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第6話 頼まれ事

「春美さんて、ほんと、男運がないですね」


湊君が、「子犬みたいで可愛い!」とリザ絶賛のクリクリした目を少し見開いて、

心底感心したように言った。


でも今の私には、あんたが言うか、と突っ込む気力もない。


「それでもケーキは食うんですね」

「ほっといて」


放課後。

大学のいつものカフェテリアで、リザに昨日のとんでもない話をしていると、

またノコノコと湊君がやってきたのだ。

・・・まあ、私が以前湊君に頼んだレポートを持ってきてくれたんだけど。


リザがニヤニヤする。


「ジュークスの社長の息子がゲイ、ねえ。

しかも、それが前に春美が一目惚れしたディカプリオだとは!」


本物のディカプリオが聞いたら、気を悪くするだろう。

正確にはマクシミリアン・コルテスがゲイなのだ。


・・・はあ。


好きになった男の人に彼女がいたとしても、

ううん、百歩譲って奥さんと子供がいたとしても、

まだ立ち直ることはできる。


でも、一目惚れした人がゲイって・・・


さすが私。

もはや職人芸、

いや、職人ゲイ。


うまい!


・・・はあ。


「いいじゃん、春美。思い切って結婚したら?

マクシミリアン・コルテスって一人っ子なんでしょ?

将来、ジュークスの社長夫人じゃん!」

「リザ・・・他人事だと思って・・・」


リザなら怒ってくれると思ったのに、なんか楽しんでるし。

が、思わぬ人物が怒り出した。


「でも、春美さんのことバカにしてますよね」


湊君が氷だけになったグラスをストローでかき回す。


「バカにしてる?」

「そうですよ。だって、コルテス夫妻は春美さんを、

言われるがままゲイの息子と結婚してくれそうな女の人だと思った訳でしょ?

オーディションとか言って・・・バカにしてます!」

「・・・」


何故か段々本気で声を荒げる湊君に、私とリザは顔を見合わせた。


確かに湊君の言う通りではあるけど、

私は余り「バカにされた」とは思っていない。

ゲイの息子の将来を心配し、早く結婚させたいというコルテス夫妻の親心は分からなくもないし、

(マクシミリアンにしてみればいい迷惑だろうけど)

何より、私のことを一応「コルテス家の嫁にしてもいい」と認めてくれたのだ。


そりゃあ、「じゃあ、結婚します!」とは言えないけど・・・


だから私は怒ってはいない。

ただ、悩んでいる。

1つは自分の男運の悪さに。

そしてもう1つは、昨日のカミングアウトの後に頼まれた事に関して・・・


私はコップの真ん中より下にあるカフェオレにシロップを追加しながら、

昨日のことを思い出した。







グルグルグル~


衝撃のカミングアウトも空腹には勝てない。

気まずい沈黙を破ったのは、またもや私の見事な腹時計だった。


だけどマクシミリアンはそれをバカにすることなく、優しく微笑んだ。


「どこかお店に入ろうか?・・・君さえよければ」


マクシミリアンが最後に「君さえよければ」と付け足さなければ、

いくら「コルテス家の息子となら、超リッチなランチがタダで食べれる!」という考えが頭をよぎろうとも、

私はマクシミリアンのお誘いを断っていただろう。


マクシミリアンは自分に引け目を感じている。

それが私に「はい」と言わせた。


そして20分後。

私は「はい」と言った自分に心の中で拍手喝采を送っていた。



「美味しい!!」


何これ!?

ただのサラダがどうしてこんなに美味しいの!?


私はフォークの先のトマトを、

まるで宝石でも見るような目で惚れ惚れと見つめた。


「気に入ってくれた?嬉しいよ」


普通の男の人がこんな台詞を言ったら、

「何気取ってんの?下心あるんでしょ?」と思ってしまうけど、

そこはゲイの強味(?)か、まるでいやらしく聞こえない。


いや。

というよりマクシミリアンから人の良さが溢れているからだろう。


「はい!すっごく美味しいです!ありがとう、マクシシミり・・・」


噛んだ。

目の前にいる人の名前を噛むなんて!


先ほどの腹時計に続く失態に、思わずテーブルに肘を付き、顔を片手で覆って首を振った。


「あはは、ハルミは日本人なのにリアクションがアメリカ人みたいに大袈裟だね」

「はあ・・・」


褒められてるのかけなされてるのか。

これまた悩ましい。


「僕のことはマックスでいいよ。親も普段はそう呼んでいる。

僕も・・・ハルでいいかな?『ミ』がつくと、ちょっと発音しにくいんだ」

「はい。どうぞ」


ハルでもナツでもアキでもフユでも好きに呼んで下さい。


ところがマックスは意外なことを言い出した。


「『美しい春』で『春美』か。綺麗な名前だよね。ハルにぴったりだ」

「・・・ありがとうございます」


こんな臭い台詞もマックスが言うと嫌味がない。


それにしても、なんて日本的な感覚なんだろう。

マックスはもちろん英語を話しているけど、もしかしたら日本語も知っているのかもしれない。

そう言えばさっき「父と母は僕が日本人好きだと思い込んでいて」って言ってたっけ。



2人のサラダの皿が空になると、

湯気の立つスープが絶妙のタイミングで出てきた。


マックスが連れてきてくれた公園の脇にあるこのイタリアンレストランは、

こじんまりとしてるけど都心にありながら喧騒とは完全に切り離されていて、

どこか山奥のコテージにでも来たようだ。


上の淵が丸くなっている窓から差し込む陽の光が、

料理の味を引き立てる。


でも、マックスはスープには手をつけずに改まって私に言った。


「実はハルに頼みがあるんだ」

「はい」

「今回の話は、ハルの方から断って欲しい」

「え?私から?」


マックスが軽く頷く。


「ゲイの僕から父と母に『結婚しない』と言っても、納得してくれないと思う。

でもハルが『私はゲイとなんて結婚できません。ゲイは女性と結婚すべきじゃありません』とはっきり言ってくれたら、父も母も、ハルのことだけじゃなく、これから先の僕の結婚も諦めると思うんだ」

「そんな!」


そりゃ私は言いたいことズケズケ言うタイプだけど!

いくらなんでもそんな思ってもいないことを・・・


いや・・・どうだろう?

私、本当にそんなこと思ってない?


ゲイというのは、同性しか好きになれない男性のことだ。

そんな男性が女性と結婚しても、本人も相手も幸せにはなれないだろう。


それなら、例え世間から冷たい目で見られようとも、

好きな男性と一緒にいた方がマックスにとって幸せかもしれない。


それになんとなくだけど、マックスには女性はもちろん男性の「恋人」もいない気がする。

世間体のためなのか、両親のためなのか、自分のためなのかは分からない。

でも、ずっとこのままなのは、マックスがかわいそうだ。


「・・・分かりました」

「ありがとう!嫌な役目を頼んでしまって、申し訳ない」

「いえ。こんな美味しいご飯が食べられたんですから、お礼をしないと」


私はちょっと無理して笑顔を作ると、

透明なスープを口に運んだ。



スープはもう冷めていて、何のスープなのかも分からなかった。





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