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第8話 構成要素

ジュークスの本社ビルを出たところで、私の手はようやく湊君から解放された。


「なんで結婚するなんて言うんですか!?」


湊君は本気で怒っている。

今までも、少々だらしない私のことを叱る意味で湊君が怒ることはあったけど、

こんな感情的な湊君は初めてだ。


「ボランティアで結婚することないですよ!」

「そういう言い方は、同性愛者の人に対して失礼じゃない?」

「春美さん!」


湊君がイライラと地面を蹴る。


「何考えてるんですか・・・あんな奴と結婚だなんて。

まさか、本当に金に目がくらんだんですか?」

「違うわ」


説明しても分かってもらえないだろう。

自分でも、よく分からないのだから。


マックスのことは好き。

でもそれは、一目惚れした時と同じ「好き」じゃない気がする。


どう違うのか。それが自分でも分からない。


「春美さん」


湊君がため息をつく。

呆れているのではなく、イライラを吐き出すようなため息だ。


「冷静になりましょう」

「私は冷静よ。湊君が勝手に怒ってるだけじゃない」

「春美さんも冷静じゃありませんよ。

いいですか?同性愛者は文字通り同性しか愛せないんです。

もっとリアルに言うと、同性にしか性欲を感じないんです。

マックスと結婚しても、2人の間にセックスは存在しません。そんなの夫婦って言えますか?」

「・・・」

「そりゃ無理したらできるでしょう。でもそれは他でもないマックスにとって辛いことです。

同性愛者にとって異性とのセックスは物凄く自尊心を傷つけられることだって聞いたことがあります。

同性愛者が異性を抱くのは、普通の人間が同性とセックスするようなものですよ?

春美さん、女とセックスしろって言われたら嫌でしょう?」

「・・・」

「お互い外に恋人を作って結婚生活が破綻するってのがオチですよ。

まあセレブリティであるコルテス家の場合、取り合えずマックスが女と結婚して、

仮面夫婦でも結婚生活を続けることが大切なのかもしれません。それは理解できます。でも、」


湊君の目が私を射る。

そこには怒りとも懇願とも取れるものがあった。


「俺は、その『女』が春美さんだってのが認められない」





「私、早まったかな・・・」


マットレスの薄いベッドの上にゴロンと仰向けに転がり、

少し薄汚れた白い天井を見つめながら一人呟く。

ちょっと身体を動かすとスプリングが軋んだ。


日本でもずっと寮生活を送っていたし、

留学してからも先々月までは高校の寮に住んでいた。

だから大学生になってこのアパートメントで一人暮らしを始めた時は寂しくって、

しょっちゅうリザや湊君に電話してたっけ。


でも、考え事をするのには、この狭い一人部屋はピッタリだ。



「早まったかな・・・」


もう一度同じ独り言を言ってみる。


私はいい。

一瞬のうちの覚悟ではあったけど、マックスと結婚してもいいと心から思ったから。

そこには湊君の言っていた「セックス無しの夫婦生活」という覚悟もある程度含んでいる。


だけど、マックスはどうだろう?

マックスは、私と・・・女と結婚しても、辛いだけなんだろうか?


でもマックスは自分がゲイであることをカミングアウトしながら、

ゲイとしての生活を送っていない。

それって、例え見せかけだけでもノーマルとして生活していきたいって思ってるからじゃないの?

