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第二幕 第十二場

 とあるファミリーレストランでは午後七時半の夕食時ということもあり、込み合い始める様相を見せている。そんなファミレスのテーブル席の一つに、スキンヘッドとアフロの男の姿があった。それは佐藤コウジの誘拐計画を企んでいる、小林ソウスケと中村リョウタの二人だった。


「さてと、これからどうする?」そう言いながら、スキンヘッドの小林がステーキにかぶりつく。


「あとはチャンスをうかがうだけだ」アフロの中村がチョコレートパフェを口にし、それをコーヒーで流し込んだ。


「チャンスって?」


「ターゲットの佐藤コウジが人目のつかないところで、ひとりっきりになるその瞬間を待つんだよ」


「そのチャンスはいつやってくる?」


「さあ、皆目見当もつかない」


「おいおい、そんなアバウトな計画でいいのかよ」小林は眉をひそめた。「いつ訪れるのかわからないチャンスを待つのは時間のムダだぞ。わかっているのか、俺たちには、人類には残された時間は少ない。チャンスが来る前に人類滅亡なんていう最後は、死んでもごめんだぞ」


「わかってるよ。でも大丈夫。すぐにでもチャンスはやってくるさ」


「その根拠は?」


「俺は今朝、和菓子を食べながら熱いお茶を飲んでいたんだ。驚くべきことに、そのお茶には茶柱が立っていた。この意味わかるだろ?」


「さあ、皆目見当もつかないね」小林は中村の先ほどの発言を借りて、皮肉まじりに返事をする。


「おいおい、そんな簡単なこともわからないのかよ」中村は顔をしかめた。「茶柱と言えば、幸運の証。つまり俺たちにはいいことが起きる。それはなんだ?」


「何なんだ?」


「それは俺達が望む誘拐計画のチャンスに決まってるじゃないか」


 いらだちのていで小林は頭を抱えた。まさかここまで相方がバカだと思わなかった。爆発でもしたようなアフロのせいで、きっと脳みそも爆発しているに違いない。それほどまでに根拠のないバカげた発言だ。


「おい中村、お前それ本気で言っているのか?」


「本気だとも」真顔で言った。


「お前の茶柱占いなんて信じられるはずないだろ」


「どうしてだよ?」中村は心底信じられないといった様子だ。「ノストラダムスの予言を信じているくせに、俺の茶柱の話を信じてくれないのはなぜだ?」


「いいかよく聞け。ノストラダムスは偉大だ。予言した占いが次々と的中している。だからこそ俺は彼を信じている。だがお前は何だ。一度でも占いを当てたことがあるのかよ」


「小林、どうしてそこまでお前は否定的なんだよ。もう少し俺のことを信用してくれてもいいだろ」


「信用したいのはやまやまだが、お前には占いを当てたという実績がない。実績のないヤツの言葉なんて信用できるはずないだろ」


「あのお客様すみません」いつのまにかやってきたウェイトレスの女が、二人の会話に割って入った。


 二人はウェイトレスに顔を向ける。


「ただいま店内の方が込み合っておりまして、そこでお客様に相席をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「なんで俺達が相席しなくちゃならないんだ?」小林が不機嫌そうに言う。「他のヤツらでもいいだろ」


「大変申し訳ございません。他のお客様のほとんどが家族連れでして、空いている席に余裕がありません。ですので、お客様以外に相席を頼める方がおらず、ご迷惑だと思いますが、どうか相席の方を了承してほしいのですが、よろしいでしょうか?」


「ったく、ファミリーレストランはファミリーなだけに、家族連れでこいってか。それ以外は邪魔者ってわけだ」


「いえ、そういうわけではありません。本当に申し訳ないと思っています」ウェイトレスが謝った。


「おい小林、そう邪険にするなよ。彼女も仕事で仕方なくやってるだけだ」中村はそう言うとウェイトレスに顔を向ける。「相席の件かまいませんよ。どうせ自分達はもうすぐ食事は済みますので、どうぞ、その人をここに案内してやってください」


