだ。終わった事を責め立てるのはもうやめてほうがいいな。いろいろあったが、今は計画通り順調に事を運んでいるのだから、よしとしよう。


「これでいいか」野口は少しばかり相好を崩した。


「うーん、まだ少し表情は硬いが、さっきよりは断然いいぞ」


「なあ今井、事故の時は怒鳴ったりなんかして悪かった。予定外のことで少しパニクってたんだ。許して欲しい」


「謝らなくていい。それは本来、俺がすることなんだからさ」


「そうか。そう言ってもらえると気が楽になる」


 散々罵ったのに許してくれる今井はなんていいヤツなんだ、と野口は思った。ノストラダムスを信じる者に悪いヤツはいないな。人生の終わりに、こいつと知り合えて本当によかった。


「あんなに酷い事言ったのに、許してくれる今井は最高だよ」野口が微笑んだ。「お前と出会えたことに感謝するぜ」


「感謝するのは俺の方さ。おかげでこうして大金を手に入れる事ができたんだ。残された人生、派手に生きられる」


「早く祝杯をあげたいな」


「そうだな。楽しみだな」


 野口は今夜の宴を想像し、思わず笑みになった。浴びるほど酒を飲み、うまいものを食べよう。


「今夜の祝杯はどこでやる?」今井が訊いた。「おまえのアパートか。それとも銀座辺りに繰り出すか?」


「そうだな、さすがに今日はいろいろあって疲れているから、酔いが回るのが早いと思う。だから酔いつぶれてもいいようアパートでやろうぜ。だから帰りに高級スーパーによって、キャビアとブルーチーズを買おう」


「俺は大トロの寿司がいいな。最高に脂がのったやつをたらふく食うんだ。それをドイツビールで流し込む」


「ビールもいいがワインを忘れるなよ。言っただろ今井、ワインのいい店を知っているって。そこには寿司によくあう白ワインがあるんだぜ」


「本当か。そいつはいいな」


 野口はだんだんと上機嫌になってきた。いつものように楽しい話で盛り上がる。それが人生を幸福に生きるコツだ。嫌な事は忘れろ。


「そうだ野球中継を観ながら飲んで騒ごうぜ」今井が提案する。


「いいね、今夜の試合はなんだ」


「たしかいまやっているのは……」今井はしばし考える。「たぶん巨人対横浜ベースターズのはずだ」


「いいのか今井。セリーグの試合で?」


「お前巨人ファンだろ。それにたまには俺だってパリーグ以外の試合も見てみたい」


「そいつはありがたい。きっと今日もマルティネスがホームランを打つはずだから、楽しみにしててくれ」


「ここんところマルティネス調子いいじゃないか。それだけじゃない上原の調子もいい。松坂の影に隠れてしまってあまり目立たなかったが、彼もすごい新人投手だ。最近ではマスコミが彼のことを『雑草魂』とかなんとか報道しているんだぜ」


「雑草魂か。いい響きだな」


「上原をあらわすにはぴったりな言葉だ」


 巨人の新人投手である上原浩治のことを、野口は大変気に入っていた。このままの調子でいけば最優秀新人賞をとるに違いない。だがしかし悲しい事に、ノストラダムスの予言で人類は今月で滅びてしまうので、それは叶わぬ夢となってしまった。


 ふたりは野球の話で盛り上がりながら車を走らせ続ける。


 そしてしばらく経つと、目的地である車の不法投棄場に着いた。そこはこの町の三大心霊スポットの一つで、いまは廃墟になってしまったサッカー場だった。バブル時代に作られたこのサッカー場は町から離れているため利用者が少なく、またバブル崩壊ととも経営が維持できなくなり所有者が破産。以後、使われなくなり現在まで放置されている。


 そしていつの頃からグランドに車が不法投棄されるようになり、やがてその数は百台近くまでのぼった。そのため車の不法投棄場という名で呼ばれるようになる。それとともに、この不法投棄場では夜な夜な子供が生首でサッカーをしているなどという怪談話が噂されるようになり、心霊スポットとしての名も知られるようになった。


 野口は柵が破壊されたサッカー場の入り口をくぐり抜けると、グラウンドへと車を走らせる。そして不法投棄されている車のひとつに近寄ると、車を停車させた。


「この車だ今井」

 野口はそう言って目の前にある車を指差す。その車はタイヤを全て盗られて状態で放置されているボロ車だった。


「この車の中に隠すのか?」


「正確に言うのなら車のトランクの中だ」


「なんだかこんな所に大金を隠すのが心配になってきた」


「大丈夫だよ」野口はそう言うと、カバンを持って車を降りる。


 不安な表情の今井もその後に続く。


「今井、トランクを開けてくれ」


「俺がか?」


「ああ、頼むよ」


「わかった」


 今井は言われた通りトランクを開けようとするが、なかなか開かず手こずってしまう。その様子を野口は面白そうに見ていた。


「笑ってないで手伝えよ、野口」


「わかった手伝うよ」

 野口はそう言うとポケットから鍵を取り出し、トランクの鍵穴に差し込んだ。リズミカルに二回右にひねると、次いで左にひねった。すると、かちり、という音ともにトランクが開いた。


「おいこれどうなってるんだよ?」今井は驚いた様子だった。


「下見をした際に特殊な鍵と交換しておいた」


「お前そこまでしていたのか」


「愚問だな今井」野口は得意げな顔つきになる。「大事な大金を隠すんだ。車のフレームが頑丈で壊されにくく、かつすでにパーツがほとんど奪われたものじゃなきゃ、パーツをあさりにきた輩に見つかってしまう可能性があるだろ」


「すごいよ野口!」今井が賞賛する。「お前は天才だ」


「ほれ」野口はそう言うとカバンから札束をひとつ取り出し、それを今井に向ける。「祝杯には金が必要だろ。お前が持っててくれ」


「わかった」にんまりとした笑顔で札束を受け取る。


 野口はトランクの中に札束の詰まったカバンを入れると、それを閉めた。そして再びリズミカルに鍵を回す。


「この鍵は破られたりしないよな」今井が訊いてきた。


「プロじゃない限り無理だ」


「プロ?」


「車上荒らしのプロのことだよ。ヤツらなら開けられるかもしれない」


「おいおい、大丈夫なのかよ」今井が心配そうに訊いてきた。


「大丈夫だって今井。よく考えてみろ。プロの車上荒らしが、こんな不法投棄されたボロ車のトランクを開けに、わざわざこんな所へくると思うか?」


「それは……ないな。こんな所に金目のものなんてあるはずないからな、普通は」


「これでわかっただろ。この金庫は安全だ。さあ都内に帰って祝杯をあげようぜ」


 ふたりは乗ってきた車に乗り込むと、不法投棄場を後にした。

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