drifter3
声が、聞こえる。
遠く、遙か遠く。或いは、すぐそこ、私の、体の中で。
泣いている。子供が。私の、子供が。
「でねでね、彼氏がさあ……」
「うん」
「そんくらいのことでうだうだ言うなって、逆ギレするんだよー」
「うん」
「そんな言い方ないでしょって、ねえ?」
「うん」
「もう別れよーかなー」
ただただ繰り返す。何が面白いのか、何が生産されるのか、何が救われるのか、そんな意図すら存在しない無意味な会話を。自己を責め立てるようでいて、内では他を攻撃し、無駄に声を張り、泣き、時折けらけらと笑い。
幸か不幸か、有るのか無いのか、“この現実”という場所で、そうして目隠しするように時を経て行けば、枯れ果て、醜く散る自己の姿を見る事は無いだろうと。
私の足元に、赤く残る染み。それは、堕ちた私。
あなた達が、殺せ、と言うから。
約束した。
もし彼女に心があるのならば、私は私の心で抗おう。
だが、敵わない。一度壊れた椅子は、もう元には戻らない。
そう、理解していながら、感情はそこに追い付かずに。
全て消した。削除した。ゴミ箱に捨てた。なのに。
もう何も、聞こえないはずだ。そんな夢すら叶わぬのだから、私にそれ以外の術が残されているとは思えない。
彼女を殺した。自分の子供を殺した。彼は死んだ。残されていたものは、全て消えた。
それなのに、全てから解放された筈なのに、私の知っている“私”は消えていない。
声が聞こえる。胎児の声。
赤黒く伸びた血管を引き千切り、息の根を捕えても尚、泣き止まない。
何故?
誰か、教えてはくれないか。
愛しいと思ったのは、私だ。欲しいと思ったのも、私だ。
何がいけなかったのだ?
誰か、教えてはくれないか……?
繰り返す。何が面白いのか、何が生産されるのか、何が救われるのか、そんな意図すら存在しない無意味な行動を。アンビバレントのようであり、内では他に助けを請い、無駄に声を張り、泣き、時折けらけらと笑い。
幸か不幸か、有るのか無いのか、“この現実”という場所で、そうして疎外に抗うように時を経て行けば、枯れ果て、醜く散る自己の姿を見る事は無いだろうと。
私が殺した彼女は、やがて再び目を覚ました。
男が彼女の手を引く。彼女の笑い声が響く。
その傍らで、地面を赤く染めた私の首吊り死体が、ただただ、揺れていた。