第二幕 第十三場
車上荒らしの清水と永井が町工場にたどり着くと、車を降りてトランクを開けた。ふたりは戦利品であるゴルフバッグとスーツケースを満足げに見つめる。
「どれから見る?」清水ヒロトが訊いた。
「もちろんスーツケースからだろ」
永井タケルはそう答えると、スーツケースを引き寄せた。そして中を確かめるべく開けようとしたが、鍵がかかっていたため開かなかった。
「やっぱり鍵がかかっているな。悪いが清水、後部座席から工具箱を取ってきてくれないか」
「わかった」
清水は言われた通り工具箱を取って戻ると、それを永井に渡した。
「サンキュー」永井は工具箱から必要な道具を探している。
「なあ永井、中に何が入っていると思う。俺はきっと金塊だと思うんだ」
「金塊?」永井は苦笑する。「そんなのありえるはずないだろ」
「だってものすごく重かったぜ」
「パンパンにつめたスーツケースなんてものは、そんなもんだよ。あんまり夢見ていると、現実を見て失望するぜ」
「宝くじを買った時みたいに、夢ぐらい見させてくれよ。きっとお宝が眠っているに違いない」
「わかった、わかった。そうしてくれ」
永井は興味なさそうにそう言うと、鍵穴を道具でいじり始める。
その様子を興味津々といった様子で清水は見守る。きっと中にはあっと驚くようなものが入っているはずだ。
カチャ、と音が響き、永井が得意げな顔を清水に向けた。清水は彼に親指を立てて、賛辞を贈る。
「さてと宝箱を開けるぞ」
永井がそう言ってスーツケースを開けた。二人は中身とご対面すると、怪訝な顔つきになる。なぜならばそこには若い女が眠っていたからだ。
「……清水。お宝じゃなくて、女が眠っていたな」
「……なんで女がスーツケースの中に入っているんだ」
「そりゃー、箱入り娘だからかな」
「くだらないジョークはよせ。この状況で笑えるか」
清水は困惑する。なぜかスーツケースの中には女が入っていた。ワンピース姿に腕にアクセサリーを付けたこの若い女は死んだように眠っており、まったく起きる気配はない。どうしてこんなことになってるんだ?
「この女どうする?」永井が訊いた。
「さあ、どうしようか?」
ふたりはお互いの当惑顔を見交わすと、スーツケースの女に視線を戻した。
「そもそも何でこの女、スーツケースの中に入っていたんだ?」清水が言った。
「そりゃー、あれだろ」
「あれって何だよ、永井?」
「自分でスーツケースの中には入れないから、誰かに入れられたんだろうよ」
「いったい誰に?」
「それは……」永井はこめかみを手で押さえて考えている。「誘拐犯?」
「誘拐犯?」清水はおうむ返しする。「どういうことだよ?」
「いや、だってほら考えてもみろよ。スーツケースの中に入れられる理由なんて一つしかない。中身を誰かに見られずに移動したかったんだろうさ。きっと誘拐犯は薬かなにかで女を眠らせてスーツケースの中に入れたんだよ」
「この界隈では誘拐が流行しているのか?」
「ああ、そうらしい」
なんてことになってしまったんだ、と清水は思った。よりにもよって誘拐された女が入ったスーツケースを盗んできてしまった。これはとても面倒なことになりそうだ。いろんな意味で。
清水はため息をつく。「警察にでも通報するか?」
「警察になんて言うんだよ。車上荒らしで手に入れたスーツケースの中に、誘拐された女が入っていたので保護してください、とでも言うのか。俺達が捕まっちまう」
「だよな……。厄介なことになってきた」
「ほんと今日はお前の言う通りツイてないな、清水」
「ああ、まったくだよ。どっかのバカがこの女を誘拐したせいで、俺達が面倒ごとに巻き込まれてしまっている。ほんとその誘拐犯のバカは、どこのどいつだ?」
永井が首を傾げた。「誘拐犯の……バカ?」
その言葉がきっかけで清水と永井の間に沈黙が訪れる。するとふたりの表情がみるみると驚いたものへと変わっていき、そしてお互いの顔を見つめ合う。
「この女の誘拐犯って、もしかしてあいつらか?」清水が言った。
「あいつらってどっちの?」
「わかんないけど、どっちかだろ」
「よし、わかった清水。この女を起こして、どっちに誘拐されたか訊こう。それがわかったらその相手に女を返す。それでいいな?」
「ああ、そうしよう」
「おい起きろ」永井が女の肩を揺さぶって彼女を起こそうとする。「お前を誘拐したのは、アフロとスキンヘッドのバカたちか? それとも金髪と茶髪のバカたちか? どっちのバカ達なのか教えてくれ」
女の返事はなかった。
「永井、その女の顔をひっぱたいて起こしてやれよ」
「お前、非暴力主義者じゃなかったのかよ」
「こんな時にそうも言ってられないだろ。自分達の身を守るためなら、やむなく暴力を使うさ」
「だったらお前がやれよ清水。女の顔を殴るなんて後味が悪すぎる」
「わかったよ。代われ」
清水はそう言うと、女の顔を軽く叩く。「おい、起きろ」
女に反応はなかった。
「いつまで眠ってんだよ。いい加減起きろよ!」
清水は先ほどよりも強く往復ビンタをする。そしてその手が四往復したところで、はっとした表情を浮かべ、その手を止めた。
……まさかこの女!
恐る恐る女の頬に手を当ててみると冷たかった。とても体温と呼べる温度ではないことを知った清水はきびしい顔つきになる。
「……なあ、永井。悪い知らせと、とっても悪い知らせがあるんだが、どっちから聞きたい?」
「なんだよそれ」永井は眉をひそめる。「どっちも悪い知らせじゃないか。だったら悪い知らせからで頼むよ」
「この女をスーツケースに入れたのは、小林さん達でも、阿部達でもない」
「どうしてそんなことわかるんだ?」
「この女の顔に触れたからさ」
「いつからお前は超能力のサイコメトリーができるようになったんだ」
「そんな超能力ないよ」
「だったらどうしてわかる?」
「その理由はとっても悪い知らせを聞けばわかる」
「じゃあさっそく、とっても悪い知らせを教えてくれ清水」
「この女は死んでいる。死体なんだよ。誘拐なら殺したりはしない」
「死体!」永井は驚愕すると女の顔に触れる。「冷たいよ! 本当に死んでいるじゃねえかよ。どうするんだこれ?」
「どうしようか?」
最悪の事態になってしまった、と清水は思った。誘拐されたと思っていた女は死んでいた。事態はどんどんと悪化する一方だ。おそらくあの車の持ち主は、スーツケースに入っていたあの女の死体を処分するために、車のトランクに入れていたんだろ。そうとも知らずに自分達は、それを盗み出してしまった。
「今日はとことんツイていないな」清水は目頭を押さえた。
「これはもう俺たちの手には負えない。元の場所に戻しに行こうぜ」
「そうだな。そうしよう。そうと決まったらすぐに移動しよう。時間が経てば経つほど、車がいなくなる可能性が高くなる」
「わかった」
二人はスーツケースを閉め、次いでトランクも閉めると白いワゴン車に乗り込み、猛スピードで走り出した。




