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第二幕 第十五場

 町から少し離れたところにある橋の上に花が置かれている。それはここから人が飛び降りて死んだ事を意味していた。橋の眼下に見える道路までの距離は五十メートル近くあり、ここから落ちれば命は助からないだろう。にもかかわらず、ここから飛び降りる人は後を絶たない。


 なぜならあたりには明かりになるような建物もなく、そのため夜になると人気がなくなり、さらには自殺した人間の幽霊がでると噂される心霊スポットとして有名なため、誰も近づこうとはしない。そのため自殺願望者にとっては誰にも見咎められずに、飛び降り自殺する場所としては好都合だった。


 そしてその条件は、この男達にも好都合だった。


 橋のすぐ側には宅配業者に扮した車が停まっている。中にいるのは金髪の男である阿部シュンと茶髪の男である浜田ダイチ。そして佐藤コウジの妻アカネと勘違いされて誘拐された鈴木ヒメコの三人だけだった。


 阿部と浜田は缶ジュースを飲みながらな、なにやら会話をしていた。


「あのクソ女め」阿部はバックミラーで気絶したままの女をにらんだ。「人の股間を蹴りやがって」


「しかたがない。抵抗される事はある程度、予想してただろ?」浜田が言った。


「だけど俺たちが襲った時のあの女の顔見たかよ。まるで拳銃を恐れていなかった。死ぬのが怖くないっていうツラしていたぜ」


「女って生き物は土壇場になると、態度が豹変するものさ」


 阿部は憎たらしげに舌打ちする。「ったく、肝っ玉の据わった女だぜ」


「それはそうと、そろそろ脅迫の電話を掛けてもいいころじゃないか」


「わかってる。これを飲んだら電話するよ」


 二人はしばらくの間、雑談を続ける。




 一方その頃、もう一つの三大心霊スポットである墓地公園の駐車場では、両腕を背中で縛られたジャージ姿の佐藤コウジが、スキンヘッドの男である小林ソウスケとアフロの男である中村リョウタの二人に銃を突きつけられていた。


「これから奥さんにラブコールを送るけどいいよね」中村は佐藤から奪った携帯電話を目線の高さに掲げる。「奥さんの名前なんて言ったけ。たしか……アカネちゃん。そうアカネちゃんだ。これから彼女に熱いラブコールを送るから、それに応えてもらえたらあんたは無事に解放してやる。約束するよ」


「待ってくれ、妻は——」


「はいはい、おしゃべりはそこまでだ」そう言って小林が佐藤の口にガムテープを貼った。


 佐藤が抵抗しようと必死に声をあげようとする。それに苛立った小林が佐藤の顔を殴りつけた。


「黙ってろ」小林はそう言うと佐藤の胸ぐらを掴み、車のトランクの中へと彼を無理矢理押し込んだ。


「大丈夫だ安心してくれ佐藤さん」中村が慇懃無礼な態度で言う。「俺たちの目的は金だ。あんたのかわいい奥さんに手を出すつもりはないし、それにあの女は俺の趣味じゃない。どっちかというと嫌いなタイプだ。あんた女の趣味相当悪いね。ああいう女は外面だけで、中身はバカだぞ。今後のために忠告しておくと、早めに離婚したほうがいいぞ。きっとそのうち苦労するはめになるからな」


 佐藤はくぐもった声で何かを訴えている。


「佐藤さん、通話中は死体のように静かにしてほしいんだが。本物の死体になりたいっていうんなら話は別だぞ」


 その脅しが効いたのか、佐藤は黙り込んだ。


「ありがとう。しばらくの間、そこで大人しくしていてくれ」


 中村そう言うと、車のトランクを閉めた。これでようやく身代金の要求ができる。あとは向こうが大人しく条件をのんでくれればいいのだが。


「中村、脅迫電話の方はまかせたぜ」


「おう、まかせておけ」

 中村は携帯電話をいじり、アドレス帳からアカネの電話番号を見つけると、電話を掛けた。




 車内に電話の着信音が鳴り響いた。


「おい、携帯が鳴ってるぞ」阿部が言った。


「俺の携帯じゃないよ」浜田が首を横に振る。「お前のじゃないのか?」


「俺のではない」


「じゃあ誰のだ?」


 二人は音の出所を探ると、それは女から奪ったバッグの中から聞こえてくる。


「女の電話だ。うるさいから切るぞ」阿部はバッグから携帯電話を取り出すと、その表示画面を見て、思わずにんまりとしてしまう。


「どうした阿部。さっさと電話を切れよ」


「いや、これは切る必要ない。旦那からの電話だ。こっちから電話をかける手間が省けたぜ」


「そいつはいい。さっそく脅してやれ」


「まかせろ」阿部は電話に出た。




「もしもし」それは予想外にも男の声だった。


「えっ、もしもし?」

 中村は動揺してしまう。たしかに佐藤コウジの妻アカネの携帯に電話したはずだ。なのに電話の向こうからは男の声がする。


「佐藤コウジだな」相手が言った。


「いや、違うけど」


「えっ、違う?」


「ああ」


「なんで?」


「なんでって言われても……」


 中村は携帯電話を耳から離し、その表示画面を確かめる。間違いなく自分は佐藤アカネの携帯に電話をしている。こいつはいったい誰だ?


