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第5話 Coming Out!

「おめでとうございます、坂上様。見事オーディションに合格されましたので、

明日、弊社の受付までお越しください」


という電話がかかってきたのは、オーディションの2日後だった。

「合格」という言葉を聞いてなんとなく嬉しくなった私は、

「ありがとうございます!」とお礼まで言って電話を切ってしまった。


だけどよく考えると、あれって何のオーディションだったんだっけ?


経歴みたいなことを話して、家族のことを話して、経済討論やって・・・


家族のことに関しては少し引っかかるけど、

普通に考えれば採用面接のように思える。


でも、今はそんな時期じゃないし、採用面接なら口コミなんかじゃなくて堂々と募集するはずだ。

それに日本人と日系人の女性限定というのもおかしい。


そういえば、経済討論を終えてルーク・コルテスの社長室から出ようとした時、

ルーク・コルテスの隣に座ってたマダムが突然、

「ハルミはお料理はできるかしら?」って聞いてきたっけ。


お湯を注いで3分待つくらいはできるから「はい」って答えちゃったけど、

よかったのかな。


まあ、とにかく合格したんだ。

ジュークスに行けば何のオーディションだったかも分かるだろう。


私は「もしまたルーク・コルテスと経済討論をすることになったら」と思い、

スーツをクローゼットの中から引っ張り出した。






ジュークスの受付で名前を言うと、

面接の時に書記役をしていたナイスバディが30秒もしないうちに、私の所へやってきた。

どうやら受付近くのロビーで私を待っていたらしい。


「おはようございます、サカガミ様」

「は、はあ」

「社長がお待ちです。こちらへ」


面接の日のようにエレベーターに乗り、カバーで階層ボタンが隠されている階へと向かう。


だけど、なんか前とは違う。

なんか、妙に丁重な扱いを受けている気がする。

ナイスバディの歩く速度とか、視線とか・・・

上手く言えないけど。


気のせいかな?


だけど違ったのはナイスバディの態度だけではなかった。

社長室の中の雰囲気も違った。

置いてある物も、居る人間も面接の日と同じなのに、

なんだか浮き足立った、というか、ソワソワしている、というか、

そんな雰囲気だ。


唯一あの日と同じなのは、無表情なディカプリオもどき。

何がそんなに面白くないのか。


「大学があるのに呼び出してすまないね、ハルミ」


ルーク・コルテスが愛想よくニコニコと私に椅子を勧める。


「いえ、それはいいんですけど・・・あの、私、本当に合格したんですか?」

「ああ。実は、最初に君を一目見た時からピンと来てたんだ。

この子しかいない!と思った」

「はあ」


・・・一目惚れされた気分だな・・・。

嬉しいような、嬉しくないような、どうせならもっと若い男がよかったような。


すると、幸い私の心の中の愚痴に気付かなかったマダムが(当然だけど)、

輝かしい表情で大きく頷いた。


「私も。ハルミなら申し分ないわ」

「ど、どうも・・・」


だから、何に申し分ないの?


訳が分からず困っていると、

ルーク・コルテスがマダムの肩を抱いた。


「これは私の妻のジャンヌだ」

「は、はい」

「後ろに居るのが、息子のマクシミリアン。24歳だ」


ご丁寧に歳まで説明してくれたけど、

当のマクシミリアン・24歳は相変わらずの無表情。


舌を噛みそうな名前だ。

ちゃんと発音できるかな?


ところが、

口の中で「マクシミリアン、マクシミリアン・・・」と復唱していると、

ルーク・コルテスが更に舌を噛みそうなことを言い出した。



「オーディションに見事合格したハルミには、是非、息子と結婚して欲しいんだ」



・・・は?

結婚?

marriageっておっしゃいました、今?



