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第二幕 第八場

「今日は全然あたりがないな」清水ヒロトはぼやいた。


「まあ、こんな日もあるさ。気にするなよ」永井タケルが慰める。


 ふたりは人目につかない場所に停めてある車を狙って、車上荒らしを繰り返していたが、金目になりそうなものはなく、いまのところ収穫はゼロだった。


 いまふたりは車を降りて、人通りの少ない道路に設置されている自販機の前で缶コーヒーを飲んでいた。あたりは暗く、自販機と街灯の明かりが彼らを照らしている。


 何の成果もなかったな、と清水は思った。どいつもこいつもトランクの中も車内も空っぽだった。防犯意識が高いのか、それとも何も置きたくない潔癖性なのか。こんなはずればっかの日は初めてだ。


「それにしてもよ永井、この際、車上荒らしじゃなくて車泥棒にでも転職するか」そう言うと缶コーヒーを飲み干し、それをゴミ箱に捨てた。


「車泥棒はやめとけ。あれは大変だぞ」


「大変って?」


「そのまんま売りつけると簡単に足がつくし、バラしてパーツを売ろうにも、個人レベルで捌けるものは限られている。何より残った車体を処分するのが大変だ」


「だったら工場から少し離れたところにある、車の不法投棄場に捨てればいいだろ」


「パーツを盗った後の動かなくなった車を、どうやって捨てに行くんだよ。レッカー車なんてお前んところの工場にないだろ」


「それだったら先に不法投棄場に車を移動してから、パーツを盗ればいい」


「危険すぎる」永井は首を横に振った。「だいたい不法投棄場なんて場所は、捨てにくる輩を捕まえるために近隣の住民や警察にマークされている可能性があるんだよ。そんな場所で長々と作業してみろ。通報されるのがオチだぞ」


「そうか……」清水は残念そうにため息をつく。「いい考えだと思ったのに」


「まあ、俺たちはこれまで通り車上荒らしを続けようぜ」


「とは言ってもね、成果は芳しくないし、今日は帰ってゲームでもやるか」


「その前に、最後に俺のおすすめスポットにいかないか」


「どこに行くんだ?」


「三丁目のホームセンター」永井は飲んでいた缶コーヒーを捨てた。「あそこの地下駐車場は防犯カメラもないし、人目も少ないからおすすめなんだよ」


「この近くじゃないか。だったら帰り道がてらに行こうぜ」


「決まりだな」


 ふたりは停めていた白いワゴン車に乗り込んだ。清水が助手席に座り、永井が運転席へと座る。


「それじゃあ出発」永井はエンジンを掛け車を走らせた。


 ホームセンターでも収穫がなかったら最悪だな、と清水は思った。頼むからなにか、あっと驚くようなお宝があってくれよ。大金の入ったカバンなんてあったら最高だけど、それはまずありえないな。そんな不用心なバカな人間がいるはずもない。


「誰か大金プレゼントしてくれないかな」清水は窓の外を眺めながら言った。


「そう思うんだったら、誘拐手伝えばよかったんじゃないのか」


「俺たちは非暴力主義者だろ。それにあいつらが成功すると思うか?」


「清水、あいつらって、どっちのことだよ? 小林さんたちのことか、それとも阿部たちのことか?」


「両方に決まってるだろ」清水は笑いながら言った。


「なら答えは簡単。両方失敗するに決まってる」永井も笑い声を漏らす。


「なら、どっちの事とか訊いてくるなよ。まるでどっちかが、さも成功するみたいに聞こえるだろ」


 誘拐を手伝わないで本当によかった、と清水は思った。きっとろくでもない結果が待ってる。警察に捕まって、檻の中で人類最後の日を向かえるのはごめんだ。


「だいたいどうして誘拐なんて、めんどくさい方法を思いついたんだ」永井がにやつきながら言う。「相手の家に直接乗り込んで強盗に入ればいいのに」


「それが思いつかないから、あいつらはバカなんだよ」


「あいつらってどっちの?」


「両方に決まってるだろ」


 二人は声をそろえて笑い声を上げた。


「明日のニュースが楽しみだよ」永井が言った。「きっと朝刊の一面を飾ってくれるに違いないぜ」


「明日の朝、テレビをつけるのが待ち遠しいな」


 清水はその光景を頭に思い浮かべる。テレビをつけると見知った顔が映り、誘拐未遂事件で逮捕されたと報道される。しかも同じ日に、別の場所で別件の誘拐未遂事件の逮捕者として再び見知った顔が映る。想像しただけで笑えてくる展開だ。