「あのー、すみません」中村はなぜか敬語になってしまう。「そちらの携帯電話は佐藤アカネさんのもので間違いありませんよね?」


「はい、間違いありません」電話の相手も敬語になる。「こちらもうかがいたいのですが、そちらの携帯電話は佐藤コウジさんのものでしょうか?」


「はい、そうです」


 しばしの間の後、二人は声をそろえて言った。「お前誰だよ!」


 いったい何者だこいつは、と中村は思った。佐藤コウジの妻アカネに脅迫電話を掛けたら知らない人物がでた。どうなってるんだ?


「おいお前!」相手が怒鳴った。「佐藤コウジに代われ」


「そいつはできない。そっちこそアカネちゃんに電話を代われよ」


「断る。さっさと佐藤コウジをだせ」


「ふざけんな。そんなことできるわけないだろ!」中村の口調が乱暴になる。「俺を怒らせる前にアカネちゃんに電話を代わりな。さもないと佐藤コウジの命の保証はしないぞ」


「それはこっちのセリフだ。佐藤コウジをだせ。さもないと妻の命はないと思え」


「そんなの知るか。今すぐ女をだせ。そうしないと佐藤コウジを殺すぞ」


「殺せるもんなら殺してみろよ。そしたらこの女を殺すぞ」


 話が噛み合ないな、と中村は思った。こっちの脅しをまったく意に介さない。こいつは何を考えているんだ?


「おいお前、立場をわきまえろよ」相手が言った。「こっちは女を誘拐しているんだよ。逆らえば命はないぞ」


「貴様こそ立場をわきまえろ。こっちはな、佐藤コウジを誘拐したんだぞ。逆らったら男を殺すぞ」


 その言葉の後、沈黙が訪れる。そして数秒後、再び二人は声をそろえて言う。「えっ、誘拐?」


 佐藤コウジの誘拐犯である自分が、脅迫のために男の妻に電話をしたら、電話の相手も誘拐犯だった。中村はこの偶然を呪った。


「ちょっとまちなお前」相手が言った。「もしかして佐藤コウジを誘拐したのか?」


「ああ、そうだけど。もしかしてお前はその妻のアカネを誘拐したのか?」


「そうだ。誘拐した」


「なんで誘拐した?」


「そりゃー、金が欲しいからに決まっているだろ。そっちこそ何で男を誘拐した?」


「金のために決まってるだろうがよ」


「ふざけるな! 今すぐ男を解放しろ。じゃないと身代金が要求できない」


「そっちこそふざけるな! お前こそ女を解放しろ。じゃないと金が手に入らない」


「何なんだよお前は! 俺たちの邪魔をする気か」


「邪魔しているのはお前だ! いい加減にしろよな」


「ったく、強情なヤツだな。このままだとお互い何の進展もないぞ」


 ややこしい事になったぞ、と中村は思った。この状況を打破する考えが思いつかない。ここは一旦電話を切った、打開策を考えねば。


「おいお前、よく聞きな。また後で電話する」中村は言った。「それまでにどうするべきかよく考えておくんだな」


「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。お前の方こそどうするべきか考えるんだな。電話を楽しみに待っておくぜ」



 

 阿部は電話を切ると、車のハンドルに拳を振り下ろした。「こんちくしょー!」


「おい何があったんだよ」浜田は困惑していた。


「誘拐だよ、誘拐」


「それは知ってるよ。俺達は女を誘拐した」


「違う! 佐藤コウジも誘拐されてた」


「何だって!」浜田は驚きの声をあげた。「どうすんだよ!」


「俺が知るかバカ!」


 阿部はくやしげに歯ぎしりする。いったいどこのバカの仕業だ。よりにもよって佐藤コウジを誘拐するなんて。


「大丈夫か阿部?」浜田が心配そうに訊いてきた。


「大丈夫に見えるか」阿部は苛立った口調で言う。「せっかく女を誘拐したのに、その苦労が水の泡になりかけている」


「まず落ち着けよ。それからどうするか決めようぜ」


 たしかに浜田の言う通りだな、と阿部は思った。感情的になっては解決する問題も解決しない。


「ちょっと外で頭を冷やしてくる。女を見張っててくれ」


 阿部はそう告げると車を降りた。そして橋の上から景色を眺める。ひんやりとした風が吹き心地よかったが、気分は晴れなかった。


「……最悪だ」


 これからの事を思い、阿部はうなだれてしまう。自然と視線は下を走る道路へと向けられた。


「これからどうしよう」


 阿部が思い悩んでいると、橋の下を一台の赤い乗用車が通過した。


「そうだ。先輩に助けてもらおう」


 大学時代の先輩だった清水ヒロトと永井タケルに手を貸してもらおう、と阿部は考えた。きっとふたりならこの窮地を救ってくれるに違いない。

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