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第二幕 第十一場

 銀行強盗犯のふたりが乗る車がホームセンターに向かって走っている。その車のフロント部分はへこんでおり、事故を起こしたのは明らかだった。


「ちくしょう、何でこんなことになるんだよ!」野口ツバサは怒りを爆発させた。


「落ち着けよ。このくらいなんとかなるさ」今井カイセイがなだめる。


「こんな事故車、パトカーにでも見つかったらすぐさま止められるぞ。そうなったらなにもかもお終いだ!」


「だからそうなる前に、ホームセンターに急いでいるじゃないか」


「急ぐのはいいが安全運転でな!」


「わかってるって」


「わかってない!」野口は頭をかきむしる。「どうして歩行者を轢いちまうんだ! あの男がお前の女でも寝取ったのか! だから宣言通り、轢き殺してやったんだな!」


「だから何度も言ってるだろ野口」今井はうんざりといった口調になる。「あいつが信号無視して飛び出してきたんだ。嘘じゃない。信じてくれよ頼むから」


 野口は重いため息をつくと、うなだれて頭を抱える。せっかく銀行強盗に成功したというのに、今井のバカが人を轢いてしまった。自分が立てた計画にはあらゆる不測の事態に対して対策を考えていたが、逃走の際にマヌケにも人を轢いてしまうなんてこと、一ミリも予測できなかった。そんなバカな事があってたまるものか。だが事実は非常だ。人を轢いてしまった。


「そう落ち込むなって」今井が言った。「だいたいお前は計画にないことが起こったぐらいで慌て過ぎなんだよ。人生はなにが起こるかわからない。それはお前も理解しているだろ。それに例えパトカーに見つかっても反撃すればいい。こっちには猟銃があるんだし、そのまま強行突破して、ホームセンターまでたどり着ければ俺達の勝ちだ」


 そう簡単に行くわけないだろ、と野口は思った。あとはもう神に祈るしかない。どうかパトカーに見つからずホームセンターに着けますように。そして何事もなく逃走し、無事東京に戻れますようにお願いします。


 野口の祈りもむなしく対向車線にパトカーが現れた。パトカーは回転灯を回し、けたたましいサイレンを鳴り響かせている。


「まずいぞ今井」野口は顔を青ざめさせた。「警察だ。早く逃げろ!」


「大丈夫だって」

 今井は進路を変更せず、そのまま車を走らせる。


「何やってんだ!」野口は叫ぶ。「このままじゃ見つかるぞ!」


 今井は野口の言葉を意に介さず車を走らせ、パトカーとすれ違った。

 終わった、と野口は思った。後はUターンしてきたパトカーに追われ、俺達は捕まってしまう。


 だがしかし、パトカーはそのまま後方の闇へと消えて行った。


「ほらな。大丈夫だったろ」今井が言った。「おそらくあいつらは犯行現場の銀行に急ぐことで頭がいっぱいだ。それにパトカーを見て慌てて進路変更するほうが怪しまれる」


 野口はほっと息を吐く。「こんな幸運次はないぞ。もっと慎重に行くべきだ」

「安心しろ野口。ホームセンターは目の前だ」


 今井にそう言われ、野口が視線を前に向けると、そこにはホームセンターがあった。これまでの不安のせいで、まるで城壁の堅牢な城にたどり着いた気分だ。早く車を乗り換えて落ち着きたい。


 二人を乗せた車がホームセンターの敷地に足を踏み入れ、そして地下駐車場の入り口を下ったその時、自分たちが乗っている車とよく似た黒い乗用車とすれ違った。


「やっと着いたか」野口は安堵した表情を浮かべた。


「これでもう大丈夫。運も俺達に味方してくれているぜ」


「運が味方してくれているんだったら、最初っから人なんて轢き殺さないだろ」


「まだ根に持っているのかよ」今井はあきれた様子だった。「もうここまで無事にだ取り着いたんだから、それくらい水に流せよ」


 野口はむっとした表情で何も答えず、それを見て今井は肩をすくめた。

 車が赤の乗用車の隣に駐車すると、ふたりは車を降りた。


「さっさと乗り換えてここを出るぞ」

 野口はそう言うと、後部座席から金の詰まったカバンと毛布に包んだ猟銃を取る。そして今井に猟銃を渡した。


「今井、トランクにあるゴルフバッグに猟銃を戻しておけ」野口は赤い乗用車のトランクを手で指し示す。


「こっちのトランクに入っている男はどうするんだ?」今井は黒い乗用車のトランクを手で指し示した。


「ほおっておけ。どうせ俺たちにはもう関係ない」


「了解」


 野口がカバンを赤い乗用車の後部座席に置いたとき、トランクを開けた今井の顔に唖然とした表情が浮かんでいる事に気がついた。


「どうしたんだ今井。さっさと猟銃をゴルフバッグにしまえよ」


「……ないんだ」


「何が?」


「ゴルフバッグ」


「そんなまさか!」


 野口はトランクに歩み寄るとその中をのぞく。そこにはあるべきはずの猟銃入りのゴルフバッグが消えていた。


「おかしいぞ。どうしてゴルフバックがないんだ」野口は困惑する。「たしかにあったはずだろ」


「……もしかして盗まれたのかも」


「盗まれた?」


「ああ、盗まれたに違いない。長い間ここ車を停めておいたから、きっと車上荒らしに狙われたんだ」


「クソッタレ!」野口は舌打ちする。「よりにもよって猟銃が詰まったゴルフバッグを盗むなんて、そいつはいったいどこのバカだ。撃ち殺してやりたいぜ」


「なあ野口」今井がそう言って手にしている猟銃を掲げる。「こいつはどうする? このままトランクに入れとくか」


「いや、そいつはまずいな。警察は犯人が猟銃で犯行に及んだ事を知っているはずだから、この状態のままでは万が一、検問に引っかかり車のトランクを見られたとき、ごまかしきれない」


「じゃあどうする?」


 野口は思案気な表情で唸る。どうしてこうも想定外のことが次々と起こるんだ。嫌になってくる。


「今井、もったいないが猟銃はここに置いて行こう」


「しかたない。そうするか」


 今井は黒い乗用車のトランクを開けると、血だらけの男のそばに、毛布で包んだ猟銃を置いた。


「お前が車にひかれたのは俺のせいじゃない。赤信号を無視したお前が悪いんだ」今井は男に向かってしゃべる。「俺は自分が悪いとはちっとも思っていないが、気の毒だとは感じている。だからそいつはくれてやる、プレゼントだ。あの世で使ってくれ」


「なにバカなことしてるんだよ、今井」


「お別れのあいさつさ」


「そんなくだらない事してないで、行くぞほら」


「じゃあな」そう言うとトランクを閉めた。


 野口が赤い乗用車の運転席に乗り込むと、今井は不快そうな顔つきになる。

「おいおい野口、車の運転は俺の仕事じゃなかったのかよ」


「お前には任せられない。俺が運転する。当然だろ」


「誰にだって車を運転していれば、運悪く事故る事ぐらいあるさ」


「事故なんてものは誰にでもあるような事じゃない。事故の原因の大半はドライバーが注意を怠っているからだ。その点、俺は大丈夫だ。絶対に事故らない自信がある」


「もし事故ったらどうする?」


「その時は土下座して謝ってやるよ」


「言ったな」今井がにやりと口を歪める。「約束だぞ」


「ああ、約束してやる。だからさっさと車に乗れ」


 今井が助手席に乗り込むと、野口は車を走らせホームセンターの地下駐車場から出て行った。

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