「ありがとうございます」

 ウェイトレスは安堵した表情を浮かべると頭を下げ、相席の客を案内するべく、この場を立ち去った。


「本当、お前は調子がいいよな」小林がぼやいた。「女の前だとカッコつけやがる」


「別にいいだろ」中村はチョコレートパフェとコーヒーを手に持って、小林の隣に移動する。「俺は紳士なんだから」


「紳士? いったいいつからお前は紳士になったんだ?」


「生まれた時からさ。男は常に自分が紳士であるべきだと自覚し、女性にやさしくする必要がある」


「くだらねえ。お前はイギリス人かよ」


「日本人に決まってるだろ。そのくらい見てわかるだろバカ」


「そういう意味で言ったんじゃねえよバカ」


 小林が相方のバカさを実感していると、ウェイトレスがスーツ姿の男を引き連れて戻ってきた。男は二人の向いの席に着くとウェイトレスに注文を始める。


「カツサンドにオレンジシュースを頼むよ。果汁百パーセントのやつね」


「かしこまりました」


 ウェイトレスが行ってしまうと、男がこちらに顔を向けた。髪を後ろに撫で付けたセールスマン風の男で、なぜか大事そうにアタッシュケースを自分の隣に置いている。


「スキンヘッドにアフロ」男が言った。「ずいぶん個性的な髪型だね、君たち」


「勝手に話しかけてくるんじゃねえよ」小林は男をにらむ。「相席しているからといって、俺たちとあんたは友達でもなんでもない。楽しくおしゃべりするつもりはないからな」


「つれないね」男はわざとらしく肩をすくめる。「これも何かの縁だと思って、世間話ぐらいしてもいいじゃないか」


「俺たちは元プロレスラーでね、個性をだすためにこういう奇抜な髪型になってしまったんんですよ」中村が言った。


「なるほど元プロレスラーか。どうりでガタイがいいわけだ」


「なに普通に話してんだよ」小林が非難する。「俺たちはそんなことしている暇ないだろ」


「どうしてだ小林?」


「例の計画について、どうするか話し合わなければならないだろうがよ」


「それなら大丈夫。チャンスはすぐにでもやってくるさ」


 小林は舌打ちすると、ステーキを急いで食べ始める。こんな男が目の前にいたら、ゆっくりと誘拐計画について話ができない。とっとと食事を済ませてこの店を出よう。


 不意に携帯電話の着信音が鳴り響いた。


「おっと失礼するよ」男はスーツの内ポケットから携帯電話を取り出すと電話に出る「もしもし」


 公共の場で電話にでるのかよ、と小林は思った。携帯電話が普及するにつれて、まわりを気にせず電話でしゃべる人間が増えてきている。この間も電車で通話している目障りな輩がいたから、怒鳴り散らしたばかりだ。


「どうしたコウジ」男はしゃべり続ける。「あっ、ひっとして奥さんのことだな」


 コウジ? どこかで聞き覚えのある名前だ、と小林は思った。


「離婚話うまくいかなかったのか……よし、それじゃあ俺が今から殺しに行ってやるよ」


 ずいぶん物騒な話をしているんだな。こいつもしかして危ない人間か。


「おいおい、このくらいのジョーク、笑い飛ばせよ」男は楽しげに笑う。「自信家の佐藤コウジならそうしてくれるはずだぜ」


 その瞬間、小林と中村は驚き顔を見合わせた。


「どうやら、ずいぶんまいっているようだな。大丈夫かコウジ?」


 小林と中村の二人は男の話に耳をすませる。


「そうか。いったい何があったんだ……わかった。後でお前の家によるよ」しばし間があいた。「じゃあ今どこにいる……墓地公園? どうしてこんな夜に墓地公園の駐車場なんかにいるんだよ。そこは有名な心霊スポットだろ」


 佐藤コウジの居場所がわかった、と小林は思った。しかも好都合に人目のない場所だ。あとはターゲットがひとりでいてくれれば完璧だ。


「人に見られたくない?」男は言った。「もしかしてお前、そこにひとりでいるのか」


 小林の思いを受けたかのように、男は彼が知りたがっていた質問をする。


「ひとりで心霊スポットに来たのはいいが、怖くてぶるっちまって動けないのから、俺に助けを求めているんだな」


 確定だ! 佐藤コウジは墓地公園の駐車場にひとりでいる。これはまたとない絶好のチャンスだ。


「わかったよ。あともう少し、したら墓地公園に向かうよ……おう、それじゃあ」


 男が電話を切ると、小林と中村は静かにうなずいた。


「俺の占いは当たっただろ」中村が得意げな表情で言った。


「ああ、たしかに」


「実績ができたんだから、これからはもう少し俺のことを信用してくれ」


「わかったよ」


 まさかこいつの占いが本当に当たるとは思わなかった、と小林は思った。こんなにも早く佐藤コウジ誘拐のチャンスが来たのはありがたい。後は目の前にいる男よりも先に、墓地公園へと向かうだけだ。


「よし行くぞ中村」小林は席を立とうとする。


「待ってくれよ。まだ食べ終わっていない」そう言って中村はチョコレートパフェを食べる。


「ふざけんな。食べてる場合かよ」


「だってもったいないじゃないか」


「あのー、すまない」男が割って入った。「もしかして俺のせいかな。俺との相席が嫌だから、店から出て行くのか。もしそうだとしたら、ここでの食事代は俺が支払うよ」


「いえいえ、そんなことはありませんよ」小林は上機嫌に振る舞う。「むしろあなたと同席できて本当によかったと思っていますよ。むしろおごりたいぐらいだ。ただ俺達、急用を思い出しただけなんです。気にしないでください」


「そうか。ならよかった」


「ほれ中村、行くぞ」小林は彼のアフロを叩いた。


「わかったよ」中村は不承不承ながら従う。


 小林と中村のふたりは伝票を持ってレジへと向かう。そして会計を済ませると、小林は新たに財布から一万円札を取り出し、それをレジの女に渡す。


「あの、これはいったい?」女は戸惑った様子だ。


「俺の友人にプレゼントをお願いした」そう言って小林は、さっきまで自分達がいたテーブル席を手で指し示す。「完食するのに時間がかかりそうな品を、この金で買えるだけ彼に与えてくれ。余ったお金はチップにしといてやる」


「はあ……わかりました」


「よろしく頼む。友人に豪勢な食事を楽しませてやってくれよ」


 そう告げると小林は中村とともに店を後にする。

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