だったら、結婚していいって言ってる私なんて、うってつけじゃない。


それともマックスは、

結婚もせず、同性の恋人も作らずに一生一人でいるつもりなんだろうか・・・


そんなの寂しすぎる。


たまたま結婚せずに一生を終える人はたくさんいるけど、

自分の気持ちを押し殺し、若いうちから「一生一人でいる」って決めるなんて、辛すぎる。



さっき社長室で、コルテス夫妻は私の話を聞いて凄く喜んでくれた。

「さすがハルミだ。私の目は確かだった!」と私の手を握ってくれた。


湊君は見なくても怒っているのが分かったから、敢えて湊君の方は見なかった。


そしてマックスは・・・


喜ぶでもなく、怒るでもなく、微妙な表情をしていた。


父親のルーク・コルテスに「ハルミとの結婚話を進めてもいいな?」と訊ねられても、

曖昧に首を傾げるだけだった。


・・・迷惑だったのかな・・・


世間体だけでも保てるから、ちょっとは喜んでくれると思ったのに。



私は身体を横に向けて壁の方を向くと、

息苦しさを感じたまま目を閉じた。







ピピピ・・・


遠くから携帯の音がする。


重苦しい気持ちのまま寝てたせいか、

嫌な夢を見て起きた時のように頭にモヤがかかっている。

いや、正確にはモヤがかかっているのは私の心だ。



目を開けきれないまま手探りで携帯を探すと、

携帯は意外と近い場所・・・枕元に置いてあった。


この携帯を買った時から着信音を変えてないから、

誰からの電話も全て同じ「ピピピ」という呼び出し音だ。

昔は、グループ別に着歌とか設定して凝ってたのに・・・


だから、私の目を覚ましたのも「ピピピ」という音ではあったけど、

ディスプレイを見る余裕もなく、どこの誰が電話してきたのかさっぱり分からないまま、

私は通話ボタンを押した。


「はひ・・・」

「ハル?寝てた?」


私は目を普段の1.5倍に見開き、

思わずベッドの上で正座をした。


「マックス!?」

「今、いい?」

「うん・・・」


分かってる。

昼間のことよね?

あの時はコルテス夫妻は大喜びだったし、湊君は険悪オーラ全開だったから、

2人だけで全然話してないもんね?


案の定、マックスは躊躇いがちに「今日の話のことなんだけど」と切り出した。


「ハル、本気?」


私はゴクッと唾を飲んだ。


マックスの気持ちは分からないけど、とにかく自分の思ってることは正直に言おうと思い、

頭の中で必死にそれに相応しい英語を探す。


「冗談であんなこと言わないわ。

付け加えておくと、お金に目がくらんだ訳でも、ボランティアしてるわけでもないから」

「じゃあどうしてゲイの僕となんか結婚しようと思ったの?」


どうしてって?


私はマックスから見えるはずもないのに首を傾げた。


「分かんない」

「分からない?」

「うん。でも、もし今私がマックスと結婚しなかったらマックスは一生一人なんだろうなって思ったら、結婚しなきゃいけない気がしたの」


耳元で笑い声がした。

自嘲的でもなく私をバカにしている風でもない、

自然な笑い声だ。


その笑い声が私の心のモヤをスーッと取り除いていった。


完全には取り除かれてはいない。

でも、漠然と感じていた不安や、

マックスはどう思っているんだろうという心配が薄れていく。


そしてそれと同時に、よく分からなかった物の輪郭が少しずつ見えてきた。


「それに私、ゲイのマックスと結婚するわけじゃないわ。

私はマクシミリアン・コルテスという人間の全てと結婚するの」

「僕の全て?」

「うん。マックスがゲイだってことは、マックスを構成する要素の一つにしか過ぎない。

マックスは他にもたくさんの要素を持ってる。

優しさとか、おおらかさとか、意志の強さとか・・・

マックスは、全部ひっくるめてマックスなのよ」

「ハル・・・」

「私、そんなマックスと家族になりたいの。なれると思うの」


そう、私はマックスと家族になれる自信がある。


湊君の心配は分かる。

でも、マックスと私が絶対に幸せになれないとは限らない。

世間からどう見られようとも、

私達なりに幸せな家族の形を見つけられるかもしれない。


「ありがとう、ハル。嬉しいよ」


マックスがお世辞ではなくそう言う。


ううん、そもそもお世辞を言う人じゃないもんね。

分かってるよ。


「でも、少し考える時間をくれるかな?

僕は今まで、自分は結婚なんてしないとずっと思っていたから・・・

僕の方から頼むことじゃないけど」

「ううん。もちろんよ。私に人としての魅力を感じなかったら、遠慮なく振って」

「あはは、ハルは充分魅力的だよ。・・・本当にありがとう。また僕から連絡するよ」

「うん、待ってる」


私は携帯を切ると、

もう一度ベッドに寝転がった。


眠りはまたすぐにやって来た。

とても静かに、穏やかに。








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