部屋の中の時間が止まる。

いや、正確には止まってるのは私の時間だけのようだ。


ルーク・コルテスもジャンヌ・コルテスも、そしてマクシミリアン・コルテスも、

表情を変えない。


時間が止まってしまってポカーンとしている私に、

ルーク・コルテスが同じ言葉を繰り返した。


「息子と結婚して欲しいんだ」

「け、結婚・・・?」

「そう、結婚。してくれるかね?」


ルーク・コルテスはいかにも大物らしく、

事も無げにそう言った。







「後は若い2人で」、

というのは、日本に限ったことではないらしい。


私とマクシミリアン・コルテスは、コルテス夫妻に強引に押し出されるようにして、

会社の近くの広い公園を散歩していた。


どうしてこんな都心に、都合よく公園なんかあるんだ。

さすが自由の国アメリカ。

関係ない?


それにしても・・・


私は少し距離を置いて横を歩くマクシミリアンをこっそり見上げた。

本当に大きい。私と40センチ近く差がありそう。

当然歩幅も合わないから、一緒に歩くだけで一苦労だ。


「あ、あの~」


気まずい沈黙を打破すべく、私は勇気を振り絞ってマクシミリアンに声をかけた。

でも、2メートルはあろうかというマクシミリアンに私の声が届いたかどうかは定かではない。


だって、全然こっち見てくれないし。


気まずい・・・。

こういう時、どうすればいいの?


私は地面を睨みながら考えた。


小説とかだと、急に私達の前で子供が転んで、

2人して子供に駆け寄り、思わず微笑み合う・・・みたいな?


あーりーえなーい!

そんな都合のいいこと、ある訳ないでしょっ!


が、現実は小説より奇なり。

もっと有り得ないことが起こった。



グルグルグル~



私は真っ赤になってお腹を押さえた。

こ、こんな時に!!!


さっき私が「あ、あの~」と言った声より遥かに大きいソレは、

確実にマクシミリアンの耳に届いたらしい。


マクシミリアンが足を止めて、青い瞳を大きく見開き私を見る。


「あ、その、こ、これは・・・」

「まだ、お腹の調子良くないの?」

「・・・え?」


今度は私がマクシミリアンを見上げる。

青い瞳は、会社の中でのそれとは別人のように優しげになっていた。


「やっぱり!あの時のディカプリオだったんですね!」


私は、「ディカプリオ?」とキョトンとしているマクシミリアンを無視し、

一人で飛び跳ねて喜んだ。


やっぱりこれは運命の再会だったんだわ!

しかも結婚だなんて!!


い、いや、何も結婚するって決めた訳じゃないわよ?

そりゃディカプリオ改めマクシミリアンにあの時一目惚れしちゃったけど、

こんな急に結婚となると、さすがの私も尻込みしてしまう。


でも、ディカプリオだし・・・

ジュークスの社長の息子だし・・・


それこそ、申し分ないんじゃない?


そうよ!

いよいよ私にも男運が巡ってきたのよ!


私はここぞとばかりに天使の微笑み(自称)をマクシミリアンに向けた。


「あの時はありがとうございました!もうお腹はすっかり大丈夫です!」

「そう、よかった。じゃあ、お腹がすいてるだけなんだね」


うっ。


「何か食べる?あ、だけど・・・」


マクシミリアンの瞳が急に暗くなり、無表情に戻る。

今の状況を思い出したらしい。


そう。今はご飯より大事なことがある。


「さっきは父が突然失礼なことを言い出して、申し訳ない」

「いえ・・・あのオーディション、マクシミリアンさんの婚約者選びだったんですか?」

「そうなんだ」


それで、家族とかお料理のことを聞いたのね。

通りでおかしいと思った。


マクシミリアンがため息をつく。


「父と母は僕が日本人好きだと思い込んでいて、こんなことを・・・。

迷惑をかけたね」

「そ、そんなこと!」


運命なんだから!

出会いがどうであれ、きっかけがどうであれ、

きっと私たちはここから始まるのよ!


と、意気込んだものの・・・

だけどやっぱり現実は小説より奇なり、だった。


「大丈夫。僕と結婚なんかしなくていいから」

「え。でも・・・」

「僕はハルミとも誰とも、結婚する気はないんだ。一生ね」


マクシミリアンは私から視線を外すと、遠くにある噴水を見つめた。

思いつめたような目をしている。


そしてその大きな身体からは想像もつかないような小さな声で呟いた。



「僕はゲイなんだ」






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