「そういえばどっちも……」永井が思案気な顔つきになる。どうやら記憶の糸をたぐりよせながらしゃべっているようだ。「この町の羽振りのいい金持ち夫婦を誘拐するとか、言ってなかったか?」


「そうだっけ?」


 清水は思い返してみるけど、よくおぼえていなかった。最初っから乗り気じゃなかったので聞き流していたせいだ。


「清水、もしかして誘拐のターゲットがかぶったりしてないよな」


「そんなバカな偶然がありえるわけないだろ」


「だよな。でもバカはバカを呼ぶという言葉もあるし、もし万が一かぶったりしてたら、大変だろうな」


「もしかするとバカ同士お互い協力して、成功しちゃうミラクルを起こせるかもよ」


「えっ、あいつらって、お互いに顔見知りなの?」


「いや、違うけど」


「だったら無理だろ」


 そんなバカ話を続けていると、ものの数分で目的地であるホームセンターの地下駐車場へとたどり着いた。停まっている車は全部で五台。このなかにお宝があればいいのだが、と清水は思った。


「さてとやりますか」


 永井がそういって車を降りると、後部座席のドアを開き工具を手にする。清水も車を降りるとトランクを開けた。


「ここからは時間勝負」永井が言った。「誰かに見つかる前にさっさとやるぞ」

「わかってる。いつものようにだろ」


 ふたりはまず白い軽自動車に駆け寄り車内を覗き込む。中に何もないことを確認すると、トランクを開けてみたが何もなかった。


「ハズレだ」永井が舌打ちする。「次行くぞ」


 二台目は赤の乗用車だった。車内に何もないことを確認するとトランクを開けた。するとそこにはゴルフバッグが入っていた。


「やったぞ清水。こいつは高く売れる」


「よし、まかせろ」


 清水はそう言うとゴルフバッグを担ぎ、自分達が乗ってきた白いワゴンへと走る。そしてトランクにゴルフバッグを詰め込む。


 永井が鍵を開け、清水が荷物を運ぶ。これは比較的広い場所で多数の車を相手にする時に使う役割分担で、永井が鍵を開けている間に清水が荷物を運び込み、時間を短縮する方法だ。


 清水が急いで永井の元に戻ってきた時には、すでに三台目の車のトランクは開かれていた。


「こいつもハズレ」永井はそう言ってトランクを閉めた。


 二人は四台目の車に移動する。今度はシルバーの乗用車で車内は汚く、金目のものは見当たらなかった。トランクを開けてみると中には古新聞が詰まっている。


「ただのゴミ車だな」永井はトランクを閉めた。


「次でラストか。頼むよお宝発見させてくれよ」


 二人は黒い乗用車に駆け寄る。


「ダメだ」清水はくやしそうに言った。「車内にはなにもない」


「だったらこれがラストチャンス」


 永井はそう言ってトランクを開けた。中にはスーツケースが入っている。


「こいつは当たりかな?」清水はスーツケースを開けようとする。


「待て時間がない」永井がそれを制する。「中身を確かめるのは工場についてからだ」


 二人はスーツケースを取り出すと、トランクを閉めた。


「これ結構重いぞ」清水はスーツケースを両手で引っ張りながら走る。


「急げ清水!」


 永井は後部座席に工具をしまうと、運転席に乗り込みエンジンを掛けた。清水もトランクにスーツケースをしまうと助手席に乗り込む。


 永井が車を走らせ、ホームセンターの地下駐車場から姿を消した。これら一連の犯行が、一分にも満たない間に行われたのだった。

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